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2021年3月18日(木)

“リコール不正署名問題”の深層

“リコール不正署名問題”の深層

愛知県の大村知事のリコール・解職請求に向けた署名の大半が有効と認められなかった問題。愛知県選挙管理委員会は、提出されたおよそ43万5000人分の署名のうち、83%が有効と認められず、大量の署名が偽造された疑いがあるとして、地方自治法違反の疑いで愛知県警察本部に告発した。いったい誰が指示し、何が行われたのか。今回の事態が示す問題の本質とは何か。関係者への独自取材から、リコール不正の深層を追う。

出演者

  • NHK記者
  • 武田真一 (キャスター)

いったい誰が何のために…関係者が証言

今回のリコール活動のきっかけは、2年前に開催された『あいちトリエンナーレ』。表現の不自由をテーマにした企画展で、昭和天皇に関する映像や慰安婦をモチーフにした少女像などが展示され、大きな議論になりました。

リコールの会 高須克弥会長
「国にとって恥ずかしい、愛知県民にとって恥ずかしい、そういうことをする知事は支持できない。」

芸術祭の会長を務めた大村知事の責任を問いたいと、去年(2020年)高須クリニックの高須院長がリコールの会を設立。愛知県内の各地で署名が呼びかけられ、名古屋市の河村市長も活動を応援しました。

有権者が署名を集め、自治体の首長の解職を求める『リコール』。市民の声を直接届ける、民主主義を支える制度です。

高須氏ら、このリコールを呼びかける人たちは『請求代表者』。その呼びかけに応じて、署名を集める人たちは『受任者』と言われています。リコールに必要な86万人余りの署名を集めようと、スタートしました。

2か月で集まったとされた署名は、およそ43万5,000人分。集計作業の様子を、高須氏はYouTubeで公開しました。

高須克弥会長(YouTubeより)
「YES!リコール大村知事。何もかもオープンに、何もかも愛知県の人たちの力で成し遂げるつもり。秘密は何もありません。」

ところが、思わぬ形で不正が明らかになります。不正に気付いたのは請求代表者のひとり、つまり、リコール活動の中核を担っていた関係者だったのです。

伊藤幸男さんは高須氏らとともに、リコールの成立を目指して署名を集めていました。選挙管理委員会に署名を届けに行った際、あり得ない署名に気付いたといいます。

請求代表者のひとり 伊藤幸男さん
「こういうものなんですけど。よくよく見ると、署名の字が筆跡がほとんど同じなんですよね。もう見たら一緒でしょ。全部一緒ですよね。」

提出した署名を確認することができる請求代表者の伊藤さんは、他の地域のものも調べ直しました。すると、同じような筆跡の署名が次々と見つかったのです。ルールにのっとって署名を呼びかけていた伊藤さんは、自分たちの活動が異様な状況に陥っていることに危機感を抱き、提出を取りやめ公表に踏み切りました。

伊藤幸男さん
「気持ちを込めて一筆一筆、集めてたんですけどね。そのことに嘘はなかったと思うんですけど、でもこういう結果になって、それが何か良からぬ意図でやってたんではないかって思われるというのは悔しいし、悲しいし。頼んだ相手にも、とても残念なことをしたと思うんですね。」

伊藤さんが不審に感じた署名。記されていた住所を訪ねてみました。

「こちらに**さんはお住まいですかね。」

「その子は東京におりますけど。なにかありましたか?」

「**さんの名前が署名に使われていて…」

「そうですか。」

名前が書かれていた男性は6年前から県外に住んでおり、署名していないといいます。

「本人って、こういうのに署名は?」

「そんなことしないと思いますけど。嘘に決まっている。誰かが書いたんだと思いますよ。」

「いらっしゃらない人とかいます?」

「この人、家に住んでいないよ。この人も東京に行っているよ。いない人ばっかよ。この人もいないし、みんないないわ。」

さらに…。

夫の名前を使われた女性
「亡くなりました。10年前。」

「一応ですね、去年の10月26日に賛成して、署名したことになっている。」

夫の名前を使われた女性
「え!そうなの。去年?去年やったら天国に逝ってる。」

女性は、亡くなった夫の名前が勝手に使われたことに、強い憤りを感じています。

夫の名前を使われた女性
「失礼。失礼やね。なんでそんなこと、誰が書いたのかと思うと腹立つよね。」

リコールに向けて目指していた、86万の署名。今回、およそ43万5,000人分が提出されました。ところが、その83%が有効とは認められなかったのです。

不正は誰が 何のために…

一体何のために不正が行われたのか?
その舞台となったのは、愛知県から遠く離れた佐賀県でした。

名古屋市の人の名前を、大量に署名用紙に書き写したという男性が取材に応じました。

署名の書き写しをした男性
「ここに荷物を置く机です。僕がいたのは、この辺。」

地元では破格の950円という時給に引かれ、アルバイトをした男性。8日間、佐賀市内の会議室に通いました。多いときで、100人ほどのアルバイトがいたといいます。

署名の書き写しをした男性
「携帯電話の持ち込みは禁止ですと。名簿と書き写す紙がありまして、前のほうでマイクを持って指示する方が右の紙に書き写してくださいと。」

渡された署名を書く用紙には、代筆をした場合、罪に問われることがあると書いてあり不安を感じたといいます。

署名の書き写しをした男性
「かなり強い内容が書かれているんですけど、指示役の人が『無視していい』と言われたもので、それを信用してというか、それで書きました。100万人くらい集めなければいけないので、ある程度もう汚くなってもいいので、とにかく急いでくださいと。本当にこれで大丈夫なのかと思いながら、仕事をやっていた。」

リコール活動を先頭に立って進めてきた高須氏が、電話で取材に応じました。

「誰かしらの指示がなければ絶対やらないと思うんですけど、高須さん。」

リコールの会 高須克弥会長
「全く知りません。佐賀というところは行ったこともないし友達もいませんし、佐賀を拠点にしてヘリコプターで熊本に支援をやりましたけども、それ以来1度も行ったことのないところです。こんなに真面目に一生懸命にやっていたこと傷つけて、頭にきてるんだから。僕は絶対にそんなことしていません。そんなケチくさいことは。1番嫌いなやり方ですから。そんな汚いことで、汚いこと嫌いです、僕は。」

「個人情報とられてしまった方たちに対しては、どういうお気持ちですか?申し訳ないっていう気持ちもお持ちだったりするのか。」

高須克弥会長
「申し訳ないわけないじゃないですか。僕は漏らしてないんですから。漏らした奴を僕は追い詰めて、やっつけてやりますから。僕が最高責任者だから、責任をとるって。逃げも隠れもしません。」

リコール活動を応援してきた、河村市長にも問いました。

名古屋市 河村たかし市長
「申し訳ない。本当に。情けないわ、わしも。発見できなかったことが、この不正に。分からんかったね。そんなもんわしは、こんなの分かったら絶対止めますよ、こんなこと。何やっとる言って、犯罪ですから。」

アルバイトは、リコール団体の幹部が『広告関連会社』に依頼。下請け会社を通じて集められたと見られています。

関係者への取材によると、広告関連会社に出された発注書には、事務局幹部の名前が記されていたといいます。

事務局のトップでリコールの会を取りまとめていた田中事務局長も、不正への関わりを否定しています。

リコールの会 田中孝博事務局長
「佐賀に田中が行ったのか、行ってないのか、行ってません。具体的に指示したか、知りません。佐賀の業者かどうか、知りません。発注書出しているか、出してないか、出していません。契約もしていません。これが僕の答えです。私はその署名簿を一切見てませんから、分かりません。」

しかし、この署名を見ていないという田中氏の発言はおかしいという人がいます。署名の集計会場で、ボランティアをしていた女性です。当時、ボランティアの間で不審な署名が大量に見つかり、田中事務局長に報告していたというのです。

集計作業に参加した女性
「田中事務局長には、こんな署名簿出していいのかという話をさせていただいた時に、どの署名簿も提出しなければいけない。お預かりしている以上は全部選管に出して、有効無効も含めて選管が判断することだという風に言われたので。」

「そのときの田中事務局長の反応というのは?」

集計作業に参加した女性
「驚いている風には見えなかったですね。逆に驚いている私たちをいさめる感じなので。そんなことはどうでもいいから、とりあえず今はナンバリング(集計作業)をやらないといけないみたいな空気感はあったと思います。」

きのう(3月17日)田中氏は、電話での取材に次のように語りました。

「田中さん自身は、(不正に)関わってはいない?」

田中孝博事務局長
「全く。アルバイトに対する人集めをする、さらに人集めをするという発注用紙にサインしたとか、そういうことは一切ありません。今ちょうど捜査中なので、それ以上のことはお答えするのは難しい。」

もし関係者の公表がなかったら、ゆがめられた民意がまかり通っていたおそれもある不正署名。不正ではないからと言われ、書き写しのアルバイトをした男性はインタビューの最後にこう語りました。

署名の書き写しをした男性
「自分たちも勝手に名簿、人の名前を書いちゃったので、本当にそういう人たちに対しては申し訳ないなと。罪悪感がものすごくあるんですよね。こういう事件になっちゃったので、自分のしたことがちょっと浅はかだったかなと思いますね。もう少し考えて行動すればよかったんじゃないかと思っています。」

何が問われているのか?

武田:リコールは、選挙と同じように直接民意を政治に反映させるための民主主義の重要な仕組みです。それがゆがめられたことに、強い憤りを感じます。取材に当たった名古屋放送局の星さん、そもそもどういう罪になるのか、そして不正の構図はどこまで分かっているのでしょうか。

星和也(NHK名古屋):地方自治法では署名を偽造するなどした場合、3年以下の懲役、もしくは禁錮、または50万円以下の罰金に処せられるとされています。
しかし取材をしていると、それ以上にこの問題が残した傷の深さを感じました。VTRでもお伝えした、10年前に亡くなった夫の名前を勝手に使われた女性は、夫を侮辱された悔しさのあまり、取材の最後には涙ぐんでいました。
また、署名の偽造に使われた個人情報を誰が漏らしたのか。住民の間で不信感も募っていました。今回の問題は、住民たちの心や地域のつながりまで傷つけてしまったのです。
そして、リコールを呼びかけた団体の会長である高須院長や、田中事務局長、署名活動を支援していた河村市長は不正への関与を否定しています。
愛知県・選挙管理委員会から告発を受けた愛知県警は、先月(2月)県内の各自治体に保管されたすべての署名簿を差し押さえました。押収した署名簿を詳しく調べ、署名活動を行った団体の関係者や佐賀市で書き写しをしたアルバイトから事情を聞くなどして、誰が署名の偽造を指示したのか捜査を進めています。

武田:もし関係者による公表がなかったら、これはどういうことになっていたのでしょうか。

星:そもそも選挙管理委員会は、署名が必要数に達して初めて筆跡を確認したり、選挙人名簿と照らし合わせたりして審査を行います。達しなければ審査は行われません。
今回は署名が必要数に達していなかったものの、不正なものが多数あるという指摘を受けて選挙管理委員会が署名簿の調査を行いました。仮にこの調査が行われず不正が発覚しなければ、知事のリコールに賛成している人が43万5,000人もいるという水増しされた民意が、あたかも本物であるかのように受け止められるおそれもあったのです。

武田:ここまで見てきた、不正な署名問題。これとは別の課題も今回、指摘されているんですね。

星:今回のリコール活動のために、クラウドファンディングなどで集められた活動費の使われ方です。今回の団体は政治団体のため、今月中(3月中)に収支報告を選挙管理委員会に提出しなければなりません。趣旨に賛同し、集まったお金がどのように使用されたのかが1つの大きなポイントになります。

また新たに見えてきた課題としては、政治活動における個人情報の取り扱いです。今回の活動では、10年前の名古屋市議会の解散に向けて行われたリコール活動の際、署名活動で署名を集める受任者になった人たちに、今回も受任者にならないかと呼びかける文書が届いていました。
今回もこれに応じて受任者になった人がいた一方、受け取った市民の中には市議会リコールには賛同したが、自分の名前・住所がその後も別の活動でも使われたことに疑問を感じていると話している人もいました。
これに対して河村市長は当時、『市政改革のために使うこともあると知らせていた。以前の情報を使うことは政治活動の範囲であり、問題ない』としています。

確かに個人情報保護法では、政治団体などは承諾を得ずに第三者に個人情報を提供できることにはなっています。しかし今回に限らず、政治活動における個人情報の取り扱いに関してはこれまでも問題がたびたび指摘されており、専門家は法改正も視野に入れて議論していくべきだとしています。

情報法制研究所理事長 新潟大学法学部教授 鈴木正朝さん
「適用除外だから法の趣旨を潜脱(せんだつ)して(免れて)いいのか、政治が成り立ちません。それは率先垂範していただかなければ困る。今回の件で受任者の人たちが、かなり不安に思っていらっしゃる。これが度重なるようであれば、(個人情報保護法の)改正問題になると思います。」

武田:この愛知県知事のリコールを巡る、不正署名問題。思わぬ形で波紋が広がっています。

広がる波紋 「民主主義が…」

人口3,000人余りが暮らす、愛知県・東栄町。今、町営の診療所を巡る署名活動が発端となり、町民の間に疑心暗鬼が生まれる事態が起きています。

町では去年までに財政難などを理由に、人工透析や救急の患者の受け入れを中止。その撤回を求める署名活動が行われてきました。

署名活動に参加してきた 金田裕之さん
「もしここで透析がなかったら、命はなかった。自分たちの命を守るための署名。」

集まった有効な署名は、977人分。議会で議論されるために必要な55人分を大きく上回りました。ところが、署名活動を終えたそのやさき。町長の後援会から、全住民の家にビラが配られてきたのです。

署名を自分で書いたか、ただす文言や、署名を偽造した際の刑罰も。大村知事へのリコールを巡る、不正署名問題の記事も掲載されていました。

署名活動に参加した女性
「知事のリコールと一緒にしてもらっては困る。自分たちは一生懸命、寒い中歩いて一軒一軒まわって署名してもらったのに。」

信頼を支えとした署名活動そのものに、疑いの目が向けられているのではないか。住民の間で動揺が広がっています。

署名活動に参加した女性
「これを見ないうちは(署名活動に)一生懸命だったけれど、この目玉でけっこう…。これを見たときに怖くなって。もう、いやと思った。」

署名活動に参加した女性
「こわい。こんなのいや。住民の中から聞こえてくる、そういう声が。」

東栄町の村上孝治町長は、後援会からビラが送られたことについてこう語りました。

「後援会のビラについて、関与はなかった?」

東栄町 村上孝治町長
「私の後援会ですので当然、中身は存じております。出すということは承知している。」

「町民を疑うような表現に受け取れたが?」

村上孝治町長
「そこのところは、お詫びさせてもらいます。(町民の)取り方ですので。その制度のことを周知したいと出したわけで。決して萎縮させるとか、そういう目的で出したわけではない。」

診療所を巡る住民たちの要望は署名活動の結果、議会で議論されましたが、きのう退けられました。

透析患者の一人で署名活動の中心を担ってきた金田裕之さんは、結果に納得がいかない住民たちとともに今度は町長へのリコールを始めようとしています。しかし署名活動自体に疑心暗鬼が広がれば、民意を伝える仕組みが揺らいでしまうと危惧しています。

金田裕之さん
「自分たちの民主主義の権利、署名すること自体は。(民意を)訴えられる唯一のかたち。(署名する)権利が悪いような言い方をされる、一番の侵害。」

今回の問題から私たちが学ぶべきこと

武田:そもそも不正など行われないという互いの信頼がなければ、この制度は成り立たないと感じましたが、星さんはどんなことを感じましたか。

星:東栄町で署名活動をしていた住民の1人が私に、自分たちは何か悪いことをしたのだろうかと不安そうに尋ねてきたことが強く心に残っています。選挙で選ばれた首長や議会に対し、住民たちが自分たちの意見を示す直接請求の制度は絶対に守られなければならない、私たちの大事な権利です。
しかし、今回のように署名の真実性を揺るがすようなことを許してしまえば、いとも簡単に私たちの大事な権利は損なわれてしまうんだと感じました。この国に暮らす私たち一人一人が民主主義の担い手であることを自覚し、この権利や仕組みを守っていかなければいけないと思いました。

武田:今回の問題から私たちは何を学ぶべきなのか。専門家に話を聞きました。

憲法・情報学が専門 京都大学大学院 曽我部真裕教授
「民主主義は、努力して維持しなければ崩れてしまうような仕組みです。不適切事例、乱用事例に対してはしっかり批判することを通じて、民主主義の仕組みを維持していく。そういう努力が求められている。間口の広い(誰もが参加できるリコールの)制度がせっかくあるわけですから、積極的に関心をもって使っていくなかで本来の制度の趣旨を実現していく。民主主義を活性化することが求められている。」

武田:民主主義は常に変わらずそこにあるものではなく、悪意によって容易にゆがめられるおそれがあるということ。それを機能させていくためには、一人一人の努力が必要であることを改めて心に留めておかなくてはならないと思います。そして私たちメディアが、そのプロセスをしっかり監視していく、責任の重さを強く感じます。
さて、私はきょう(3月18日)でこの番組を離れます。4年間、本当にありがとうございました。この4年、私の心に刻み込まれているのは、社会の中で懸命に生きている皆さまの声です。それは決して、希望に満ちた声ばかりではありませんでした。大切な人を亡くした、あすの暮らしが見えない、災害や新型コロナで思いがけず人生を狂わされた。私たちの周りには、多くの課題があることも思い知らされてきました。私に何ができるんだろう。何度も自問しました。せめて皆さまの声を私の心に深く浸して分かろうと努力しよう、皆さんの声を私の心と共振させて、さらに大きな波紋にして社会に伝えよう、それが何かの糸口になるのではないか。そう考えてきましたが、いかがだったでしょうか。あとは若いキャスターに引き継ぎたいと思います。クローズアップ現代+は、これからもひるまず伝え続けていきます。