クローズアップ現代

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2021年2月9日(火)
最愛の家族に何が? コロナ禍の心中

最愛の家族に何が? コロナ禍の心中

コロナ禍の今、家族が命を絶つ「心中」が相次いでいる。NHKの調べでは去年、全国で46件・101人が心中とみられる形で亡くなっていたことが分かった。その半数近くが新型コロナウイルスの感染が再拡大した10月以降だった。11月下旬にはわずか3日間で、都内に暮らす夫婦や親子の3組が相次いで亡くなった。いったい何が人々を追い詰めているのか…なぜ最愛の家族に手をかけ、自らも命を絶ったのか。支援のあり方も含めて考えていく。

※放送から1週間は「見逃し配信」がご覧になれます。こちらから ⇒https://www.nhk.jp/p/gendai/ts/WV5PLY8R43/

出演者

  • NHK記者
  • 武田真一 (キャスター)

独自取材 最愛の家族に何が

取材のきっかけは、去年(2020年)11月。都内で僅か3日間のうちに、夫婦や親子3組が相次いで亡くなったことでした。

みずから所有する都心のビルの一室で命を絶った、80代の夫婦。
駅のホームから飛び降りた、80代の母親と50代の娘。防犯カメラには、2人がホームでおよそ1時間、しゅん巡するような様子が映っていたといいます。
そして、東京郊外の住宅地では70代の夫婦が亡くなりました。

取材を進めると、全国各地でも家族の心中が相次いでいました。NHKが独自に調べたところ、去年心中で死亡したと見られるのは全国で46件、101人に上っていたことが分かりました。その半数近くが、新型コロナウイルスの感染が再び増えた去年10月以降の3か月間に集中していたのです。

“おしどり夫婦”がなぜ…

一体、何が起きているのか。
去年11月27日、東京・町田市で70代の夫婦が死亡しました。亡くなっていたのは夫の武志さん(75歳・仮名)と、妻の洋子さん(73歳・仮名)。その前日の夜、武志さんはある電話をかけていました。相手は49歳の長女。そのときの状況を、長女が私たちに語りました。

長女への取材メモ
“午後10時半ごろうちに電話があって、父がお母さんがありがとうって言いたいって。父も母も買い物になかなか行けないので、私が両親にテーブルを買ってあげたことへのお礼なのかなと、そのときは思っていました。”

夫婦は50年以上前、地方から上京し結婚。2人の子どもを育ててきました。夫の武志さんは、長年工務店で働いていました。

工務店の会長 小関松男さん
「仕事は真面目。人の面倒見はよかった。」

同僚から一目置かれる腕のいい職人で、70歳近くまで現役で働き続けていた武志さん。毎日妻が作った弁当を食べるのを、楽しみにしていたといいます。

小関松男さん
「(夫婦で)けんかしているところは見たことない。どんな家族って、ありふれた家族だべや。普通の。」

3人の孫にも恵まれ、近所の理髪店で家族のことをうれしそうに語っていました。

理髪店 店主 田村國雄さん
「孫に関しては本当にかわいくて、どうしようもなかったらしいね。集まってくると、それが一番楽しかったみたいだね。自慢してたよ、いつも。うれしくって、しょうがないというかね。」

しかし3年前、夫婦の人生に転機が訪れます。長男を、がんで亡くしたのです。それをきっかけに妻の洋子さんが精神的に落ち込み、入退院を繰り返すようになりました。武志さんは入院する妻を気遣い、毎日のように面会に訪れます。そして週末になると自宅に連れて帰り、身の回りの世話をしていました。

近くに暮らす武志さんの弟が、当時の状況を語りました。

武志さんの弟
「ズボンも上げられない。だから兄貴が上げてあげるからって。自分が見なきゃならないというのが強かった。これが俺は大変なんだよな、って弱音は絶対はかない人間だった。」

離れて暮らす長女は、両親のことをいつも気にかけていたといいます。

長女への取材メモ
“私は、兄が亡くなってから毎週のように料理を作っては実家に帰っていました。父は寂しがり屋で母がいれば大変だけど、いないと寂しいと感じていたんだと思います。”

しかし、去年の春。新型コロナウイルスの感染の拡大によって、状況が変わります。武志さんは自分が感染すれば妻に面会できず、自宅に連れて帰ることもできなくなると、外出を極力減らすようになります。弟が訪ねたときには、家の中でもマスクをするなど感染対策には特に気をつけていたといいます。

武志さんの弟
「お茶菓子、野菜も買ったから、今からまわって置いていくからって俺言ったんだよ。『だめだよ、今来るな』、兄貴に言われたんだよ。」

次第に弟も感染リスクを考え、訪問を控えるようになります。

武志さんの弟
「行けば行けただろうけど、コロナのあれも頭にあるから。女房があんな調子でコロナになったら、それこそ大変だからさ。」

以前は頻繁に実家に帰っていた長女も、訪れることを控えるようになりました。

長女への取材メモ
“子どもたちも仕事やアルバイトをしているので、両親に感染させたら大変なので、行かせないようにしていたんです。代わりに電話で励ましたり、手紙を書いたりしていました。”

武志さんは1人家で過ごす中でも妻と面会し、時々連れて帰っていました。しかし去年10月、妻の洋子さんが入院先で足を骨折し、手術のため別の病院へ移ることに。

転院先は感染対策のため、直接会う面会は禁止されていました。夫婦で過ごす時間が、失われてしまったのです。武志さんは長女に、“夜、眠れない”と漏らし始めたといいます。次第に電話にも出ないことが増えていきました。

夫婦が暮らすこの地域では、高齢者の見守り活動が盛んでした。しかし、周囲は武志さんの変化に、全く気付かなかったといいます。

近所の人
「そんなに苦しんでいるとは思わなかった。町会でも“絆の会”って会があって、20人くらい集まって町会の年寄りだとか面倒みてるけど、ほとんど1人暮らしの人を中心にみてるもんだから。ああいう夫婦でいる人は、注意してみていないもんな。」

夫婦が再会したのは、およそ1か月後の11月。武志さんは、退院した洋子さんを自宅に連れて帰りました。入院生活で痩せ細った洋子さんを、抱きかかえて家の階段を上ったといいます。久しぶりに見る妻の姿を、『かわいそうだ、かわいそうだ』と長女に話していました。

ようやく訪れた、夫婦の時間。しかし3日後には洋子さんは再び、以前いた病院に戻ることになっていました。感染の拡大で、その病院も面会や外泊はできなくなっていました。

病院に戻る、前日の夜10時半。武志さんは、長女に電話をかけました。

武志さん
『お母さんが、ありがとうって言いたいって。』

長女
『うん。あした病院に行くのは大丈夫?』

武志さん
『大丈夫、大丈夫。』

翌日、2人は病院に行きませんでした。
夫婦は、同じベッドで亡くなっていました。

自宅には、長女に宛てたメモが残されていました。

長女へのメモ
“孫のことをお願い。1人にしてごめんね。”

自分はどうすればよかったのか。長女は今も考え続けていると、取材に答えました。

長女への取材メモ
“父は優しい人で、愛情深い人でした。コロナに感染して何かあったときに、『母を残していくのがとても心配だ』と話していました。本人たちは一生懸命訴えていたのかもしれないですが、電話では様子が分からず、理解してあげられていなかったと今になって思います。”

“家族で死にたい”悩み抱えて…

今、全国のいのちの電話には相談が相次いでいます。

相談員
「生きれば生きるほど疲れちゃうっておっしゃったけど、何かそういう今日、実感があったんですか。」

相談員が最近気にかけているのが、家族で死にたいと訴える声。
外出自粛によって、家庭内だけで問題を抱えこんでしまうことが背景にあるのではないかと考えています。

いのちの電話 事務局長 郡山直さん
「家族全員がそれぞれ、いろんな問題を抱えている。深刻な問題を抱えている。でもいろんな問題が1人に負担がかかってしまっている。その1人の方が家族の中でも問題を抱えながら、相談できず孤立してしまう。コロナになって非常に(問題が)顕在化して、余計状況が悪化しているということはあるのではないか。」

“仲のいい親子”がなぜ…

新型コロナに揺れた去年、心中で死亡したと見られるのは46件、101人。そのおよそ6割を占めたのが、親子でした。

全国でも有数の観光地、大分県別府市。去年11月、この家に暮らす親子が遺体で発見されました。55歳のシングルファーザーが高校3年生の一人娘を殺害し、その傍らでみずからも命を絶ちました。

父・孝治さん(55歳・仮名)は、県内のメーカーで電子機器の設計を行うエンジニア。離婚後、10年以上娘を男手ひとつで育ててきました。近所の人に話を聞くと仲のいい親子だったと、誰もが口にしました。

近所の人
「仲いいやんな。かわいがっとった。」

近所の人
「こんなこと(心中)がある前に親子でけんかしているとか、そういうあれは全然、ひとかけらも私たちには感じませんでした。」

漫画や本が大好きだった、娘の加奈子さん(仮名)。小学校を卒業するとき、将来の夢をこうつづっていました。

小学校の卒業文集
“作家にもなってみたいし、いろんな作家さんの作品をサポートできる出版社としても働きたいです。自分の夢がかなうように、一歩ずつ努力していきたいです。”

この親子をよく知る、中学校の教員が取材に応じました。

加奈子さんは中学校に入学したあと、学校を休みがちになることもありました。教員は家庭訪問を何度も行う中で、孝治さんが加奈子さんをサポートする姿が印象に残ったといいます。

中学校の教員
「朝、本人がなかなか学校から足が遠のいたときに、(娘が)大好きなおみそ汁がある。それをお父さんは作って、出来たよと言って呼んで、呼ぶと下りてくるんだって。2人で寄り添ってというか、支え合いながら生活しているのかなって。」

思春期の娘を、1人で育てる難しさを漏らすこともありました。

中学校の教員
「生理になったときに、何をどうしていいのか、どう話をしていいのか分からない。関心事にしても『おしゃれのことだったり、十分話し相手になったり、理解してあげたりということができにくい』みたいなことも言われていた。」

3年前、加奈子さんは通信制の高校に入学。自宅で勉強を続け、大学への進学を目指していました。

しかし、高校3年生になった去年4月。全国に緊急事態宣言が出され、親子の生活は一変します。孝治さんの会社でも在宅勤務が始まり、2人は一日中、同じ家の中で過ごすようになりました。

職場では、仕事ぶりは真面目で笑顔を絶やさなかったという孝治さん。ところが、久しぶりに出社したとき別人のようになっていたといいます。表情がおかしく、目の焦点が合っていなかったと語る人もいました。

孝治さんは在宅勤務を始めてから、うつ病を発症。通院していたことが取材で分かりました。実はこの頃、孝治さんはある悩みを抱えていたようだと知人が証言しました。経済的な理由で、娘を大学に進学させられないかもしれない。

“その事実を娘さんに伝えないといけなかったこと、伝えたことが思い悩む原因だったのか。”

亡くなる1週間ほど前、娘の加奈子さんはコンビニでアルバイトを始めていたことも分かりました。面接ではこう話していたといいます。

加奈子さん(面接時の言葉)
“父は、在宅勤務で気分の浮き沈みが激しくなりました。大学に行きたいけれど、ことしの受験は資金面で無理だから1年間頑張ってアルバイトをして、お金をためたいんです。だから、目いっぱいバイトのシフトを入れてほしい。”

娘の希望を、何とか実現させてあげられないか。同じ頃、父親の孝治さんは何年も連絡を取っていなかった親戚に、学費の相談を持ちかけていました。

“娘が大学に進学するのに必要な奨学金の保証人になってくれないか。”

しかし体調が悪くなったと、親戚と会う約束をキャンセル。

それから3日後のことでした。

毎朝、孝治さんから会社に在宅勤務の連絡がありましたが、この日は昼を過ぎてもありませんでした。親子は同じ部屋で亡くなっていました。

亡くなる数時間前までコンビニで働いていた、娘の加奈子さん。翌月の勤務希望も提出していました。遺書はありませんでした。

なぜ命を絶ったのか。父親と親しかった知人は、今も後悔の念を抱き続けていると打ち明けました。

父親と親しかった知人
“誰かが彼の領域に入り込んでその悩みを聞いたり、そのときに打てる最善の策を考えてあげられていたらと思うことがあります。おせっかい焼きは嫌われる、もしくは控えるべきだとの考え方もあるでしょうが、もしかしたら彼はそんな人を求めていたのかもしれないと感じています。”

最愛の家族に何が…

武田:ご遺族をはじめ、取材にご協力いただいた皆さま、本当にありがとうございます。番組では、生きづらさを感じている方のための相談窓口の情報をまとめました。あなたの話を聞いてくれるところがあります。関連記事からアクセスして、ご利用ください。

それぞれ置かれた状況はよく分かったのですが、それでもなぜという思いが拭えません。安藤さん、現場を取材して何を感じましたか。

安藤文音記者(社会部(警視庁クラブ)):なぜ亡くならなければならなかったのかということについては、残された人にとっても分からない部分があり、多くの人は今もどうしてなのかと考え続けています。
自殺についてはある程度統計があり分析も行われていますが、家族の心中についてはまだ実態がよく分かっていません。これまで心中については個々の家族の事情として捉えることが多く、警察や行政も通常の事件に比べると背景などを詳しく分析することは少ないのが実態です。
しかし各地で相次いでいる心中は個々の家族の事情だけでは済まない、何か深刻な事態が起きているのではないかと感じさせます。

武田:今、個人だけではなく、家族で追い詰められているという状況に胸が潰れる思いがします。コロナ禍が家族に与えている影響は、どう感じましたか。

安藤記者:今、新型コロナによって誰もがさまざまな環境の変化に直面しているのは事実です。専門家に話を聞くと、これまで抱えていた悩みや苦しみがコロナの感染拡大でより先が見えにくくなったり、解決の見通しが立たなくなったりしていることが背景にあるのではないかといいます。
私が話を聞いたある相談窓口には、コロナによって収入が減りこれから子どもと生きていくのが不安だという母親の声や、家族の失業で精神的に落ち込んでいるという訴えが寄せられていました。

これまで何とかぎりぎりでやってきたものの、新型コロナによる環境の変化で、もうこれ以上は耐えられないと感じている人もいると思います。また両親を亡くした町田市の女性は、“会って話をする機会がいつの間にか少なくなっていた”と振り返っていました。
感染防止のために外出を控え高齢の親にもなるべく会わないといったことが続いているかと思いますが、そのことでこれまでの家族や地域とのつながりが薄まり、ちょっとした支えが失われているのかもしれません。
さらに、“家庭内の問題は家族で解決しなければならない”という意識も強まっているのではないかという指摘もあります。今、社会から孤立している“孤立家族”が増えているおそれがあると思います。

武田:その孤立する家族を支えるため、私たち一人一人には何ができるのか。
支援の最前線にいる人たちの声です。

支援の最前線 模索する人々の思い

夫婦の心中があった東京・町田市。この高齢者支援センターでは今、高齢者世帯に聞き取りを行い、何とか支援につなげようとしています。

町田市南第1高齢者支援センター 水落優一介護支援専門員
「家族といるから大丈夫だろうみたいなこともあるのかもしれないですけど、逆にそこで孤立してしまって支援が届かないとか、周りの目がなかなか届かないような方をどう拾い上げていくのか、非常に大事。」

親子の心中があった、大分県。母子・父子福祉センターでは去年7月から、コロナ禍でも気軽に相談ができるようにSNSでの受け付けを始めています。

大分県母子・父子福祉センター 足立圭子自立支援員
「一人で考えこまなくて、勇気がいると思うんですけどね。電話なりラインなりしてもらうと、何か扉が開く。」

住民の孤立を防ぐ取り組みで、全国的に注目を集めてきた東京・江戸川区。地区ごとに相談所を設けて住民の悩みを聞き取ってきましたが、感染が拡大したあと住民は、ほとんど集まりません。今、何ができるのか。相談所の連絡先を書いたチラシを一軒一軒、配り続けています。

なごみの家 松江北 小嶋亮平所長
「相談することが頼りたくないとか、相談すること自体が恥ずかしいとか思っている方もいるので、ほっとかない、そのままにしない。なんとか少しは、お役に立ちたいなという思い。」

私たちにできることは?

武田:安藤さん、今、私たちにできることは何だと思いますか。

安藤記者:私自身、実家に病気療養中の家族がいますが、感染のリスクなどもあってほとんど帰ることができていません。本当は会いたいですが、毎日電話をして何か変化がないか注意するようにしています。
今回取材した亡くなった人の遺族や親しかった人の多くは、なぜもっと相談に乗ってあげられなかったのか。悩みを話してほしかったと訴えていました。
また、別府市で亡くなった親子の取材では、父親の知人が“嫌われてもおせっかいが必要だった”と話していました。家族ではなくても、職場や地域の人が悩みを抱えていたら少しおせっかいと思われても、ぜひ相談に乗ったり専門的な窓口を紹介してあげたりしてほしいと思います。