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2021年2月4日(木)

陽性者を追えない…
感染抑制に“難題”

陽性者を追えない… 感染抑制に“難題”

緊急事態宣言をめぐり大きなカギとなる感染の抑制。しかし、最前線でコロナ対策にあたる保健所が「このままでは感染者数は減っていかない」と危機感を強める出来事が起きている。民間のPCR検査で陽性が確認されても、保健所にすぐに連絡がないケースもあり、隔離を適切に行えなかったり、濃厚接触者への対応が手遅れになったりする事態が年末から増えているというのだ。さらに変異ウイルスをめぐっても難しい課題が見えてきている。変異ウイルスの感染者が見つかった地域では、住民に情報がほとんど開示されないため、疑心暗鬼が広がったり、地域に対する風評被害が起きたりするなど、混乱も生まれている。感染抑制に今、何が必要なのか、対策の最前線からの報告。

出演者

  • NHK記者
  • 武田真一 (キャスター)

陽性分からず出社 “感染広げたかも…”

検査結果を伝える医師
「PCR検査が陽性の結果が出たので、ご報告させていただいております。家で安静にしていただくように、お願いいたします。」

PCR検査の結果を告げる医師。陽性と伝えられたのは、30代の会社員です。感染したと見られる時期の後も、いつもどおり出社していました。

30代 会社員
「正直、自分は絶対陰性だろうなと思っていた。まさか陽性になると思っていなかった。普通に仕事もして、満員電車に乗って仕事に行って、営業なのでいろんなお客さんに会って、いろんな人としゃべっていたと思う。」

男性に何が起きていたのか。男性の会社では先週、同僚の感染が確認されました。これまでは会社で感染者が出ると、保健所が濃厚接触者を調査し検査につなげていました。

しかし今、東京都では保健所の手が回らなくなっていて、この会社の調査は行われませんでした。そこで、会社の判断で同じ職場の社員に、民間の検査を受けさせたのです。

感染を疑わせる症状は全くなかったという男性。もし検査を受けていなければ、自分が多くの人に感染を広げていたかもしれないと感じています。

30代 会社員
「私が検査を受けるという流れにならなかったら、陽性だと気づく瞬間もおそらくなかった。それを知らずに子どもにうつしちゃっても、子どもも何も言ってくれないので怖いなって思います。」

緊急事態宣言が延長され、より一層、感染の抑え込みが求められる中で浮かび上がってきた新たな問題。感染が疑われる人が、出歩いてしまうケースが相次いでいるのです。教育関係の仕事に就く、50代の男性です。1月12日に発熱し、強いけん怠感に襲われました。

50代 教育関係の仕事
「普通のかぜひいた時の体のけん怠感、だるさとはちょっと違う感じがしました。上から重いものが、ぐっと体にのしかかってくるような感じがしました。」

仕事を休めず、薬を飲んで治そうとした男性。1週間たっても症状が改善しないため、かかりつけ医を受診し、PCR検査を受けられないかと相談しました。しかし、熱が37度5分を下回っていたことなどを理由に、医師からは“検査の必要性は低い”と言われます。
男性は腑に落ちなかったものの、子どもたちと接する仕事を続けました。結局、民間の検査を受けて陽性と分かったときには、症状が出てから2週間近くがたっていました。感染させる可能性があるのは、発症の2日前から発症後、7日から10日程度とされています。そのすべての期間、男性はふだんどおりの生活を送っていたのです。

50代 教育関係の仕事
「普通に仕事はしていました。基本的に(食事は)外食になってしまうんですけど。僕だってもしかしたら人にうつしちゃって、誰かがもしかしたら重症になっているかもしれないと自分でも思っています。スピーディーさに欠けたことが、一番後悔しています。」

さらにSNSでは、陽性だと自覚しながら出歩いている人がいるようだという書き込みまで見られます。

“検査結果が陽性と出ました。それでもその人は出勤しています。声を上げられないのは会社をクビになる可能性があるからだそうです。”

“すき焼き忘年会でコロナの集団陽性になって自宅待機を命じられた仲間なんだけど、無症状の人はマスクして普通に出かけてるみたい。”

検査結果を伝える医師
「もし万が一、息苦しいとかそういうことがあれば、オンライン診療なども利用していただけますので。」

PCR検査を行っているこのクリニックでは、陽性になった人たちに自粛の徹底を呼びかけていますが、中には危機意識が低い人もいるといいます。

クリニックフォア 奥村雄一郎医師
「(陽性の場合)保健所への報告をするんですが、『保健所への報告はしないでくれ』と患者さんから言われたりというケースもある。その人がスプレッダー(拡散の原因)となってマスクを外して会食、密な状態などを繰り返してしまうと感染拡大が爆発的に広がってしまうことも考えられる。」

濃厚接触者すべては調べず…保健所ひっ迫の中

こうした状況に追い打ちをかけているのが、保健所の業務のひっ迫です。東京や神奈川では、先月(1月)からすべての感染経路を追うという、これまでの方針を見直しました。従来は感染者が確認されると、保健所がいち早く周囲の濃厚接触者を特定し、感染を封じ込めようとしてきました。

今回の見直しでは、重症化リスクの高い人がいる高齢者施設や医療機関などを優先的に調査することにしました。その結果、これまでは濃厚接触者とされていた人が調査の対象外となるケースが出ているのです。

東京都の中央区保健所でも、先月中旬からは職場や会食の場での詳しい調査は原則行っていません。

保健師
「以前はこちらで確認しますと言われていたと思うのですけれども、いま基本的に職場調査等、特に都内の保健所は入れなくなっているので。皆様、体調に気を付けてお過ごしいただいて。」

保健師
「通知ひとつで切り替わってしまって、今日からは濃厚接触者としてこちらでは対応できませんと言わざるをえなくなってしまったのは心苦しい。無症状の方でも陽性になる人は検査することで拾い上げていた部分があるんですけれど、そういう方たちを拾わなくなったことによって、実際は感染している人が街なかを動いているだろうなというのは思いますね。でももうフェーズとして、そこをやっている段階ではないかなと。」

なぜ、こうしたことが必要なのか。感染者が急増する中で、感染経路や濃厚接触者の調査が他の業務を圧迫していました。

方針の見直しによって、重症化リスクの高い人の入院調整や健康観察など、命に直結する業務に注力できるようになったのです。

この日は、複数の基礎疾患を抱える80代の男性の感染が分かり、緊急で入院調整を行うことに。

保健師
「本当ですか。わかりました。ありがとうございます。」

受け入れてくれる病院を、速やかに見つけることができました。

「放っておくと夜中に救急車呼んで、もしかしたらどこも決まらないという、たらい回しというケースになりそうな方だったので本当にベッドがあるうちにすべり込めてよかったケースだと思います。」

感染が収まらない中で方針の見直しは、命を守るためにはやむをえないといいます。

中央区保健所 健康推進課 吉川秀夫課長
「感染者数を追っている場合じゃないなというのは正直なところで、最後の最後は死亡者をいかに抑えるかというところからすると、重症化を予防するのにシフトしていかないと(業務が)回らないだろう。いまの態勢の中で現実的な選択肢としては、しょうがないのかなというのは正直ありますね。」

変異ウイルス 拡散しかねない事態も…

すべての感染者を追うのが難しくなっている中で、変異ウイルスが拡散しかねない事態も起きていました。

1月10日。都内に住む男女2人が、イギリスで確認されている変異ウイルスに感染していることが発表されました。
イギリスの滞在歴はなかった2人。関係者によると、12月25日に都内で10人ほどのパーティーに参加し、ここで感染したと見られています。
実は、このパーティーの参加者の中にイギリスから帰国したばかりの30代の男性がいました。男性は22日に帰国。空港の検疫では陰性になったものの、14日間の自宅待機を求められていた中でパーティーに参加していました。

その後、筋肉痛のような症状が表れ、29日に民間のクリニックの検査で陽性となりました。クリニックから保健所に報告があったのは、1月5日。パーティーが行われてから10日以上がたっていました。保健所が改めて検査を行いましたが、すでに陰性になっていて変異ウイルスかどうかの確認はできませんでした。

変異ウイルスの水際対策が求められている中、自宅待機が徹底されていれば感染が広がるのを防げたかもしれないケースでした。

他県の感染者報告 なぜか東京の保健所に…

保健所ではさらに、当初想定していなかった問題にも直面しています。管轄する住民以外の対応に、追われる事態が起きているのです。

東京港区の保健所には、他県の感染者についての報告が相次いで届いています。どういうことなのか。

実際にあったケースです。広島県の男性が地元で民間の検査を受け、陽性と分かりました。実はこの検査機関が提携していたのは広島ではなく、東京港区のクリニック。男性は、オンライン診療を受けることになります。

感染が確認されると、医師は最寄りの保健所に直ちに報告することが法律で定められています。そのため、港区の保健所に広島の男性の報告が届くことになるのです。その情報は、広島の保健所にも送られます。

ところが、クリニックから港区の保健所に報告が届くまで1週間がかかっていました。

「(12月)31日に診断して、7日に(報告を)出してきているんですよ。」

その間に陽性となった広島の男性は、どこでどう療養すればいいのかなど地元の保健所に問い合わせていたということです。しかし、この時点では広島の保健所は男性の感染を把握していませんでした。

「向こう(男性)から(広島の保健所に)すごい催促されちゃう。」

港区みなと保健所 感染症対策担当係長 新井久子さん
「(感染した男性は)放置されて向こうにまだ保健所から電話が来ないことですごく不安で、ものすごく初動が遅くなっているのでそれでいいのか。」

感染者をいち早く把握するのが難しくなる中で、市中感染が広がりかねない危うさが見えてきました。感染症対策に詳しい専門家は、保健所の要員に限りがある以上、民間の検査を感染対策に生かすための仕組み作りが必要だと指摘します。

大東文化大学 元国立感染症研究所 主任研究官 中島一敏教授
「見えにくい感染経路がどこかにあるから、患者数が減ってきても感染伝播(ぱ)が止まらない。そこから医療につなげていくことが大事で、まん延防止はその中で保健所とつながるのが大事。検査を受けている方々が、正しく医療と感染予防に誘導していく仕組みが大事だと思う。」

感染者減らすための打開策は?カギは?

武田:皆さんに知っておいてほしいのは、この2つのポイントです。地域によって感染した人を追うことが難しくなっている状況で、どう打開していくのか。そして、そのカギとなるものは何か。

取材を続けてきた安土さん、まず国の打開策はどうなのでしょうか。

安土直輝記者(科学文化部):東京や神奈川の保健所で濃厚接触者などの調査対象が縮小されているのは、命に直結する業務に重点を置くための臨時的な対応なのです。去年(2020年)4月の緊急事態宣言のころよりも感染者数がはるかに多い中で、保健所の業務量を考えてもすべてを調査するのは現実的ではありません。
ただ、こうした対応は、緊急事態宣言による飲食店の時短営業など、強い対策とセットで行っているものだということです。こうした対策なしに、調査だけ縮小すると感染対策が崩れてしまいます。
そして今後重要なのは、緊急事態宣言で感染者数が十分に減ってきたときの対応です。保健所の業務に余裕が出てくるレベルにまで感染を減らし、感染を抑え込みにいく段階ではしっかりと調査を行っていくこと。見えにくくなった感染源を徹底的に見つけ出し、感染が再び広がるのを防ぐ対策にシフトしていく必要があります。

武田:宣言解除に向けて、新たなカギとなるものは何でしょうか。

安土記者:カギとなるのは“情報共有”です。国や自治体、保健所、感染対策を提言する専門家などとの間で、情報共有が進まないことが課題になってきました。
それを解決すると期待されているのが、デジタルの活用です。例えば、政府が進めるHER-SYS(ハーシス)と言われる、感染者の情報を共有管理するシステム。去年から運用が始まっていますが、これまでは十分に活用できていなかったのです。このシステムを使って、医療機関から保健所、それに自治体まで感染者の情報が共有できるようになりました。当初はファックスでやり取りをしていたのですが、私が取材した保健所でもこのシステムの整備が進んだことで、業務が効率的になったという声が聞かれました。

さらにもう一つのカギです。民間の検査機関などとの、情報共有です。民間の検査は今、数が急激に増えていますが検査によって得られた情報は、行政と十分に共有されていない現状があります。感染対策にも、十分に生かされていないという指摘もあります。綿密な情報共有が実現するかが、カギとなります。

武田:緊急事態宣言が延長される中、警戒しなければならないのが感染力が高いとされる“変異ウイルス”です。変異ウイルスの感染者が市中で確認されたのは、静岡、東京、埼玉。いずれも海外からどういう経路でこのウイルスが持ち込まれたのか、詳しくはわかっていません。最初に確認された静岡県では、混乱が続いています。

変異ウイルス 感染経路たどれない…

静岡県で、PCR検査を行ってきた保健所です。今、陽性だった人の検体を国立感染症研究所に送り、しらみつぶしに変異ウイルスを見つけ出す作業に追われています。

静岡県 東部保健所 安間剛所長
「業務量がかなり増えている。そこがいちばん苦慮しているところ。ずっと泊まりがけ。」

最初に判明した3人の変異ウイルス感染者は、いずれも海外渡航歴や帰国者との接触はありませんでした。

1人は、変異ウイルス感染の疑いのある県外の人と会食していた人。もう1人は、その濃厚接触者。

3人目は、これまでの陽性患者の検体を調べ直したことで見つかったケースで、いずれも感染経路は分かっていません。

県のコロナ対策を指揮する後藤幹生さんは、難しい判断を迫られていました。県では、感染者が住む市や町を毎日ホームページで公表し、感染拡大を防ごうとしてきました。しかし県内で、どの程度感染が広がっているのか分からない変異ウイルスは、特定の地域に警戒を促すこれまでのやり方では対処できないと考えたのです。

静岡県 疾病対策課 後藤幹夫課長
「変異株が今回見つかった地域以外に絶対にいないというのであれば、そこだと言っていいと思うが、ほかにいない保証は全くない。なのでそこに出ましたと地域名を言うと、そこ以外は安全だと思う人もいる。そこ以外は安全で(変異ウイルスが)いないんだと。」

感染者の情報 どこまで公表?

さらに問題となったのが、変異ウイルスの感染者への差別を避けながら、どこまで情報を公開していくかです。

変異ウイルスの感染者が確認された後の緊急記者会見では、ぎりぎりまで調整が続いていました。

「数が資料から抜かれているが、(公表しても)大丈夫?」

静岡県 疾病対策課 後藤幹夫課長
「大丈夫ではないかもしれない。」

この日、県は国とも調整のうえ、感染者が住む市や町、発症した日などの具体的な情報を明かしませんでした。

「通常の公表だと、市町村名をあげての公表という形だが?」

後藤幹夫課長
「まだ第一報で分かったばかりなので、特定の市町名を出すのは現時点で差し控えたい。」

これまでとは違い、公開する情報を制限した県。しかし、そのことで市民の間に不安も広がりました。詳しい情報を求める声が、相次いだのです。
SNSには、感染者の居住地を特定しようとする、さまざまな臆測があふれるようになりました。

県内で、うなぎ専門店を営む男性。変異ウイルスの感染者が出たのは自分の町ではないかと書き込まれて以降、客足は半分に減りました。

店主
「本当に怖い話、飲食店が潰れてしまう。みんな『あそこで出たんじゃないの?』、『ここで出たんじゃないの?』というような、そういう悪循環の話。不確かな情報から、みなさん書いていく。」

県は、もっと情報を公開すべきではないか。声をあげる自治体も現れました。

熱海市 齊藤栄市長
「(県の情報開示で)的確な対応ができるかどうか、甚だ疑問だと思っている。居住地、年代、性別、職業、どういう形で感染したか。これはぜひとも公開するべきだと思います。市民の危機意識が高まる。やっぱり自分たちの問題だなと。」

感染の拡大を食い止めるためには、県民との情報共有が欠かせない。一方で、個人へのひぼう中傷も、避けなければならない。板挟みの状況が続きました。

後藤幹夫課長
「ひぼう中傷防止を徹底的にやると、どんどん情報が薄くなる。そうした場合、注意喚起が出来にくくなる。その天秤(てんびん)になる。」

そして先週。県が公表に踏み切ったのは、8つの自治体が含まれる“東部保健所管内”という情報でした。市や町に限定せず東部としたのは、感染力が強い恐れのある変異ウイルスに備えるよう、周辺地域の医療機関などに警鐘を鳴らしたいからでした。

後藤幹夫課長
「(感染者が出たのは)市のどの地域だとか際限がなくなってしまうので、ある程度これ以下の部分がダメですといった線引きを国がしていただく。分かりやすく説明できるような、基準があった方がいいと思う。」

いま何が求められているのか?

武田:情報公開を巡る混乱。今後どの自治体でも起こりうると思うのですが、市民の不安に応えるにはどんなことが必要なのでしょうか。

安土記者:情報公開のあり方については、これまでも議論が行われてきました。新型コロナウイルスが入ってきた去年、私が取材した自治体でも感染が確認された人の居住地が発表されない市や町があり、住民から詳しい情報を求める声が相次いだと聞きました。ただ感染者に対する差別や偏見、それに風評被害があったのも事実で、これは決して見過ごしてはいけません。
そして今、変異ウイルスという新たなウイルスが入ってきたことで、同じ問題が起きています。国も情報公開の指針を示そうとしていますが、感染拡大防止に役立つ情報の公表と、個人情報の保護とのバランスを取ることは難しいのが現状です。こうした問題は、今後もどこでも起こりうることです。
また、情報を出す行政の側だけの問題ではありません。情報を受けとる私たちの側も、差別や偏見を生み出さないよう、新型コロナウイルスのことをしっかり理解することが重要です。

武田:緊急事態宣言が長引いています。これまでも私たちは本当に精いっぱい頑張ってきたと思うのですが、改めて今、私たちが心に留めておかなくてはならないことは何でしょうか。

安土記者:新型コロナの感染拡大から、丸1年。私たちはさまざまな感染対策を学んできました。去年春の緊急事態宣言は、手探りの対策が続きました。そして、その経験からしっかりと対策を取れば、感染状況が改善することを学ぶことができました。
だからこそ改めて今は、不要不急の外出の自粛や、大人数での会食を控えること。そしてマスク着用の徹底など、専門家が指摘する急所を抑えた対策を実践していく必要があります。

また、変異ウイルスの問題もありますが、変異ウイルスに対しても基本的な対策は変わらないとされています。感染を抑え、そして再び感染拡大が起きないよう国や自治体はしっかりとした対策を立て、保健所や医療機関の業務をサポートすること。そして私たち一人一人も危機意識、自覚を持って感染予防対策を実践していく必要があります。