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2021年1月28日(木)

健保が…病院経営が…
揺らぐ医療の土台

健保が…病院経営が… 揺らぐ医療の土台

新型コロナウイルスの感染拡大で私たちにとって身近な医療の土台が揺らいでいる。一つは健康保険組合の危機。企業の経営悪化による収入減で解散が相次ぐ恐れも指摘されている。もう一つは医療機関の危機。患者の受診控えなどで多くの病院が赤字となり、医療サービスの縮小や廃業の動きも出てきている。社会全体がコロナ対応に追われる裏で医療に何が起きているのか。この先医療はどうあるべきなのか、考えていく。

出演者

  • NHK記者
  • 武田真一 (キャスター)

コロナ禍で財政難 健保組合“かつてない危機”

今、全国およそ3,000万人が加入する健康保険組合が、かつてない危機に直面しています。JALグループの社員やその家族、およそ7万3,000人が加入する日本航空健康保険組合です。

「上が支出で、下が収入です。」

コロナ禍で保険料収入が半分以下に落ち込み、積立金を取り崩しながら運営しています。JALグループの企業など74の事業所と、その従業員などが加入するこの健保組合。企業と従業員が支払う保険料で運営され、病院にかかったときの医療費を負担したり、人間ドックの補助や健康サービスを提供したりしてきました。

しかし、感染拡大の影響で企業の経営が悪化。保険料の支払いが遅れる事業所も出てきました。さらに、従業員から支払われる、保険料も減少しました。保険料は収入の額に応じて決まるため、給与やボーナスが減るとそのまま保険料の減少につながります。コロナ禍で企業と、従業員双方が受けた影響が健保組合を直撃しているのです。

健保組合では、従業員の健康に直結する切実な議論を始めています。

「いま会社の収支が非常に厳しい中で、これまでの施策をそのまま踏襲するのか。」

これまで行ってきた人間ドックの補助や、生活習慣病予防などのサービスを縮小すべきかどうか検討しているのです。健康に直接関わるだけに、この日は慎重な意見が相次ぎました。

「健康の問題は安全の問題なんだって。未病というか病気になる前の段階で止めるというのは、われわれ企業にとって大きい。収支厳しくても、やるべきことはやっていきたい。」

「これからもお金がなくても、どこかから工面してやっていかなければ将来のJALグループの健康促進にはつながらない。」

サービスの縮小に加えてもう一つ検討されているのが、将来的な保険料の引き上げです。今、従業員と企業が負担している保険料は年収の8%程度ですが、これを引き上げることも検討せざるをえないといいます。

JAL客室乗務員 藤久保文香さん
「保険料が上がるということは、必要経費ではありますけれども複雑な気持ち。」

日本航空健康保険組合 秋山実理事長
「非常に困難な状況。先を見ると、今のままだと厳しい。この一言に尽きる。そんな中でもなんとかして(サービスを)継続していきたい。」

全国の健保組合で作る健康保険組合連合会、『健保連』です。健保連は、コロナ禍の影響を試算。健保組合を今後も維持していくためには、加入者全員の保険料を平均でおよそ2%引き上げなければならない計算になるとしています。

今、平均9.2%の保険料。例えば年収500万円の人の場合、年間46万円ほどになります。試算では、11%以上に上げ、保険料は9万円以上増える計算です。

健康保険組合連合会 佐野雅宏副会長
「相当多くの健保組合が、引き上げに動かざるをえないと思う。費用とサービスの両面で、悪循環になって解散せざるをえない。こういった流れになるのが、いちばん、われわれが心配していること。」

コロナ禍で病院経営が悪化 私たちに影響が

これまで誰もが安心して身近な病院にかかることができた、日本の医療システム。しかし今、健保組合だけでなく医療機関の経営も、危機に直面していることが分かってきました。

新型コロナの感染拡大以降、およそ半数の病院が赤字となっています。院内での感染を恐れた患者が、受診を控えたことが主な要因とみられています。

病院経営が専門の都内のコンサルティング会社です。先月(12月)、全国100以上の病院が参加したオンラインセミナーでは、厳しい実態が浮き彫りになりました。

「病院経営はコロナ前と比べて『悪化した、良くなった、変わらない、分からない』?…たぶん『悪化した』が圧倒的に多いと思うんですけれど。圧倒的に多いですね。」

その場で行われたアンケートでは、9割以上の病院がコロナで経営が悪化したと回答。『撤退』や『統合』を検討している病院もありました。このコンサルティング会社は、多くの患者を受け入れることで成り立ってきた、これまでの病院経営のあり方が揺らいでいると指摘します。

グローバルヘルスコンサルティング・ジャパン 渡辺幸子社長
「今回このコロナは、日本の医療提供体制のぜい弱なところを突いてきた。コロナのマイナスインパクトというのは、経営に対して大きな衝撃をもたらしている。」

さらに新型コロナの患者を受け入れたことで、かつてない経営悪化に陥る病院も相次いでいます。地域の救急患者のおよそ3割を受け入れる、総合大雄会病院です。地域医療の要の病院ですが、今年度の前半、収益はおよそ15%減少し赤字は4億5,000万円に上りました。

総合大雄会病院 伊藤伸一理事長
「危機的な状況。存続に関わる大きな問題。」

伊藤伸一理事長
「こちらが(新型コロナ患者の)専用の病棟になっています。」

病棟の一部を新型コロナ専用に切り替え、中等症以下の患者を受け入れるこの病院。

このフロアでは、感染対策を徹底しながら患者の対応に当たるため、通常よりも人手がかかります。その結果、16床のうち10床は使えません。

伊藤伸一理事長
「ここも当然使えない。通常であれば、1日1万円の個室料をいただいています。」

使用できない病床は、すべて風呂やトイレを完備した個室。通常であれば1泊1万円の追加料金を取っていた、大きな収入源でした。

これらが使えないことで、3,000万円近くの減収に。受診控えなどで外来患者が最大2割減ったことも重なり、巨額の赤字に陥ったのです。

病院は、徹底的なコスト削減を迫られています。去年(2020年)11月には、開業以来初めてとなる冬のボーナスの削減を話し合いました。

伊藤伸一理事長
「(賞与を)全額支給してしまうのは、非常に経営上リスクを抱えることになる。」

「生活給ですから、最低でも例年の水準は維持してあげたい。」

「われわれは、こんなに大変な思いをして頑張ってきたんだという思いも当然ある。」

結局病院は、ボーナスの0.6か月分のカットを決断しました。

伊藤伸一理事長
「相当厳しい状況である。職員のモチベーションもできるだけ保つ形でやりたい。」

コスト削減の影響は人件費だけでなく、私たちが受ける医療の現場にも及んでいます。この日、経営の専門家から、緊急用に多めに確保していた手術用の物品を減らせないかと指摘されました。

経営の専門家
「いっぺん選別して、1日1個くらいしか使わないなら3個くらい置いておけばいいなと。…できる?」

看護師
「みんなで協力すれば。」

ほかにも…。

伊藤伸一理事長
「透析の機械です。更新を予定していたが、残念ながらそれができなくなった。」

腎臓の機能が低下した患者の治療に使う、人工透析器。故障などのリスクを少しでも低くするため、20台を買い替える予定でしたが先送りしました。

伊藤伸一理事長
「不具合はない。将来、なんらかの不具合が起きる可能性がある。私どもにとっても患者にとっても本当になんとかしたい。」

さらに地域を支えてきた救急医療も、揺らぎかねない事態に追い込まれています。

「(新型コロナの)重症者を受け入れる想定ではなかった。ご覧のとおり、苦肉の策で部屋の前に陰圧テントを作って。」

この病院は、入院中に重症化した新型コロナの患者の転院先を見つけられず、やむをえずICUで診ています。

重症化した患者が増えると人手が足りなくなり、残りのベッドは使えません。一般の救急患者を、受け入れられなくなるおそれがあるのです。

高度な治療が必要な救急医療は、収入の柱。さらなる経営悪化につながりかねない状況です。

これまでに病院は、ボーナスのカットなどで2億円余りを削減。補助金も活用し赤字をゼロに近づけていますが、感染拡大が続く今、必要な医療をどう提供するのか模索が続いています。

伊藤伸一理事長
「コロナ(の患者)を受け入れているところ(病床)は補助金をいただいていますが、それだけでは当然間に合わないことになりますし、コロナが拡大することによって一般の救急医療を止めるということはあってはならない。地域で命を救う医療が、提供できなくなる。」

コロナ禍で揺らぐ、私たちの医療。その実態をさらに詳しく掘り下げます。

健保・病院経営 “危機”の深層は

武田:これまで私たちは、感染拡大の中で医療現場がひっ迫する状況に注目してきましたが、その裏では経営という医療の土台そのものが揺るがされた上、コロナ以外の診療も立ち行かなくなるのではないかという深刻な懸念も浮かび上がっています。取材にあたった、社会部の山屋さん。なぜ、新型コロナで医療の土台がここまで揺らぐ事態になっているのでしょうか。

山屋智香子記者(社会部):まず、さきほど見てきたのは『健康保険組合』と『病院経営』の危機です。

実は、どちらも新型コロナの前から深刻化していた課題なのです。まず大企業などで作る健保組合ですが、社員や家族の医療費負担を3割以下に抑えてくれますが、高齢化による医療費の増大でもともと厳しい財政にありました。10年以上前から、保険料を引き上げる動きも進んでいます。今回、コロナの感染拡大で企業の経営が悪化。従業員の収入も減少し、それぞれから入る保険料が減少したのです。こうして、財政難に拍車をかける形となりました。ここ数年は組合を解散して、主に中小企業の従業員が加入する『全国健康保険協会』=『協会けんぽ』に移行する動きも出てきています。

こうなっても3割負担は守られるのですが、健康サービスが減少したり、保険料が上がったりする場合もあります。また協会けんぽには公費が投入されていて、国の負担も増えていきます。健保連はこのままの状況が続けば、解散が相次ぐおそれもあるとして危機感を強めています。

武田:コロナで病院の経営が悪化しているというのも、もともとぜい弱性を抱えていたからということなのでしょうか。

山屋記者:こちらのグラフですが、赤字経営となっている病院の割合は4月から6月は実に60%以上、その後も50%前後が赤字になっています。

そもそも日本の病院は、効率性を求められてきたのです。患者を多く受け入れてベッドの稼働率を上げなければ、経営がうまく回っていかない病院も多いと言われています。人口の減少で患者が減り、もともと赤字経営だった病院も少なくありませんでした。
今回のコロナで患者が受診を控えたり、あるいは病院が通常の診察を縮小したりしました。その結果ベッドの稼働率が低下し、経営に大きな打撃を与えたのです。

武田:今回は国も病院の経営に対して、支援を打ち出していますよね。これは十分なのでしょうか。

山屋記者:国は、コロナの患者を受け入れられる病院にさまざまな支援策を打ち出しています。例えば、重症患者のベッドを新たに1床設けたら1,500万円。それ以外のコロナの患者は1床当たり450万円。さらに、緊急事態宣言の地域ではそれぞれに450万円を上乗せしています。

これによって、病院の経営が改善したという声も多く聞かれるのですが、問題がどこまで解消されたのかまだ詳しくは分かっていません。また、こうした支援がいつまで続くのか、あるいはもっとコロナの患者が増えて状況が悪化したときに経営がもつのか、という声も上がっています。

武田:コロナ禍で病院では経営問題だけでなく通常の医療にまで影響が及び、救急搬送を受け入れられない、がんなどのほかの病気の手術が遅れるといったことが現実に起きています。
そこで、地域の病院どうしが『連携』することで、病院の経営も診療体制も守っていこうという取り組みが始まっています。

“地域の医療体制を守る”「連携」で見えたヒント

緊急事態宣言下でも通常の医療を守ろうとしている、千葉県・安房(あわ)地域。

地域の救急搬送の4割に対応するこの病院では、コロナの患者を受け入れず通常の医療に専念しています。急速に感染が広がる中でも、独自の仕組みで地域の救急体制が守られています。

安房地域医療センター 山岸智子看護師長
「COVID(コロナ)を診ずに普段からやっていることをきちんとやって、本当にそれがうまく回っているんじゃないかと考えています。」

地域で構築した、医療体制です。この救急病院に、コロナの患者は入りません。軽症であれば、公立病院が。重症、中等症であれば、総合病院が受け入れます。病院ごとの役割分担と連携で、救急などの通常医療を守っているのです。

重症、中等症患者を受け入れている総合病院では、コロナに対応しながら心臓外科や、がん治療などの高度医療も担っています。重症から軽症になったコロナの患者が病院にとどまり続ければ、ほかの患者を受け入れられなくなり、高度医療や病院の収益にも大きな影響が出かねません。

コロナへの対応と高度医療の両立を可能にしているのは、病院どうしの連携です。軽症になった患者は、公立病院に転院する仕組みを整えました。これによって、総合病院は高度医療、そして病院経営も守ることができるのです。

亀田総合病院 丸山祝子看護部長
「がんの患者の手術が受けられない、緊急手術が受けられないとなった場合には、住民の方々は安心して医療受けられませんので。今、こういう連携をすることによって、ここ(総合病院)のベッドを確保する、人員を確保することができていることによって、医療崩壊が防げているのかなと考えています。」

一方、多くのコロナの患者を受け入れることになった、公立病院。ここには、ほかの医療機関が支援に入ることになりました。この公立病院は、もともと高齢者のリハビリなどを担っていました。

感染症の専門医はいませんが、ほかの病院の専門医に日常的に相談できる体制を作ることで、多くの患者の受け入れが可能になりました。

毎日電話で、総合病院と患者の情報を共有しています。

「うちの方(入院)は7名です。少しちょっと(肺に)影があるようですが、サチュレーション(酸素飽和度)は落ち着いています。」

さらに、マンパワーが足りなくなれば、ほかの病院から医師や看護師が応援に入ることになっています。

こうした役割分担と連携の仕組みは、去年の春から関係者が話し合いを重ねることで実現してきました。

連携を主導 社会福祉法人 太陽会 亀田信介理事長
「この地域全体を一つの医療機関として、共有物として見れば、今どこにどのくらいの人がいるべきなのか、行くべきなのか。それをこの地域全体で合意形成をし、一般診療を守りつつ、この地域でコロナがある程度まん延しても対応できる。」

しかし、感染者が急増した年末年始。医療機関の連携は、さらなる見直しを迫られました。地元の介護施設など、2か所でクラスターが発生したのです。

関係者が急きょ集まり、対応を協議しました。さらに多くの患者を受け入れることになる、公立病院が不安を訴えます。

公立病院 院長
「やはりマンパワーが本当に足りない。そこに皆様から少しでも応援していただけますと。」

感染症専門医
「(地域の)医療の質を落とさないように、医師会で積極的にやっていただく形でお願いできたらと思います。」

2日後。公立病院は、コロナ専用病院となりました。リハビリなどで入院していた22人の患者は、地域のほかの病院が受け入れました。公立病院でマンパワーがひっ迫すれば、医師会が支援に入ることになりました。

この地域では今後の超高齢化の時代を見据え、医療の連携をさらに深めていく考えです。

亀田信介理事長
「今後の高齢社会で、いかに(医療の)生産性を高くクオリティーを高くしていくか。このパンデミックの現在だけではなく、2050年まで続く後期高齢者の増加に対応するためにも必要ではないか。」

コロナ禍で見えた“今すべきこと”

武田:山屋さん、こうした連携の取り組みはほかにもあるそうですね。

山屋記者:例えば、東京都・八王子市の取り組みです。コロナの患者を受け入れる大学病院のベッドをうまく回転させるために、ほかの民間病院や介護施設など、およそ40か所と連携しています。一定期間たってほかの人に感染させるおそれがなくなった患者を、こうした病院や施設に移す仕組みを整えているのです。

また、長野県・松本市周辺の取り組みです。重症、中等症、軽症、そして透析が必要な患者など、重症度に応じて担当する病院をあらかじめ決め、役割分担を明確にしています。

武田:役割分担をうまく進めることができている、秘けつはなんでしょうか。

山屋記者:取材して感じたのは、病院どうしの『情報の共有』です。さきほど地域全体を1つの医療機関として考えるべき、とありましたが、そのためには今、どこの病院がひっ迫して支援が必要なのか。または、どこの病院なら患者を受け入れることができるのか。情報を共有する必要があります。今回取材した千葉県・安房(あわ)地域では、コロナの感染拡大前からお互いの患者や、ベッドの使用状況などを開示し合って、足りない部分を補ってきたといいます。

武田:コロナ禍で私たちが受けてきた医療が、もはや当たり前ではなくなるおそれがあることを改めて突きつけられた思いがします。これから先、日本の医療はどうなっていくのでしょうか。

山屋記者:まずはコロナによって急激に悪化した、健保組合や医療機関の財政を立て直すことが必要です。それには、国などの支援が欠かせません。ただ一方で、将来を考えた根本的な議論というものも必要だと思います。専門家は、財源が限られる中で補助金だけに頼るのではなく、医療資源を有効に活用する努力が欠かせないと指摘しています。

東海大学 健康学部 堀真奈美教授
「無尽蔵にお金がどんどん出てくるわけではないので、どういうふうに限られた資源でうまく活用していくか、連携していくか。医療機関間の連携とか、あるいは地域における病院の中の役割分担、あるいは国と地方自治体の役割も含めてそういったことをしっかり見る必要があった。」

山屋記者:新型コロナウイルスはいつ収束するか分かりませんし、収束しても人口減少や国の財政難などで、医療機関や健康保険組合を取り巻く環境は今後も厳しい状況が続くと思われます。だからこそ、今回のコロナ禍で浮き彫りになったこの課題を、根本的な問題と捉えるべきです。また今回受診控えが増えましたが、このうちの一部は本当にそもそも必要な医療だったのかという指摘も出てきています。目先のことだけでなく、医療制度を持続させるために誰がどこまでの負担を背負うのか。本当に必要な医療とは何なのか。将来を見越した議論を進めていくべきだと思います。