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2021年1月6日(水)

ある自衛隊員の自殺

ある自衛隊員の自殺

今、札幌で1つの裁判が行われている。9年前に自殺で亡くなった自衛官・川島拓巳さん(当時19歳)の遺族が国に損害賠償を求めたものだ。自衛隊員の自殺は毎年60~100人。詳しい経緯を遺族が知ることができないケースも多く、川島さんの母・五月さんは「裁判しか、真相を知る方法がない」と話す。一方、自衛隊を取材すると、自殺対策に力を入れているものの、思うように効果が上がらない実態も見えてきた。自衛官の自殺は何を問いかけているのかを追う。

出演者

  • 柳澤協二さん (元防衛省人事教育局長)
  • 武田真一 (キャスター)

ある自衛隊員の自殺

去年(2020年)4月、札幌で1つの裁判が始まりました。自殺した隊員の遺族が、損害賠償を求めて国を訴えたのです。

裁判を起こした川島五月さんは、9年前に息子を自殺で亡くしました。

拓巳さん、当時19歳。陸上自衛隊白老駐屯地の陸士長でした。

川島五月さん
「息子の死について、そこですね。死について、はっきりしたことをわかりたい。その思いだけです。」

幼いときに父親を亡くした、拓巳さん。早く働いて家計を支えたいと、高校卒業と同時に自衛隊に入りました。

拓巳さんに異変が見えるようになったのは、入隊から9か月がたったころ。眠れないなど、体調不良を訴えるようになりました。24時間即応態勢で、先輩と同じ部屋で暮らす寮生活が続いていた拓巳さん。母・五月さんによれば、拓巳さんは先輩から繰り返し『死ね』と言われたり、不要な掃除や腕立て伏せをさせられたりして、『死にたい』と漏らしていたといいます。五月さんは自衛隊に出向き“息子をやめさせて欲しい”と申し入れましたが自衛隊との話し合いの結果、翌年3月まで務めることに。

しかし、それを待たず拓巳さんは自衛隊の寮内で、みずから命を絶ちました。亡くなった当日、五月さんが上官と話したときの音声が残っています。

五月さん
「私は6月にお願いしましたよね。今すぐにでも息子を連れて帰りたいって言いましたよね。見てくれるって約束しましたよね。それがなぜ目を離されたんでしょうか。」

自衛隊
「こちらでは就職のあっせんをしていた最中でありました。」

五月さん
「3月まで責任もって見てくれるっておっしゃったじゃないですか。」

自衛隊
「われわれもお母さんの意図に対してそうさせたかったんですが、あくまでも組織として川島くんの事を思えばこのまま帰すわけにはいかなかったと判断して、最終的には就職も探して見つけてあげてというところ。」

五月さん
「どうして外出も何もさせてくれないんですか。」

当時、拓巳さんと同じ部隊にいた男性は、仲のよかった拓巳さんが亡くなる前日に漏らしたことばを今も忘れることができません。

「『パワハラしてくる先輩と同じ部屋にいるのがつらい』と。『もし僕が自殺をするとしたら、遺書に先輩のパワハラが原因だと書く』と言われたので、先輩のパワハラだと(自衛隊の聞き取りでも)全部話したわけですけど。」

しかし自衛隊から遺族への説明では、厳しい指導はあったものの、通常の指導の範ちゅうだったと結論。内部調査の詳細は明かされませんでした。

では、何が拓巳さんを追い詰めたのか。
自衛隊が3年後に出した説明には、こう記されています。

“家族への仕送りがきついと悩んでいるようだった。”

“自衛隊を退職したいが母親が許してくれない。”

遺族と自衛隊の言い分は、大きく食い違っています。

実は近年、自衛隊員を巡る相談は全国で相次いでいます。
川島さんの弁護人を務める、佐藤博文弁護士です。

弁護士 佐藤博文さん
「これが陸上自衛隊。海上自衛隊。航空自衛隊。日本中から来ます。」

10年ほど前から、自殺やパワハラセクハラなどの相談が毎年30件以上寄せられるようになったことから『自衛官の人権弁護団』を設立しています。
しかし、自衛隊内の自殺について防衛省に情報開示請求を行っても、ほとんどが非開示。

佐藤博文さん
「自衛隊の自殺情報の一覧表です。まったく真っ黒なんですよね。闇。ブラックボックス。」

防衛省はその理由を、事故者が特定されれば近親者に心理的負担がかかるため、と説明しています。

佐藤博文さん
「自衛隊というのは軍事組織ですから、秘密性というのが一番なんですよね。われわれ弁護士から見ると、客観証拠を得るのが非常に難しいです。」

情報が得られないために、真相に迫るための裁判すら起こせないケースも多いことが分かってきました。

4年前、上川あかりさん(仮名)は自衛隊員だった夫を自殺で亡くしました。

休日まで呼び出され、買い物の送り迎えをさせられるなど理不尽な命令に悩んでいたといいます。

上川あかりさん
「帰りたくないとか、同じ部屋の先輩はいやですって、はっきり言ってました。やっぱり人間関係はすごく悩んでましたね。」

自殺に至った理由は何か。あかりさんは自分で調べようとしました。夫の同僚に、SNSで連絡。

しかし、該当する先輩はどんな人なのかと尋ねたあと連絡が取れなくなりました。上官の指示でした。

上川あかりさん
「証拠とか遺書もないので、裁判は難しいと思うんですけど、なんで死ななければならなかったんですか。それは一番知りたいです。」


去年9月、裁判を起こした五月さんの元に、国側の主張が書かれた書類が届きました。

川島五月さん
「中身は全部否認ですね。認めはしないんだなというのがわかりました。いじめについても認めないということですよね。」

国は、指導は至極当然のもので“いじめと評価し得るものではない”と反論。

請求は“速やかに棄却されるべき”だとしています。

自衛隊員の自殺 組織で何が?

武田:相次ぐ災害復旧の現場。新型コロナウイルスへの対応。私たちは、過酷な環境で黙々と働く自衛隊員の姿を見てきました。しかし、その中に苦しい胸のうちを抱えた人々がいるということに目を向けてこなかったのではないかと思います。
防衛省の官僚として、自衛隊内の自殺対策にも携わった経験がある柳澤さん。自衛隊の自殺率を見てみますと、一般公務員と比較して2002年以降およそ2倍で推移しているんですね。この多さにも驚くのですが、これはどう受けとめて来られたんでしょうか。

ゲスト柳澤協二さん (元防衛省人事教育局長)

柳澤さん:私が人事教育局長だった2000年、2001年のころなんですが80人とか90人の大台で自殺者がいましてね。これは1つの見方をすれば陸上自衛隊の普通科1個小隊って40人弱なんですけど、戦争もないのに毎年2個小隊がいなくなっているという計算になるんですね。これは大変な問題なんじゃないかと。それからもう一つの捉え方をすれば、幸いまだ自衛隊は海外で1人も殉職者を出していないのですが、イラクとかスーダンもそうでしたけど1人殉職が出たらそれはもう大変な問題になっていたはずなんですね。しかし命の重さという意味ではそこは平時に国内で1人亡くなるのだって同じことなんじゃないかと、そういう意味でもこれは重大な問題だろうと。当時、幕僚監部の人たちも問題意識を共有していただいて、何とかこの自殺対策の取り組みを始めなければいけないなと言っていたのが私の最初の経験であったと記憶してます。

武田:遺族側と自衛隊側で見方が異なっているというケースもあるわけですが、自殺した詳しい経緯や理由を遺族ですらほとんど知ることができないという実情もあります。これはなぜなんだという思いを禁じ得ないんですけど、柳澤さんはどう捉えていらっしゃいますか。

柳澤さん:さきほど出てきた報告書とか、裁判の主張を見ますと結局、中で聞き取り調査をやるしか手段がないわけですが、それですとやってる当人はそんなに深刻な認識なしにやっている。しかし、相手の方はそれだけ追い詰められてるという現状があるわけなんでね。だからあの報告書を見てご家族が納得しないのはもちろん当然なんだけど、自衛隊側がじゃあこの人はどうして自殺をするようになっちゃったの、というところを自衛隊自身が本当に納得できているんだろうかということですね。この自殺については事後介入が極めて重要なんですが、その場合に関係者に本当にいろいろ聞き取らなければいけない。その関係者の中にはご家族も含まれるはずなので、そのご家族と部隊側が情報を共有しながら本当にこの子はなぜそこまで追い込まれたのかということを、お互いが納得いくまで追求するという手順が何とか取れないのかなと思ってしまいますね。

武田:川島さんのケースでは、自衛隊側はいじめやパワハラの存在も自殺との関係も否定しています。ただ、去年1月には内部向けにこんな通達も出されています。

パワハラや暴行などの重大事案が、10年前と比較するとここ数年およそ2~3倍に増えていることから罰則を重くすると通知しているんです。自衛隊の組織の中では助けを求めづらい空気があると、指摘する元幹部もいます。

元航空自衛隊 幹部候補生学校長 林吉永さん
「自衛隊に入りますと、個人が殺されるわけですね。個が抑制される社会ですから。組織の言いなりにならなきゃいけないというのが宿命なんですね。軍事の面において。仕事も個ではなくて、団体で仕事しますから、マスで。その中で起きているいじめというのは逃げようがない。同じ建物に四六時中一緒にいるわけですから。24時間ですよ、自衛隊の中で生活している隊員にとっては。」

武田:柳澤さんは自殺対策に携わった経験もお持ちだそうですが、追い込まれていく要因についてはどう感じてこられたのでしょうか。

柳澤さん:いま一つ出たように、やはり仕事もそうだしプライベートもそうだし同じ生活空間の中で同じ固定した人間関係の中にずっといなければならないというのは、うまくいけばいいけれどそうでないとものすごい苦痛なんですね、人間にとってね。そこの逃げ場がないというのは、1つ大きなハンデとしてあるんだろうと思うんですね。そこは1つの自衛隊の特殊性といえるのかな、と思います。

武田:実はこの自衛隊の側も、この自殺の問題を深刻に捉えていることが分かってきました。隊員の自殺を何とか食い止めようと取り組んでいる、対策の現場を取材しました。

“自殺を防げ” 自衛隊の取り組み

この日、北海道の各駐屯地から集められた31人が研修を行っていました。
悩みを持つ隊員の相談に乗るための、『傾聴訓練』。

自殺につながりかねない兆候を事前につかんで対応する、『部内相談員』を育てるため3週間にわたる研修が続きます。力を入れる理由は強烈な危機感です。

「残念ながら、われわれの網からもれてしまうこともなくはない。きのうの話なんですけど、もれてしまって幸い命は助かったんですけど。カウンセラーだからではなく、日ごろの仲間だから話を聞くというところからはじめないといけない。」

訓練生
「先輩後輩が心の傷を負って亡くなってきたのを見てますので、そういう方を少しでも助けたいという気持ちで臨んできました。」

訓練生
「ふだんは自分が現場で体を動かす立場にいるので、ここでやっている話し方、接し方は少し違うと思います。」

日常的に命令への服従が徹底される組織の中で、どうすれば隊員から抱えている悩みを聞き出せるのか。教官を相手に、カウンセリングのスキルを学びます。

相談役の教官
「苦しくて苦しくて、たまりません。」

訓練生
「不安で苦しいという思いをずっとされてきたんですね。
…すみません。ちょっとまってください。1回整理させてください。」

相談役の教官
「ここで問題なのは『苦しい』というワードに対して選択肢は2つある。掘り下げるか。共感するか。どちらでもいい。クライアントさん(相談者)の気持ちに共感できる、『あっ、それは苦しいよね』って心の底から思えるんだったら、ここで共感していい。」

こうした相談員を各地に配置することで、追い込まれた隊員に悩みを打ち明けてもよいのだというメッセージを伝えたいと考えています。

自衛隊員のメンタルヘルスが研究テーマ 防衛医科大学校教授 長峯正典さん
「“マッチョ文化”とわれわれ言ったりもするんですけれども、精強でなくてはならない、タフでなくてはいけないという、そういう文化があるわけですよね。そこに共通してあるのはメンタルヘルスを崩すことに対する偏見ですよね。調子を崩してても、治療を求める、援助希求することができなかったりする。とにかく隊員を孤立させない。そこは非常に大事なところだと思っています。」

自衛隊はこれ以外にも、部外カウンセラーや電話による相談窓口を設置。自殺への対策を講じてきました。

しかし、今なお解決への道は見えていません。防衛省は、昨年度自殺した隊員がいずれかの窓口に悩みを相談していたかを調査。結果はほとんど相談していないという厳しいものでした。

防衛省幹部はこの数字を真摯(しんし)に受け止め、“対策を見直す必要がある”と語っています。

組織の課題 隊員たちの“心の声”をつかめるか

武田:対策は講じていても、なかなか助けを求める声が上げられない。背景には、強くなくてはならないという文化があるということでした。強じんな組織を作るという一方で、悩みを抱えた人も守らなければならない。これはどう両立させていけばいいんでしょうか。

柳澤さん:まず、仲間として接していくという姿勢がすごく大事だと思うんですね。組織の人間として強じんでなければいけないということと、精神的に強じんであるというのは別問題で、むしろほとんどの人が精神的な弱さというのはどこかに持っているわけですね。白老駐屯地の川島君の例にしても、あの子はすごく真面目で家庭に対しても責任感の強い人だったと思うんですね。そういう人が自分を責めることになってしまって、どんどん孤立していく。なかなか外に向かって心配をかけたくないという思いもあるでしょうし、真面目な人ほど追い込まれていくという。だから痛ましいんですけれども一方で“仲間として接することが大事”ということばが大事なのは、彼らに接する上官にしてもいざというときには自分の命令1つで部下の命を預かるんだという責任感があれば、真面目な指揮官・上官はやはり同じように人間としての悩みを持つはずなんですね。お互いに精神的な弱さを持ったものどうしの集まりとして、それがいざというときに力を発揮する。そのためには同じ仲間として、弱みを持った人間であることを前提にした信頼感、そういうふうに発想を転換することが極めて必要なんじゃないかなというのを見ていて感じましたね。

武田:特殊な文化を持つ組織の中で、一人一人をどう守っていくのか。ドイツでの取り組みを見ていきます。

“風通しの良い組織へ” ドイツ軍の取り組み

毎年、中東やアフリカなどに1万以上の兵士を派遣しているドイツ連邦軍。ここには、兵士の人権を守るためのある役職が置かれています。『軍事オンブズパーソン』です。

議会が、法律の専門家など第三者の中から指名し、強力な権限が与えられます。最前線から基地の中枢まで立ち入り、兵士から直接自由に聞き取りを行うことができるのです。

棚いっぱいのファイル。ドイツ中の兵士から毎年4,000から6,000件の相談が寄せられています。第三者を入れることで、閉鎖的になりがちな軍の内部をオープンにする取り組み。兵士の自殺率はドイツ全体の自殺率とほとんど変わりません。

軍事オンブズパーソン エヴァ・ホーゲルさん
「兵士にとっての問題は、指令体系や階級と関係ない人間が取り組むべきです。兵士の基本的人権は一定の条件下で制限されることはありますが、兵士一人一人の尊厳は不可侵であることに変わりはありません。」

自衛隊員の自殺を防ぐために

武田:ドイツでは兵士は制服を着た市民。兵士である前にまず市民である、という理念が掲げられているそうなんですけれども、柳澤さんはこのオンブズパーソンの取り組み、どうご覧になりましたか。

柳澤さん:ドイツの場合は第二次大戦の反省もあって、とにかくまず市民としての常識を生かさなければいけないということで、再軍備のときに徴兵制をして、市民であるがゆえの徴兵制なんですね。そうやって義務を課するがゆえに、人権を守るためのシステムを取り入れたという両輪をきっちりそろえたということだと思うんですね。日本でもぜひ、こういうなんらかの第三者の視線で介入できる権威を与えるということは何とか工夫してしてやっていく必要があるんじゃないかなと思うんですね。

武田:何かそういった組織のようなものを作っていくということですか。

柳澤さん:これは仮に部内の人がやるとすれば、本当にそれでこの自殺の原因について納得できるのかどうかというところを第三者の目で見るようなパネルを作るとか、あるいは第三者の専門家を事後介入の中で活用していくとか、そういう工夫はできるんだろうと思うんですけれどもね。

武田:今回改めて感じたのは災害時など、私たちは自衛隊に期待もし、頼りながらも隊員一人一人の苦しみ、存在、そこにあまりにも無関心でどこか遠い存在だと思ってきたのではないかということなんですね。そのこともこの問題が解決されない1つの要因になってきたんじゃないかなと思うんですが、柳澤さんはいかがですか。

柳澤さん:私も実は人事教育局長の後、2004年から官邸の内閣官房で自衛隊をイラクに派遣する仕事をしてて、そのときに1人も亡くならなかったからよかったんですが、そのとき仮に何かあって冒頭にあったようにその子のお母さんからうちの息子はどうして死ななければいけなかったんですかって言われたら本当になんと答えたんだろうと。いまだに私は答えを見いだせないんですね。そうやって決してひと事ではなくて、自衛隊の服務宣誓には身をもって責務の完遂に務めもって国民の負託にこたえることを誓います、とある。では主権者である国民は自衛隊に一体何を負託するのかというね、それを1人の国民としての自衛隊に対してどういう受けとめをするのかということを主権者としてぜひお考えいただくという私の理想論ですけれど、ぜひそうあってほしいなと思います。

武田:同じ市民として、私たちもまた自衛隊員一人一人に対して向き合っていく必要があると。

柳澤さん:同じ日本国民としてですね。

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