クローズアップ現代

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2020年12月9日(水)
“こもりびと”の声をあなたに ~親と子をつなぐ~

“こもりびと”の声をあなたに
~親と子をつなぐ~

NHKひきこもりキャンペーン「#こもりびと」の連携企画。NHKがひきこもり当事者の居場所になろうと始めたラジオ番組「みんなでひきこもりラジオ」には、これまで7500を超える声が寄せられている。「就職試験に失敗したら、父親に何度もバカ女と言われ、生きていても仕方ないと思うようになった」「親に認めてほしいけど、無理ならいなくなってほしい・・・」。一方、こっそりラジオを聞いている親からの切実な声も届くようになっている。「働く者、食うべからずと責めてしまいました・・・」。今回の番組では、直接伝え合うのが難しい当事者と親・家族それぞれの本音に、ひきこもり経験のある家族を持つ栗原望アナウンサー(ひきこもりラジオMC)が寄り添い、一歩前に進むためのヒントを探る。

※放送から1週間は「見逃し配信」がご覧になれます。こちらから ⇒https://www.nhk.jp/p/gendai/ts/WV5PLY8R43/

出演者

  • 石井光太さん (作家)
  • 長谷川俊雄さん (社会福祉士)
  • 武田真一 (キャスター) 、 栗原望 (アナウンサー)

「ひきこもりラジオ」に寄せられた本音

ことし(2020年)5月に放送を始め、先月(11月)4回目を迎えた「みんなでひきこもりラジオ」。毎回、ひきこもり当事者の貴重な声が寄せられています。
番組を始めたきっかけは、1人のひきこもり当事者から私たちに届いたメールでした。

“ひきこもりラジオをご提案させていただきたいです。ラジオを通じて、誰もが抱え込まなくていいこと、楽になっていいことを伝えてほしいです。”

「一人じゃないと思えた居場所を見つけられた」など、これまでに届いた声は7,500。中には、直接会って声を聞いてほしいという人もいました。
私たちは、安心して話せる場が必要だと出張ラジオカーを用意。貴重な声と向き合うため、全国のリスナーのもとに向かいました。そこから、親も知らない本人の本音、そして、本人も知らない家族の本音が聞こえてきました。

“こもりびと”の本音 親も知らない思い

11月中旬。出張ラジオカーが向かったのは大阪。1週間迷った末に、気持ちを聞いてほしいと連絡をくれた、ゆみさん。しかし、その後、会うことにまだ迷いがあるとメールが来ました。

栗原
「これからちょっと、電話でお話を伺わせていただこうと思うんですが。」

やり取りを続けると、まずは電話でならと返事をくれたゆみさん。誰にも言えずにいた思いを聞かせてくれました。

(電話)ゆみさん(25)
「吐き出したかった、ていう方が近いかもしれないです。妹と弟がいるんですけど、学生したり仕事したり、親も仕事をしていて、その中に自分だけ、ちゃんとした仕事とか勉強してるわけでもないし、何か、そんなのがいていいのかなっていうのはありますね。」

ひきこもりのきっかけは中学時代。学校を休みたいと親に伝えたところ、父親はその理由も聞かず、ゆみさんを車に乗せ学校に連れて行きました。その後、うつ病を発症し10年以上、自宅で生活を続けているといいます。

ゆみさん
「いかにも、腫れ物扱いされてるなていうのは、何となく感じるときはありますね。」

栗原
「改めて、ゆみさんが今感じてる生きづらさって、どんなものですか?」

ゆみさん
「“普通”ってなんなんだって。」

栗原
「それは、どういうこと?」

ゆみさん
「普通じゃない人が生きていたら、邪魔なのかい?その普通って言葉って、怖いなと思います。」



続いて向かったのは秋田県。今回、初めてラジオカーで直接話を聞かせてくれた、よざくらさん。

栗原
「何で僕たちのところに送ってくださったんですか?」

よざくらさん
「一緒に寄り添ってくれてる感じがしたんですよ。例えばそれこそ、美容院にどういっているの?とか。他の番組だとステレオタイプに当てはめて、カウンセリングみたいな番組多いじゃないですか。でも、この番組は違うんだなって。」

就職氷河期世代のよざくらさん。なかなか正社員の仕事に就けず、何度もハローワークに通い面接を繰り返しました。そのさなか、父親にかけられたことばが、ひきこもるきっかけになったといいます。

よざくらさん
「面接に行って何回も落ちても、『お前が悪いんだ』と。『なんでこんなことできないんだ』みたいなことも言われましたし、完全に自分に自信をなくして、生きててもしょうがないとか。」

栗原
「実は僕の兄弟も、20代の前半から後半にかけて、ひきこもり状態だったんですよ。こういう仕事もあるよとか、こういうことで働いたらいいんじゃないかとか、結構送ってたんですよ。それがすごい嫌だったみたいで。」

よざくらさん
「こっちは一生懸命やっているのに、なにをこれ以上、一生懸命やるんだって。」

以来、何をしていても親との関係が頭から離れません。

よざくらさん
「なんで私を産んだんだ、とも思いましたし、それでも1人の娘として認めてほしかったんじゃないかなと。」

栗原
「父親っていうのは、どういう存在なんですか?」

よざくらさん
「望むのは無理でしょうけど、今からでも認めてほしい気持ちと、もういいから、早くいなくなってほしい気持ちの、半々ですね。」

栗原
「やっぱり親(との関係を)諦めない、諦めるっていうところと、全部やっぱり、わかりたいみたいな葛藤の部分が、一番強いんじゃないかな。本当はやっぱり、分かりあいたいんですよね。それもなんか苦しい。」



家族とのちょっとした擦れ違いが、つまずきのきっかけになっている人は、ほかにもいます。

藤原弘章さん(37)
「本当に家から出られなくて、コンビニのレジに久々に行ったとき、足が震えちゃったりしたんですね。」

10年前、持病の薬の副作用で体調を崩し、ひきこもり生活を始めた藤原弘章さん。現在は少しずつ、外出ができるようになってきたといいます。人と関わることが怖かった当時、唯一話をできたのが両親でした。

栗原
「ひきこもりの中で一番、絶望的な瞬間っていうのはどんなことでしたか?」

藤原弘章さん
「親とした約束を、守ってもらえなかったときですよね。靴がもうなくて、外で身体を動かして体力をつけたいから、靴を一足買ってくれ。」

靴を買ってもらう約束をした藤原さん。しかし、その約束を両親は忘れていたといいます。

藤原弘章さん
「そんなの働いて買え、とか。俺も、そこだけ見たらそうだと思うんですよ。そこに至るまでの背景が、僕が靴が欲しかった理由が体力作りとか、社会に戻るために必ず必要だと思っていたので。親としても戻ってほしいに決まっていると、当時、思っていたのに、なんでそれが分からないんだ、目指すところ同じなのに、どうしてだって。」

栗原
「小さな約束が破られていくことの絶望。親側からすると、ささいなことに見えてしまう。このずれの大きさっていうのは、親と子が、関係性がこじれる要素のひとつになるんじゃないかな。」

当事者たちの“声”をあなたに

武田:栗原さんはこの「ひきこもりラジオ」で7,500もの当事者の声に向き合ってきたわけですよね。さらに今回、直接会ってお話を伺うこともできたと。

栗原:はい。


ゲスト長谷川俊雄さん(社会福祉士)

長谷川さん:恐らく、今までも届けたかった声が、ようやく機会を見つけて発出できたんだろうなと思います。つまり、“声なき声”が表に出てきた。ひきこもりの人たちって、何も表現をしないとよく言われるんですけども、実は表現したいんだけれども、表現する機会がない。あるいは自分が何を感じて、何を考えているのかということを、うまくことばに乗せられないだけではないのかなって。それは、私たちが何か緊張して物が言えなかったり、やはり安心安全じゃないところでは話せないということと、つながっているところがあるんだと思うんです。

ゲスト石井光太さん(作家)

石井さん:僕自身は、ひきこもっている人もひきこもっていない人も、抱えている問題、抱えている悩みって一緒だと思うんです。僕たちはたまたま、本当にたまたまだと思うんですけども、うまく学歴があった、就職ができた。あるいはきちんとした仕事、ある程度、仕事ができて親に認めてもらえた。それによって自分の居場所というのを確保できたんです。でも、やはりそうじゃない人もたくさんいるわけです。例えば、本当にたまたま就職がうまくいかなかった、あるいは病気で体を壊してしまった。そういった人たちはどうしてもやはり家の中だとか、そういうところにいなきゃいけない。でも、やはり考え方、僕たちの立場というのは基本的には同じだと思っていますので、その中できちんと理解すること、考えていくことが必要なのかなと思います。

栗原:ゆみさんはアイドルが好き。藤原さんはキャンプが好き。僕たちと本当に変わらない、社会とつながりたい、みんなとわかち合いたい。そういうものが本当に強いんだなということも感じました。

武田:本当に印象的なことばがたくさんあって、「普通って怖い」「普通ということばが怖い」というのは改めて「あっ、僕もそうだな」と思ったんです。

石井さん:「普通」というのは、たぶん細かく見るとみんなそれぞれ違うんですよ。例えば、物書きとしての普通と、会社に勤めている人の普通ってまた違いますよね。それと同じように、本当はものすごく違ってくる。でも、本当にそれを語ることができれば、それは自分の普通として説明できて、理解してもらえるんです。だけど、言えない人というのは、やはりそれを分かってもらえない。

長谷川さん:登場された方たちは、とても繊細なんだと思うんです。実は私たちは、どちらかといったら鈍感なのかもしれない。鈍感だから社会でいろんなことができている。彼、彼女たちは、悩みをことばにできなくて自分の中で循環してしまう。その中で、ことばを失っていってしまう。どういう感情かわからなくなってしまう。そのときに、最後のわかりやすいことばとして「生きる」「死ぬ」ということばが出てきているんじゃないのかな。

石井さん:彼らにとって栗原さんって、すごく全く別次元の人だと思うんですね。むしろ、もしかしたら「ちょっと怖い」ぐらいに感じてしまうぐらい、離れているかもしれない。そういった人たちがなぜ、栗原さんに声を聞いてほしい、届けたいと思って彼らは発信してきたんでしょうか?

栗原:「自分とあなたは違いがない人間ですよ」ということを、本当におなかの底に落ちて考えられるようになってきていて。そうすると、前は話しかけるのが怖かった人たちなんですけれども、一緒に笑い合えたりとか、一緒に「いただきます」と言ってごはん食べて、「いいですね、水飲んでるんですか?」とか「いいですね、カツオのたたきですか?」って、普通の話ができるようになってきて。

長谷川さん:いい悪いって、ジャッジをしないっていうところが、やっぱり安心感だと思うんですよね。全部「ああ、そうなんですか」ということを基本形にしている。恐らくひきこもっている方たちって、そうやって受け止められる経験が家庭の中でなかった。

石井さん:そうですね。たぶん、ジャッジするときの言い方って、「何々すべきだ」という言い方になると思うんです。本当にその人がそこに至った経緯、物語ということを聞いたときに、これは必ず、取材のときに本当にいつもそうなんですけども、「何々すべきだ」って言えないんですよ。これはもう言えない。言いたくなるときもあるんですよ。でも、言えないんですね、直接、目の前にしたときに。「べきだ」って言った瞬間に、僕の考え方は押しつけでしかなくなってしまう。やはり、先ほどおっしゃっていた、ジャッジをしないということはやっぱりそこなのかな。

栗原:実は、「当事者と一緒に作る番組」としてやってきたラジオ番組なんですけれども、今、親や家族からもだんだんメッセージを寄せられるようになってきまして、本当に切実な悩みがつづられているんです。

悩み 苦しみ…孤立する親たち

大阪で話を聞かせてくれた日花睦子さん。息子が長年ひきこもっているといいます。

日花睦子さん(65)
「19歳のときから、今は35歳なんですけれども。だから16年。私、言いにくいんですけど、小学校の教師をしてるんです。学校の中でとりあえず40人いて、40人にひとつのことをやらせようと思ったら、やっぱりいうこと聞かせる、っていう気持ちが強かったので。」

しっかりしてほしい。そう思い、ことばをかけるほど息子の気持ちは離れていく。その苦しみを親しい友人に打ち明けた時、返ってきたことばに孤独を感じたといいます。

日花睦子さん
「私が10代の頃から付き合っていた友だちに、『あんたがいつまでも、息子の世話を焼いてるから、チャンスをつぶしてしまった』と言われたことがあって。理解してくれへんねやなあと思って。こんままやったら、死ねないですもん、どんどん自分が年取っていって。だから息子がちょっとでも楽に生きられたら、そんな幸せなことないんで。」

世間の価値観と、ひきこもる子どもとの間で、親たちも孤立を深めていました。


29歳のひきこもりの長男がいる中川さん(仮名・60)。毎日、声をかけるなど心がけてきましたが、息子は声を荒げたり、物を投げるなど状態が悪くなる一方でした。そうした中、周囲の目や将来への焦りに耐えきれなくなり、中川さんも息子に厳しく接してしまったといいます。

中川さん
「働かざる者、食うべからず」とはよく言いましたよね。ほんとは言っちゃいけない言葉だけど、私は生まれた時からすごい厳しい家だったので、『ねばならない』みたいなのが自然と身についてた。子どもがいい子でなければならない。勉強もできなければならない。世間体ってすごい、なんか鎖のようにつながれちゃうっていう感じですかね。」

孤立した中川さん。行政やNPOなど、さまざまな支援窓口を頼ろうとしました。しかし、「息子が精神的に不安定なときは対応できない」と断られるなど、十分な支援は受けられませんでした。

中川さん
「わたしが一番、孤独を通り越して絶望に近い状況になったのが、支援がない。どこに行ったらいいかわからない。病院も、本人が来ない限りは診れないって。じゃあどうしたらいいですかって。」

そして5年前、中川さんの息子は「俺の人生を返せ」と言い残し、家を出ました。以来、今も連絡がとれない状態です。

栗原
「息子さんに伝えたいことがあるとすれば、どんなことですか?」

中川さん
「もう一回、一緒にご飯が食べたい。同じテーブルでごはんが食べたいですね。」

すれ違う親と子の思い

武田:中川さんの「一緒にごはんが食べたい」ということばが、すごく胸に刺さります。本当に親の願いを表していることばだな、と感じました。
世間体ということがよく言われますけれども、僕も子を持つ父親として、世間体だけじゃないと思うんですね。今のこの社会というのは本当に厳しくて、非正規労働も広がっていて、先行きがとにかく親も不安なんだと思うんです。ですから、どうしても子どもを心配する、安全を求める、子の安全を求める。そうすると、やはり子どもに提案できることとして、いい学校に行って、いい会社に入って、ということぐらいしか思いつかないです。

長谷川さん:本当に切ないです。社会に出ること、働くことじゃなくて、実はごはんを食べることが幸せだったんだと、お母さんはようやく気付かれた。つまり、遠い大きなゴールじゃなくて、もっと身近なちっちゃなゴール。それにもっと早く気が付けばよかったと、おっしゃっていたように思うんです。この気付きってすごい大きいことだし、お母さんの中に大きな変化が生まれたんだなと思って、その変化をどうやって生かしていくのかということです。

石井さん:たぶん、見てる距離も違うのかなと思います。例えば、親御さんであると、いわゆる持続可能といったらおかしいですけども、一生きちんとうまくいけるようなレールに乗ってほしいと。それはもう親の願いとしては正しいと思うんですよね。ただ、子どもとしてはそうではなくて、今「1歩」、この「1歩」が僕にとっては重要なんだ、この「1歩」がすべてなんだと考えてる。そうすると、そこのずれって、どうしても出てきます。その路線で言い合ってしまうとどうしてもぶつかってしまうんです。

長谷川さん:ですから、ご本人を変えるんじゃなくて、ご本人を取り巻く身近な環境を、緩やかな、柔らかな環境にしていくということなんでしょうか。

栗原:お話の中で見えてきた親子の中のずれ。それを解消していくことの大切さを、このラジオカーで今回聞いてきました。

親と子 わかりあえないことを受け入れる

社会に出るために必要な靴を巡って、両親とすれ違ってしまった藤原さん。今、新たな一歩を歩み始めています。
自立した生活をしたいと、家を出てひとり暮らしを開始。この日は、限界集落の空き家を改装する、NPOの活動に参加しました。

藤原弘章さん
「草を刈ったら、すぐ結果が出るじゃないですか。だから達成感に変わるのが早くて、がんがんやっちゃいますね。実際、ひきこもっていたりすると、達成感を得ることなんか全然なかったので、草刈りは、それに比べたらよっぽどいいなと思って頑張っちゃいました。」

「藤原君は本当にことばどおり、体力っていうか、すごいね。」

「本当にすごい頼もしい。」

家を出るきっかけを作ってくれたのが、県の保健所です。担当者は、こう着状態にあった藤原さんと両親の間に入り、あるアドバイスをしました。

山梨県中北保健所 芦沢茂喜さん
「大事なのは、距離を置いてルールを決めた上で、親御さんと本人との間で新しい関係をどう結んでいくか、っていうことになるんです。親と子どもってわかり合えないので、わかり合うということを求めていないので。」

わかり合えないことを受け入れる。藤原さん本人にはやりたいことをやるよう促し、両親にはそれを見守るようお願いしました。すると、サポートを受けた親子の関係は少しずつ改善に向かいました。

藤原さんの母親
「本当に私、信じられないっていうのか、こういう時が来るんだなっていう。」

わかり合おうとするあまり、適切な距離を取れていなかった。そう振り返ります。

藤原弘章さん
「子どもから見たら、『親はこうあるべきだ』っていう形があって、親からしたら『子はこうあるべきだ』っていう見えにくい、小さい家族ってコミュニティーの中での差別っていうか。そこですれ違っちゃったのかな。」

藤原さんの父親
「家族の距離っていうのは剣道なんかでいう、間合いだと思うんですよ。それ以上入り込んじゃうと、親子でもバランスを崩すし、そうかといって離れすぎると、また近づくのに大変だという。」

藤原さんの父親
「懐かしい万年筆だね。」

藤原弘章さん
「これ、親父が起業したときからずっと持っていたもので、いつも持ち歩くようにはしています。お守りとして、緊張しているときは自然と手が伸びちゃう。」

親と子の対話から 希望の道へ

栗原:今回、山梨でサポートする芦沢さんと、藤原さんご家族のお話を聞いて印象に残ったのは、「わかり合えないことをわかる」。この大切さだなと思いました。本当に家族の間であっても、「適切な距離感」というのが必要なんだなということを痛感しました。

長谷川さん:つまり、わかり合おう、理解し合おうというところに、強迫的にならないっていうことだと思うんです。親子だから本当にわかり合えるのかということを、大きな問題提起をしたいなと思いました。

武田:私は、親の立場で子どもをわかる、わかるように努力するということが、最大の愛情表現だと思っていました。だからこの、わかり合えないということを認める引き受けるということは、すごく切ない気もするんですけれども。

石井さん:ただ、わかり合えないとはいっても、たぶんそれぞれの価値観って違うわけじゃないですか。どっちかが間違っているわけではなくて、お父さんの価値観もそれはそれで正しいし、子どもの価値観はそれはそれで正しいわけですよね。でもそれは、違うからわかり合えないというだけであってでも、そこに第三者が入れば「その価値観わかるよね」、「この価値観わかるよね」となれば、それはお互い認め合ったことにもなるんです。

武田:私はひきこもりの方々の行動をジャッジしないとか、あるいは同じ生活者として捉えるとか、そういうことは皆さん誰でもできることだと思うんです。もしかしたらこの「ひきこもりラジオ」で繰り広げられているこの風景が、社会全体に広がっていったら、もっと皆さんお互いに生きやすくなるのかなと思っているんです。

長谷川さん:今、ちょっと「金子みすゞ」の詩の一節を思い浮かべました。“みんなちがってみんないい”という。多くの人たちに、ことばはきついかもしれませんが依存していく。みんなで依存し合って生きていく。その、みんなで依存し合って生きていくことを、共に生きる、“共生”とか“連帯”って言うと思うんですけども。そうしたことをひきこもりのご本人たちは、私たちの大きな課題として投げかけてくれてるのかなって、そう思いました。

栗原:「みんなでひきこもりラジオ」は、1月にも放送を予定しています。とにかく「聞いていく」ということを、続けていきたいと思います。