クローズアップ現代

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2020年11月10日(火)
なぜ今も多くの人が? 気づかれない大人の障害

なぜ今も多くの人が?
気づかれない大人の障害

仕事がうまくできない。人間関係でつまずく。長年生きづらさを抱えてきたその理由は、「障害」にあった-。
コロナ禍で生活支援や就労支援の現場を訪れる中高年の人たちが、相談する中で初めて自分に知的障害や発達障害があることに気づくケースが相次いでいる。障害への意識や支援が広がるようになった今も、なぜ障害に気づかず、周りからも気づかれず、苦しみ続けているのか。当事者たちの実情を取材し、支援のあり方について考える。

※関連記事
「自分の生きづらさは障害?」気づかれない発達障害・知的障害 相談窓口は https://www.nhk.or.jp/gendai/comment/0009/topic016.html

“オンライン就労支援” 困難を抱える人への新たな支援のカタチ https://www.nhk.or.jp/gendai/comment/0013/topic018.html

全国初“生きづらさを抱えている人なら誰でも”就労支援 https://www.nhk.or.jp/heart-net/article/457/

※放送から1週間は「見逃し配信」がご覧になれます。こちらから ⇒https://www.nhk.jp/p/gendai/ts/WV5PLY8R43/

出演者

  • 内山登紀夫さん (大正大学教授)
  • 武田真一 (キャスター) 、 栗原望 (アナウンサー)

“生きづらさ”抱え続ける中高年

長年、障害に気づかず、生きづらさを抱えてきた中高年の人たち。仙台市で1人暮らしをしている及川奈穂さん(56)です。料理などの家事は、すべて自分でこなしています。しかし、他人からは分かりにくい生きづらさを抱え続けてきました。

特に苦労するのが、買い物や仕事などで素早い計算を求められる場面です。

及川奈穂さん
「早さを求められると、どうしてもできないので、(時間が)かかるんですよ。」

及川さんが周囲との違いに最初に気づいたのは、小学生のとき。算数が苦手で、授業に追いつけなくなりました。そのため、障害がある子どもたちのクラスに入ることになった及川さん。しかし、周りに比べると学習に支障がなく、担任からは努力不足だと叱責されました。そのため、すぐに通常のクラスに戻されることになったというのです。

及川奈穂さん
「普通にできることもあって、怠けているからそういうふうになると見られがち。なんで怒られなきゃいけないのかなとか、悲しくなったこともあった。」

努力しても勉強が思うようにできないつらさを抱えながら、通常の教育を受けて進学していった及川さん。専門学校を卒業後、社会に出ると、さらに苦労することが増えました。パン屋で働いていたときのこと。何度教えられても、商品を決められた場所に並べることができません。カタカナの多いパンの名前を覚えられないことが原因でした。周囲からの冷たい視線に耐えられず、退職を余儀なくされました。

どの仕事も長続きせず、10回以上、転職を繰り返した及川さん。その後、うつ状態になり、働く気力も失われていきました。
生活が困窮する中、及川さんは働けない原因を知りたいと、病院や行政の窓口に通い続けました。そこで受けたアドバイスをきっかけに、ことし(2020年)、知能検査を受けることになったのです。結果は、IQ64。50代半ばにして初めて、軽度知的障害に該当することが分かりました。

及川奈穂さん
「なんでのけ者にされなきゃいけないのかなって思うこともあった。(障害がわかり、だから生きづらいというか、生活しにくさっていうのがあったんだとわかって、なるほどなと思って。」

コロナ禍の相談現場で次々と…

新型ウイルスの感染拡大の中で、今、中高年の人たちの間で、自分の障害に初めて気づくケースが相次いでいます。
東京・品川区にある、就労支援を行う事業所では、コロナの感染拡大後、テレワークの訓練などを始めたところ、問い合わせや相談の数が以前の3倍に増加しました。これまで、派遣やアルバイトで何とか生活を維持してきたものの、コロナによって困窮した人たち。相談に訪れる中で、障害が判明するケースがあるといいます。

ジョブサ品川区 福祉事業部 西河知子統括マネージャー
「倒産されたりというところで、離職という状況になってきて、(相談者の)情報を整理してあげることによって、自分自身の中で、もしかしてこれって私の性格とか癖ではなくて、障害なのかもしれないってお気づきになる方もいらっしゃいます。」

10年ひきこもり、ぎりぎりの生活を続けてきたという40代の男性です。相談の中で医療機関を受診したところ、発達障害の診断を初めて受けました。

40代男性
「初めて(診断を)受けた時は、軽いショックはありましたね。自分では少し人と違うと言われればそうでしょうけれど、という感じで、どうしても振り返ってしまうところではある。もっと早く、一日でも早く、診断というか、もっと早く動いていたらという思いはあります。」

中高年に多いのはなぜ?

生まれつき、脳の一部の機能に障害があると考えられている発達障害。日本では主に3つに分類され、重複することや知的障害を伴うこともあります。

こうした障害への支援が加速したのは、2004年の「発達障害者支援法」の成立でした。その後、障害の状態などに応じて必要な支援を行う「特別支援教育」も、本格的に実施されるようになりました。一方で、支援法が成立する以前に学校を卒業していた中高年の人たちは、障害に気づかれる機会が少なかったと考えられています。

若い世代にも…教育現場で何が

しかし、取材を進めると、支援法成立後に教育を受けてきた若い世代にも、障害が気づかれない実態があることが見えてきました。

去年(2019年)、軽度知的障害と発達障害があると診断された、大学3年生の女性です。

大学3年生の女性
「先週の(オンライン)授業もちゃんと読めました。最後まで理解できた。」

高校での真面目な授業態度を評価され、推薦で4年制の大学へ進学した女性。しかし、母親は娘の発達に不安を抱え続けてきました。幼いころから友達づきあいでつまずくことがたびたび起き、コミュニケーションに支障があると感じていたのです。
社会に発達障害の認識が広がっていた中で、その可能性を疑った母親は、何度も学校に相談しました。しかし、特に問題はないと言われたといいます。

母親
「プロの目が見て、何か成長の段階で問題があるよってご指摘があればと思ったんですけれど、どの先生にお伺いしても『一般的です、普通です』っておっしゃったので、単なるわがままな娘なのかなと思って、20年過ぎちゃったんです。」

なぜ、発達障害者支援法ができたあとも、障害に気づかれない若者がいるのか。特別支援教育の現場を調査研究している堤英俊准教授がまず指摘するのは、障害に対する教員の知識や経験の不足です。

都留文科大学 教養学部 堤英俊准教授
「先生方の中にも専門性であったり、理解のばらつきというのがあるので、もしかすると『お母さん考え過ぎですよ。それは怠惰であったり学力不振の問題ですよ』って受け取って、許容範囲内っていうか、適応の範囲内だと判断されてしまう例はあるかなと思います。」

もう一つの要因は、障害を伝えることへのためらいです。堤さんがおよそ700人の教員に行ったアンケート調査では、「親に話したいが伝えられない」など、保護者との関係や子どもの人生への影響を考え、踏み込んで話をすることに対する教員の迷いが見えてきました。

堤英俊准教授
「『この子は発達障害が疑われますよ』みたいな話をしたら、保護者との信頼関係がバシッと崩れてしまったりとか、実社会に出ても、一般就労の場と福祉的就労の場が分かれている現状がある中で、その発言自体が、その子のキャリアにどれだけ大きな意味合いを持つかを(教員が)考える。」

えん罪事件まで 失われた時間

長年、障害に気づかれないことで、当事者や家族の人生を大きく揺るがす事態も起きました。殺人罪で10年を越える服役を強いられた、西山美香さん(40)。ことし3月、再審で無罪判決が言い渡されました。

西山美香さん
「ここまで来られたのも、弁護団の皆さん、そして支援者の皆さんのおかげです。ありがとうございました。」

えん罪のきっかけとなったのは、西山さんの自白でした。長時間の取り調べが続く中、殺人を意味する証言をしたのです。その後、自白は誤りだったと主張するも認められず、懲役12年の判決を受けました。
ところが、自白の信用性が疑われる事態が起きました。精神科医の小出将則さんです。西山さんの書いた手紙の内容から、障害がある可能性に気づいたといいます。

精神科医 小出将則さん
「例えば『楽しい』という字ですね。真ん中が本来は『白』という字ですが、彼女の場合は一本余分に線が入っています。内容的にも、裁判で無実を闘っているのに、お母さんにイラストの絵を描いたり、全体を通した印象で(障害があることを)想像した。」

獄中で診察を受けた西山さん。37歳にして初めて、軽度知的障害と、発達障害であることが分かりました。診察に当たった小出医師は、裁判の中で「質問に対して誘導されやすい」「迎合的な供述をする傾向がある」と意見しました。西山さんの自白の背景に、障害が深く関わっていることが医学的見地から指摘されたのです。

西山美香さん
「これが一番最後の家族写真だと思う。」

西山さんの母・令子さんは、幼いころから、周囲に比べて美香さんの発達が遅いことに不安を感じていました。人間関係でトラブルが起き、学校や児童相談所に相談すると、母親の育て方が悪いと指摘されたといいます。

西山令子さん
「『母親の愛情が足りないんじゃないか』って言われたんです。『私の愛情ってどういうのが足りないんですか』と言ったら、『もっともっと大事にした方がいいんじゃないか』と言われたんです。」

障害と気づかなかったことで、えん罪事件に巻き込まれ、10年を越えて引き裂かれた家族。失われた時間の重みを感じています。

西山令子さん
「美香の(障害を)早くわかっていたら、あんじょう(適切に)育ててあげたらよかったのにな。それが一番の後悔ですね。」

なぜ今も多くの人が?どう支援する?

武田:障害に気づかず、周りからも気づかれず、多くの人が理由も分からないまま苦しみ、えん罪事件まで起きていることは、重く受け止めなければならないと思います。
長い間、なぜ障害に気づかれず支援につながらないのか。精神科医の内山さんは、このように指摘しています。「診断がつくかギリギリの境界にいる」「合併症もあり障害がわかりづらい」。これはどういうことでしょうか?


ゲスト内山登紀夫さん(大正大学 教授・精神科医)

内山さん:まず、発達障害や知的障害は、正常と障害の間がクリアに分かれているわけではなくて、境界域というのがいろいろあるわけですね。物事が全くできない障害ではなくて、頑張ればできる、でも頑張らないと逆にできない。スムーズにはできないけど、何とか時間をかければできると。状況によっては、できたりできなかったりすることがあるわけです。そうすると、頑張ってればできてるじゃないかと、それは障害じゃないよというふうに言われやすい。それで気づかれるのが遅くなるということはあると思いますね。

武田:それから「合併症もあり障害が分かりづらい」。これはどういうことでしょう?

内山さん:これは、知的障害や発達障害の人はいわゆる精神科的な合併症を非常に持ちやすいんですね。例えば、思春期以降になってくると、うつ、抑うつ状態や、不安状態を持ちやすい。このときに、実際にうつや不安はあるんですけれども、それと同時に小さいころから、いろいろ生きづらさを抱えているので、そういった発達障害の特性が、うつや不安に隠されて見えないことが結構あるんです。それで見逃されることがあると思います。

栗原:見逃されやすいというお話がありましたけれども、この大人の発達障害で診断を受けた方は、まず30代で6万人、40代では5万人近く、そして50代、60代、70代以上でもいらっしゃるんですね。若い人に比べると、中高年は少ないという特徴があります。

また、知的障害のある方の人数は、このおよそ20年の間に3倍近く増加して、110万人近くに上っているんです。

武田:この数字は、それぞれどう見たらいいでしょうか?

内山さん:これを見ると、30代以降が少なくなっていますよね。発達障害は、基本的には長期にわたって続く障害なので、年代が上になると少なくなるというわけではないです。こういうふうに少なくなっていくということは、中高年の方の診断が相対的にちゃんとついていないんじゃないかということが疑われますよね。自閉症だけでも、大体、人口の2%ぐらいいると言われているんです。ですから、これは全体としてはかなり少ない数字だと思います。かなり見逃しがあるんではないかなと思います。

武田:「知的障害のある方」のグラフでは、いかがでしょうか?

内山さん:過去には、なかなか診断されていなかったと思いますね。

武田:この裏に、もっと診断されてない中高年の方がいらっしゃると?

内山さん:そうです、隠れた中高年の人がいらっしゃると思います。いろいろな、公的なサポートを受けてないということを意味しているのかなと思いますね。

栗原:診断を受けることができずに苦しんでいる方も、今、本当に多いと思うんですけれども、もしかして自分の生きづらさは障害かもしれないと、そう思った方は、相談の機関があります。若い方でも、大人でも、都道府県と政令指定都市には、「発達障害者支援センター」や「精神保健福祉センター」、そして「市町村の保健センター」などの相談窓口があります。医師の診断がなくても利用できる相談や福祉サービスがあって、さらにそこから専門の医療機関を紹介してもらうことなどが考えられます。

武田:ただ、ご本人も自覚がないというケースもあるわけですよね。それはどうすればいいんでしょうか?

内山さん:本人が自分が知的障害とか発達障害と思ってない方も、たくさんいらっしゃいます。ただ、じゃあ生きづらさを感じてないかというと、皆さんそれぞれ困っていることが結構あるんですね。例えば、仕事がうまくいかない、そういった“困りごと”を抱えてない方はたぶんいらっしゃらないので、その困りごとに対してどうアプローチするか。そのアプローチの中で、発達障害とか知的障害が見つかってくると思います。
過去に診断がついてない人がたぶん多いので、例えば行政の生活保護の窓口とか、あるいは就労支援の窓口で、発達障害かもしれないと担当者が思うことが大事ですよね。困りごとがある人をちゃんと支援する、そういう体制を作って、その中で発達障害というのも出てくると思うんですね。まずサポートをすることを考えたほうがいいと思いますね。

武田:こうした人たちをどうやってその支援につなげていけばいいのか。生きづらさに注目することで就労につなげている地域があります。

支えるヒント“できること”を仕事に

仕事がなくなったり、生活に困ったりして生きづらさを感じている人をどう支援するのか。静岡県富士市の、就労支援の窓口です。ここでは、相談に来た人に独自の聞き取りを行っています。

窓口担当者
「自分からすすんであいさつができますか。」

相談者
「最近はするようにしている。」

窓口担当者
「人と共同して作業をしても、ストレスを感じることはないですか。」

相談者
「うーん。」

聞き取りで使うのが、30項目に及ぶチェックリスト。自分の意見が伝えられるか。相手の話を正しく理解できるか。できることとできないことを明らかにして、「できること」に注目し、就労の機会を見つけていきます。

それを受けて、市内におよそ130ある協力企業につないでいきます。協力する企業では、受け入れるため、新たな仕事を作り出しています。
この介護施設が行っているのは、業務分解という作業です。介護職員の1日の仕事を分析。専門知識が必要なものと、清掃や備品の管理などの仕事を分けて、新たな業務としたのです。

それらの業務は、長くひきこもっていた人など、新たに採用した10人に担ってもらっています。

富士市 生活支援課 松葉剛哲さん
「働きづらさがある方、どんな仕事が合うか、自分でもわかっていない方がいる。その方ができる能力にあった仕事を一緒に探していく、そこがポイントと思う。」

どのように?“生きづらさ”理解し支援

できないことがあっても働き続けられるポイントは、周囲の理解です。
市内のエアコン部品メーカーに勤める、青木創一朗さんです。

「どう?」

青木創一朗さん
「きょうは出荷終わりました。」

発達障害がある青木さんは、市の紹介で、2年前にこの会社に入社しました。記憶力がよく、60種類以上ある部品の名前を正確に覚える必要がある、組み立てラインの仕事を任されています。その一方で、青木さんは急な指示に対応することなどが苦手です。

社員
「とにかく青木さんがやりやすいようにしてくれれば、それでいいから。」

苦手な部分をサポートするために全社員で共有したのが、この資料です。青木さんが苦手なことを踏まえ、周りが理解すべきことがまとめられています。

楠見製作所 工場長 佐野祐一さん
「従業員の理解度。本人にしてみてもいい。それが企業側と合ったときには、非常に頑張ってくれるんじゃないか。」

青木創一朗さん
「皆さん理解して接してくださっていますし、周りの方も壁を作らないで接してくれるので、自分がいないとうまく回らないというふうに言われるぐらいまでやりたい。」

理解と支援に大切なことは?

栗原:取材した工場では、工場長が発達障害の本を読み込んで、みずから資料を作って、職場の同僚たちに障害の知識を広める取り組みをしていました。工場長がおっしゃった、「スローガンだけでは本当の理解にならない。隣の席の人の理解が大事」ということばが印象に残りました。

武田:内山さん、この富士市の取り組みからヒントにすべきこと、どんな点が心に残りましたか?

内山さん:まず、いいなと思ったのは、ご本人の得意なところをちゃんと評価してる。60種類も部品を覚えると、それはすごい使える能力だよねということになると思うんですよ。で、苦手なところはみんなで補っていく。そうすると、それぞれの方の個性・特性を把握することで、それぞれの方が自分の能力を発揮しやすくなる。そうすると、周りも楽になるわけですよね。

武田:支え合って、一つの仕事を成り立たせているっていうことですよね。

内山さん:そうですね。あと、「理解が大事」ってことをおっしゃっていましたよね。それもすごくいいことで、僕的に言うと、「努力よりも工夫」っていつも言ってるんですね。結局、先ほどの話でも、「努力が足りない」って、よくみんな言われてたじゃないですか。でも、それは努力が足りないんじゃなくて、周りの工夫が足りないんですね。少し工夫をすることによって、本人の能力が発揮できる。それが“理解”ということだと思います。工場長さんが、すごく本をたくさん読まれて、それでたくさん勉強されて、多分みんなに合った、障害のある方に合ったいい方法を思い付かれたということ、しかもみんなと共有したと。それがすごくいいと思いますね。

武田:障害に気づかない、あるいは気づかれずに生きづらさを抱えている人たちと共に生きていくために、こういった工場の在り方は、私たち社会全体の在り方にも通じるものがあると思うんですが。

内山さん:あの工場でやったことは、たぶん地域でも、あるいはもっと大きな国でも社会でも、十分に応用できると思うんですよ。隣の人を理解するってことは、実は自分を理解することでもあると思うんですよ。多分、多くの人はそれを、一生懸命頑張って、なるべく平均化して暮らしてると思うんだけどでも、自分にもそういう特性があったり、得手不得手がありますよね。不得手は放っといて、得手を生かして生きていくほうを考えると。そうすると、お互いに楽に生きていける社会になるんじゃないかなと僕は思っています。

武田:今、コロナ禍でいろんなライフスタイルを変えよう、変えなきゃいけないっていう動きが出てきていますよね。

内山さん:こういうコロナの社会になって、やっぱり発達障害の特定の方にとっては、人づきあい、特にアフターファイブみたいな曖昧なつきあいが苦手な方が多いので、それはよかったよという方もいらっしゃいます。あと、テレワークになって、ふだんお子さんを見ていないお父さんが子どもの様子を見て、自閉症の障害ってこうなんだと、初めて子どもが分かったし、お母さんの言っていることも分かったと。そういったいい面もあることはあるんですよ。
同質化を求めない。同質な社会じゃなくて、多様な社会を求めていく。そういう視点を持つことですよね。今の社会に無理に障害のある人を適合しようとしない。同質化しようとしないほうが、むしろお互いにハッピーで、お互いに力を発揮できると思います。