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2020年10月29日(木)

学術会議をめぐり何が?
当事者が語る

学術会議をめぐり何が? 当事者が語る

日本学術会議の会員候補6人が任命されなかった問題。学術会議設立から今日までの経緯を会議の会長経験者、政治家、官僚など当事者たちに取材。証言からその深層に迫る。さらに今回の問題で学問の世界に新たな波紋も…。“学術会議問題”が問いかけているものは何か、深掘りする。

出演者

  • NHK記者
  • 武田真一 (キャスター) 、 栗原望 (アナウンサー)

設立から今日まで 当事者が語る

日本を代表する学者たちが政策提言などを行う日本学術会議。ことし(2020年)は、68の提言、15の報告書を出しています。

戦時中、科学者が戦争に関与したことへの反省から、政府機関でありながら、独立した特別な組織として1949年に設立されました。科学の知見を日本の平和的復興に生かすことを目的に歩みを始めました。
1954年、学術会議は原子力の研究と利用を平和目的に限る、いわゆる「原子力三原則」の声明を発表。原子力基本法に盛り込まれました。一方、アメリカの原子力潜水艦が日本に寄港する際には、反対の声明を出すなど、政府と異なる立場を取ることもありました。

1970年代から学術会議の会員を務めた、増田善信さん(97)です。学術会議は、賛否が分かれる問題にも積極的に意見することを大切にしてきたといいます。

日本学術会議 元会員 増田善信さん
「学術会議は政府の方針と相反する声明だとか、決議だとかいう形で出している。のどの奥に刺さったトゲのような感じが、政府として持っておられたのではないかと。」

80年代に入ると、両者の緊張関係が表面化します。当時、学術会議の会員は、全国の科学者による選挙で決められていました。しかし、組織票で人選に偏りが出ているなどと批判が噴出したのです。

中山太郎 総理府総務長官(当時)
「7~8億円の国民の方々の税金を使って学者の特権のようなことを、私は国民は黙って見ているほど辛抱強くないと思う。」

伏見康治 日本学術会議会長(当時)
「批判してくださることと、命令して動かそうとなさることは大変違いますので。その辺のところ、中山さんがよく区別していただきたい。」

国は1983年、法律を改正。会員の選出方法が変わりました。各分野の学会が推薦した学者を、総理大臣が任命することになったのです。

学術会議の独立性が守られるのか懸念が広がる中、中曽根総理大臣は国会審議で、こう答弁しました。

中曽根首相(当時)
「政府が行うのは、形式的任命にすぎません。学問の自由独立というものは、あくまで保障されるものと考えております。」

日本学術会議 元会員 増田善信さん
「こちら側が出した推薦名簿を、そのまま政府が任命することになっているんだから、ちょうど我々が公選制で選ばれたと同じようなことだと。実質的には変わらないと言われましたし、私たちもそれで納得したわけなんです。」

90年代の後半から始まった行政改革。学術会議もその対象になりました。官僚として科学技術政策を担当していた有本建男さんは、政府内では、学術会議の廃止も検討されていたと明かしました。

政策研究大学院大学 客員教授 元官僚 有本建男さん
「政治の側は、行政の側は、スピード感はものすごく大事です。しかし、科学や技術は何年もかかるわけです。政治家の方々からすると非常にわかりにくい。何をやっているのだと、どういう役割があるんだと、社会的に。」

2004年に再び法律が改正され、会員の選出方法が変わります。幅広い人材を選び出すため、選考委員会を設けました。半年以上かけて業績を審査し、会員候補を推薦。総理大臣が任命する今の制度となりました。
政府がこの改正にあたって作成した内部文書では、推薦された候補者は「総理大臣が任命を拒否することは想定されていない」という従来の見解は維持されました。

政治と学術会議側の溝が、再び鮮明になる出来事が浮上します。
5年前、防衛省が、防衛装備品の開発につながる大学などの研究に資金提供する制度を開始。これに対し学術会議が「政府による研究への介入が著しく、問題が多い」とする声明を取りまとめたのです。制度導入時の防衛大臣、自民党の中谷元衆議院議員です。

自民党 中谷元 元防衛相
「なんでこういうことが言われなければならないかと。政府の関わった機関がこの国の防衛について抑制をかけるようなことを言ったり、国立大学でもそういう研究を慎重にしなければならないという国は、あまり見たことがない。各国は、やはり国の防衛、安全保障に必要な研究は他国にも遅れないよう、国としてもやらなければならないということがありますから。」

このときの学術会議の会長、大西隆さんは、声明は「軍事目的の研究はしない」という設立当初からの理念を踏まえたものだったといいます。

日本学術会議 元会長 大西隆さん
「これは日本にとって重要な、特に憲法9条を持っている日本人にとっては重要なテーマでもあるので、大学においてもきちんと審査基準を設けて判断してくださいと。私はこれは、そんなにおかしなものではないと今も思っています。」

中谷さんは、この声明がきっかけとなり、大学が制度への応募に後ろ向きになったとみています。

中谷元 元防衛相
「盛んに学問の自由を侵すなと言いつつ、反対に安全保障とか防衛の研究をすることは慎重であるべきだとか、審査をしろ、ガイドラインをつくれとか。それによって研究者が研究・応募できなくなっています。ですから反対に学問の自由を奪っているのは、学術会議ではないかという気がします。」

大西さんは、会長を務めていた2016年、会員の選出過程に変化が表れたと語りました。

大西隆さん
「途中段階でも説明してほしいと言われるようになった。それが2016年からではなかったかと。省庁の幹部人事について、(官邸が)事前に相談を求める、報告を求めるという流れが定着していたと思います。学術会議もその対象にはなっていたと、だんだん感じていった。」

大西さんの後を引き継いだのが、山極壽一さんです。2年前のある出来事が、今回の任命拒否につながったのではないかといいます。それは、会員の一人が定年を迎え、欠員を補充しようとしたときのことでした。

日本学術会議 前会長 山極壽一さん
「人文社会学系の会員候補者、これは補欠選考が内閣のお気に召さないようだと、うわさが流れました。それは私に通達してきたわけではなくて、そういう話があるから、別の人に差し替えてほしいとどうやら言っている。文書で来たことは一度もないのです。」

誰の意向なのか、内閣府の事務局に問い合わせたところ、杉田和博官房副長官の名前を告げられたといいます。

山極壽一さん
「杉田官房副長官の名前が頻繁に挙がっていました。私は面会を何度も申し上げました。ところが来る必要はないということです。理由をとにかくおっしゃってくださいと、そのために私は官邸に出向きますと申し上げました。しかし、来る必要はない、理由も言うつもりはない、こういった返答ばかりなのです。ですから全く接触を断たれてしまった。」

補充人事に関する山極さんの証言について、政府は…。

坂井官房副長官
「人事に関することにも絡むということでございまして、お答えは差し控えさせていただきたいと思います。」

結局、推薦に至らず、欠員の補充ができませんでした。

一方、政府内ではその当時、ある作業が進められていました。総理大臣による会員の任命権についての見解を整理したとする文書が作成されたのです。「内閣総理大臣に、会議の推薦どおりに任命すべき義務があるとまでは言えない」。政府は総理大臣の任命制になった当初から、この考え方は変わっていないとしています。

「推薦どおりに総理大臣が任命しなくてもよいというような内容の話、こういった文書の存在は、山極さんにその当時連絡がありましたか?」

山極壽一さん
「全く知りません。そういう文書があることも聞かされていないですね。」

こうした状況の中で迎えた、今回の会員人事。任命されなかった6人は、国論を二分した安全保障関連法や共謀罪などの法律に、反対の立場を表明していました。

山極壽一さん
「任命されないということは一体どういうことなのか。私は9月30日に任期を終えましたので、2日間しか時間がないということで、すぐに総理および内閣官房長官に、その理由はなんですかとお聞きしました。しかし全く回答が得られなかった。推薦に基づいて任命するということは、十分にその推薦というものを尊重することであって、もしそれに反するようなことをするならば、その理由を誰もがわかるように説明しなければならないということです。」

加藤官房長官
「会員の人事等を通じて一定の監督権を行使することは、法律上可能となっておりますから、それの範囲の中で行われているということでありますから。」

今月(10月)、自民党は学術会議のあり方を検討し直す作業チームを立ち上げました。

自民党 作業チーム 座長 塩谷立 元文部科学相
「前々からいろんな議論があって、学術会議については見直し等しないとならないという声もたくさんあった。そういう意味ではちょうどいいチャンス。」

作業チームの座長、塩谷立元文部科学大臣は、学術会議からは政策に反映されるような提言が少ないと指摘します。

塩谷立 元文部科学相
「政策的にも、もっといい意味での指針を与えるようなそういう役割なのに、残念ながらそういう活動になっていないという意見がありましたから、新しい今の時代にあった学術会議に、もっと社会に貢献していただく。むしろ学術会議応援団の意味で頑張ってもらおうと、そんな気持ちでもう一度検討しようと。」

いま何が問われているのか

武田:この問題、ポイントは大きくこの2つ、「なぜ任命されなかったのか」「学術会議はどうあるべきか」です。

科学文化部の絹田記者です。まず任命されなかったという問題について、学術会議側はどう考えているんでしょうか?

絹田峻記者(科学文化部):ひと言で言うと、極めて深刻な問題だと捉えています。学術会議は、政府から独立して職務を行うと法律に定められています。これまで、会員の選び方について法改正が行われてきましたが、いずれのときも、独立性を担保するために科学者が会員候補を選ぶという大きな考え方は維持されてきました。しかし今回、推薦した候補を任命されなかったということで、いわば一線を越えたと捉えられているんです。
番組では、学術会議の会員にアンケートを行い、きょう(29日)昼までに63人から返信がありました。まず今回の件について、「違法行為で学問の自由を侵害している」といった声や、「首相は6人を任命しないことの理由を説明する必要がある」といった意見が多いです。学術会議は、このままでは研究者の萎縮につながるおそれもあるとして、理由の説明を求める方針です。

武田:そして、政治部官邸キャップの長内記者です。改めて、やはり疑問に思うのは、なぜ任命しなかったのかということです。そして、説明を求める声というのをどう捉えているんでしょうか?

長内一郎記者(政治部・官邸キャップ):菅総理は、任命責任があり、推薦された者をそのまま追認するわけにはいかないとしています。ただ、人事の話で説明することができないこともあるとしていまして、分かりにくさは否めません。一方で、これまでの説明を踏まえますと、任命されなかった6人よりも、会議のあり方を含めた全体としての判断だったことがうかがえます。菅総理は繰り返し、会議には多様性が重要だと指摘しています。特定の大学の研究所の関係者が、人文社会科学の第1部長を務めるケースが多いことや、民間人が少ないことなどが念頭にあると見られます。学術会議が担うべき役割を果たすためには、幅広い人材が選出されることが重要だと考えているのではないかと思います。学者の中には、今回の政府の対応に理解を示す人もいます。

<任命を巡る問題について>

国士舘大学 特任教授 百地章さん
「私は結論的には任命拒否はありうると考えていますから。首相がいまおっしゃっているように、いろんなバランスとか総合的に考慮して考えたということで、首相の任命権はですね、学術会議の推薦に拘束されるものではありませんから、ある程度の自由裁量はあります。別にその法律の解釈においては変わらない。運用において少し変化がでたと私は理解します。」

<あり方の見直しについて>

百地章さん
「学術会議そのものにも、もちろん問題があるようだと考える人たちも増えてますからね。これを本来のあり方にもっていこうということで、改革の動きがでてきているのは当然じゃないかなと思いますよ。」

長内記者:ただ、政府が会議のあり方に問題があるという認識であるのならば、会員人事をきっかけに指摘するよりも先に、あり方を見直す方針を示したほうが理解が得られたのではないかと思います。

武田:一方、学術会議の側は、あり方を見直すべきだという声をどう受け止めているんでしょうか?

絹田記者:まず、任命の問題とあり方を巡る議論は全く別の問題で、論点のすり替えだと指摘する人もいます。これまで学術会議は、東日本大震災からの復興の道筋を示す提言や、ゲノム編集の倫理的な課題を示す提言など、いくつもの意見を表明してきました。一方で、会員からは情報発信の力をもっと強化すべきだといった声もあります。アンケートでも、提言を出しても、国民や政府に周知され、国民の間で議論されなければ宝の持ち腐れになるという声もありました。そのため、学術会議としても作業チームなどで議論し、年末をめどに提言機能などを取りまとめる予定です。

武田:学術会議の任命を巡る問題は、研究の現場にも影響が広がっています。

広がる研究現場への影響

任命されなかった1人、刑法が専門の松宮孝明教授です。今回の問題が公になった直後から、SNSにデマを基にした批判的なメッセージが届くようになりました。その多くは、中国が世界の科学者を集めて研究を進める「千人計画」に協力するなという、全く身に覚えのないものでした。

立命館大学大学院 教授 松宮孝明さん
「怖いことですね、そういうデマを信じた方から、かわるがわる書き込みをする方がおられるんですね。」

ひぼう中傷は、任命されなかった教授の指導を受ける学生にも向けられていました。その1人が、今の心境をメールで寄せてくれました。

“任命を見送られた教授の講義を受けていたことで、何らかの不利益を被ってしまうような社会であってはいけないと思います。就職活動に不安を覚える学生は、少なからずいると思います。”

さらに、今回の問題を受けて、学問の世界に萎縮や自主規制が広がっていることも見えてきました。法学系の学会に所属する大学の研究者です。任命問題について、学会として声明を出そうとしたとき、会員から懸念の声が上がったと語りました。

声明文をとりまとめた研究者
「やはりこういう政治的な声明は出さない方がいいのではないかという声もありまして。学会自体が政府にレッテルを貼られ、にらまれる。」

こうした中、国からの研究費を巡り、新たな動きがありました。
ことし6月、科学技術基本法が改正。自然科学を中心に配られてきた研究費が、法学や哲学など、人文社会科学の分野にも拡充されることになったのです。

ただ、このことが新たなそんたくを生まないか、この研究者は懸念しています。

声明文をとりまとめた研究者
「特に国立大学の研究費が非常に下がってまして、例えば各国立大学は人文社会科学系だと、(1人あたり)10万円くらいしか年に予算がない。やっぱり我々も人間ですから、そんたくしてしまいますので、今回の任命拒否された先生に近いようなテーマは選びにくくなるんじゃないかと思います。本来、学問をやる我々はそういうことはあってはならないですし、さまざまなことに、政府の見解も踏まえて批判的に検討していくのがあるべき姿。政府に対する批判にそんたくしたうえで、自粛するようなムードがないとは言えない。」

NHKに寄せられた、学術会議の会員の声です。

同志社大学 教授 川嶋四郎さん
“国による財源削減等という事後的な報復を恐れて、この問題を静観している。”

京都大学 教授 西田眞也さん
“今後、学術界で自由な意見表明がリスクを伴うという考え方が広がるだろう。”

学術会議のあり方を検討している作業チームの座長、塩谷元文部科学大臣。こうした現状を、与党はどう見ているのか聞きました。

塩谷立 元文部科学相
「学術会議が、これからおおいに社会に、あるいは産業に政策に、いろんな提言をしていただければ、その方向性で研究費とか、伸ばしていただけるはずだと我々も考えていますので、萎縮とかそういうのは、まったく逆の話だと思います。」

学問と政治の関係は、どうあるべきなのでしょうか。

学問と政治の関係はどうあるべきか

武田:今回の問題から見えてきた、もう一つのポイントは「学術界の独立性をどう守るか」。絹田さん、この点についてはどうなんでしょうか?

絹田記者:各国の学術団体を比較しますと、民間や公益の団体など、組織の形態は違いますが、共通していることがあります。それは、国の資金が投入されていますが、研究者が会員を選ぶという方式で、政府からの独立性が保たれている点です。

新型コロナや地球温暖化など、学術界が政府と協力して対応していかなければならない場面は数多くあります。学術の水準を高く保つためには、独立した組織の中で自由な議論が欠かせないと考えられているんです。
学術会議は、今回の任命問題が政府との協力の大きな妨げになることを危惧していて、独立した学術界が健全に発展することが、長期的には私たち社会全体の利益につながるという視点を考えるべきだと思います。

武田:学術界の独立性を保ちながら、それをどう政策に生かしていくのかが今求められていると思うんですけれども、政治はこの問題をどう収拾していこうとしているんでしょうか?

長内記者:先日、菅総理は学術会議の梶田会長と会談し、未来志向で会議のあり方を検討していくことで合意しました。きょうも、所管する井上科学技術担当大臣が学術会議を訪れて、意見を交わしています。

政府としては、期待されている役割や機能を果たせているのかや行政改革の観点からも検証していく方針です。今週から国会論戦が始まりましたが、野党側からは、あり方の検討は議論のすり替えだという批判も出ています。政府に対する信頼を担保するためにも、来週から始まる予算委員会での審議などを通じて、任命を巡る問題についても理解を得る努力が求められます。

武田:私たちの暮らしや未来のために、この学術界の見識はますます重要になっています。学術界と政治の信頼関係を、一刻も早く取り戻す努力を求めたいと思います。