クローズアップ現代

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2020年8月26日(水)
2020年の世界を生きる君たちへ ~投資家 瀧本哲史さんが残した“宿題”~

2020年の世界を生きる君たちへ
~投資家 瀧本哲史さんが残した“宿題”~

6月30日、ある故人を偲ぶネットイベントが大きな話題になった。47歳で亡くなった投資家で教育者の瀧本哲史さん。その日は、生前の瀧本さんが大学で行った講義で、若者たちと再会を約束した日だった。「自分で考えない人間は買い叩かれる」「替えのきかない人間が社会を動かす」。語られたのは、若者に奮起を迫る言葉と、投資家の経験で培った哲学。2020年には世界の混迷が深まると見た瀧本さんは、先の見えない時代でも成長し続け、また結集して困難に立ち向かおうと呼びかけていた―。メッセージを受け止めた若者たちは今、どんな戦いをしているのか。瀧本さんの「宿題」の行方を通して、厳しい時代を生き抜くヒントを考える。

※放送から1週間は「見逃し配信」がご覧になれます。こちらから ⇒https://www.nhk.jp/p/gendai/ts/WV5PLY8R43/

出演者

  • 宮田裕章さん (慶應義塾大学医学部教授)
  • 城田一平さん (投資家)
  • 武田真一 (キャスター)

混迷の時代“天才投資家”の生き方論

瀧本さんの出資とサポートにより、今、大きな飛躍を遂げているベンチャー企業があります。本の内容を朗読した音声を聴くことができる、「オーディオブック」。国内最大手として、コロナ禍の中でも会員数を増やし続けています。

創業者の上田渉さん。事業を始めた当初は大手企業と競合しており、銀行、投資家からは全く見向きもされなかったといいます。
なぜ、瀧本さんだけが上田さんの企業の価値に目を向け、無理と言われた挑戦を成功させることができたのか。最も重視したのは、資本力や市場の動向などの数値ではなく、事業に挑む動機でした。

“『アイデア』は盗まれても『人生』は盗まれない”

上田さんが起業を志したのは、大学在学中、24歳のとき。緑内障を患い、視力が失われつつある祖父の姿を見てオーディオブックを作りたいと考えたのがきっかけでした。

オトバンク 創業者 上田渉さん
「本を読もうと思って努力した結果、巨大な虫眼鏡があったりとか、拡大鏡といわれるレンズみたいなのがあったりとか。目が見えなくなっていく自分と格闘した姿、そこは私の原点。」

1,000社あっても生き残るのは数社だけという、ベンチャー企業の世界。その厳しい世界を生き抜くには、その人の動機の強さが何よりも武器になるというのが瀧本さんの投資哲学でした。

上田渉さん
「キャリアもただの学生ですし、なんの技術力もないですし、祖父が失明してたからオーディオブックを広げたい、バカな学生なわけですよね。その思いの強さを理念に瀧本さんって投資をされる。」

20年以上前から、次世代エネルギー活用やビッグデータ分析など、まだその名も知られなかったベンチャー企業を応援してきた瀧本さん。社会を変革したいという志を持ったリーダーを1人でも多く生み出したいという強い思いがありました。

東京大学法学部を成績最上位で卒業。外資系コンサルタント会社に進むなど、絵に描いたようなエリートコースを歩んできた瀧本さん。しかし、28歳のとき、1,900億円もの負債を抱えていたタクシー会社に転職します。自分の実力を試したいという思いからでした。

日本交通 会長(当時専務) 川鍋一朗さん
「滝本さんとしても、何か答え合わせ的な要素もあった。自分が考えてきたことをやると、どういう反応があって(という)。」

再建に意気込んだ瀧本さんですが、自ら企画した新事業が失敗。150人の社員のリストラを断行せざるを得ないところまで追い込まれます。一人一人に解雇を告げた瀧本さん。人目をはばからず泣き崩れ、自分の力不足を嘆いていたといいます。

川鍋一朗さん
「怒り、悲しみ、喜びみたいなものがリアルに巻き起こる。おごりとか未経験さとか、理想と現実のギャップというのを、ものすごい痛い思いをしながら学んだ。」

“時代は劇的に変化している。残念ながら僕には世界も未来も圧倒的にわからない。僕の仮説も行動も支援先も、ぜんぶ失敗に終わる可能性だって当然ありえる。どこかに絶対的に正しい答えがあるんじゃないかと考えること自体をやめること。バイブルとカリスマの否定。なすべきことは、このような厳しい世の中でもしたたかに生き残り、自ら新しい『希望』を作り出すことだ。”

新しい希望を生み出したい。瀧本さんが晩年、力を入れたのが、10代や20代の若者への教育でした。教壇に立つようになったのは、リーマンショックや東日本大震災の影響で社会の不透明さが増す時代。未来を担う若者たちに伝えたいことがありました。

投資家 瀧本哲史さん
「3.11以降、誰か偉い人が決めると思ったら、意外にちゃんと決めてくれなかったので、自分で決めるしかない。そういう時代感覚もある。キーワード的に言うと『自分の人生は自分で考えて自分で決めていく』。」

投資家として磨いてきた決断術や交渉術を徹底的にたたき込む講義は、「地獄の瀧本ゼミ」と恐れられました。それでも、いつも定員いっぱいの人気だったといいます。

元ゼミ生 城田一平さん
「間違った議論に対しては、もう容赦なく突っ込みが飛んでくる。ちゃんと議論立てて説明できる人に対しては、ものすごく納得してくれる。それがどんなに、学生だろうが身分がなかろうが、フェアに評価してくれる。」

病に侵されながらも、亡くなる前の日まで、投資先や教え子の相談に乗っていたという瀧本さん。最後まで口にし続けたことばがありました。

“世の中を大きく変えたいと思うならば、きちんと『ソロバン』の計算をしながら大きな『ロマン』を持ち続ける。その両方が必要です。
今はまだ小さいけれど、志と静かな熱をもった新しいつながり。新しい組織が若い人を中心に、ゲリラ的に次々と生まれています。『君はどうするの』って話です。主人公は誰か他の人なんかじゃなくて、あなた自身なんだよって話です。”

2020年の世界を生きる若者たちへ

武田:こうした瀧本さんのことば、若者たちにどう響いたんでしょうか。講義を受けたり、著作を読んだ若者たちはこう話しています。

起業した男性(28)
「幼少期から不況、親の給料も右肩下がりの世代。文句を言わず自分たちが変えるにはどうしたらいいか、実践論を教えてくれた。」

会社員(28)
「日本の未来に期待していいか分からない。これからの生き方にロールモデルがないなかで、行動してみないと意味がないと発破をかけられた。」

医師(28)
「今の時代、医師免許をもっているだけでは生き残れない。自分にしかできないことを追求する大切さを教わった。」

武田:宮田さん、瀧本さんのどんな思想が、こうした若者たちの心を捉えているというふうに感じていらっしゃいますか。

ゲスト宮田裕章さん(慶應義塾大学 教授)

宮田さん:机上の教育論ではなく、実業家、投資家としてご自身が社会を変えようと苦闘してきた瀧本さんが、その実践の中で磨いてきたからこそ、説得力のあることばなんだと思います。さらに彼は、商品だけでなく、人材が替えがきく歯車としてコモディティ化するという危機感を持っていたんですね。まさにこの数年、AI時代の到来によってそれが現実となって、例えば単に知識を持っているだけだと、高度な専門職だとしても、もうAIに取ってかわられてしまうというそういう時代になっています。
また、ミレニアル世代、その下のZ世代の価値観も今、日本だけではなくて、世界で大きく変わってきているんですよね。彼らにとって働くということは、お金を稼ぐために会社に貢献するということではなくて、重要なのは「自分はどう社会に貢献するか」ということなんです。つまり社会変革と自己実現。その貢献を通した自己実現があって、会社はその目的を達成する手段なんだと。こういった考えを持ってきた世代にとって、やはり今、瀧本さんのことばは、リアリティーを持ったものになっているんだなというふうに感じています。

武田:その瀧本さんは、世の中を変えるために、決断術や交渉術といった武器を配りたいというふうに言っていました。瀧本さんのゼミで学び、同じ投資家の道を歩んだ城田さんと中継がつながっています。城田さんは、瀧本さんからもらった武器の中で、どんなことが一番心に残っていますか?

ゲスト城田一平さん(投資家・瀧本ゼミOB)

城田さん:私は瀧本さんが主催していたゼミで、正しい意思決定の仕方について実践的に学んでいました。瀧本さんからは、意思決定をするときには自分の手でできるだけのデータを集めて、思い込みをなくして、客観的な根拠を持って意思決定しようと教わっていました。
例えば、飲食店に投資をするときには、業績の数字を見るだけではありませんでした。実際に店舗に足を運んで、料理の味だったり、店員さんの働きぶりを自分の目で見て、集めたデータを客観的に分析した上で投資の意思決定をしていました。

武田:思い込みや何か直感ではなくて、しっかりとした根拠を持って決断するんだよということを学んだんですね。ちょっと当たり前のような気もするんですけど、どうですか?

城田さん:瀧本さんは生前から、「自分だけが楽勝でできることを徹底的にやり切れ」とおっしゃっていました。当たり前のことなんだけれども、それをやりきる過程でそれが強みになっていったりとか、戦略につながっていくということをおっしゃってたんだと思います。

武田:若者に「自分の手で社会を変えるんだ」と訴えていた瀧本さん。実は8年前、東日本大震災の翌年に行った講義で、こんな宿題を出していました。

投資家 瀧本哲史さん
「8年後に、みんなで『宿題』の答え合わせをしよう。20代半ばの皆さんだったら、すさまじくでかいことできないかもしれないけど、何か自分のテーマを見つけて、世の中をちょっと変えることができるんじゃないかと。」

武田:その宿題の期限というのが、実はことし(2020年)の6月30日でした。それを前に瀧本さんは、惜しくもこの世を去りました。より社会の見通しがきかなくなる中で、あのとき講義を受けた若者たちは、今の時代をどう生きているのか。それぞれが瀧本さんに課せられた宿題と向き合う姿を取材しました。

天才投資家が残した“宿題”

青津京介さん、31歳。社会人1年目、23歳のときに瀧本さんの講義を受けました。

青津京介さん
「日記です。“8年後。最強に”って書いてありますね。何で自分はこれを書いたか分からないんですよ。何を最強にっていうのか、自分はよく分からないですね。」

青津さんが挑んでいるのは、福島に点在する限界集落の活性化です。4年前、自分の力で困っているふるさとを変えてみせると、勤めていた東京のIT企業を辞めました。今は役場に勤めるかたわら、地域を活性化するプロジェクトに参加しています。しかしまだ、目立った成果は上げられていません。

青津京介さん
「実力不足だって思い知らされて、地元のことも何も知らないし、田舎は遅れてるみたいに思いこんできた。」

でも最近、仲間たちと、あるイベントを企画しました。大人が行う本気の鬼ごっこ。ふだん交わることの少ないお年寄りと若者たちとの交流をはかろうというアイデア。ところが当初住民の反応は微妙でした。

住民
「何すんだべみたいな。訳わかんねえ話だなと思って。今もわかんねえ。」

そのとき、青津さんは詳細な説明書を作成。一人一人に参加を呼びかけました。

住民
「やってみたら結構楽しかった。なんで楽しいかわかんねえけど。何してもらえっていうことではねえのよ、顔見せてもらえれば。大歓迎だな。」

その後、評判となった鬼ごっこ。ほかの集落でも企画したいという声が上がり始めています。不可能にも思える限界集落の活性化。でも、こうした小さな積み重ねが未来をひらくと信じています。

今も、たびたび瀧本さんの本を手に取ります。

“賛成する人がほとんどいない、大切な真実を探そう。逆風が吹き荒れても、周囲の大人たちがこぞって反対しても、怒られ、笑われ、バカにされても、そこでくじけてはいけません。あなただけの『ミライ』は、逆風の向こうに待っているのです。”

「今どんな感じですか?最強になれた?」

青津京介さん
「いや、全然なれてないですね、全く。最弱です。ただ、8年前よりは、ちょっとはマシになったのかな。瀧本さんの言っていたこともわかってきた。」

東京都に暮らす29歳、大久保宅郎さん。去年(2019年)まで防衛省のキャリア官僚として働いていましたが、退職しました。

大久保宅郎さん
「退職した日に撮った写真です。」

大久保さんが防衛省を志したきっかけは、18歳のとき経験した東日本大震災。将来にやりたいことが見つからず、フリーターをしていた大久保さんは、ボランティアとして被災地を回り続けました。

大久保宅郎さん
「涙が出てきて。誰かの大事な日常が奪われている。個人でやることの限界を感じた。」

1人でも多くの人を救える社会を作りたい。大久保さんは一念発起して猛勉強を重ね、晴れて防衛省に入省します。しかし待っていたのは、会議のコピーを用意したり、はんこをもらいに行く日々でした。

大久保宅郎さん
「私じゃなくて、他の人でもできるなと思った仕事がすごく多くて。本当に志すべきは私でないとできないこと。他の人だったら1しかできないんだけど、自分だったら10できるかもしれない。そういう領域を模索したいなと思って。」

自分にしかできないことは何か。可能性をもっと試したい。そのとき背中を押したのが、あえてブレる生き方を勧める瀧本さんのことばでした。

“ルールが変わらない世界では、ブレないことに価値もあるでしょう。でも、私たちが生きている社会はすぐにルールが変わっていきます。ブレない生き方は、下手をすると思考停止になる。最前線で戦うのであれば、『修正主義』は大きな武器になる。”

大久保さんは防衛省を辞め、民間のコンサルタント会社に転職しました。いずれは多くの人が安心して暮らせる社会の仕組みを提案したいと、今はスキルを磨く毎日です。

投資家 瀧本哲史さん
「Do your homeworkですけど…。」

8年前の講義で瀧本さんから投げかけられた宿題。

瀧本哲史さん
「8年後にみんなで宿題の答え合わせをしようと。この8年間で、僕はちょっと世の中を変えることができましたとか、あの時、たまたま隣にいたやつとこういうことをやったら、こんなことができましたとか、そういうのができたら面白い。」

大久保宅郎さん
「8年間経って、世の中、変えられたかって、私はまだ変えられてなくて。道半ばで、やっとやるべきフィールドを見つけられたかなという段階。自分が決めたフィールドで第一人者になっていって、社会をよくするために貢献できたら。」

若者へ託したことば

武田:他人や世間からの評価ではなく、自分なりの価値観で生き方を選び、自分なりに社会を変えていこうという2人。もちろんまだ大きな成果を手にしたわけではありませんけれども、こういう若者が増えることで、社会はどういうふうに変わっていくんだとお考えですか?

宮田さん:先ほどの繰り返しになりますが、新しい世代にとって働くという意味が変わってきています。もうひとつ瀧本さんのことばで言えば、今まさにルールが変わる時代なんですよね。経済合理性を最優先とする社会というものには、コロナが来る前から、環境問題から疑問が呈されてきたんですが、コロナショックが来て、一度世界が止まった中で、経済だけではなくて命や人権、環境、教育、さまざまな重要な軸があることが認識されました。こうした中で、経済合理性の中で社会を回すための歯車として人が生きるのではなくて、自分は何を大切にしたいんだと。あるいは、自分にしかないものは何か。こうした個性ある「生きる」ということを響き合わせて社会を作り、そして、その中で一人一人が輝く、そういったことが重要な時代になってきているのかなというふうに思いますね。

武田:城田さん、とはいえ若い皆さんにとって、一人一人でできることって、やっぱり限界があるんじゃないかとか、本当に社会を変えていけるんだろうかとか、そんなことって思いませんか?

城田さん:むしろ不確実性が増している今の時代だからこそ、人脈も資金力も無い若者が活躍できたりとか、社会を変えやすくなっている時代だと思っています。私自身も20代でファンドマネージャーをしているんですが、20年前であったら、20代でファンドを運用するのは非常に珍しいことでした。大企業に入れば安泰、資格を取れば安定という時代が崩れているいまだからこそ、若者が挑戦すべき時代なのかなと思っています。

武田:「挑戦」と今おっしゃいましたけれども、私たちも取材してすごく印象に残っていることばがあるんですね。それは「3勝97敗のゲーム」という瀧本さんのことばです。人生や投資においてもそうなんですけれども、失敗というのは織り込み済みなんだと。それでも悲観することなく挑戦できるかが問われているんだということなんですけど、97回も失敗したらさすがに潰れちゃうんじゃないかなと思うんですが、どういうふうにこのことばを受けとめますか?

城田さん:これは、「3回の成功のためには97回失敗してもいいんだよ」という、失敗を許容する瀧本さんの励ましなんだと思っています。小さい挑戦をたくさんしていって、どんどん失敗して、その中から生まれた成功の種を大きく育てていくような考え方が、社会全体にも個人の生き方にも求められる時代なのかなと思っています。

武田:世界では、若い世代が上の世代を動かしていくような動きというのが各地で起きていますよね。日本の若者に今期待することはどんなことですか?

宮田さん:アメリカのブラック・ライブズ・マターとか、あるいはドイツは巨大な財源を保障に積みあげて、退路のない変化に入ってきていると。そんな中であっても、例えば日本で私が受けることばとしては、君たちは生まれながらにして負け組だと。未来も日本も変えられないよという人たちが結構多いんですね。

武田:就職氷河期世代ですね。

宮田さん:そうです。そうした中で変わる、変わらないのかという予測をするのではなくて、私自身は、やはり社会の1人のメンバーとしてどう変えるのかということを考えて行動したいと考えています。特に若い世代は、苦しい思い、失敗したときに諦めや挫折をささやく声というのは聞こえてくると思うんですが、そうした中で自分が何を大切にしているかを考えて、一緒に前を向きたいなと思いますし、あるいは若い世代に限らず、挑戦をする、何かを変えようとする人たちは同志だと思っています。変わる、変わらないではなくて、変えるんだということで一緒に挑戦していきたいなというふうに考えています。

武田:50代の私も、40代の宮田さんも、そしてまだ若い城田さんも一緒に。

宮田さん:変えましょう。

武田:最後に、瀧本さんが若者に託したこんなことばをご紹介します。

“必要なのは、他人から与えられたフィクションを楽しむだけの人生を歩むのではなく、自分自身が主人公となって世の中を動かしていく『脚本を描くこと』なのだ。”
(『君に友だちはいらない』より)