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2020年7月28日(火)

劇団四季 終わりなき苦闘 ~密着 再開の舞台裏~

劇団四季 終わりなき苦闘 ~密着 再開の舞台裏~

長らく「中止」や「無観客」での開催を余儀なくされていたスポーツやエンターテインメント。動員数の制限などの感染対策をした上で、7月から徐々に再開し始めた。
年間3000公演、300万人を動員する「劇団四季」もその一つ。2月から公演が中止となり、過去最大の危機に。再開のために挑んだのが「科学による検証」。専門家のアドバイスを受け、俳優からの飛まつや、観客間の飛まつの挙動を独自に分析。その結果をもとに、ステージと観客の距離や演出などの修正を行い、再開にこぎ着けた。しかし、そんな矢先、俳優から感染者が…。終わりなき苦闘の舞台裏に密着!

出演者

  • 吉田智誉樹さん (「劇団四季」社長)
  • 武田真一 (キャスター)

俳優が…社長が…再開に向けた思い

6月。公演再開に向けた稽古は厳戒態勢で始まりました。2か月間の自宅待機のあと再び集まった俳優たち。まずは、みずから稽古場を消毒します。

「熱中症にならないように。」

稽古中もマスクやフェイスシールドを着用します。

『マンマ・ミーア!』ソフィ役 若奈まりえさん
「自分の声がどう聞こえるのか分からなくて、開けたり閉めたりしていました。慣れていかないと。」

俳優たちは自宅待機の間、自分たちはなぜ演じるのか、存在意義は何なのか、問い続けていました。

『マンマ・ミーア!』ドナ役 江畑晶慧さん
「改めて演劇、舞台に立てることって当たり前のことではないんだなって痛感して。私がどれだけ舞台を愛してて、どれだけ立ちたかったか、本当に心の奥底から出てくるような。」

稽古を再開する一方で、劇団は創立以来、最大の危機に陥っていました。1,000本以上の公演が中止に追い込まれ、損失額は85億円に上っていました。

劇団四季 越智幸紀専務
「さらにコストカットできるところがないか、もう1回チェックする必要がありますね。」

劇団四季 吉田智誉樹社長
「どうしたって減らない金はあるからな。」

年間3,000公演。300万人を動員する日本最大級の演劇集団、劇団四季。終戦から8年後、当時学生だった浅利慶太さんが9人の仲間と共に立ち上げました。生前、NHKの番組に出演した浅利さんは、劇団の使命をこう語っています。

創立者 浅利慶太さん
「やっぱり生きることの喜びを味わっていただくことだと思います。人生はすばらしい、生きていてよかったなと。これをお客様に味わっていただく、そのことが我々の仕事だと思うんです。」

“演劇を通して人生のすばらしさを伝える”。コロナ禍で、この使命を果たすことはできるのか。浅利さんのあとを引き継いだ吉田智誉樹社長は、苦悩していました。

吉田智誉樹社長
「お客様を集めて人の前で何かを見せて収入を得るという仕組みが、こんなにウイルスのようなものに、もろいものだとは。諦めず道を見つけていくしかない。」

俳優たちが公演再開に向け取り組んでいた演目は、「マンマ・ミーア!」。「たとえつらいときがあっても人生はすばらしい」というメッセージが込められた作品です。先行きが見通せない今、どう演じれば観客に伝わるのか。俳優たちは議論を重ねていました。

演出担当 山下純輝さん
「芝居は社会と絶対結びついていて。コロナになったらできないとか、社会に密接に結びついている作品でないとだめだと思って。舞台に救いを求めに来ている、お客さんの思いを自分の祈りに引っ張ってきて欲しい。」

『マンマ・ミーア!』ドナ役 江畑晶慧さん
「世の中のいろんな人がいるから、いろんな人生をみんな生きてるから、もっともっとお客さんに共感できるようなものにするために、もっともっと繊細に思ったり、もっともっと具体的に思ったり、今まで以上に繊細に演じなきゃいけないんだなって。」

人生賛歌がテーマの「マンマ・ミーア!」。今、演じる難しさを感じている人がいました。竹内一樹さんです。

『マンマ・ミーア!』スカイ役 竹内一樹さん
「(自粛中)テレビとかを見ると、医療従事者の方であったり、リスクを負って本当の最前線でコロナと闘って、一番苦しいときに僕たちも何もできない状態が続いていて、すごくもどかしさは正直ありました。」

思い出していたのは、劇団四季の演劇を初めて見た高校2年生のときの記憶でした。

竹内一樹さん
「心に何か、喜びなのか感激なのか、衝撃なのか分からないものが、ズンって突き刺さって。今自分が受けているこの感覚をお客さんに届けたいと思ったんですね。」

俳優生活13年の竹内さん。この道を選んだ原点に立ち返っていました。

劇場の感染リスク 可視化で検証

感染リスクを具体的に捉えないと立ち向かえない。社長の吉田さんは、独自に劇場内のリスクの検証を行うことにしました。専門家の助言のもと、特殊な装置で飛まつの可視化を行います。
まず検証したのが、俳優の飛まつが客席に飛ぶことによる感染リスクです。無風状態の部屋で、俳優が本番と同じ声でせりふをしゃべります。

飛まつの多くは真下に落下。4メートル先に設置した観客を模したマネキンには届いていませんでした。一般の人の発声と比較すると、意外なことに、俳優の方が飛まつの量や飛距離が控え目だったのです。

声楽の専門家によると、日常生活の会話と舞台での発声は、息の使い方に違いがあるといいます。
一般的に日常会話などで使うのは、ろっ骨を広げることで行う胸式呼吸。この場合、息の量をコントロールするのが難しく、飛まつが多くなりがちだといいます。

一方、せりふや歌のほとんどを息継ぎなしで発声する劇団四季の俳優は、主に腹式呼吸を使います。横隔膜を下げることで一度にたくさんの空気を肺に取り込み、それを滑らかに吐き出しているのです。

東海大学教養学部(声楽) 梶井龍太郎教授
「息の使い方に無駄がないので、同じ音量を出すために息は本当に少ない。飛まつも少ないというふうになると思います。」

実際に公演で使用する劇場でも、検証することにしました。飛まつの多くは真下に落下。

しかし…。

「やっぱり(飛まつは)いっているね。1列目はいっていますね。」

舞台の高さや空気の流れが影響し、飛まつが浮遊している可能性が出てきたのです。検証結果から、舞台に近い何列かを空席にするなどの対策を取ることにしました。

吉田智誉樹社長
「今まで本当に姿が見えない敵だった。今日は何となく敵の影が見えてきた。こういう風に動くんだってことがよく分かりました。」

俳優同士の感染リスク どう向き合う

公演再開まで1か月。劇場での稽古が始まりました。
本番の舞台では、マスクもフェイスシールドもできません。俳優同士が密になることで生じる感染リスクをどうするのか。課題が持ち上がっていました。

ある日の会議。

スタッフ
「私たちを守るための話は出ているんですけど、俳優たちを守ることに関してはスルーじゃないですか。やってもらう、やる、再開するにはやってもらうという、相当な覚悟で。」

吉田さんに疑問を投げかけたのは、元俳優のスタッフでした。

スタッフ
「大声を出さない、対面が一番危ないって今もなお言われている中で、リスクを冒して芝居をやってもらう、覚悟を持ってもらう。それでいいんですよね?」

吉田智誉樹社長
「実際に出演にあたる前に、制作部から(俳優たち)本人の意思確認をしてもらうってことでしたよね?」

スタッフ
「それで進めるでいいんですよね?」

吉田智誉樹社長
「そうしないと我々も仕事ができない。最終形態(本番)は覚悟を持ってやってもらわないといけない。」

どれだけ対策しても、俳優たちの感染リスクはゼロにできないと感じていた吉田さん。さらにこのあと、追い打ちをかけるように、恐れていた事態が起きました。

「東京新宿区の劇場で、30人の感染が確認されました。」

新宿の小劇場でクラスターが発生。演劇界に厳しい目が向けられることになったのです。

吉田智誉樹社長
「どんな状況だったか情報が全くないので、ちょっと何ともコメントしづらいですよね。ただ重みが増したとは思っています。衛生対策の重要性ですね。」

劇団は、舞台に立つ俳優全員に毎月1回、PCR検査を実施することにしました。社会に説明できる最大限の対策を行わなければ公演を再開することはできない、そう考えたのです。

それでも、活動を続けるかぎり感染リスクは残り続けます。

“演劇の灯を絶やさない” 覚悟の再開

公演再開の前日。この日は、創立者・浅利さんの命日でした。演劇の灯を絶やさないために決めた、公演の再開。その決断が正しかったのかどうか、吉田さんは考え続けてきました。

吉田智誉樹社長
「浅利慶太だったらどう判断するんだろうなって思うことはよくあります。おそらく彼がしたことは、何としてもこの組織を残すことじゃないでしょうかね。コロナによって人の気持ちも変容したり、社会も変わってきましたけれども、演劇という芸術そのものが否定されたわけじゃない。」

実は、劇団四季は存在意義をかけて闘ってきた歴史があります。“社会にとって演劇は必要なのか”、その問いに答えるために、全国各地に出張して、演劇を通して人生のすばらしさを伝え続けてきました。
東日本大震災の年には被災地に赴き、無料の公演を行いました。

「生きているということを、当たり前のことだと思って無駄に過ごすんじゃないぞ。思いきり大事にするんだ。」

“劇場は、人生を深く味わいなおす場であり、芝居は、人々の感動のために奉仕しているのです”

創立者・浅利さんのことばです。

俳優としての存在意義を考え続けてきた竹内さん。今だからこそ自分たちにしかできないことがあるはずだと強く思うようになっていました。

『マンマ・ミーア!』スカイ役 竹内一樹さん
「お客様は、作品の内容を通して自分自身と重ねたりとか、自分自身が明日からも頑張るための何か糧をもらったりとか、それを得て帰っていってくださる。僕たちは舞台に立って作品の感動をお客様にお届けし続けることが、言い方はかっこよすぎるかもしれないですけど、使命だと思います。」


7月14日、公演再開の当日を迎えました。吉田さんは、俳優たちに思いを語りました。

吉田智誉樹社長
「劇団四季は今までもいろんな敵と戦ってまいりました。それは芝居で食うために観客を獲得する戦いだったり、演劇は売れないからアマチュアでもいいんだという、無理解との戦いでもありました。しかし、このコロナという敵はこれまでで最大の敵だと思いますね。とても長かったですけれども、ようやく今日を迎えられた。頑張りましょう。よろしくお願いします。」

「手指消毒にご協力お願いいたします。」

専門家の助言をもとに作った感染対策を徹底して、観客を迎えます。
「たとえつらいときがあっても人生はすばらしい」と訴えかける「マンマ・ミーア!」。

♪“踊って歌えば 人生は最高だよ”


観客
「上演を続けてもらえたら私たちもうれしいし、エンターテインメントはすてきだなと思うので。」
「明日頑張ろうって気持ちになれたこと、すごくうれしいです。」

スカイ役 竹内一樹さん
「私もお客様からすごくエネルギーを頂くことができて、本当に舞台が再開できて良かった。お客様に支えられて舞台って成り立っている。今日、本番を踏んでみて思いました。」

最後の1人になるまで観客を見送っていた吉田さん。責任の重さを改めて感じていました。

吉田智誉樹社長
「もしかしたら再開できてよかったなと思えるかもしれないと思っていたけど、やっぱりそんな気には全然なれないですね。闘いは続いているとしか思えなかった。本当に実際コロナと闘うっていう日々は、今日からだと思っています。ゴールでも何でもない、スタートですね。」

“新型コロナ”と演劇…社長の思いは

この1週間後の先週月曜日。公演に参加していない俳優の1人に感染が判明。劇団四季は、再び休演に追い込まれました。ほかに感染者は出ませんでしたが、劇団は、さらなる感染防止策を迫られることになりました。2日間の休演を経て、先週木曜日から再び公演を始めていますが、客席の半分を空席にしているため、赤字が続いています。それでもなお、この時代に生の舞台を続ける思いを、吉田社長に聞きました。

武田
「今回は、2日間公演を急きょ中止にされましたけれども、そういう意味でも本当にこれはいつ途切れるか分からない状況ですね。」

劇団四季 吉田智誉樹社長
「どこかで誰かが感染者になれば、その時点で止まってしまいますから。リスクは市中にウイルスがある以上、常にあるわけですよね。でも負けないようにするためには、しっかりとした対策をとる。お客様にお願いするところはしっかりとお願いするし、我々自身が守らなければならないことはしっかり守っていく。この細かい積み上げでしかない。」

武田
「今回、リスクを完全にゼロにするということは、なかなか難しいということが改めて分かったわけですけれども、そうした中でも演劇をやり続けている意味、それはどういうふうに今受け止めていらっしゃいますか?」

吉田智誉樹社長
「(公演が)終わったあとは涙を流してお帰りになるという光景があった。それを見た時に、人々をこういう気持ちにさせる仕事なんだと改めて思いましたし、こういう気持ちになることが人生では必要なんじゃないか。だから我々は仕事を続けなきゃいけない、続けなければ多分失われてしまう。失われたら戻ってこないと思う。だから苦しくてもやり続けなきゃいけない。」

武田
「私自身、舞台を拝見して本当に心の底から感動しましたし、やっぱり演劇というものは必要だなというふうに改めて思ったんですけれども。」

吉田智誉樹社長
「コロナになってソーシャルディスタンスが言われていますよね。離れただけの人生って、きっと味気ないもんだと思う。でも今は実際離れなきゃいけない。夢見る世界、想像力を羽ばたかせる世界では人々は固く団結していて、そこから得られる友情・愛情で物語が進んでいくような、物語に、あるいはミュージカルに、一時期、魂を遊ばせてということはとても意味があるし、役に立つことだと思う。やっぱり続けていく必要がある。いばらの道でも。」

新型コロナの時代、自分たちの存在意義は何なのか。劇団四季は、みずからに問いかけながら終わりなき闘いを続けています。

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