クローズアップ現代

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2020年2月27日(木)
60代の孤独死 団地の片隅で ~外国人労働者の末路~

60代の孤独死 団地の片隅で ~外国人労働者の末路~

団地で孤独死が起きていると聞くと、高齢者問題だと誰もが思うだろう。しかし今、団地で起きているのは、外国人労働者の孤独死だ。数年のデカセギのつもりで来日した人たちが日本での暮らしが長くなり、母国とのつながりをなくしてしまう実態が明らかになってきた。30年前、一番早く来日したブラジル人の労働者たちが相次いで孤独死した団地でその人たちの人生をたどり、今、何が必要か考える。

出演者

  • 川口祐有子さん (NPO「まなびや@KYUBAN」代表)
  • 松宮朝さん (愛知県立大学 准教授)
  • 武田真一 (キャスター)

外国人労働者 働きづめの果てに…

64歳で孤独死をしたアルベルトさん。
私たちは、生前の彼を知る人はいないか、団地で聞き込みを始めました。

「分からない。」

「(見たこと)ないね。この話、初めて聞いた。」

聞き込みを続けると、孤独死が起きたことを知っているという日本人の夫婦が見つかりました。
まず、孤独死が起きた現場に案内してもらいました。

同じ団地の住人
「ここのうちなんですよ。(表札の)名前もはっきり見えると思いますよ。」

死後9か月がたっていましたが、表札がそのまま残されていました。
警察によると、アルベルトさんの死因は病死。亡くなって3週間程度がたち、異臭が立ちこめたことで、ようやく発見されました。

同じ団地の住人
「婦警さんがみえたので、『何かあったんですか』とお聞きした。においが、だいぶしていました。」

夫婦は近所に住みながら、ほとんど会話することもなかったといいます。

同じ団地の住人
「エレベーターの中ではお会いしていた。あいさつは、あまり交わさなかった。」

取材班
「日本語は?」

同じ団地の住人
「たぶん、しゃべれなかった。」

独り暮らしをしていたアルベルトさん。
生前の彼は、どんな暮らしぶりだったのでしょうか。

「彼とは、この辺りでよく会っていました。」

私たちは、アルベルトさんの元同僚を見つけました。
ロベルトさん、69歳です。

二人は同じ団地に住み、同じ自動車部品工場で働いていました。

アルベルトさんの元同僚 ロベルトさん(69)
「ここが働いていた工場です。」

アルベルトさんは派遣社員として、およそ8年間働いていました。
ブラジルでは会計士をしていたアルベルトさんにとって、肉体労働は過酷なものだったといいます。

アルベルトさんの元同僚 ロベルトさん(69)
「1個800グラムの部品を1日1000個作るので、腕はパンパンになりました。」


アルベルトさんと同じ派遣会社で通訳をしていたタエコさんです。
同じ団地に暮らし、よく姿を見かけていました。

同じ派遣会社の元通訳 タエコさん(72)
「彼が亡くなっていたというのは本当にショックでした。」

アルベルトさんは、物静かで働き者だったといいます。

同じ派遣会社の元通訳 タエコさん(72)
「あまりお話しする人じゃなかった。愛きょうはすごくいい人で、いつも、にこにこしていました。真面目な人だったみたい。仕事も休まなくて。」

アルベルトさんが来日したのは、30代の時。
1990年の出入国管理法改正により、日系人とその家族に定住の資格が与えられ、ブラジルから日本へ「デカセギブーム」が起きたころです。経済不況に陥っていたブラジルから人手不足の日本の工場へ、多くの労働者が押し寄せたのです。

ロベルトさんの車で一緒に工場に通っていた二人。
車で流していたのは、故郷ブラジルで聴いていた曲でした。

アルベルトさんの元同僚 ロベルトさん(69)
「私たちは同世代だったので、当時何が好きだったとか、そういう話をしていました。」

朝6時に団地を出て、夜8時に帰るだけの毎日。
疲れて、助手席で眠り込んでいることもあったといいます。

アルベルトさんの元同僚 ロベルトさん(69)
「彼には特別な楽しみもなく、団地と工場を行き来するだけの毎日でした。」


なぜ、デカセギに来たはずの彼らが日本で長く働き続けることになったのか。私たちは、この団地と周辺に住む100人のブラジル人に聞き取り調査を行いました。

取材班
「日本に来たのはいつ?」

「30年前。」
「24年前。」
「27年前。」

取材班
「最初はどれぐらい日本にいる予定だった?」

「3年。」
「2年。」
「2年。」


2年のデカセギのつもりが、28年間日本で働き続けているブラジル人の男性です。62歳になった今もトラックドライバーをしています。

「これ(対向車線を走るトラック)、ブラジル人の(ドライバー)。ブラジル人、友達。」

経済の低迷が続くブラジルに戻れずに、日本で働き続けるしかない人は少なくありません。当初はデカセギのつもりだったため、日本で年金の保険料を払っておらず、老後の備えがない人が大半です。

28年間日本で働いている モナリさん(62)
「働いて、死ぬのを待つだけです。」


調査の結果、20年以上滞在しているのは100人のうち60人。そのうち9割近くが、当初は5年以内に帰国する予定だったことが分かりました。


亡くなったアルベルトさんは、来日当初、家族と一緒に暮らしていました。

アルベルトさんの元同僚 ロベルトさん(69)
「最初は家族で日本に来ていました。その後、奥さんは帰国したような話をしていました。」

離婚した妻との間に娘がいました。母国で暮らす娘のために、大学までの学費を仕送りし続けました。

アルベルトさんの元同僚 ロベルトさん(69)
「彼は娘のことが好きでした。『勉強してる、働いている』など自慢していました。結婚したとも話していました。」

ロベルトさんが、アルベルトさんから自慢げに見せてもらったという写真があります。娘が産んだ孫の写真。娘のSNSにコメントを残していました。

“なんてかわいいんだ!おじいちゃんの夢を見ているのかな”

アルベルトさんの元同僚 ロベルトさん(69)
「『孫は賢い、かわいい』と言っていました。日本に遊びに来るはずでした。」

しかし、63歳の時、アルベルトさんの生活は一変します。
長年の無理がたたり、体調が悪化。肉体労働が続けられなくなったのです。
工場の仕事を辞め、職場とのつながりを失ったアルベルトさん。孤立を深めている姿が目撃されていました。

同じ団地に住むシルヴァさんは、この場所にさみしげに座っているアルベルトさんを何度も見かけていました。

同じ団地に住む シルヴァさん
「『何やってる?』と言ったら、『ちょっと座っている』と。」

シルヴァさんの娘を、いつもだっこしていたアルベルトさん。母国で暮らす娘が大学を卒業すると、仕送りもやめ、家族とのつながりは薄れていました。

同じ団地に住む シルヴァさん
「寂しいみたいだった。『帰りたい 帰れない』(と言っていた)。(日本は)家族がいないと大変。(ひとりだと)私は死んじゃうよ。怖いです。」

アルベルトさんは、ただここで道行く人たちを眺めていました。


亡くなる少し前まで、アルベルトさんの姿が目撃されていた場所があります。
ブラジルの食材を売るこの店に、アルベルトさんは毎日のように通っていました。

スーパーの店員
「いつもこれ(買った)。だいたい2個か3個。」

故郷・ブラジルの家庭料理、コシーニャというコロッケを買うためです。

スーパーの店員
「買おうとするときに電話してきた。『まだありますか?』と予約する。」

このころ、アルベルトさんは持病の糖尿病も悪化していたといいます。

スーパーの店員
「支払いのときに(手が)震えていた。病気かな(と思った)。」


アルベルトさんの元同僚 ロベルトさん(69)
「誰かに助けを求める人ではありませんでした。私にも言いませんでした。何ひとつも。」

最期、アルベルトさんは自宅の居間で倒れ、亡くなりました。64歳でした。

アルベルトさんの元同僚 ロベルトさん(69)
「今でも時々思います。もっと何かしてあげればよかった。でも、日本で働く外国人に、他人を助ける余裕はないのです。」


私たちのアンケートでは、「日本での生活で困ったときの相談相手」を聞いたところ、「同郷の人のみ」が半数を超え、「いない」も合わせると7割近くに上りました。

遺骨になっても母国に帰れず…

アルベルトさんは、遺骨になっても母国に帰ることはかないませんでした。

アルベルトさんの20年来の知人、ダルシさんです。
遺骨になったアルベルトさんを、せめて家族に迎えに来てもらえないか。SNSで探した娘に連絡を取りました。
しかし…。

“父とはあまり連絡を取っていなかった
どんな暮らしをしていたのか分からない”

アルベルトさんにとって自慢だった娘。
ダルシさんは何とか来日してほしいと説得しましたが、お金がないからと来日を断りました。
アルベルトさんの20年来の知人 ダルシさん
「彼は孤独に死んで、埋葬する人もいない。悲しいと感じました。人はいつか死にますが、こんな最期はあまりにもつらい。そばに誰もいないなんて。」


アルベルトさんのように引き取り先のない遺骨は、公営の無縁墓地に納められることになります。
老後を迎えた外国人の高齢者。
母国にも日本にも安心できる居場所がなかったのです。


アルベルトさんの元同僚 ロベルトさん(69)
「私たち日系人は、ブラジルでは日本人と言われ、日本ではガイジンと言われる。自分が何者か分からない。」

ホームレスになっても母国に帰れない…

武田:この団地では、もう一つの孤独死が起きていました。亡くなったブラジル人の男性は、同じ60代。仕事を失ったあとホームレスとなり、このベンチでよく姿を見かけられていました。亡くなったのも、このベンチのすぐそばでした。


団地の一角でホームレスをしていた、フラビオさんです。
生前、在日ブラジル人向けのテレビ局の取材を受けていました。
フラビオさんは仕事を失い、団地で5年間、路上生活をしていました。

フラビオさん
「ここの暮らしは何もしない毎日です。私にいい日がくるよう、神様に祈っているだけです。」

フラビオさんはホームレスになったあとも、日本語の翻訳などで臨時収入を得ながら食べつないでいたといいます。

この団地で、フラビオさんとよく話をしたという川口祐有子さんです。

外国人の支援をする 川口祐有子さん
「フラビオさんはここ(ベンチ)に座っているので。」

外国人の支援活動をしている川口さん。缶コーヒーを飲みながら、フラビオさんの身の上話を聞いていました。そこで、フラビオさんが日本での生活が長引く中、母国の家族との絆が断ち切られ、帰国する選択肢を失っていることを知りました。

外国人の支援をする 川口祐有子さん
「『つらいなら、路上生活しているぐらいだったらブラジルに帰ったら?、家族もいるんでしょう?』と言ったら、『いま自分が帰ったら家族に迷惑がかかる。あっちはあっちで家族として完成している。自分は帰らないんだ』と。お子さんもいて、奥さんもいるけれども、『帰る選択はもう自分にはない』と言っていた。」

ある日、具合の悪そうなフラビオさんに川口さんが声をかけましたが、「迷惑をかけたくない」と支援を受けようとはしませんでした。

川口祐有子さん
「本当に顔色が悪くて、『今すぐ(病院に)行きましょう』『お金は私が出すから大丈夫』と説得したが、どうしても行かない。にっこり笑って『大丈夫だよ、死なないから大丈夫』と言って、その日は別れた。」

2日後、フラビオさんは団地のベンチのそばで遺体で発見されました。
その手には、川口さんの名刺が握られていたといいます。

川口祐有子さん
「その日はすごく寒い日で、名古屋で珍しく(気温が)マイナスになった。なのに、すごい薄着で、ほとんど自殺のようにしか見えない状況。その公園で亡くなっていた、彼の凍えた寒い顔が浮かんできて、なんで彼はこういう終わり方をしなくちゃいけなかったんだろう。」

仕事を失い、居場所もなくしたフラビオさん。
60歳、若すぎる死でした。

高齢化する外国人労働者 いま何が?

武田:ここは、その団地の一室です。今日は特別にお借りして、お伝えしてまいります。
日本で長年働いてこられた外国人の労働者が、こうして孤独死してしまうという事態。私も衝撃を受けたんですけれども、川口さんは今、どんな危機を迎えているというふうに感じていらっしゃいますか?

ゲスト 川口祐有子さん(NPO「まなびや@KYUBAN」代表)

川口さん:日本が外国人労働者を受け入れることは、始まったのはだいぶ前ですけれども、最初に受け入れた方たちの命が今、危機に直面しているというふうに言ってもいいと思います。私も活動を20年ぐらいしてきて、たくさんの外国人の方たちを見送ってきましたけれども、亡くなった方の中には「自分は人間なんだ」と。「部品じゃないんだ」というふうな叫びを残して自殺をしていった方もいれば、病気で亡くなっていった方もいるんですね。でも、その叫び声を誰が聞いてあげられるのか。彼らが叫び声を上げられる環境にあるのかということを、みんなが気付かなければいけないというふうに思っています。

武田:こういう現状を松宮さん、どういうふうにご覧になってますか?

ゲスト 松宮朝さん(愛知県立大学 准教授)

松宮さん:非正規労働が中心であったという労働条件の問題が、まず背景にあるのかなと。そういう意味で、生活基盤が非常に安定しなかったというところで、なかなか地域の中で安定的なつながりを築いていくことができなかったんだというのが、全体的な状況ではないか。特に日系人の労働者をめぐっては、そういう状況だったということだと思います。


愛知県に住むブラジル人に行った調査によると、雇用形態は非正規労働が7割。健康保険に入っていない、または分からないという人が2割。そして、年金の保険料を払っていない、または分からないという人が5割近くいることが分かりました。

松宮さん:この健康保険というものの制度や、年金というものがどういう制度なのか、何を負担しないといけないのか、あるいは、どういう状況になったら支給を受けることができるのかということが十分理解されていない。伝わっていない。情報周知も含めて十分じゃないのかなというのを、この赤い部分、「未加入不明」の異常な比率の高さが示しているのかなと思います。

どう防ぐ?地域で暮らす外国人の孤立

外国人の孤立を防ぐにはどうすればいいのか。
団地のオーナーや川口さんを中心に対策が始まっています。

無料で受けられる健康チェック。
団地の住民は、国籍や年齢にかかわらず誰でも参加できます。

川口さんは、こうした機会を重ねて地域のつながりを強め、日本人も外国人も助け合える関係を作っていきたいと考えています。

この団地に住む、60代のブラジル人の女性です。
この日、初めて自分の健康についての不安を相談できました。

60代のブラジル人女性
「血液検査がしたい。乳がんと子宮がんが心配で。」

川口祐有子さん
「1回、私が調べて電話してもいい?」

「よかったですね。いらして。」

60代のブラジル人女性
「ありがとう、よかったよ。初めて。」

増え続ける外国人労働者 受け入れの課題は?

武田:いま私たちが住んでる社会というのは、外国人の労働者の力を借りなければ成り立たないと思うんですね。そういった状況の中で、今、何が一番求められているというふうにお考えですか?

松宮さん:どの病院に行けばいいか、どこに情報があるかというところが、しっかりと生活の場で伝わるようにする。今、国レベルで進めているところだと思うんですけれども、外国籍住民を対象に、ワンストップでさまざまなニーズに応えてくれるような総合相談窓口を自治体に設置する動きが進められています。そういう行政側と地域側で築き上げてきたものをつなげながら、地域に参加できるような仕組みを、今後一層つなげていくことが必要かなと思います。

川口さん:外国人労働者はモノじゃなくて、ひとりの人間の人生が日本にやって来るんだよということを考えて、受け入れを行っていかなければならないというふうに思っています。“日本に住んでよかった”、“日本がふるさと”だと思える方たちが増えるといいなと思っています。

武田:そのように思ってもらえるためには、私たち一人一人にも、何かできることがあるのではないかと思います。ありがとうございました。