クローズアップ現代

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2019年9月18日(水)
ルポ 外国人労働者の子どもたち ~受け入れ拡大のかげで~

ルポ 外国人労働者の子どもたち ~受け入れ拡大のかげで~

外国人労働者が急増するなか、学校教育を受けられない子どもたちの問題が深刻化しています。彼らは日本の義務教育の対象ではないため、いじめや語学力不足、あるいは家庭の事情などでいったん学校に通えなくなると、制度からこぼれおちてしまい“放置された子ども”となってしまうのです。外国人生徒の比率が15%を超えたある中学校の生徒指導の現場をルポ。学校からドロップアウトしてしまった彼らの、その後の生活とは…?未来とは…?当事者とともに考えます。

出演者

  • 石井光太さん (作家)
  • 宮田裕章さん (慶應義塾大学教授)
  • 小島祥美さん (愛知淑徳大学准教授)
  • 横山ラファエルさん (元不就学児)
  • 池長ミッシェルミツヨシさん (元不就学児)
  • 武田真一 (キャスター) 、 高山哲哉 (アナウンサー)

ルポ 外国人急増…多国籍化する教育現場

岐阜県可児市立蘇南(そなん)中学校です。
朝8時。登校時間が過ぎると、静かだった職員室が一変しました。

「(タガログ語)7時10分にお子さんを送った?」

「(ポルトガル語)うーん、また連絡しますね、いいですか?」

4人の通訳が、登校してこない生徒に確認の連絡をします。全校生徒900人のうち150人が外国籍。この10年で3倍に増えました。今、問題になっているのは、こうした外国籍の子どもが学校に来なくなるケースが増えていることです。

生活指導主任 竹内幸正さん
「この確認中って子たちが、現在連絡が取れていない子たちです。電話がそもそも家にない、親が携帯を持って行って連絡できないとか。」

この日は19人が無断欠席。連絡もつかないため、教師が手分けをして家を訪ねます。
ブラジル出身の中学3年生。もう1年近く不登校が続いています。工場に勤める両親はいつも不在がちで、訪問してもなかなか会えません。

「明日学校…。」

生活指導主任 竹内幸正さん
「学校来られる?」

「うん。」

生活指導主任 竹内幸正さん
「生存確認というと大げさですけど、電話連絡ができない以上、そもそも子どもがいるのか、生活の実態があるのか、学校に行く途中で事故にあっていないか、外国人の子でも、日本人の子でも同じように心配。」

親の多くは、80年代の入管法改正によって入国が認められた日系ブラジル人やフィリピン人。市内にある自動車関連の工場で働いています。日本人の働き手が不足する中、可児市の外国人は今も増え続け、人口10万人のうち8000人を占めるまでになっています。
こうした外国人の子供たちに対応するため、蘇南中学校では特別な補習プログラムをもうけてきました。

教員
「“から”にしようか。『交番“から”広場が見えます』の方が良いね。」

それぞれの学力に合わせて、漢字や数学を増やすなど時間割も一人一人オーダーメイドしています。ところが、今年に入って、毎月のように新たな外国人生徒が転入してくるようになりました。

教員
「1年生、まったく答えていないので」
「いつ(日本に)来たんだろうこの子。」
「それにも答えていない。」

学力差や、抱える事情も年々多様に。「一人も脱落させたくない」と続けてきた、きめ細かな授業も限界に近づきつつあります。

教員
「これからもまた、来年も、こんなぐらいの人数になる可能性はある?」
「小学校のいま人数が増えているという話なので、今後この規模で、このスタイルで維持出来ないかもしれない。」
「全員を見届けるというか、そういうのは厳しくなる。」

学校に来られなくなる事情も人それぞれです。
フィリピン生まれ。3歳で来日したマリアさん。勉強熱心で日本語も十分に習得していますが、去年から学校を休むことが増えています。自宅を訪ねてみると、マリアさんは去年生まれたばかりのめいっ子の子守をしていました。

マリアさん
「ベイビーいつもの顔は?いつもの顔はどうしたの?」

仕事が忙しい家族の代わりに、マリアさんが面倒を見ています。赤ちゃんの具合が悪いときは、1週間ほど登校できないこともあると言います。

マリアさん
「私も家族の一員として、お手伝いしたい。学校にいることは勉強として大切だけど、家族が優先なので。」

自動車関連工場の派遣社員として働くマリアさんの母と叔母。仕事場が遠いため、朝5時に出て帰宅は夜8時をすぎます。

マリアさんの母
「マリアさんの大変だけど、学校本当はいま勉強しないといけない。でも、面倒を見る人がいないからしかたがない。」

本国への仕送りもあり、日々の生活費をまかなうのが精一杯。本人は高校進学を希望していますが、心配なことも。

マリアさんの母
「やっぱり高いから。家賃とか保険、税金。やっぱりまず頭の中は生活。どういう生活ができるか。」

この日、不登校が続いている中学2年生のフィリピン人生徒の両親がやってきました。

母親
「本人は学校に行くのが嫌なのです。退学するしかありません。日本に来る前は問題なく勉強していました。」

「フィリピンにいる時は問題なかった?」

母親
「ええ、成績も良かったんです。」

生徒は、勉強にも友人にも馴染めず、退学を強く希望していると言います。

教頭
「本当に辞めちゃっていいですか?」

母親
「ええ、どうしようもありませんから。」

しかし、学校は子どもを強く引き留めることはできません。外国籍の子どもは憲法上、義務教育の対象から外れているためです。結局、この日は結論を出さず、もう少し考えてもらうことになりました。
この学校では、去年1年で10人が中途退学。その後どうしているのか確認することはできていません。

外国人急増×日本の未来は…

武田:NHKと専門家の調査では、全国で学校に通っていない外国籍の子どもは8000人以上に上るとみられています。文部科学省も初めて全国的な調査に乗り出しています。可児市で外国籍の子どもの実態調査と改善に向けた取り組みを長年行ってきた、小島さん。全国でこうした状況になってきている。これはなぜなのでしょうか。

ゲスト 小島祥美さん(愛知淑徳大学准教授)

小島さん:2つありまして、1つは、やはり国が就学義務の対象にしていないという外国人に対しての扱いですよね。この問題が一番大きいです。2つ目がですね、それに伴って自治体任せになってしまっているっていうのが大きい点です。とりわけですね、外国人の住民というのは地域によって偏在しておりますので、数が多ければ施策はされているんですけども、少なければ、社会から見えない子どもたちという対象になってしまっていることで施策がされていないという自治体格差があるというのが大きな問題ですよね。

ゲスト 宮田裕章さん(慶應義塾大学教授)

宮田さん:やはり政府の受け入れ拡大の政策、あるいは少子化人口減少という中、日本でも、必ずこれはさらに大きな問題となっていくだろうと。この点からですね、今日フォーカスが当たっている岐阜県可児市というのは、日本の未来の姿の1つの可能性であるということも言えますし、可児市の取り組みの意義と課題を理解するということは、日本の将来を考えるうえでもすごく大事なのかなというふうに思います。

高山:最近、街角で働いている外国人を見かけるっていう方、結構多いと思います。在留外国人の推移なんですけども、全国的にも可児市でも外国人が増え始めたのは1990年代に入ってからなんですね。大きな節目は、1989年に改正されました入管法。それをきっかけに、さまざまな国籍の人たちが労働力として日本に入ってきて、去年は過去最高の273万人を記録。平成の30年間でなんと2.7倍も増えたんです。

来日した外国人の皆さんには、在留資格ってものが与えられる。主にこういったものなんですが、家族が帯同できるのは、このうちの、こちらです。さらに、今年4月入管法が新たに改正されまして、新たに在留資格に特定技能というのが設けられまして、5年間で34万人の受け入れが見込まれているんです。この特定技能は全部で14の業種があります。このうちの2つの業種では、家族を帯同呼び寄せることができるという道もあるんです。

今後、外国人の家族そして、子どもがどんどん増えることが見込まれています。

武田:学校からこぼれ落ちてしまった子どもたち。その後、どんな現実と直面することになるんでしょうか。

ルポ 外国人急増…小学校中退に児童労働も

岐阜県可児市で、かつて小中学校を中退した経験がある若者たちと出会いました。勉強やいじめ、家庭の事情も重なり退学。その後は過酷な生活を送っていました。

外国人労働者の家族を長年取材 作家 石井光太さん
「仕事をはじめたのは何歳の時からですか?」

横山ラファエルさん
「仕事をはじめたのが、中学2年生だもんで。」

池長ミツヨシさん
「14歳でバイトとか。給料(日給)7000円。」

石井光太さん
「小学校5年生で日本に来て、学校行かなくなって、お父さんからビンタされて、家を出て。どこに泊まっていたの?友達のおうち?」

池長ミツヨシさん
「友達の家とか、橋の下とか、いろいろ寝とった。」

石井光太さん
「ホームレスみたいな生活?12歳ぐらいでしていたんだ。11歳12歳13歳がホームレス?」

池長ミツヨシさん
「先輩が俺を拾って『日本のやり方あなたに教える。』ずっと3年くらい面倒みてくれた。その人は親方の仕事をやっていた。」

石井光太さん
「建築会社の親方に拾ってもらった形で、そこで働き始めるわけですね。」

ブラジル出身の塩野ホドリゴさんが来日したのは20年前。

蘇南中学校に転入しましたが、当時は学校側も外国人の生徒の受け入れに戸惑っていました。

塩野ホドリゴさん
「いきなりブラジルから日本に来て、しゃべれんし、お母さんと一緒に学校行かないとダメって。それで、水金しか(学校に)行けなかった。」

当時の校長だった林伍彦さん。
林さんも、ホドリゴさんたち外国人の生徒とどう向き合えばいいのか悩む日々でした。

元校長 林伍彦さん
「休み時間になると踊り場に集まって、ブレイクダンスをしまくって。授業開始の鐘がなっても、なかなか教室に入ってくれない。何人かの先生が教室に入れる。そんなのが毎日の生活でしたから。」

中学を終えたホドリゴさんは、高校には進学せず仲間の多くも中途退学しました。しかし、卒業から半年後、林さんはホドリゴさんから意外な事実を告げられます。

元校長 林伍彦さん
「ある日彼は『校長先生、僕に日本語教えてくれない?』『漢字を教えて。』そう言ったんですよ。僕らこの中学校の外国人の子どもたちを預かっているけれど、“預かっている”じゃなくて、生徒としてきちんと勉強させなければ、僕らはこの子どもたちにとって申し訳ない。なんとかこの子たちがちゃんと勉強する、そういう場を作ってあげたいと。」

ホドリゴさんの言葉を受けて、林さんは可児市とともに改善に乗り出しました。14年前に設立された「ばら教室KANI」。入学前に日本語と学校のルールを学びます。地元の学校に通う前の3か月間。外国人の子どもなら誰でも無料で通うことができます。

「失礼します。先生に用事があります。」

こうした手厚いサポートを10年以上続けることで、可児市は外国人の生徒の学校への定着率を着実にあげてきました。現在600人の外国人の児童生徒を対象にするこの取り組み。市は年間8000万円の予算を組んで支えています。
可児市は、なぜここまで外国人の子どものサポートに力を入れているのでしょうか。

可児市 冨田成輝市長
「外国の方の支援というよりも、市民なんですよ。国籍が外国なだけで市民なんですよね。これからは日本の国自体が企業が、外国籍の方を雇って続けて行く以上、その人たちの生活を支えるというのは、これは自治体がやっていますけれども、企業や国にとっても不可欠なことですので。」

年間8000万円の捻出は決して楽ではありませんが、可能な限り続けたいといいます。

高山:けっこうな額の予算というのは、未来への投資であると。

可児市 冨田成輝市長
「(予算額は)いまでも最低限だと思うんですけど、(その予算がないと)まともな学校教育はできない。とんでもないことになっている。」

外国人急増×日本の未来は…

武田:可児市で学校に行けなかった経験をした、ラファエルさんとアヒルさんにお越しいただきました。今日は、ようこそお越しいただきました。ありがとうございます。今の学校の様子っていうのは、どういうふうにご覧になりますか。

ゲスト 横山ラファエルさん(元不就学児)

ラファさん:昔みたいにやっぱ少なかったので、その辺。頼れる人がいなくて。友達とかでも。だけど今だいぶ多くなってきたので、お互い支え合ったりすればまあ、乗り越えれると思いますね。

ゲスト 池長ミッシェルミツヨシさん(元不就学児)

アヒルさん:今、可児のほうにいる外国人と日本人、みんな、手、組んどるし、ちゃんとうまくいっとるし、もうたぶん、心配はない。

武田:小島さんは、改めてその成長したお二人の姿をご覧になって、今、感じること。

小島さん:そうですね。まずはすごくうれしいですよね。っていうのも、何よりも、彼らたちのこの腕に書かれてる0574って、さっき、なんか…。

宮田さん:岐阜の市外局番。これは日本人として、非常に、なんていうのか熱いものがあるんですけど。

ラファさん:一応「0574familia」っていうのがあって。それが僕たちのグループみたいな。音楽や仕事や全部一緒にまとめてやってるグループなんですね。

宮田さん:でも、その市外局番をグループ名にするっていうのは、たぶん、思いがあると思うんですけど。

ラファさん:そうですね。地元思いっていうのが強いです。

宮田さん:岐阜の好きなところっていうのはどういうところですか。

ラファさん:岐阜ですか?全部ですね。自然が好きですね、岐阜は。都会よりも、田舎育ちで自然で生きてきた中で、あそこが自分の場所っていうのが。

武田:自分の場所なんですね。

ラファさん:はい、そうです。落ち着く場所って言えばいいんですかね。

高山:地元。

ラファさん:地元ですね、はい。地元ですね。

小島さん:可児の中で、ある種起点に、市自体が覚悟をしたっていう時点があったわけですよね。それまでは、外国人住民はいつかは帰る人たちなので、その人たちに対して施策を打つ必要はないんじゃないかっていう、ゲストのような扱いだったような態勢が、街の雰囲気もあった中でそれがそうではなく、住民なんだ一市民なんだっていう態勢に変わっていった。

武田:VTRの中では、可児市、最低でも8000万円が必要だというふうに言ってましたよね。

小島さん:10万都市で8000万という額はかなりの負担ですので。
可児は頑張ってます。これ以上もっとっていうのは、かなり自治体にとって負担が大きいのではないのかなと思いますし、それぐらいの体力がある自治体っていうのも、かなり限られているんではないのかなっていうふうに思いますよね。

高山:調べてみると、長野県の上田市では、児童生徒が多国籍化しすぎて8か国に対応しなきゃいけないということで、通訳が見つからないという事態に陥っていたり。あと、人口の5%が外国人という大阪市。日本語の支援が必要な子どもたちというのは、10年で3倍に増えたんですけど、行政としても頑張って支援できる非常勤の人などをあてがっても、なかなか足りずに待機児童まで生まれてしまっているという状況なんですよね。全国で今お金がない、人がない、リソースがないという悲鳴が上がっているんです。
こちら、日本の外国人受け入れ政策を各国の移民政策と比較した指標なんですが、日本は38か国のうちなんと27位。低いんですよね。

各項目で見てみますと、どの項目もやはり低調。いろんな問題が山積しておりまして、例えば、義務教育がない。親に対する支援もない。子どもだけじゃなくて。

諸外国では当たり前のことが日本ではできていないということが、この29位、そして全体では27位という順位に甘んじているわけです。

ラファさん:僕も団地に住んでるんですけど、そこに今、いろんな新しい方が増えてきてるんです。僕たち長いから、そこで助け合ったりしてるんですけど、やっぱりひどいとこはひどいですね。家具もなくて、何もない状態で。だから、できるだけ手伝ったりしてるんですけど、仲間思いっていうか、みんな同じ国だし、同じ国じゃなくても外国人の方だから気持ちは分かるし、手伝うのも当然っていうふうに思ってるから。だけど、そこだけ、もうちょっと何か工夫してほしいですね。来たばっかりの人たちのためにも、何かがたぶん足りてないかもしれないので。

武田:安心して暮らしていけるような、何かサポートですね。今のお話、聞いてても改めて思うんですけれども、やはり、私たちが外国から来る人たちを本当に隣人としてしっかり受け入れて。で、その人たちと一緒に日々の暮らしをずっと生きていくんだっていう、何か覚悟が問われているんだと思うんですよね。

小島さん:私は、国、そして自治体また、それぞれ私たち一人一人が覚悟と想像力が必要なのかなって思うんですよね。また、私たち一人一人市民ですけれども、外国人労働者たちが汗と、そして涙と苦しみを持って働いている中で、私たちの暮らしっていうものがあるんだっていう、その想像力を持った中で地域はどうあるべきなのか、私たち一人一人はどうあるべきなのかっていうのは考えるべきなんじゃないのかなって思います。人間を受け入れているという認識から、想像力を持って、国、そして自治体に担う制度設計を行ってほしい。それがまず取り組んでいただきたいことだと思います。

ゲスト 石井光太さん(作家)

石井さん:やはり僕たちは、日本に来たから日本のことを学びなさい、日本に従いなさいということではなくて、逆にその人たちが来てもらったんだから、これから我々が変えていかなきゃいけない。彼らが居心地のいい世の中に変えていかなきゃいけない。それはやはり、これから日本というのは、どんどん外国から人を呼んで、日本という国をよりよくしていかなければならないんですよね。そのためには、やはり日本の文化を強いるのではなくて、来てもらう人に対してきちんと合わせていく。そういったようなことが必要なんじゃないのかなっていうふうに思ってます。

宮田さん:いわゆる日本と異なる文化の人たちを迎え入れたときに、マジョリティーである日本側がいかに変わっていくか。これがすごく大事なのかなと。「郷に入っては郷に従え」ということわざがあるんですが、あれは入る側の心構えでですね。実は受け入れ側の心構えではないんですよね。そのときに、やはり我々が一歩踏み出して、これから一緒に生きていくのであれば違う日本に、新しい違う文化を共に作っていくんだということが必要になるかなと思います。

♪生きるのは難しいって 思い込んでた 昔の話
人間にあそばれて終わり?それならもう許せない
ひとりひとり持つ明るい未来
仲間やファミリーのためにも 生きる 一日大切に
俺はあきらめない毎日
生きたいように 生きればいいのに
失敗しても 頭下げずに生きればいいのに
乗り越えない 壁ない すべて自分しだい
俺はあきらめない
母からもらった命は むだにしない

♪10歳のころ日本に来ました
ことばわからんかった いじめされた
あのころ思い出す 学校の廊下で涙流す
それでいつ強くなれるか 人生 2つの道しかねぇ
頭上げて 自分のプライド見せて
誰にも負けねぇ