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2019年9月17日(火)

是枝裕和×ケン・ローチ
“家族”と“社会”を語る

是枝裕和×ケン・ローチ “家族”と“社会”を語る

今月のベネチア映画祭で最新作「真実」がオープニング上映を飾った是枝裕和監督。その完成間際「最も尊敬している」と語る巨匠ケン・ローチ監督を訪ねた。貧困にさらされる家族など、社会の見えざる一面を描いてきた2人の初めての対談。是枝映画の秘密とは。不寛容さを増す社会のなか、映画は何ができるのか。最新作の未公開映像を交え、今を生きるヒントを探る。

出演者

  • 是枝裕和さん (映画監督)
  • ケン・ローチさん (映画監督)
  • 武田真一 (キャスター)

最新作で迫る“家族の葛藤”

武田
「今日はお忙しい中、ありがとうございます。」

まずは最新作への思いについて是枝監督に聞きました。

武田
「(新作は)初めて海外で、しかも海外の俳優陣を使ってお撮りになった。ここで描きたかったテーマは?」

是枝監督
「家族の中で、今回は、本当に一つ、家の中で起きている母と娘の、いろんな過去と現在と未来に渡って起きていること、起きるであろうことを、ちゃんと捉えてみようかなと思った。」

来月公開の「真実」。主人公は、カトリーヌ・ドヌーブ自身のような大女優。彼女が書いた自伝をきっかけに、ジュリエット・ビノシュ演じる娘との確執が描かれます。


(映画「真実」より)
“ママ、ねえ、何よこれ?デタラメじゃない。どこに“真実”があるのよ。『校門で娘のリュミールを待つ時間が何よりも幸せだった』。こんなこと一度もなかった。” (娘)

長年の母へのわだかまりを激しくぶつける娘。やがて、知らなかった母の一面に気づいていきます。

“お母様に構ってほしかったですか?エミーみたいに”(若手女優)
“どうかしら”(娘)
“お母様には髪を触らせなかったそうですね”(若手女優)
“それ、母から聞いたの?”(娘)
“ええ、「あの子は何でも一人でできちゃうから」って、ちょっと寂しそうでした”(若手女優)

武田
「監督が色んな人々を見つめるときに、なぜ家族という単位が出てくるのか、そこにたどり着くのか。それはなぜなんでしょう?」

是枝監督
「うーん、なぜと言われると、ちょっと分からない。面白い、わからないから、たぶん、もっと知りたいと思っているからということなんだろうと思います。母はこうあるべきだとか、家族はこうあるべきだとか、家族とか母とか父、子どもというものを、“べき”で考えるべきではないという風に思っているので。」

“揺らぐ家族”を見つめ続けて

テレビドキュメンタリーから出発し、「家族」のあり方を問う作品を描き続けてきた是枝監督。
育児放棄された子どもたちが、懸命に生きる姿を描いた「誰も知らない」。
前作「万引き家族」では、様々な事情を抱えた血縁のない人たちが、一つの「家族」として生きる姿を描きました。


(「万引き家族」より)
“血がつながっていない方がいいということもあるじゃん。”(信代)
“まあ、余計な期待をしないだけね。”(初枝)

是枝監督
「いろんな共同体が形を変えつつある。地域の共同体も、学校もそうですね。いろんな共同体が脆弱になってきたときに、人がすがる最後の共同体が、もしくは最初の共同体が、家族の共同体なのだと思いますけども、そこに一番いろんなしわ寄せが来ているから、いろんな事件が家の中で起きている。そこにどうしても自分の目がいく、ということなんだと思うんですよね。」

武田
「映画はどういうことを成すべきだと思って、是枝さんはつくっていらっしゃるんでしょうか?」

是枝監督
「(見た人に)悶々として欲しいなと思って。それは意図的にやっているところがあるんですけど。“じゃあどうしたらいいんだということを提示するのが映画の役割か”というのは、常に疑問なので。もちろん分かっているんだったら、そうすればいいのですが、そんなに簡単なことじゃないだろうという思いの方が先に立つので。」

是枝の“師匠” 初めての対話

そんな是枝監督が憧れ、「師匠」と仰いできたのがケン・ローチ監督です。初めての本格的な対話が始まります。

ローチ監督
「あなたの映画、『誰も知らない』や『万引き家族』は、とても素晴らしい映画でした。私の映画と通じるものがありますね。実はそんな映画監督に出会うことは、本当にまれなことなんです。お互いの興味や関心が似ているのでしょうね。」

是枝監督
「ありがとうございます。もしちょっとでもそう感じていただける部分があるとすると、本当にそれはローチ監督から学んだものがすごく大きいと思います。」

“家族が壊れる” 老巨匠の警鐘

12月に公開されるケン・ローチ監督の最新作。日本でも社会問題となっている、“新たな働き方”を描きました。主人公は本社とフランチャイズ契約を結ぶ宅配ドライバー。個人事業主とされながら、過酷なノルマなど制約の中で働かされます。
そして妻は、パートタイムの介護士。過密なシフトに振り回され、満足な介護ができません。
すれ違いの生活の中、家族の絆が壊れていきます。


(「家族を想うとき」より)
“父さんはいい手本だよ。”(息子)
“クソな仕事で14時間も働いて。毎日クソな目に遭い、クソ仕事を転々として最後は日雇いだ。”(主人公の男性)
“日雇い?それも選択だ。自分から選んでそうなる。だろ?”(息子)

“何もかもうまくいかない 分かるか?”(主人公の男性)
“懸命にもがけばもがくほど、大きな穴の中へ沈んでく”(妻)

是枝監督
「新作を拝見して、やはり非常に驚くのは、登場する人たちは、なぜ自分がそんな不幸な状態に置かれているかということには、気づいていない。彼らは、ただ幸せになりたい、家族と一緒に暮らしたいと思っているだけにも関わらず。」

ローチ監督
「多くの人々が今や不安定な雇用状態に置かれています。1週間先の労働時間も給料も分からないため、映画の主人公のように自転車操業を強いられているのです。この映画で描こうとしたのは、こうした『労働者が、本来持つべき力を失っている現実』と、それが『家族に与える壊滅的な影響』です。」

是枝監督
「なんだろうね。家族を守るために就いた職業なのに、そうではない方向に向かってしまうという、そういう描写が私たちにむしろ、一体どうすればいいんだろう、何がいけないんだろうということを考えさせるという、見事な構造になっていると思いました。」

80歳を超え、一時は引退も考えていたというケン・ローチ監督。
労働者が置かれた不安定な状況への怒りが、再びメガホンを握る後押しになったといいます。

制作にあたっては、現役のドライバーや介護士に綿密な取材を重ねました。


宅配ドライバー
「長時間働けと、いつもプレッシャーをかけられています。1日15時間働く日もあり、休憩もろくにとれません。平均すれば、時給は700円程度です。」

ローチ監督
「ネットで買った商品をガソリンを浪費して配達してもらう生活は、永遠には続けられません。このままでは、労働者も壊れてしまいます。そもそもこうなったのは、大企業の間の激しい競争が原因です。少しでも儲けようとすれば、安い労働力が必要です。こうして労働者の立場がますます弱くなってしまったのです。」

なぜこだわる?“弱者の現実”

ケン・ローチ監督は、半世紀以上に渡って労働者や、その家族が直面する厳しい現実を描き続けてきました。寂れた炭鉱の町で、未来に希望を持てずに生きる少年の姿を見つめた、初期の名作「ケス」。その後も、過酷な労働環境で働く日雇いの建設作業員など、社会的に弱い立場にある人々を描いてきたのです。

3年前のカンヌ映画祭でパルムドールを受賞したのが「わたしは、ダニエル・ブレイク」。行政の冷たい対応が、助けを必要とする人たちをさらに追い詰めていく様子を描いています。

是枝監督
「ダニエル・ブレイクは本当にユーモアがあるし、脇の人間たちの描写が見事だと思って。何度見てもやっぱり泣いてしまうのが、フードバンクで缶詰を食べてしまうシーンなんですけども。」

貧困に苦しむシングルマザーがフードバンクを訪れる、このシーン。
取材で知った実話を映画にしました。


(「わたしは、ダニエル・ブレイク」より)
“あと欲しいものは?これも。パスタはこっちよ。入れるわね。・・・ケイティ、どうしたの?何をしているの?座って。大丈夫よ。来て、そこへ座りましょう。大丈夫?落ち着いて” (フードバンクのスタッフ)
“お腹がペコペコで・・・ミジメだわ”(シングルマザーの女性)

ローチ監督
「映画監督として心がけているのは、『搾取や貧困を始めとする弱者が置かれた現実をどう伝えるか』です。全ての人たちが尊厳ある人生を送るために、私は映画を通して社会の構造的な問題を明らかにし、解決に導くべきだと考えています。なぜなら、社会的に弱い立場にいる人たちは、不当に扱われていることを世の中に告発する術をもっていないからです。」

“不寛容な時代” どう向き合うか

社会の暗い部分から目を背けずに描くふたりは、時に厳しい批判にもさらされてきました。ケン・ローチ監督の作品には、保守系メディアから「国から助成金をもらいながら、反イギリスの映画を製作した」といった批判が。是枝監督の作品も、ネットなどで「犯罪を称賛している」、「日本の恥部をさらすな」、「反日映画だ」といったバッシングを受けました。

是枝監督
「日本で『万引き家族』が公開されたとき、犯罪を擁護するのか、という意見があったり、彼らは自己責任だろうという意見が、ネットを中心に言葉が飛び交ったりという状況があって。」

ローチ監督
「私も『お前は国の敵だ』とかいう批判を受けています。なぜなら、社会を支配している者たちにとって、自分たちの利益こそが国益だからです。実際は、人々の労働力を盗んで豊かになっているのにね。」

是枝監督
「今おっしゃられたように、実際に不正をして搾取をしている人たちは誰なのか、というところになかなか目が向かないように、イギリスもそうかもしれませんが、日本はなっています。それはメディアを巻き込んで、今の政府が非常に上手に自分たちに批判が向かないようにしているからだと思います。」

ローチ監督
「そうですね。メディアにとって国益とは、富裕層や権力者の利益を意味します。だからこそ、何か問題があると、それは移民のせいだとか、労働者が怠け者だからだとか、様々な理由を示すのです。」

“リアル”描く 是枝演出の原点

社会に押しつぶされそうな「声なき声」をどうリアルに伝えるのか。ふたりは、演出手法でも共通点があります。

ケン・ローチ監督が最新作で起用したのは、実際に同じような環境で働いている労働者など、ほとんどが演技経験のない素人。


(「家族を想うとき」撮影現場にて)
ローチ監督
「デビー、筋書きはこうです。あなたが介護するこちらの老人は、明るくて賢い人です。」

そして役者には、事前に台本を渡さず、その都度セリフや状況を伝えます。登場人物の人生をたどるように物語の順に撮影していくのです。現場で配られるスケジュール表には、ある注意書きが書かれていました。
「台本を置き忘れ、役者が目にすることがないようにしてください」

宅配ドライバー役 クリス・ヒッチェンさん
「映画というより、ドキュメンタリーの撮影のようです。監督が求めるリアルな感情を出すために、セリフを記憶したり、考え過ぎたりしないように心がけています。」

こうした手法は、是枝監督にも影響を与えてきました。現場の状況に応じて、台本を柔軟に変え、より自然な演技を引き出しているのです。


(「万引き家族」撮影現場にて)
是枝監督
「波高いから気をつけてよと、背中に声をかける。」
「(その後に)泳げるのかねと。」

ローチ監督
「私も聞きたいことがあります。『万引き家族』の中で、刑事の尋問を受けた母親が涙を流すシーンには、本当に心を揺さぶられました。あれはファーストテイクですか?」


(映画「万引き家族」より)
“産んだらみんな母親になるの?” (信代)
“でも、産まなきゃなれないでしょ。あなたが産めなくて辛いのはわかるけどね。羨ましかった?だから誘拐したの?” (刑事)
“そうねえ。憎かったのかもね。母親が” (信代)
“子供ふたりは、あなたのことなんて呼んでいました?ママ?お母さん?” (刑事)

是枝監督
「あれは、そうですね。ファーストテイクですし、台本には刑事側の質問は書かれていないので、彼女は何を聞かれるかわからずに、あそこに座っていて、質問を1つずつ僕がホワイトボードに書いて、カメラの脇にいる刑事役の役者に見せて質問をしていくというやり方でした。生のリアクションを撮りたいということで、長回しにして、ワンテイクで撮りました。」

ローチ監督
「そうでしたか。」

是枝映画の代名詞でもある、子どもたちの生き生きとした感情を引き出す演出。
かつてケン・ローチ監督から受けた一つの助言が、大きな心の支えになってきたと言います。

是枝監督
「事実を全部教えずに撮ったり、片方だけにけしかけてケンカをするシーンを撮ったり。そういう意味で言うと、どこかで生の感情を、要するに演技ではないリアクションを引き出すために、どこか子供をだましていく。そのことに対するある種の後ろめたさみたいなものをちょっと引きずっていて、その事を質問したとき(ローチ監督に)答えていただいて。『信頼関係があれば、その瞬間、多少役者と監督の間で相違があっても、それは回復できる、回復できる自信があった』と監督はおっしゃられていて。」

ローチ監督
「そうなんです。大切なのは子供たちと信頼関係を結び、安心感につなげることです。絶対に子供たちを利用しようとしたり、恥をかかせようとしてはいけません。子供たちが自分たちの存在価値を実感できれば、きっと応えてくれるはずです。」

是枝監督
「映画のカメラというのは、人を見つめるための道具だと思っているので、その人を尊敬しながら、節度のある距離でどう見つめていくか、見つめるために最適なポジションにカメラを置くことを今は心がけるようにしています。」

“すべての人に尊厳” 巨匠の信念

是枝監督が、その背中を追いかけてきたケン・ローチ監督。貫いてきた信念を描いたシーンがあります。苦闘の末に亡くなった主人公の言葉が読み上げられるラストシーンです。


(「わたしは、ダニエル・ブレイク」より)
“私は依頼人でも顧客でもユーザーでもない。怠け者でも、たかり屋でも、物乞いでも泥棒でもない。きちんと税金を払ってきた。それを誇りに思ってる。地位の高い者には媚びないが、隣人には手を貸す。施しは要らない。私はダニエル・ブレイク。人間だ。犬ではない。当たり前の権利を要求する。敬意ある態度というものを。私はダニエル・ブレイク。1人の市民だ。それ以上でも以下でもない。ありがとう。”

ローチ監督
「私は、映画を通してごく普通の人たちが持つ力を示すことに努めてきました。一方で、弱い立場にいる人を単なる被害者として描くことはしません。なぜなら、それこそ正に、特権階級が望むことだからです。彼らは貧しい人の物語が大好きで、チャリティーに寄付し、涙を流したがります。でも、最も嫌うのは、弱者が力を持つことです。だからこそ、あなたが映画で示してきたことは、重要なのです。私たちには、人々に力を与える物語を伝えていく使命があると思います。もし、自分たちに力があると信じられれば、社会を変えるかもしれないのです。」

是枝監督
「引き続き、僕のお手本になる作品をつくり続けて頂きたいなと、個人的には思っています。きょうはありがとうございました。」

ローチ監督
「こちらこそ。あなたも映画を撮り続けて下さい。あなたの映画は素晴らしいですから。」

是枝監督
「がんばります!」

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