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2019年9月3日(火)

出口はどこへ?~香港・岐路を迎えた抗議活動~

出口はどこへ?~香港・岐路を迎えた抗議活動~

抗議活動はこのまま継続するのか?重大な局面に立つ香港のデモを、最新情報を元に掘り下げる。前回放送(6月20日)の時には、平和なデモが徹底されていたが、いま一部の市民が過激化し、警察が応酬することで激しい衝突が起きている。背景には何があるのか?独自取材で探る。さらに、デモが長期化する中、香港から脱出し、アジアや欧米へ拠点を移そうとする起業家やビジネスマンの動きも取材。果たして香港の今後はどうなるのか?その行方を徹底分析する。

出演者

  • 興梠一郎さん (神田外語大学教授)
  • 武田真一 (キャスター) 、 合原明子 (アナウンサー)

最前線ルポ 中国政府の圧力の中 変化が…

合原:道路の奥のほうまで人で埋め尽くされていることがよく分かります。

3か月近く前、平和なデモが続けられていた香港。しかし今、抗議活動はバリケードを作り火炎瓶を投げ込むほどに過激化。警察との衝突が続いています。

その背景に何があるのか。過激派グループに参加する20代の男性に話を聞くことができました。先月(8月)からガスマスクなどの装備を身に着け、前線に立つようになったというこの男性。中国本土の影響力が強まる中、香港の自由を守るためにはやむを得ないと考えたといいます。

過激派の活動に参加
「不公平な政策や中国による支配、そこから香港を守るために闘っています。これほど多くの人がストライキや登校の拒否をしているというのに、香港政府は全く応じようとしません。これを目にして、そろそろ自分自身も行動しなければと思ったんです。」

これに対し、中国政府は警察が取り締まりを強化するよう断固とした姿勢を見せました。

中国 香港マカオ事務弁公室 報道官
「香港を危険な崖っぷちに引きずり込むことは許されない。行政長官と香港政府、警察が法に基づき違法な犯罪者を厳しく取り締まることをゆるぎなく支持する。」

この直後から香港警察に明らかな変化が見られるようになりました。催涙弾を使い、殴る蹴るの暴行を加える場面が増えていたのです。

「わかったから止めてくれ。」

先月25日には群衆に襲われた警察官が拳銃を発砲。

「警察が民衆に拳銃を向けているぞ。」

香港警察の内部で今、何が起きているのか。関係者に話を聞くことができました。錢宝芬(せんほうふん)さんです。香港の保安当局に26年間勤めていました。最近の香港警察の取り締まりは、これまで遵守してきたガイドラインを逸脱していると指摘します。

元保安当局 錢宝芬さん
「地下鉄の車両の中で市民相手にこの行為はありえません。本来、香港警察の精鋭部隊はテロリストを取り締まる組織です。しかし、今その相手は市民に変わりました。警察は精鋭部隊を出動させ、市民を徹底的に打ちのめしています。」

警察官の家族も、これまでにない指示が現場に出ていると証言しています。

警察官の妻
「警察官が持たされている武器は、ふだん使わないものばかりです。まるで戦争をするみたいです。」

さらに警察は突如、民主派グループのリーダー2人をはじめ議員らを相次いで逮捕しました。こうした動きの背後に中国の存在があるとして市民たちは反発を強めています。

合原:香港の警察が中国の国旗の目隠しをして「何も見えない」と言っている。

1か月後に迫った建国70年の記念日までに事態の収拾を図りたいとみられる習近平指導部。新たな動きを見せ始めています。先月中旬、中国共産党の機関紙は抗議活動の背後にいるとして、民主派の元議員など4人を名指しで批判。この4人組がアメリカ政府の支援を得て若者の抗議活動を扇動していると非難する動画も拡散しています。

YouTubeより
「アメリカの犬!」
「香港から出て行け!」
「中国から出て行け!」

4人組の1人とされた何俊仁(かしゅんじん)さん。香港の民主派の中心人物で立法会の元議員です。民主派の信用を落とし、抗議活動がこれ以上広がらないようにするのが中国政府の狙いだといいます。

民主党 元立法会議員 何俊仁さん
「彼らはいつもわれわれを監視しています。たぶん今も部屋の盗聴器をしかけて、私たちの会話を聞いているでしょう。1人で歩くときは注意しています。本当に私を消そうとするときは、どこにも逃げることはできませんが。」

中国政府による圧力は、抗議活動に参加する市民の生活にも及んでいます。香港を代表する航空会社キャセイパシフィックでは、パイロットや客室乗務員などの解雇が続いています。

「キャセイ、クソを食らえ!中国に頭を下げたのか!」

中国の航空当局がデモに参加した従業員を香港と中国本土を結ぶ路線の業務にあたらせないよう通告したのです。人々はこうした動きを白色テロと呼び抗議の声を上げていました。

労働組合連合会 会長
「(中国の)意図ははっきりしている。私たちを脅迫することです。香港人を萎縮させ完全に黙らせることです。」
「白色テロをやめろ!解雇を撤回せよ!」

2か月前、私たちがデモ行進の中で出会った男性にも変化が起きていました。当時、この男性は香港の自由のためにデモに参加する決意を強く訴えていました。

男性
「立ち上がらなければすべて失います。どのみち死ぬのなら戦いますよ。それが今なのです。」

ところが今回、再会すると周囲を警戒し抗議活動に参加し続けるかという質問にさえ答えようとしませんでした。

合原:2か月前は率直に話をしてもらえたと思いますが、それだけ状況が変わってしまったということですか?

男性
「状況は悪化しています。2か月前は心配することはなかったので、自分の言葉で話せました。今は自分を守らなければなりません。何が起きるか、予測がつかないのです。」

もう1つ、2か月前と大きく変わっていたことがありました。6月に私たちが訪れたときは、中国本土からの観光客でにぎわっていましたが…。

合原:今ですね、このように写真を撮っている人の姿とてもまばらで少ないですね。

今では客が来ないため店を閉じるところも出ていました。中国本土の人が、香港は危険だと思い込んでいるからではないかといいます。

写真店 店員
「悪い情報ばかり伝えられている。デモ現場以外は安全なのに。」

放送 SNS…中国政府が「世論操作」か

中国国内では香港の抗議活動の危険性を強調する報道が行われてきました。国営メディアは抗議活動を制圧するための武装警察による大規模な訓練の様子を繰り返し発信。さらに政府系のメディアでは、暴徒がアメリカ軍の武器を使用していると指摘。その証拠としてデモ参加者の動画を投稿していました。この記事が中国国内のSNSで拡散されると、「これはテロリストと同じだ」「あまりにひどい。警察の手に負えない」といった反応が相次ぎました。

これは中国政府による世論操作ではないかと分析する研究者がいます。アメリカを拠点に世界中の世論操作の実態について研究しているサミュエル・ウーレー氏です。ウーレー氏が注目したのは、米軍兵器だと報じられたこの銃。

テキサス大学 世論操作を研究 サミュエル・ウーレー氏
「これは(スポーツ用の)ペイントボールガンか品質の低いエアガンですね。中国政府は香港の抗議活動が凶暴だと示したいのです。それによって、この活動の信用性をおとしめ、彼らは民主主義を求めているわけではないと言いたいのです。」

さらにフェイスブックやツイッターは、中国当局が組織的に関与する情報操作が行われていたと発表。900以上のアカウントを停止しました。抗議活動の参加者をゴキブリに例えるフェイスブックのページや英語で抗議活動を批判するツイートなど、中国本土以外に向けた働きかけが行われていたのです。

SNSを使った情報操作について研究を行うカニシュ・カラン氏。今回、香港の抗議活動に関するツイートを分析しました。すると、多くのツイートで、あるシステムが使用されていたのです。

デジタルフォレンジックラボ SNSを分析 カニシュ・カラン氏
「香港の民主化運動に反対の声を大きくするために、ボットなどがたくさん使われていたことがわかりました。」

自動的にツイートを発信するボットを使い、大量に記事を配信していました。

デジタルフォレンジックラボ SNSを分析 カニシュ・カラン氏
「この操作が高度なのは、香港人や西側諸国の人々に向けて『この抗議活動は暴力的で、大きな被害を及ぼす可能性があるから批判するべきだ』と呼びかけていることです。こうした情報が人々の気持ちを変えるのか、見極めていかなければなりません。」

香港では表立って抗議活動を批判する勢力も目立つようになりました。

親中派
「デモで店の邪魔をしないでくれ。どこかへ行ってくれ!」

民主派リーダー
「ここまで問題を大きくしたのは、政府の方じゃないか。」

親中派
「香港にはお前みたいなゴキブリはいらない。」

経済界「中国本土との結びつき不可欠」

経済界でも抗議活動が過激化していくことに否定的な声が強まっています。日本の経団連に当たる香港中華総商会の蔡冠深(さいかんしん)会長です。香港の経済的な反映には中国本土との結びつきが不可欠だという蔡会長。

香港中華総商会 蔡冠深会長
「習近平国家主席です。これは私です。」

その関係にひびが入るのではないかと危機感を募らせています。

香港中華総商会 蔡冠深会長
「一国二制度とはあくまで1つの国の下に2つのシステムがあるということを理解すべきです。それは中華人民共和国の下に香港があるということです。中国本土の支えがなければ、香港の繁栄は保てないでしょう。中国と香港が良い関係にあることが重要なのです。」

最前線ルポ 中国政府の圧力の中 ひるまない市民

先週木曜日(8月29日)、事態はさらに動きます。香港警察がこれまで認めていた集会さえも許可しないという決定を下したのです。しかし、集会の会場に向かう大勢の人の姿がありました。

行進する人々が口にしていたのはキリスト教の賛美歌。香港では宗教の集会は警察への届け出なしに行うことができます。そのため、十字架を携えたり賛美歌を歌ったりしながら行進を行っていました。実は、この日、SNS上には抗議活動ではなくさまざまな理由で集まろうという市民のしたたかな呼びかけが拡散されていました。

男性
「『ポケモンGO』をやってました。最高です。」

「レアキャラは捕まえましたか?」

男性
「まだです。あっちは人が多いので、これから行ってみます。」

こうした動きに、あの男性も加わっていました。中国共産党の機関紙から4人組として批判されていた何俊仁さんです。

民主派 元立法会議員 何俊仁さん
「どこでも行くんだ。我々に決まったルートも目的地もない。水のように気ままに進むのさ。」

この日、何さんはいかなる圧力があっても、この市民の自由を求める動きは続いていくと感じたといいます。

民主派 元立法会議員 何俊仁さん
「市民たちは信念を貫き『香港人の願い』を口ずさみながら手を取り合っているのです。願いが受け入れられるまで、行動を続けていかなければなりません。」

今回、集会まで禁止されてもひるまない姿勢を示した香港の人たち。10月1日の建国記念日が迫る中、中国が直接鎮圧に乗り出すのか、それとも抗議活動が継続するのか、今後の行方を徹底分析します。

迫る10月1日 中国はどう出る?

ゲスト 興梠一郎さん (神田外語大学教授)

武田:大きな岐路に立っている香港情勢。節目となるのが、10月1日、中国の建国70年の記念日です。なぜ中国政府が香港の抗議活動に神経を尖らせているのか。香港情勢に詳しい興梠さんは「民主化が中国本土に浸透する危機があると中国政府がみているからだ」ということなんですが、ここまで重大な事態だととらえているんですか?

興梠さん:中国のいろんな論評を見ていますと、条例の改正反対運動からすでに民主化運動、いわゆるカラー革命に変わった。チュニジアとかリビアとかいろんなところで起きた政権転覆運動ですけれども、その背後に海外勢力がいるという報道が非常に多くなっている。

武田:対する市民側が強く要求しているのが、5大要求というものです。容疑者の身柄を中国本土にも引き渡すことができる条例改正案の完全撤回のほか、警察への責任追及と独立した調査の実施。それから、誰もが立候補できる民主的な選挙の実現。こうしたことを要求しているわけですけれども、これに対して中国側はどう出ようとしているのでしょうか?

興梠さん:ロイターの報道によると、1と4は香港政府はのんでもいいんじゃないかと中央政府に報告した。ところが、すべて1から5までの要求はのむなと言われた。それで行政長官もどうしようもないと報道されています。

武田:強硬姿勢なわけですね。今、お話がありましたようにロイター通信が公開した香港の林鄭行政長官の発言の中で、長官はこんなことを述べています。「行政長官は中国政府と香港市民の2人の主人に仕える身。できることは非常に限られている」と。これは、香港政府としてもなかなか行き詰まった状態だと言っているわけですね。

中国政府が武力行使に踏み切るかどうか懸念されているわけですが、これについてはこんなふうに言っています。「中国は決して人民解放軍を送り込む計画は持っていない」。本当にそうなのでしょうか?

興梠さん:このあとに国際的なイメージを気にしているとか、外国のリーダーたちが見ているとか、金融センターとしての香港の地位に関わる、恐らくアメリカの制裁があるんじゃないかといったことも懸念しているんじゃないかと思います。

武田:そして、節目とみられている10月1日。この期日、どうなんでしょう、これまでに収束を目指す?

興梠さん:これは林鄭長官も言ってますけれども、長期戦になるだろうと。それを中国は覚悟している。経済にダメージが出ても長期戦になる。香港の法律を使って香港の警察を最後の防壁というふうに表現していますけど、警察と法律を使って香港の制度の中で封じ込めるという自信があるようです。

武田:すでにかなり逮捕者も出ているんですね。

興梠さん:今後も逮捕者が増えていくだろうとみています。あとはデモも許可をしないということになってきています。そうやって、収束させていくという作戦だと思います。

武田:締めつけをあくまで強めていくといことですね。現地で取材した合原さん、警察の取締りが強まっていますけど、市民の変化はどういうふうに感じましたか?

合原:まず、警察や親中派の人たちに身元がばれてしまうことを恐れてインタビューを断られることが増えたんです。さらにインタビューに応じてくれた人も攻撃を受ける可能性があるので、「私が」という主語で語ることができないと言われました。また、印象的だったのが、過激な活動をしているとされる若者たちも、マスクを外すと想像と違って本当に穏やかな普通の青年たちだったんですね。話を聞いても暴力を振るいたいということではなくて、あくまでも香港の自由を守りたいという純粋な思いで活動していて、彼らの思いの強さ、強い覚悟を感じました。

武田:そうした中で続いている香港の抗議活動ですけれども、今後、どうなるのかという点。中国を取り巻く国際情勢も鍵になるのではないかとみられています。例えば、アメリカのトランプ大統領はツイッターで中国との貿易交渉について「当然、中国は取引を望んでいる。だが、まずは香港について人道的な対応をしてもらおう」と投稿しているわけです。その狙いをトランプ政権の内情に詳しい元国務省の顧問に聞きました。

米国務省 クリスチャン・ウィトン元顧問
「もし、香港から民主主義が失われることになれば、貿易交渉を続けることなど到底できません。我々、アメリカにとって貿易と人権を切り離す選択肢など考えられないのです。」

武田:林鄭長官はこういうふうに述べています。「香港の問題は米中関係の緊張の中、国家の主権や安全保障のレベルに格上げされてしまった」。興梠さん、こうした見方に対して中国はどう受け止めているんでしょうか?

興梠さん:中国は今の米中の貿易戦争の中で香港カードを切ってきたと報道しています。でも、実はトランプ大統領は最初あまり厳しい言い方をしなかったんですが、議会が「それじゃあ弱い。もっとはっきりと言え」と。香港の民衆側もアメリカにそういった支援を求めている。アメリカがそういうカードを持っている。香港を優遇する措置を停止することができる。ですから、そういった世論がかなり変化してきている中国をアメリカが気にしています。

武田:そうしますと、中国はアメリカとの関係もあってなかなか動きづらい?

興梠さん:香港の問題だけじゃなく国家の安全保障とか、そういうレベルになったので行政長官としてはどうしようもないと言っているんだと思います。

武田:中国政府としても、なかなかアメリカのことを考えると香港政府を介して圧力を強めるということしかないと。

興梠さん:また、アメリカが民主化を支援していると疑っていますので、これは撤回しないと、ということです。

武田:今後のシナリオですけれども、興梠さんは、香港政府がこんなカードを切る可能性があるとみています。「緊急状況規則条例」です。一般的には香港政府のトップが緊急事態だと判断すれば、集会だけではなくて市民の外出やSNSでのやり取りまで幅広く制限できるもので、事実上の戒厳令だと指摘されているものなんですけれども、どういうふうに発動していくのか?

興梠さん:中国側の発言をみていますと、慎重で、全面的な発動はしたくないんです。ただ、1つ特定の限定的な法律を緊急に立法する。例えば、顔が見えるようにマスクを外させる。顔を隠さないようにする。そうするとデモに出てこないだろうと。この議論が公式に出始めています。今後、収まらなければ、もしかしたらそれが使われるかもしれない。

武田:そうやって、具体的な今後の締めつけの方針も検討されているということになるわけですけれど。そういう中でデモや抗議活動は形を変えながら続いているわけですが、出口はあるのでしょうか?

興梠さん:一国二制度のせめぎ合いなんです。自治権を求める香港の民衆とそれを民主化と見て恐れる中国の中央政府。このせめぎ合いなんです。だから、これが長い間続いて、この戦いが続いていくと思います。

武田:なかなか出口はすぐには見えない?

興梠さん:制度的な矛盾なんです。

武田:これからも注視していきたいと思います。ありがとうございました。

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