クローズアップ現代

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2019年8月1日(木)
“ひきこもり死”~中高年 親亡きあとの現実~

“ひきこもり死”~中高年 親亡きあとの現実~

内閣府は今年、中高年のひきこもりの数を推計61万人と初めて発表。NHKが独自に取材したところ、親の死後、ひきこもりの子どもが餓死するなど、深刻なケースが全国で相次いでいることが判明した。一方で家族はひきこもりの存在を隠そうとしたり、自治体など周辺からの介入が難しい現実も見えてきている。親の介護や退職など様々な事情で社会とのつながりを失い、その果てに死にいたるまで追い込まれる人たちの現実を伝える。

出演者

  • 池上正樹さん (ジャーナリスト)
  • 畠中雅子さん (ファイナンシャルプランナー)
  • 武田真一 (キャスター)

親の死後に一人残され…56歳で衰弱死

長年ひきこもりを続けた末、一人の命が危険にさらされていました。

横須賀市 生活福祉課 自立支援担当 北見万幸さん
「明かりついてる。」

横須賀市の職員、北見万幸さん。50代の男性を助けようと何度も自宅を訪れていました。

横須賀市 生活福祉課 自立支援担当 北見万幸さん
「ここが閉まっているということは、中にいて返事しないってことじゃん。まずいな。」

横須賀市 生活福祉課 自立支援担当 北見万幸さん
「大丈夫?」

50代の男性
「大丈夫です、遅くなってごめんなさい。」

横須賀市 生活福祉課 自立支援担当 北見万幸さん
「(食料)持って来たよ。」

10年前に両親が亡くなり、一人残された男性。痩せ細り著しく体力も衰えていました。病院に行くよう説得を続けましたが、あくまで自分でなんとかしたいと拒絶されました。

横須賀市 生活福祉課 自立支援担当 北見万幸さん
「1回入院するか、だってこれじゃ生活立て直せないだろ。」

50代の男性
「そんなに急がなきゃいけないですかね?」

横須賀市 生活福祉課 自立支援担当 北見万幸さん
「いけないと思う。死んじゃうと思う。」

本人の意思に反して自治体が医療につなぐことには限界があります。

横須賀市 生活福祉課 自立支援担当 北見万幸さん
「また来るね。」

横須賀市 生活福祉課 自立支援担当 北見万幸さん
「まいったな、どうすればいいんだろうね…。」

近隣の住民も男性を気にかけてきましたが、どうすることもできないでいました。

近隣住民
「連れていかないの?」

横須賀市 生活福祉課 自立支援担当 北見万幸さん
「いえいえ(連れて)いけません、無理です。保健所は1回、一緒に来てもらいましたけど、強制はできないと言われたので。」

近隣住民
「どうしようもない、死んじゃうよ。」

横須賀市 生活福祉課 自立支援担当 北見万幸さん
「死んじゃうよね。それ心配で来ているんですけどね。」

近隣住民
「またなんかあったら言って。」

横須賀市 生活福祉課 自立支援担当 北見万幸さん
「どうもありがとうございます。」

この10日後、男性は死亡しました。男性の姿が見えなくなったことを不審に思った北見さんが警察と室内に入り発見しました。死因は栄養失調による衰弱死、56歳でした。存在を把握してから亡くなるまでの期間は1か月半。連日説得に当たりましたが、助けることはできませんでした。

横須賀市 生活福祉課 自立支援担当 北見万幸さん
「毎日毎日会っていたわけですよ。何も出来なかったと思いましたけどね、結局。彼と出会うタイミングが遅すぎた。スタートダッシュが遅かったなと、それが非常に悔やまれる。」

今年(2019年)、全国で61万人に上ることが明らかになった中高年のひきこもり。その中に、死に至るほど追い込まれている人が少なくないことが今回の取材で明らかになりました。

社会とつながりが断たれた中高年に今、何が起きているのか。その現実を見つめました。

56歳で衰弱死 “助けたかった…”父と弟の苦悩

なぜ男性の死を止めることができなかったのか。経緯を知る家族が実態を知ってほしいと取材に応じました。タクシーの運転手をしている男性の弟、二郎さんです。二郎さんは仕事の合間に兄が過ごした実家の片づけに通っています。部屋には途絶えてしまった家族の営みが残されていました。

弟 二郎さん
「これは母親が書いたものでしょうね。支払いの予定とか、買い物の予定とか。」

かつて二郎さんは両親と兄と共に、一家4人でこの家に暮らしていました。

弟 二郎さん
「これが亡くなった父、母ですね。」

11年前の両親の死をきっかけに家を出た二郎さん。その後、二郎さんは結婚。1人、家に残った兄とも疎遠になっていました。

弟 二郎さん
「食事なんかもちゃんととってない。お煎餅とかの袋多いですよね。」

ごみにうずもれた中から兄が書き残したメモが見つかりました。親の残した預貯金を取り崩して生活していた兄は手元の残金を毎日記録していました。

弟 二郎さん
「できるかぎり、これで命をつなぎたいっていう思いがあったんじゃないでしょうかね。本人がやっぱりこう…ごめんなさい、こういう状態を見ると、考えがまとまらなくなっちゃって。」

亡くなった兄、伸一さん。家族を楽しませるのが好きだった兄に変化が訪れたのは高校卒業後でした。英語を使う仕事に就きたいと大学進学を夢みていた伸一さん。受験に失敗し浪人生活を送るようになります。その後、進学を諦め書店の営業など複数の仕事に就いたものの長続きせず、次第にひきこもるようになっていきました。その伸一さんの暮らしを支えたのは、年金で暮らす両親でした。

弟 二郎さん
「父はまめな人で、ずっと日記をつけてたんですけど。」

父親が書き記していた日記が部屋の片隅に残されていました。

弟 二郎さん
「もうびっしりと書いてあります。」

そこには息子を案じ、なんとか暮らしを立て直してほしいと願う父の20年にわたる葛藤がつづられていました。

“1989年6月18日。最近は伸一と食事を一緒にしたことがない。やはり働き(仕事)のないことが気になっているのか。”

“夕飯後、又、伸一と口論。なるべく口にしないように心掛けているんだけどついつい。”

就職しないことを繰り返しとがめたことで父と子の関係は悪化していきました。伸一さんは次第に家族を避けて、昼夜逆転の生活を送り、精神のバランスを崩していきました。父親は晩年、末期がんを患います。母親に認知症が現れると伸一さんの将来への不安をつづっていました。

“このまま家庭を残して死んでいくのは、心残りもいいところだ。”

“小生がまだ少しは動けるから買物等も出来るが、小生が動けなくなったら我が家、どうなるんだろう。”

30年以上ひきこもりが続いた兄、伸一さん。二郎さんは無理にでも入院させ生活を立て直してほしいと保健所に相談していました。医師にも訪問してもらいましたが、入院の対象にはならないと言われたといいます。

弟 二郎さん
「本人に入院する意思がない以上、行政の命令により入院することはできない。その理由として、入院に必要なレベルには達していない。私自身、気持ち的に何かもう諦めの境地になってしまった。」

兄の命を救う手だてはなかったのか。二郎さんは自らに問い続けています。

弟 二郎さん
「もうちょっと何とかしてあげたかったな。いまさら後悔しても遅いですけどね。兄のこと敬遠しないで、うるさいぐらい構ってあげてもよかったのかなと思いますけど。世間様から褒められるということもなく、家庭を築くということもなく、あまり生産性という面では社会に寄与しなかった人ですけど、弟の身からすれば、それで生きる価値がなかったとは思いたくはないので。どういう形であれ命は長らえてほしかった気持ちはありますね。」

親の遺体と1か月以上暮らし…出せなかったSOS

死に至るケースまで起きている中高年のひきこもり。当事者はなぜ周囲に助けを求めようとしないのか。佐藤誠さん、61歳です。20年近くひきこもり続けていました。93歳の父親と2人で暮らしていましたが、その父親が今年亡くなりました。

佐藤誠さん(仮名)
「朝起きたら死んでた。息してなかった。」

1か月以上、遺体とともに暮らし続け、自宅で衰弱しているところを発見されました。姿を見かけないという情報を受けた町の職員が訪問し事態が発覚。佐藤さんは救急搬送され事なきを得ました。

佐藤誠さん(仮名)
「助けてくれという心理があったら、もっと早くどないかなっとったやろう。相談も一切してなかったし、自分からして追い込んでいった自業自得感もある。」

高校を卒業し、金型メーカーに正社員として勤めた佐藤さん。職場の同僚とも、よく旅行や食事に出かけていました。しかし、43歳のとき暮らしが一変します。

佐藤誠さん(仮名)
「これが母親です。」

母親が重い腎臓病を患い人工透析が必要になりました。父親も70代を迎え、体が弱り病院の送り迎えなど両親の世話をするために仕事を辞めました。

佐藤誠さん(仮名)
「(母親が)ああしんどい言って、ずっとその繰り返しでしょ。一人っ子やから面倒見なあかんよ。そうするのが当たり前やという。」

6年前、母親が亡くなり、父親と2人暮らしとなった佐藤さん。もう一度働こうと考えましたが長く仕事を離れ、年齢も50代半ばとなり、再就職への自信が持てませんでした。父親の年金だけが頼みの綱でした。

佐藤誠さん(仮名)
「だんだん56、57(歳)になって、あとどうしよう、どうしようって。怖かったよ、いつ(父親が)死を迎えるんやろうな。」

そして、今年1月自宅で父親が亡くなりました。しかし、佐藤さんはその死を誰にも伝えられず、どうすることもできずにいました。親戚やかつての友人とは疎遠になっていたため、助けを求めることは考えられませんでした。

佐藤誠さん(仮名)
「こっちからもう連絡しにくいわね。いまさら助けてくれというのもはばかられる。向こうにも向こうの生活があんねんから。」

佐藤誠さん(仮名)
「細かいのばっかりですわ。」

蓄えはなく、お金も減り続けていきました。1日の食事は食パン2枚だけ。日に日に自分の状況を情けなく思う気持ちが強くなっていったといいます。

父親の遺体と1か月以上、共に暮らし続ける中で、精神的に追い詰められていきました。

佐藤誠さん(仮名)
「ろうそく立ててやね、花飾って。葬式も挙げられへん、申し訳ないという負い目も出てくる。格好悪いなという惨めいうんか、ぶざまいうんか。だんだんそれは追い込まれてきて無気力状態になってくる。これで終わったかなという。」

衰弱した状態で見つかったあと、佐藤さんは死体遺棄の罪に問われ執行猶予となりました。今は行政などの支援を得ながら生活の立て直しを目指しています。

56歳で衰弱死 命を救うためにどんな支援が必要?

ひきこもりの末、衰弱死した兄。弟の二郎さんは、支援を求めある窓口にも相談していました。相談を受け、一家の支援に手を差し伸べようとした地域包括支援センターです。

浦賀地域包括支援センター 千葉順子さん
「SOSが出せるかどうか、もう一回確認を。」

高齢者の介護などの支援に当たる千葉順子さん。

浦賀地域包括支援センター 千葉順子さん
「お母さんが認知症を患っていて、お父さんはがんで入院中。長男さん、次男さんの家族構成でした。」

二郎さんから連絡を受けた地域包括支援センター。認知症の母親に、介護を受けさせたいという相談と同時にひきこもりの兄がいると伝えられました。ただ、センターが支援の対象とするのは、あくまで高齢の母親です。

そこでまずは、母親に介護サービスを受けてもらいながら伸一さんとも接点を持ち、救済の方法を探ろうと考えていました。しかし、サービスを受けてもらう前に母親が死亡。その2か月後には、父親も亡くなりました。
支援対象となる高齢の両親が死亡したことで、千葉さんは伸一さんと関わるすべを失いました。その後、伸一さんのようなケースをつなぐ機関も思い当たりませんでした。

浦賀地域包括支援センター 千葉順子さん
「やっぱりどこかにつないでおくことが大事なのかな。ただそのつなぐ先がまだまだ充実していない現状はあると感じています。」

同じような死を遂げる人を二度と出したくない。伸一さんの説得に当たっていた北見さんは千葉さんのもとを訪ねました。介護の現場でいち早くひきこもりの人たちを発見する地域包括支援センター。連携を持ちかけたのです。

横須賀市 生活福祉課 自立支援担当 北見万幸さん
「やはりケアマネさんとか、ヘルパーさんがけっこう発見してる。(ひきこもりの人)います?」

浦賀地域包括支援センター スタッフ
「今の時点で何人か出せるぐらいいると思います。」

横須賀市 生活福祉課 自立支援担当 北見万幸さん
「本当か…それ本当に行かないとだめだな。」

浦賀地域包括支援センター 千葉順子さん
「相談はあっても、私たちもつなぐ先がなかったから、こういうつなぐ先があれば。」

横須賀市 生活福祉課 自立支援担当 北見万幸さん
「助かります、そう言っていただくと。」

早速、母親が介護施設に入所し、自宅に一人残された男性の家を訪ねました。

浦賀地域包括支援センター 千葉順子さん
「今日は市役所の人と一緒に来ましたのでね。」

男性
「食費のことが心配で、お金がないもんですからね。どうしようかなと思って。」

まずは早期に発見し接点を持ち続ける。手探りの受け皿作りが始まっています。

横須賀市 生活福祉課 自立支援担当 北見万幸さん
「われわれ(市役所)が出ていかないとダメだね。お互いに情報提供のハードルを越えて、受け皿もつくって、そういう人たちを訪問しないと死にます。なんとかこれを構築しないといけない。」

どうすればひきこもり死に直面する人を救えるのか。具体的な方法を考えていきます。

なぜ命が… どう救えばいいのか

武田:中高年のひきこもりは、まさに命まで失うことになりかねない深刻な事態になっています。亡くなった伸一さんのケースですが、弟の二郎さんは、保健所に相談していました。また高齢者を支援する地域包括支援センターや、生活困窮者の支援の窓口の北見さんも、救おうとしたんですけれども、助けられませんでした。


ゲスト 池上正樹さん(ジャーナリスト)

武田:ジャーナリストとして20年以上、ひきこもりを取材し、全国ひきこもり家族会連合会の理事でもある池上さん。それぞれが関わろうとしたんですが、救えなかった。これはなぜなんでしょうか?

池上正樹さん:発見されても、ひきこもり支援につなげる仕組みがないってことが挙げられると思います。多くの自治体では、やはり縦割りになっていて情報が共有されていないということがあります。私も地域包括支援センターの研修会などに講師として呼ばれて行くんですけれども、そこに来られているケアマネさんたちのほとんど、多くの方が、ひきこもりだったり8050家庭(80代の親と自立できない事情を抱える50代の子どもがいる家庭)を担当されている、自分の担当の中にいることが非常に多いんです。けれどもひきこもりがそもそもどういうことか分からないし、どこにつなげればいいか分からないというお話がたくさん出てくるんですよね。これまでひきこもり支援というと、若者の就労支援ということが中心だったんですけれども、生きていく、生活していくってことをサポートしていく、そういう支援の仕組みが必要なのではないかなというふうに思います。

武田:働いて自立するということではなく、ひきこもった状態で、なんとか命を失わずに生きていくための支援?

池上さん:やっぱり命が大事ですので、生きるための生活をどう支えていくかってことが大事かなと思いますね。

武田:ただ、本人が救うことに対して、同意しないとか、あるいはVTRの中でももう一人の男性が、無気力になってしまったという言葉がありましたけれども、そういった人たちはどうやって救えばいいんでしょうか?

池上さん:法的には、本人の意思を一番尊重しなければいけないですし、無理やりに引っ張り出すという“暴力的支援”みたいな形で医療につなげるってことは非常にまずいですし、そこはこれからも議論していかなければいけないところではあるんですけれども、本人たちの中では、生きていていいんだろうか、生きていてはいけないんじゃないかというふうに否定的に思っている人たちが多いということを考えたときに、命を最優先で救急とか救助というような、もちろん医師の判断は必要になりますけれども、そういう法律、制度も議論として選択肢を作ることが現場の人たちにとっても大事に、これから考えていかなきゃいけないんじゃないかなというふうに思います。

武田:地域の人たち、あるいは社会全体のほうは、どういうふうにこれを見ていけばいいんでしょう?

池上さん:助けてくれという心理があればっていうお話があったと思うんですけれども、そういう意識を持てるかどうか、地域がやっぱり鍵を握っていると思うんですね。人に頼ってはいけないんじゃないかという気持ちはとても強いですし、周囲の目が怖い、責められるんじゃないかと、そういうところは、周囲の、地域の理解が必要になってくるということで、自立を求めるんではなくて、「体とか生活とか大丈夫」という、ちょっとした声がけをすることで、ご本人も、そのときは大丈夫って否定するかもしれないですけれども、声をかけられることによって、放っておかれていないなというふうに感じることもできるんじゃないかなと思うんですよね。

武田:救いの声を上げてもいいんだという、私たちが、周りが受け入れる気持ちを持つということが大事ということですね。

池上さん:安心して相談できる受け皿を作るってこと、居場所を作っていくことが大事だと思います。

武田:深刻な状況に陥る前に、どこにつながればいいのか。各都道府県にあるひきこもり地域支援センター、または自治体の生活困窮者自立支援相談窓口、または池上さんが理事を務めるKHJ全国ひきこもり家族会連合でも相談を受け付けています。同じ悩みを持つ人と、まずはつながることが重要です。

そして、こちらは無職の子どもが親の死後、衰弱死したり、自殺をしたり、また親の死を届け出ずに、罪に問われたようなケースを調べました。するとこの3年で、少なくとも70件以上に上ることが分かったんです。


ゲスト 畠中雅子さん(ファイナンシャルプランナー)

武田:1,000人以上の引きこもりに悩む家族の相談に当たってきたファイナンシャルプランナーの畠中さん、ここまで追い詰められる前に、例えば家族が、何かできることはないんでしょうか?

畠中雅子さん:親御さんも長年、働けないお子さんの面倒を見てきているので、かなり疲れているということもあると思うんですけれども、まずお金の面から、できること、できないこと、親ができること、できないことがあれば、それはどことつながっていけばいいのかってことを一生懸命考えていただきたいんですね。実際、相談にいらっしゃる方の半数ぐらいは、お子さんが障害年金を受給されていたりするんです。そうしますと、その障害年金を、親御さんの生活費で暮らしてる間はためていっていただけるということだけでも、お子さんの将来の生活設計が成り立つケース、これはたくさんあるんですね。

武田:家族はそういった将来に備えるにあたって、どういう心構えを持てばいいんでしょう?

畠中さん:親御さんは、できればお子さんに正社員として働いてもらって、例えば15万、20万稼いでほしいと望む方が多いんですけれども、実際に生活設計を考えてみますと、3万円とか4万円、5万円ぐらい稼ぐことで、お子さんの将来の生活設計まで成り立つケースというのは、たくさんあるんですね。なので、ハードルをなるべくちょっと下げていただいて、お子さん自身が外に出ていきやすい、親御さんのハードルを下げていただきたい。私のゴールというのは、正社員として働くことは難しいかもしれないけれども、少し働く。あときょうだいの支援も受けて、きょうだいも長く支援していくのは大変ですので、親御さんがきょうだいに頼みたいことをきちんと限定してさしあげて、働けないお子さんが、生きていける保障をしてあげることで、穏やかに生きていければ、それがゴールなのではないかというふうに、お話をさせていただいています。

武田:穏やかに生きていくことが、ゴールだというふうに、気持ちを切り替えていくということなんですね。