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2019年7月17日(水)

社会復帰に新展開! 最新のうつ病治療

社会復帰に新展開! 最新のうつ病治療

うつ病患者が100万人を超える日本。最大の課題は、抗うつ薬が効かず再発を繰り返す患者の急増だ。こうしたなか、ことし6月から再発を防ぐための新たな治療法が保険診療に加わった。うつ病で低下した脳の働きを改善する治療法「TMS:経頭蓋(けいとうがい)磁気刺激」だ。アメリカでは抗うつ薬が効かない患者の3割~4割に改善効果が認められ、日本でも社会復帰を後押しする治療法として注目されている。さらに、うつ病の復職や再就職を支援する新たな取り組みも去年からスタート。うつ病患者の“医療”と“雇用”の最新状況に迫る。

出演者

  • 高木美保さん (タレント)
  • 石井光太さん (作家)
  • 宮田裕章さん (慶應義塾大学 教授)
  • 武田真一 (キャスター) 、 高山哲哉 (アナウンサー)

笑顔が戻った!?うつ病新治療法

高山:これが、うつ病を治すことができるという最新の治療装置です。

治療を詳しく見るために用意したのが、こちらの人形。磁気刺激に反応して脳が光る仕組みになっています。

東京慈恵会医科大学 准教授の鬼頭伸輔さん。うつ病TMS(=経頭蓋磁気刺激(けいとうがいじきしげき))治療の第一人者です。

東京慈恵会医科大学 准教授 鬼頭伸輔さん
「治療を始めます。」

高山:けっこう、音がしますね。どの辺りを刺激するのでしょうか?

鬼頭准教授
「いま刺激をしている場所は、うつ病で機能が下がると言われている、背外側前頭前野(はいがいそくぜんとうぜんや)を刺激しています。」

うつ病では、思考や意欲を司る「背外側前頭前野」の働きが低下していることが知られています。

TMS治療を行った後の脳波の変化を見ると、背外側前頭前野の活動量が増加。つまり働きが改善することが分かったのです。

アメリカの調査では、抗うつ薬が効かない患者のうち、3割から4割にほぼ症状が見られなくなる効果が認められています。

鬼頭准教授
「抗うつ薬を使っても約3分の1の患者さんは、うつ病がよくならないことが報告されています。」

高山:けっこうな割合で(薬が)効いていないということなんですね?

鬼頭准教授
「抗うつ薬が効かないような患者さんに対して、治療効果が期待できる治療じゃないかと。」

実際にTMS治療はどのようにうつ病を改善させるのか。今回、密着取材に協力してくれたのは、長年うつ病に苦しむ、鈴木さん(仮名)。IT企業でシステムエンジニアとして活躍していました。

こちらは、入社間もない頃のバイクツーリングの様子。当時は、仕事もプライベートも充実していたといいます。

ところが10年前、月100時間を超える残業が連続。過労により、うつ病を発症したのです。

鈴木さん
「不安感とか焦燥感で頭がいっぱいいっぱいになっている感じ。けっこうな頻度で遅刻したり休んだり、そんなことの繰り返しです。」

更に、外出する意欲もなくなり、食事の味さえも感じられなくなったといいます。その後、会社を休職し、薬での治療を続けますが、回復には至らず、4年前やむなく退職。今回、主治医の勧めでTMS治療に臨むことになりました。

鈴木さん
「薬を飲んでも、ある程度はよくなっても、それ以上はよくならないっていうのがあったので、何でもいいから、それ(TMS治療)でよくなればという感じ。」

鈴木さんがTMS治療を受けるのは、東京の慶應義塾大学病院。5月下旬、治療が始まりました。

慶應義塾大学医学部 特任講師 野田賀大さん
「きょうは初めての治療ですね。よろしくお願いいたします。」

担当するのは、医学部特任講師の野田賀大さん。去年(2018年)からTMSを用いたうつ病治療の臨床研究を行っています。顔がピクピク動くのは、磁気刺激が顔の筋肉に影響するためです。違和感は生じますが、健康には問題ないといいます。

※臨床研究用の治療装置を使用しています

1回の治療時間は10分から40分ほど。これを週5回。6週間の計30回行います。

野田特任講師
「終了です。お疲れさまでした。頭痛とか大丈夫ですかね?」

鈴木さん
「ちょっと引きつるような、ビリッと痛みが、ちょっとですけれど。」

取材班
「頭の状態というか気分の変化は?」

鈴木さん
「正直この1回だけでは、変わりないのかなと思います。」

6月中旬、治療が始まって3週間後。

野田特任講師
「調子のほうはいかがですか?」

鈴木さん
「この2〜3日は、元気とまではいかないですけれど、多少気持ちよくなったという気はします。」

うつ病の症状がよくなったという鈴木さん。どんな変化があったのでしょうか?

鈴木さん
「きのう久しぶりに食事をして、おいしいなっていうのがありました。ここの11階のレストランのビーフストロガノフを食べたんですよ。(TMS治療を)15回で半分ですよね。効果が出ているのかなという気がします。」

野田特任講師
「食事の味が感じられるとか、おいしく感じることは、うつ症状が改善してきたことだと考えられます。」

でも、どのようにして「おいしい」という喜びの感情が戻ったのでしょうか?最新の研究から、うつ病では、TMSで刺激し改善を狙う背外側前頭前野とは別に、「扁桃体(へんとうたい)」という部位が関係していることが分かっています。扁桃体は喜びや不安など感情を司る場所。うつ病では、この扁桃体が過剰に活動して、不安を感じやすくなっています。

TMSによって背外側前頭前野が活性化すると、本来持っていた扁桃体の活動を抑制する力が回復。そのため、喜びを感じる力が戻ってくると考えられているんです。

野田特任講師
「TMS治療は、うつ病で機能が低下している脳部位に直接刺激を与えることによって、ダイレクトに効果を引き出す治療法となります。」

6月下旬、治療が終わりに近づいた鈴木さん。この日訪ねたのは、バイクショップです。

うつ病になって以来、10年以上もの間、遠ざかっていた趣味のオートバイ。TMS治療によって、「再開したい」という意欲が次第に湧いてきたといいます。

鈴木さん
「やっぱり写真とかで見るのと違いますね。実際に見てみると。購買意欲がそそられます。ちょっとお値段が厳しいですけれど、まずはとりあえずアルバイトでも何でも、働かないとなというところです。」

うつ病100万人時代 注目される新治療法

ゲスト 高木美保さん(タレント)
ゲスト 宮田裕章さん(慶應義塾大学 教授)

武田:うつ病に苦しむ人は100万人以上と言われます。患者さんの悩みには、「薬を飲んでもなかなか効かなくてよくならない」「再発を繰り返して復職など社会復帰が難しい」といった現実があります。

高山:厚生労働省が大企業を対象にした調査では、せっかく職場に復帰しても1年後にはおよそ3割、そして5年後にはおよそ5割の人が、また休職という状況になっているんです。

こうした現実の中で今、注目されている新たな治療が、今夜ご紹介しているTMSによる治療なんです。

武田:かつて、パニック障害に伴う重いうつ症状を経験された、高木さん。こういった新しい治療法をどういうふうにご覧になりますか?

高木さん:私は7年間苦しんだので、薬を継続して飲むことが依存につながるんじゃないかというのが一番怖くて、薬に頼りながら離脱するっていうことをいつも考えていましたから、同じことで悩んでいる方は多いので、これはもしかすると朗報になるかなという気はしますね。

武田:病気そのもののプレッシャーももちろんあると思いますし、薬を飲み続けなきゃいけない、治療法はこれでいいんだろうかという悩みもあるんですね。

高木さん:そうです。それも不安につながっちゃうんですね。

武田:この新治療法が一つの選択肢になる可能性があるということなんですね。
それにしても、脳を直接刺激するわけですよね。怖かったりするんじゃないかと思うんですけれども…。

高山:今回特別に、医師の監修のもと、私も磁気による刺激を受けてみたんですけれども、最初はちょっとピリピリとした強い痛みも感じるんですけれど、1分ぐらいすると、頭皮をマッサージされているような心地よさも感じます。ただ、半日ぐらいは筋肉痛に近い違和感も…。

武田:顔が?

高山:顔がちょっとピクピクピクッと、半日ぐらいしていました。先生に聞いてみると、後遺障害というのは確認されていなくて、副作用も少ないことが報告されています。アメリカの研究では、神経に影響を与えて、けいれんにつながるというケースも報告されているんですけれど、その確率は0.1%。これは、ほかのうつ病の治療方法に比べると圧倒的に低い確率なんだそうです。

武田:宮田さんは医療政策がご専門ですけれども、こうした新しい選択肢が増えることをどういうふうに捉えていらっしゃいますか?

宮田さん:うつ病の主な治療アプローチというのは、先ほどおっしゃられた薬物療法だったり、あるいは認知行動療法だったりするんですが、ここに新しく選択肢が加わる、これは患者さんにとって有益だと思います。ただ、過剰な期待というのはやはり禁物で、今回、通常の薬物療法で効果が得られない難治性の患者さんを対象にしたということですし、その中で約4割の方に効果があると、これは精神医学としては非常に画期的なことであるんですが、課題があるということもやはり注意が必要だと思います。

高山:確かに課題があるんですね。2008年から世界に先駆けてTMSの治療が行われているアメリカを取材しました。

うつ病新治療法 課題は?

取材班が訪ねたのは、アメリカ・シアトル。精神科医のダナーさん。10年前から、世界に先駆けてTMS治療を行ってきました。

うつ病・不安障害治療センター病院 デビッド・ダナー医師
「日本でもTMS治療が始まると聞き、大変うれしいです。」

この日クリニックに来ていたのは、現在うつ病に悩む、アンナさんです。

アンナさんは3年前、TMS治療を受け、うつ病が改善。大好きだった出産を補助する仕事に戻れるまでに回復していました。ところが、去年の夏からうつ症状がぶり返し、仕事も再び休まざるを得なくなりました。

ダナー医師
「うつ病から回復して安定していたのは、どれくらいでしたか?」

アンナさん
「2年くらいです。」

ダナー医師
「そして、再発したんですね?」

アンナさん
「はい。徐々にぶり返してきたんです。」

実は、ダナー医師によると、TMS治療後の再発は少なくないといいます。

ダナー医師
「多くの場合、TMS治療を受けた患者はもう大丈夫だと考えています。しかし精神科の治療には、100%の方法はありません。」

再発率はどれくらいなのか。7年前、ダナーさんは、TMS治療を受けた患者を1年間追跡する調査を行いました。その結果、120人のうち、およそ4割が、治療後1年の間にうつ病を再発していたことが判明したのです。

ダナー医師
「重度のうつ病患者にとって、TMSはとても効果があります。しかし全ての人に治療効果が長く続くとは限りません。うつ病が回復しても、経過を見守ることが大切なのです。」

うつ病が再発したアンナさん、再びTMS治療を受けることになりました。治療が始まって2か月ほど。ほぼ発症前の体調に回復したといいます。

アンナさん
「症状がよくなってきて、希望が見えてきました。ふつうの生活に戻れるのが、とてもうれしいです。」

高山:ダナー先生もおっしゃっていましたが、TMSの治療は100%ではない。なので、継続して通院すること、あるいは処方されている薬をしっかりと継続して飲むことも望ましいというふうにおっしゃっていました。

武田:このTMS治療ですが、全てのうつ病が保険適用になっているわけではないんですよね。

高山:実は限られているんです。保険診療が適用されるのは、こちらの「難治性うつ病」。抗うつ薬でも治ることが困難である人。ですから、軽症のうつ病、それからほかの病気に伴ううつ症状は保険の適用にはなりません。そして、保険診療を行うことができる病院も限定されています。精神科の救急対応が可能なことなど、厳しい条件をクリアした病院だけです。

全額自己負担の自由診療だと自己責任にもなります。ですから、保険診療を希望される方は、事前に病院にしっかりと相談をされることをお勧めしたいと思います。

武田:宮田さん、限定的に保険が適用されているのは、どういうわけなんでしょうか?

宮田さん:今回の制度は、治療を一気に広げていくというものより、まずは世に届けようという、この第一歩です。やはり安全性が確保できる限られた施設で、治療の限界も含めて、理解納得していただける患者さん、こういった方々に治療を届けて、この中で治療を評価していこうというところですね。やはり新しい治療というのを導入する場合には、その効果だけではなくて、技術だけではなくて、どのように作用して、安全面にどういった配慮が必要か、こういった理解が必要になりますので、こういう形でデータを収集して、これから先、もっと広げていくべき治療なのか、あるいは限定的な選択肢にとどめるのか、こういった評価が必要になると考えられます。

ゲスト 石井光太さん(作家)

武田:石井さんは、これまで多くの生きにくさを抱えた人たちを取材してこられましたけれども、こういった新しい治療法の登場をどういうふうにご覧になりましたか?

石井さん:僕は、治療法が登場するということ自体はすばらしいことだと思います。ただ、僕が今まで見てきたうつ病の方というのはいろんな方がいるんですけどれも、僕の中でかなり多いなというふうに思ったのが、いろんな問題を抱えている人、例えば家庭の問題だとか、あるいは仕事の問題だとか、あるいは地域の問題、友人の問題、そういったような問題を抱えているからこそ、うつ病の症状が出る。病院では、うつ病の症状を薬だとか、電気だとか、そういったもので治す…。それはそれでいいと思うんですけれども、ただ、この問題の根本にある、その本人を取り巻くいろんな環境だとか、そういったものが変わっていないと、なかなか、社会に1回戻ってきても、また同じような難しい生きにくさというのを抱えてしまう。だから、医療で治すことと、あと私生活で治していくことっていうのは、また違うものがあるんではないのかなというふうに思いますけれどね。

武田:TMS治療は万能ではないということですが、高木さんは回復まで7年間かかった。やっぱり時間がかかる、医療だけでもなかなかうまくいかないということなんですか?

高木さん:そうですね。今おっしゃったみたいに、原因は環境と本人のものの考え方の両方があると思うんです。私は「あなたは真面目過ぎます」とか「努力し過ぎます」ってよく言われるんだけれど、真面目と努力って、幼稚園の頃からすごく褒められてきたことなので、それを否定されると、ちょっと居所がなくなってしまったところもあるんですね。だから、もしかすると日本の組織の中に、そういう人に仕事の量がどんと行ってしまったり、責任がその人のところにどんとかぶってしまったりしてちょっと偏りがあるのかもしれない。むしろ本人の資質を注意するよりも、周りのそういった環境を直してほしいなって思ったこともあります。
あとクオリティ・オブ・ライフ(人生・生活の質)ってありますけれども、もちろんこれからまだまだ研究の余地はあるとしても、本当に僅かな時間であっても、うつの絶望的な状態から解放されるっていうのは、ものすごいクオリティ・オブ・ライフが上がるんですよ。全く考え方も違うので。それをやっぱり大事にしながらも、より改善をしていってほしいなと思いますね。

武田:医療だけではなくて、社会的なサポートも必要なんですね。

高山:ですから、置かれている環境、それから自分自身を見つめ直せる、こんな福祉サービスが今注目を集めています。

うつ病からの社会復帰 大切なのは?

全国に3,000か所以上あります、就労移行支援事業所です。

首都圏ですと、こんなふうに駅前にスペースが設けられているんですが、うつ病や障害のある人が一般企業に就職できるよう、国がバックアップをする形で開設されています。同じような悩みを持つ人たちが経験を共有したり、仕事に関する知識、それからコミュニケーションスキルを学ぶことができるんです。

武田:これは仕事に就くまでのサポートということですよね。その後も問題だと思うんですけれども。

高山:就労移行の支援だけでなくて、実は仕事に就いた後、長く支えていく取り組み、定着支援も去年から始まっています。

都内の福祉関連の会社です。

うつ病に悩む田中さん。就労移行支援事業所での就職活動を経て、一昨年(2017年)から、この会社に勤めています。

職場には慣れましたが、相談しにくい悩みを抱えることが少なくないといいます。

田中さん
「何か問題が起きると自信をなくして、いままで一生懸命やっていた、積み重ねたことが崩れてしまうことがあるんです。」

今、田中さんが利用しているのは、去年から始まった就労定着支援という福祉サービス。こちらは、田中さんと契約した事業所から派遣された、社会福祉士の木之瀬さんです。

この日は、職場の上司も同席する、月に1度の面談。周りが気づきにくい悩みを共有し、改善していくのが目的です。

就労定着支援員(社会福祉士) 木之瀬友紀さん
「実際に体の変化とかありました?寝られないとか?」

田中さん
「寝られないことはなかったんですけれど、もやもやの原因が常に頭に残っている感じで。」

上司
「分からない中でやる仕事っていうのは不安がいっぱいだよね。」

木之瀬さん
「でも言ったほうがいいと思いますけれどね。」

田中さん
「そうですね。すごく心に響きます。」

新たに始まった、この就労定着支援制度。うつ症状の悪化をとどめ、休職や退職を防ぐことができると期待されています。

田中さん
「どんなときに傷ついたとか、こういったときは人とどう接したらいいのか、配慮していただけるようになったので、とても働きやすくなってきています。」

高山:ご紹介した定着支援は、就職してから3年間利用することができます。

武田:高木さんは、ひと言で言うのは難しいと思うんですけれど、どういうふうにして回復まで来られたのですか?

高木さん:私はある日バラエティー番組に出て、その中で思いっきり笑えた時に、私はちょっと戻ってきたなっていう実感を得たんですね。やっぱり職場が原因で発症したうつであれば、職場で取り戻せるのが一番自信につながるっていうことはあると思うんですよ。私、カミングアウトしたんですけれども、それは、黙っていても周りの人はうすうす気が付くんです。この人ちょっと変だなっていうのが。お互い遠慮して溝が出来るよりは、カミングアウトしてしまって、理解してもらう。遠慮しなくていいですと。穏やかな踏み込みっていうのが作れたらいいなと思って…。マイナスはなかったです。

武田:今はこうやってお仕事もされているわけですけれども、その後はどうなんですか?今のVTRのように、継続してサポートが必要な人もいるわけですけれど。

高木さん:私は、例えば調子が悪くなったなと思ったら、さっさとカウンセラーさんに、お友達になっていますから、その方に相談してみたりとか、あと薬も、内科の先生でもちょっと最近不安定ですよって言ったら、安定剤が出たりとかしますから、早め早めに甘えちゃいます。

武田:甘えちゃう。

高木さん:甘えちゃいます。

武田:真面目な高木さんが。

高木さん:真面目な私が、甘える高木さんに。

武田:必ずしも一生懸命頑張るわけじゃないということなんですね。

高木さん:前向き病だったので、自分で思うところが。後ろ向きに生きてみようかなと、ちょっと切り替えた瞬間はありました。

武田:生き方そのものの発想を変えるということなんですね。
石井さんはどういうふうにお聞きになりますか?

石井さん:今、高木さんがおっしゃったのは、やっぱり本人がいかに頑張るかということだったと思うんです。やはり本人が抱えている問題がたくさん、例えば家庭だとか仕事とかいろんなものがある。そういった中で、病院だけに任せる、本人だけに任せるということではなくて、その周りにいる人たちが、例えば職場をどうやって変えていこうか、家庭をどうやって変えていこうか、友人関係をどうやって変えていこうか、そういうふうに考えていかなきゃいけないんじゃないのかなというふうに思うんですね。高木さんが分かってもらう、理解してもらうというような形でおっしゃっていましたけれども、それをなかなか言えない人たちというのはたくさんいるわけですよね。その時に、じゃあ周りの人たちがそのことをどういうふうに考えて、どうやってその方のことを理解していくのか。そういった相手の立場に立って、一生懸命理解していく。そういった姿勢が、最終的にはその人を支えることになっていくし、そして何か一緒になって、社会の中で頑張る。あるいはもう頑張らなくていいんだよと言ってあげる。そういった積み重ねが必要なんじゃないのかなというふうに思っています。

武田:今日はこうやって最新の治療法とか、サポートの仕組みをご紹介しているんですけれど、こういう情報をお伝えすればするほど、逆に患者さんは「回復しなきゃ」ってプレッシャーになってしまうんじゃないかという心配も、一方で我々は持っているんですよ。

宮田さん:そのとおりですね。国とか医療者から考えると、社会復帰とか、病気治癒とか、共通の物差しで考えがちなんですが、時にそういった復職という目標は重荷になってしまうんですよね。ここで今、異なるアプローチというのが非常に必要とされてきていると。これは病気の向き合い方、一人一人異なりますと。そうしたら、そのご本人の価値観の中で生き方をいかに支えていくのか。ある人は病気があっても、週に1日か2日、絵を描くこと、これが生きがいかもしれないし、あるいは病気に苦しむ症状を緩和して、自分1人で自立して生きる、これも目標になるかもしれません。生き方の基準も、例えば食べることが楽しいということだったり、あるいはよく眠れる。夢を持てるとか、自分らしく生きられるとか、一人一人やはり基準も違いますし、その過程でも上がったり下がったりしていいんです。こういった中で、これまでの医療は病気にならない、病気を治す、これだけだったんですが、これからは、病気があってもそのことが人生の妨げにならないということだったり、あるいは自分らしい生き方が自然に健康につながる。こういった中でお互い支え合うことが重要なのかなと思います。

武田:回復のしかたも自分なりでいいということですね。

高木さん:そうですね。怠けるということが、その人の誠実さがなくなるということではないと思うんです。

武田:自分のペースで焦らずに、前に進まなくてもいい、後ろ向きでもいいということですね。

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