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2019年4月2日(火)

新元号「令和」 決定の舞台裏に迫る

新元号「令和」 決定の舞台裏に迫る

平成に代わる新たな元号が「令和」に決定。これまで247すべての元号は、中国の古典が出典とされるが、今回は日本最古の歌集「万葉集」が出典となった。新元号は、いったい誰が、どんな思いで考案したのか?そして初めて日本の古典から引用された背景に何があるのか?政府が徹底した情報管理体制を敷く中、番組では、謎に包まれる元号選定作業の一端を明らかにするため、関係者を徹底取材。「令和」決定の舞台裏に迫る。

出演者

  • 所功さん (京都産業大学名誉教授)
  • NHK記者
  • 武田真一 (キャスター)

追跡! 6つの原案は誰が? どんな思いで?

昨日(1日)発表された新元号「令和」。今日(2日)新たに、選ばれなかった5つの原案が明らかになりました。このうち「英弘」は、「令和」と同じく日本の古典から。「久化」「万和」「万保」は、中国の古典が典拠に含まれます。そして「広至」は、日本と中国、両方の古典から引用されたものだと分かりました。

元号の考案を託される研究者とは、どんな人物なのか。「平成」を決める際、事務方の責任者を務めた、的場順三氏が具体的な条件を明かしました。

元内閣内政審議室長 的場順三氏
「学士院会員であるかが大事。学士院の部会の会員になることは、ものすごく名誉なことなんです。願わくば文化功労者になり、文化勲章をもらっておられたら、これは誰も文句つけられない。」

日本学士院は、学術的な功績が顕著だと認められた研究者だけが加入を許される機関。現在、各分野を代表する133人が所属しています。その中でも、研究者仲間から一目を置かれる存在であることが重要だといいます。

的場順三氏
「学者は学者仲間の目が怖いんですよ。『これはしょうがないな』と思っている先生に決めてもらう必要がある。」

私たちはさらに、関係する分野の研究者や学術書の出版関係者などに取材を重ね、独自に考案者となる可能性が高い人物十数人を絞り込みました。国文学、中国文学、東洋史学などの権威です。

日本古典の“重鎮”を直撃

まず焦点を当てたのは、日本史学のスペシャリスト、A氏。私たちは今回、日本の古典「国書」からの引用もあると見ていました。的場氏は、実は前回、「平成」の改元の際にも、政府が国文学の専門家に依頼していたと明かしたからです。「国書」になる可能性はあるのか。「国書」にする意義とは。先月(2月)学会に出席していた日本史学の専門家、A氏を直撃取材しました。ところが、A氏の口から飛び出したのは、意外な言葉でした。

日本史学の専門家 A氏
「日本の古典はそもそも『漢籍』にオリジナルがあるので典拠になりにくいんですよ。『日本書紀』も『古事記』も、中国の古典を参考にしている箇所がほとんどですしね。さらに言えば、例えば、万葉集に使われる『万葉がな』は当て字みたいなものなんです。意味があるフレーズから引用するという、これまでの元号選定の趣旨からそれてしまいますから。」

「万葉がな」とは、万葉集などに使われた日本独特の表記。漢字の音や訓を用いて、日本語の話し言葉を表しています。例えば、春は「波」と「流れる」を使って「波流(はる)」。花は、「波」と奈良の「奈」で「波奈(はな)」。元の漢字の意味とはかけ離れた字になります。そのためA氏は、「国書」から元号を引用するのは難しいというのです。

記者
「では、あなたに政府から考案の依頼はないということですか?」

A氏
「それはない。信じてもらって結構です。日本の古典だとしても、漢文を下敷きにしているわけですから、むしろ漢文の専門家に話を聞くべきじゃないですか。」

中国古典の“重鎮”を直撃

「平成」まで247の元号は、全て中国の古典「漢籍」から引用されているといいます。そのため、中国古典の専門家を訪ねるべきだというのです。私たちは、絞り込んだ人物の中から、中国古典のスペシャリスト3人に話を聞くことにしました。そのうちの1人、中国史を専門としている、京都大学 名誉教授のB氏です。匿名での取材ならばと、面会に応じました。しかし、開口一番、考案者ではないかと思われることへのいらだちを口にしました。

中国史が専門 B氏
「午前中、ほかの記者が来て、追い返したんやけど、あんた、まだ私のこと、疑っているの?あんだけ言うてるのに、はっきり言ってアホと違うか。」

記者
「政府関係者からの接触は、まったくありませんか?」

B氏
「本当に何もない。興味もないんですわ。」

およそ1時間の面会中、B氏は、元号の考案に関する自身の考えを一切明かしませんでした。その道の権威でさえ口にすることをためらう元号の重み。取材の最後にB氏はつぶやきました。

B氏
「元号が発表されたら、早く考案者を明らかにしてほしいな。関係のない人間がいつまでも追っかけられるのは、たまったもんじゃないですよ。」

次に当たったのは、中国文学が専門の東京大学 名誉教授、C氏です。C氏はまず、これまでの元号が「漢籍」から引用されてきた意味を知ることが大切だと語り始めました。

中国文学が専門 C氏
「統治構造や君主制度というものを基本的に作ったのは中国です。紀元前200年ごろから始まった『漢』は、長期にわたり安定していて、中国の統治のあり方などがまとまりました。だから元号は、古い『漢籍』からとっているんです。」

記者
「元号は中国の古典から選ぶのが必然ということですか?」

C氏
「そういうことです。」

中国の古典に高い見識を持つC氏が考案者の1人ではないのか。私たちの問いに対し、C氏は含みを持たせて答えました。

C氏
「考案者かどうかは、はっきり答えてはいけないことになっている。申し訳ないけど、言えません。はっきり答えたら消去法で分かってしまうでしょ。だから、肯定も否定もしません。」

2人がカメラでの取材を拒む中、3人目の人物がインタビューに応じてくれることになりました。指定されたホテルに現れたのは、京都大学 名誉教授の興膳宏氏。中国古典の文学理論に精通し、日本学士院賞も受賞している重鎮です。興膳氏は、私たちが予想もしていなかったことを語り始めました。

京都大学 名誉教授 興膳宏氏
「私、個人としては、元号はなくてもいいと思っております。中国で空間を支配する王者であると同時に、時間を支配する王者でもあるという、その象徴として、シンボルとして元号が制定された。天皇が統治するという前提のもとにできている元号が(現行の)憲法との整合性という意味で、ちょっとおかしくなってくる。」

かつて、権力者による支配の象徴として用いられてきた元号。それを、今の日本で使い続ける意味は何なのか、興膳氏は問いかけたのです。

興膳宏氏
「根本的な議論がなされないままに、なんとなく、また新しい元号を使うということになりそうだけれども、ものの考え方として、それでいいのかという疑問を私などは感じますね。」

元号を本気で否定しているのか、それとも存在意義を見つめ直すべきだということなのか。

取材班
「先生は今回の新元号の考案には関わっていますか?」

興膳宏氏
「いや、私は関わっておりませんし、もし関わっていたとしたら『私、関わっています』とは絶対言いません。関わっていなくてもそう言いますし。公の場で言う必要があるわけですか。それはないでしょ。だからそれは、『私の言ってることからご判断ください』ということですよね。」

取材した3人は、考案者かどうか答えは濁したものの、元号の持つ意味を私たちに語ってくれました。

初の“国書典拠” なぜ?

一方で、元号の選定に携わる複数の政府関係者は、早くから「国書」の可能性についてほのめかしていました。

政府関係者A
「『国書』は『漢籍』から引っ張ってきているような表現ばかりなので、淵源をたどると『漢籍』にたどり着くという面はある。だけどそれは、そんなにこだわる必要はない。」

政府関係者B
「『国書』から選ぼうと思っても、なかなか難しい面はある。ただ、探せばちゃんとした意味のあるものもある。」

安倍総理大臣の強固な支持基盤である保守層からも、「国書」に期待する声があがっていました。考案を依頼された専門家は、政府の意向をくみ取るものなのか。私たちは、皇室ともゆかりのある国文学の重鎮に取材しました。電話での取材に応じたD氏。次のように切り出しました。

国文学の重鎮 D氏
「改元は政府主導でしょ。政治的な問題には関わりたくありません。」

記者
「先生の研究で出典となりそうなものはありますか?」

D氏
「私の研究分野は、かな中心の和歌ですし、そもそも『国書』は考えにくいですよ。『漢籍』の重さを考えたら、そう簡単に『国書から』とは言えませんよ。それは、古来中国文化の影響力を無視した考えです。」

元号を巡って浮かび上がってきた、さまざまな見解。昨日、新元号選定に向けて、各界の代表や有識者による懇談会が開かれました。

そこで示されたのは、6つの原案。1枚の紙に50音順に縦書きで書かれ、それぞれの典拠も書かれていました。典拠に「漢籍」が含まれるもの、「国書」を出典にしたもの、両方から引用したものがありました。
そして、選ばれた新元号は「令和」。1,300年余りの歴史の中で初めて「国書」を出典とした元号でした。

私たちは今回、「令和」を考案したとみられる万葉集の第一人者、中西進氏に取材を試みました。しかし「お話しすることはありません」との答えでした。

取材した国文学者の多くが難しいとしていた「国書」から、なぜ選ばれたのか。ポイントは、万葉集の序文にありました。歌の部分など、ほとんどが万葉がなで書かれています。当て字のようなもので、元号の背景になるような意味のある文章が存在しないと、専門家は指摘していました。ところが、例外があったのです。それが、序文です。序文とは、歌が詠まれた時の状況を漢文風の文章で説明したもので、当て字ではありません。

新元号は、「国書」の中から、意味のある文章の一部分を選ぶことで生まれていたのです。しかし、その序文は「漢籍」を参考にしたとも指摘されています。それに対して、政府関係者は昨日、「あくまで万葉集がオリジナルだ」と答えました。

政府関係者A
「該当部分は、中国の古典を参考にして書いた。ただ、そのまま引用したのではなく、ならって書いたということだから。」

政府関係者B
「漢字はそもそも中国から来ているわけで、どれもさかのぼったら中国にあるようなものだから、そんなこと気にしていませんよ。」

6つの原案から「令和」が選ばれたのは、なぜなのか。元号はそもそも何のためにあるのか。スタジオで詳しくお伝えします。

考案者は? 追跡取材で見えたもの

武田:さあ、ここからのポイントは、この3つです。「考案者は中西氏?なぜこの人が?」「6案のうち、なぜ『令和』?」「元号は何のために?」。まず、万葉集研究の大家、中西氏ですけれども、文化勲章も受章していて、的場さんが言っていた条件にも当てはまる方です。

元号の取材を統括してきた政治部の原記者。考案者は秘匿するとされてきたわけですけれども、なぜ、中西さんが浮かび上がってきているんでしょうか?

原聖樹記者(政治部 官邸キャップ):中西さんは、万葉集の研究を究めた“泰斗”、専門家の間でも一目置かれる存在なんです。さまざまな取材ルートを踏まえましても、中西さんというのが有力だと見られています。

武田:取材の中で、中西さんには迫れていたんですか?

原記者:有力な候補者として見ていたんですけれども、残念ながら取材班としては事前の取材はできていませんでした。といいますのは、万葉集に比べまして、漢文に近い表現方法が多く使われているのは、日本書紀ですとか、古事記の方が可能性が高いと見ていたからなんです。ただ、今回の取材では、考案者を探すことに加えまして、元号の持つ意味、あるいはもっといえば、象徴天皇制をどう捉えればいいのかといったことを考えるきっかけにしたいというようなことも目的でした。そうした中で見えてきたのが、考案者の苦悩でした。後世に残りまして、自分の死後も使い続けられる元号を考案する重圧というのは、その道を究めた専門家だけに、一般の私たちよりもかなり重いものだと思われます。その意味からも、今回、無理を言って取材に応じてくださった方々には、お礼を申し上げたいと思います。

初の“国書典拠” なぜ万葉集?

ゲスト 所功さん(京都産業大学 名誉教授)

武田:次に、6案のうち、なぜ「令和」になったのかということですけれども、政府が有識者懇談会などに示した6つの原案が、今日判明しました。「令和」「英弘」は、いずれも日本の古典由来。そして「久化」「万和」「万保」は、中国の古典が典拠に含まれ、「広至」は日本と中国の古典の2つを典拠としているということであります。

元号研究の第一人者の所功さんにもお越しいただいています。これまでは全て「漢籍」が由来とされてきたわけですけれども、今回、この半数は日本の古典が由来となっている案が含まれている。このバランスをどういうふうにご覧になりますか?

所さん:従来、1,300年近く、中国の古典によってまいりました。念のためですが、ここに「万保」「万和」「久化」とありますが、これは過去何回も候補に上った、ある意味で優れた案です。そういうものに、新たに「国書」を加えるとなりますと、やはり0から1、2を加えていくというのは相当な配慮がいったわけで、結果的にバランス良く、大体3、3くらいの案を出されたのだろうと思います。

武田:やはり日本の古典を選ぶという意志も感じますか?

所さん:恐らく、最初から強い今回の方針であったと思われます。ただし、日本の古典といってもいろいろありますので、どれを取るかということは工夫がいったと思います。

武田:万葉集が最終的には選ばれたわけですが、これはどういうことから?

所さん:結局、日本の古典といえば、やはり古事記とか日本書紀がまず浮かびますし、とりわけ日本書紀を有力視すると見られましたが、万葉集という古典中の古典があったということに今回、着目されたんだろうと思います。

武田:政府や安倍総理大臣は、日本の古典、「国書」から取ることにこだわっていたんでしょうか?

原記者:「令和」発表後、政府高官は「いいものを選ぼうと思っていたが、必ずしも『国書』ありきではなかった」と述べていました。しかし、保守層や安倍総理大臣の近い議員からは、「国書」を推す意見が強く出ていましたので、そうした点も考慮されたんだと思います。最終段階で開かれました全閣僚会議では、一部から「英弘」を推す意見が出たということも新たに分かってきましたが、最終的に安倍総理大臣も「令和」を推す考えを表明しまして、異論なく対応が一任されました。元号はこれまで、「漢籍」、中国の古典からとられてきましたので、一つ一つの文字から意味を読み解くことが多かったんですけれども、一方、安倍総理大臣は典拠とした序文が書かれた際の「令和」の情景、美しい月の下で、梅が咲き誇っている様子が映像として浮かんで、明るい時代につながるのではないかと考えたと述べていました。また、政府関係者は、「漢籍」に典拠を求めると、皇帝が民を統治する意味合いが出がちになると。これに対しまして、さまざまな階層の人の歌が収められている万葉集から取ることで、言ってみれば、上から目線ではない印象を与えることができると話していました。

武田:そして今回、改めて考えさせられたのが、元号は何のためにあるのかということです。さまざまな関係者に取材をする中で、そのことに気付かされる言葉に出会いました。

元号は何のために? “弟子”たちの証言

今の元号「平成」を考案した、東洋史学の大家、山本達郎氏。

その指導を半世紀にわたって受けた弟子の1人、東京大学 名誉教授の斯波義信氏です。恩師は、「平成」の2文字に、平和な世の中に対する祈りにも似た気持ちを込めたのではないかと考えています。

東京大学 名誉教授 斯波義信氏
「穏やかで平らかだと、そういう願いを込めて、大体そのとおりだったんじゃないですか。確かに大災害があって、それどころじゃないというころもいえるけど、長い目で見て、『平成』という感じだった。」

神戸女子大学 名誉教授の林田愼之助氏。「平成」が選ばれた時、原案の1つだった「修文」を考案した、中国文学の権威、目加田誠氏の弟子です。

恩師は、元号の考案に全身全霊を注いでいたといいます。

神戸女子大学 名誉教授 林田愼之助氏
「おっしゃったことは、『苦労しているよ』ということでした。『これが後世に残っていくという責任の重さがきつい』とおっしゃっていた。」

恩師の姿を間近で見ていた林田氏。時代の象徴となる元号は、社会の進むべき方向を指し示すものが望ましいと語りました。

林田愼之助氏
「国民が総体として『こうありたい』と願っている。願いが集約されるような元号が考えられるなら、一番いいと思っている。」

来月(5月)から始まる「令和」。私たちはどんな時代を築いていくのでしょうか。

私たちにとって元号とは?

武田:どんな元号になるんだろうと、国民、大いに盛り上がりましたよね。国民が少しでも参加できるような仕組みにならないものなんでしょうか?

原記者:そうした指摘が出るのは、ある意味、自然なことだと思います。今回、政府は新元号が事前に漏れることを避けるために、官邸の上層部ではジャミング、電波を妨害する装置を導入したんです。また政府内では、行政文書の管理には、通常、電子決裁なんですけれども、今回は旧来の紙に判を押す方式を取ったんですね。電子決裁は共用サーバーに情報が共有されることから、情報漏れを恐れたということだったんですね。新元号が国民に受け入れられる環境整備を進めるという意味では、政府の対応は一定程度、理解できると思います。ただ、「昭和」までの元号が、天皇統治の象徴だったのに対しまして、主権在民を掲げる現行憲法の下では、元号は国民のものとも言えると思うんですね。元号の在り方や、その意義を国民全体で共有するためには、選定手続きの透明性の確保だけではなく、選定や決定の方法などについても議論の余地があるのではないかと思いました。

武田:元号は何のためにあるんだと、改めて考えさせられましたけれども、所さんは、日本社会にとって、どういうふうにお考えになっていらっしゃいますか?

所さん:元号というのは、年を表すものですが、これは漢字によって表す、いわば文化だと思うんですね。それに対して西暦は、数字によって示される文明だと思います。

それぞれに長所もあり、また問題もあるんですが、その数字によって表される西暦が持ちえない、いわば意味、表意性というものが元号にはありますので、先ほど、林田先生もおっしゃっておられましたけれども、社会のこれからあるべき理想とか、希望というものを漢字によって表す。これはやはり一つの優れた文化だと思います。それぞれの特徴を考えながら、文化と文明の共存、あるいは使い分けということを考える上で、やはり元号の持つ意味は十分あるだろうと思っております。

武田:ある一つの時代を、みんなが共有するという意味でも、やはり文化というふうに捉えることができるわけですね。

所さん:簡単に申しますと、元号はいわば帯のようなもので、その時代の特徴を表すという特色があると思います。