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2019年1月28日(月)

新女王 大坂なおみ ~データで見えた進化のヒミツ~

新女王 大坂なおみ ~データで見えた進化のヒミツ~

テニスの四大大会・全豪オープンに挑んだ大坂なおみ選手。去年9月の全米オープンを制したあと、さらなる進化を遂げていた。相手サーブを打ち返すレシーブ位置の変化やバックハンド側からのショットの得点率の向上など心技体の進化をデータから解き明かし、大坂選手の強さの秘密に迫る。

出演者

  • 杉山愛さん (元プロテニスプレイヤー)
  • 武田真一 (キャスター) 、 田中泉 (キャスター)

決勝の舞台裏 知られざる戦術 カギはサーブ対策 しかし…

実況
「大坂なおみが、世界ナンバー1に上り詰めました。」

全豪オープンで優勝した大坂なおみ選手。快挙の裏には、知られざる物語がありました。
決勝で立ちはだかった、左利きのペトラ・クビトバ選手。ボールが外へ逃げていくスライスサーブの攻略が、勝負の鍵でした。

前へ出る戦術で臨んだ決勝。
第1セット。大坂選手は、ベースラインの中に入って、サーブを返そうと試みます。しかし、クビトバ選手のサーブの切れは、予想を上回るものでした。サーブに対応できず、相手のゲームをブレークできない状況が続きます。
一方、自分のサービスゲームでは、得意のサーブが思うように決まりません。それを補ったのが、強化してきた粘り強いラリーでした。

粘り強いラリー 裏に何が?

大坂選手の進化を裏付けるデータを、会場にある10台のカメラが捉えていました。あらゆる角度から、大坂選手の動きを撮影。プレーの進化を分析していたのです。

データ解析の担当者
「我々は大坂選手が打ったポイントなど、あらゆるデータを映像化できる。今年の彼女は大きな進化を遂げました。」

大坂選手の、ラリーでのポイント獲得率(左・中央・右の3つのエリアから打ったボールがどのくらい得点につながったかを示す割合)を示したデータがあります。
大坂選手は、左・中央・右、どのエリアからでも60%のポイント獲得率を誇っていました。課題と言われてきたバックハンドで打つ、左サイドの得点率は1年前の全豪オープンの39%と比べ、今年は61%まで飛躍的にアップ。フットワークが向上したことで、どの位置からも得点できるようになったのです。
今大会で見せたフットワークの向上と、前に出る戦術。それはこの1年、下半身を強化することによって、実現したものでした。
専属トレーナーのアブドゥル・シラーさん。フットワークや反射神経を徹底的に鍛えてきたといいます。

専属トレーナー アブドゥル・シラーさん
「去年はボールに追いつけない場面が目立ちました。サッカー選手並みの敏しょう性とスタミナが必要だったのです。」

大坂選手は、オフシーズンにラケットを握る時間を減らし、下半身の強化に取り組みました。一瞬でダッシュし、小さなボールを拾うこのトレーニング。反射神経と瞬発力を強化するために繰り返しました。
さらに、早朝から走り込みを続け、この1年で体重を10キロ絞り込みました。

大坂なおみ選手
「いっぱい走ってた。」

「1日どれくらい走ってた?」

「長距離と短距離です。最初はひたすら走っていました。シーズンが近づいてくると、筋力トレーニングにも取り組みました。」

“前に…” サーブ対策に秘策が

今回の全豪オープン。培ったフットワークは、前に出る戦術へとつながっていきます。
最初に実践したのは、1回戦。相手はサーブのミスが少ない選手でした。
第2セット。自分のペースに持ち込もうと、ベースラインより1メートル近く前に出ました。

実況
「かなりプレッシャーを与えている、今日の大坂のリターンです。」

すると、相手はサーブを連続ミス。手応えを感じたといいます。

大坂なおみ選手
「前に出る練習もしていましたし、第2セットではそれを試してみようと思いました。前に出ることで相手にサーブミスが増えたので、脅威になっていると感じ続けました。」

1回戦から大坂選手の戦いを現場で見つめてきた、辻野隆三さん。前に出てサーブを打ち返す戦術は、大会を通じて大きな武器になっていったといいます。

NHKテニス解説 辻野隆三さん
「相手からすると、サーブを打っているのに中で打たれると、『自分のサーブ伸びてないのかな』とか『スピードないのかな?』と考えると思う。他の選手であればもっとサービスポイントを取れる。」

そして、クビトバ選手と対じした、決勝の第1セット。サービスゲームをそれぞれキープする一進一退の展開。それでも、前に出てサーブを打ち返す姿勢に変わりはありませんでした。

大坂なおみ選手
「とにかくサーブを何本打たれても、自分はあのポジションにいようと思った。」

そして、第1セットをかけたタイブレーク。前に出る姿勢がようやく実を結びます。大坂選手が先にポイントを取って迎えた、クビトバ選手の最初のサーブ。

実況
「入っていた!」

ついに、サーブを攻略。このプレーで勢いに乗り、第1セットを奪いました。
サーブを受けた場所の割合を示したデータがあります。今大会はベースラインより、前に出て打った割合が71%、後ろで打った割合が29%。それに対し、4か月前の全米オープンでは、ベースラインより前に出て打った割合が29%、後ろで打った割合が71%となっていて、前へ出て打った割合は倍以上に増えていました。

運命の第2セット 知られざる舞台裏 勝利目前に…劇的ドラマ

第2セット。勢いに乗った大坂選手は、最大の武器であるサーブで攻めます。

実況
「ナイスサーブです。ワイドへのスライス、158キロ。」

多用したのは、回転をかけてボールが外に逃げていくスライスサーブ。その割合は、去年(2018年)の全米オープンの43%から、今回、53%に増えていました。

専属トレーナー アブドゥル・シラーさん
「彼女のサーブはとても良い状態です。いいサーブを打てば、相手にプレッシャーをかけられる。」

実況
「大坂なおみ、チャンピオンシップポイント。」

大坂選手が2ゲームリードして迎えた、第2セット第9ゲーム。ついにマッチポイントです。四大大会連覇は目前。会場は、異常な盛り上がりを見せます。ところが…。
フットワークを生かし、追いつくものの、ミスが出始めます。

実況
「クビトバ、さすがです。3本しのぎました。」

「なんと0-40からしのいだクビトバ。」

大坂なおみ選手
「観客の声を聞きすぎていて。勝つ前に『勝つ』と思ってしまった。」

まさかの逆転でセットを失った大坂選手。その目には、涙が浮かんでいました。

実況
「大坂なおみに試練は続きます。」

決勝の舞台裏 知られざる戦術 苦しんだクビトバ攻略

ゲスト杉山愛さん(元プロテニスプレイヤー)

武田:いやあ、見てるほうがボールをたたきつけたくなりましたけれども。

杉山さん:本当ですね。

武田:マッチポイントを握りながら第2セットを取られる展開、応援している側としては、ちょっと意外な感じがしたんですけど、どうご覧になっていましたか?

杉山さん:本当に厳しかったと思いますし、本当に調子がよかったので、準決勝まで1セットも落としていない。そしてあのサーブがありましたから、たぶん今までの大坂選手だったら、ちょっと厳しい展開でしたよね。ただ、このときの大坂選手は本当にものすごいスピードで進化を遂げてきましたので。

データが示すNo.1

田中:この全豪オープンでのすごさですけれども、データにも表れているんです。
まず得意のサーブについて、サービスエースの数は、群を抜いてトップ。1試合平均でもトップなんですね。スピードもベスト4に進出した選手の中では、1位です。でも今大会の大坂選手、それだけではないんですね。
「ウィナー」、打ち合いの中で相手がボールに触れず、ポイントを奪う数も1位。そして「リターンエース」、相手のサービスゲームを打ち破る「ブレーク」の数も、1位なんです。

武田:つまり、こういうことなんです。これまで「ビッグサーバー」というイメージでしたけれども、今はあらゆる意味で隙のない、「オールラウンダー」に進化していると。やはりこれは、フィジカルの強化が影響しているんですか?

杉山さん:それがないと、オールラウンダーにはなれませんよね。

カギは“前に出る”

武田:それからVTRでもお伝えした、勝利の一つのポイントなんですけれども、ベースラインよりも前でリターンをする。これはやっぱり難しいのではないかと思うのですが。

杉山さん:とても難しいですね。前に入るということは、デメリットとしましては、例えば、サーブをボディーにされますと、時間がない、反応することが難しくなりますので、窮屈になったり、たとえ返ったとしても、オープンコートに決められてしまう。あとはバウンドしてからも、ものすごい勢いがありますから、抑えるためにパワーも必要になります。

ただ、メリットとしましては、やはり前に立つことによって、プレッシャーをかけられる。そして入ってきたサーブに対しての角度がありますよね。特にクビトバ選手。この角度を少し消すことができるといいますか、下がるとどんどん、この角度が広がっていくので、守備が難しくなりますけれども。

武田:こっちに切れていくわけですね。

杉山さん:勇気を持って中に入ることによって、この距離を短くすることができる、そして、コンタクトすることができるということが言えると思うんですね。

武田:杉山さんも、ボールの上り際をたたくということを得意にしてましたけれども、これはやはり難しいんですよね。

杉山さん:すごく勢いもありますから、筋力もタイミングも必要になってきます。

武田:大会を通して磨いてきた多様なサーブ、そして彼女が貫こうとした攻めのリターン。勝負の第3セット、その真価が問われました。

決勝 第3セット 知られざる舞台裏 涙のあとに何が? そして…

まさかの逆転で第2セットを失った大坂選手。次のセットまで1分40秒間、コートを離れ、気持ちを切り替えました。

大坂なおみ選手
「私は世界最高の選手と対戦している。自分が勝とうとするのではなく、ただその試合に集中しようと考えた。」

コートに戻ってきたときの表情は、全く異なっていました。
最終セット。立ち上がりはお互い譲らず、ゲームをキープします。
試合が動いたのは第3ゲーム。大坂選手が、クビトバ選手のサーブを次々とリターンします。恐れずにベースラインの前に出続けた大坂選手。この大事な場面でも、攻めの姿勢を崩しません。

実況
「きたー!大坂なおみ、先にブレーク。」

大坂なおみ選手
「我慢強く戦うことは、とても大事だ。そのうちに相手が私のことを恐れ始める。」

ペトラ・クビトバ選手
「3セット目の彼女は、まるで別人でした。新しい試合が始まったかのように落ち着いていた。」

攻めの姿勢は、サーブでも。角度をつけたサーブを、恐れることなく打ち込みます。

実況
「エース!」

ファーストサーブの成功率は、第1セットの56%から64%へ。土壇場で集中力も高まりました。

サーシャ・バジンコーチ
「彼女は試合ごとにどんどん成長している。疲労し負けそうになり、コート上で感情的になっても、感情をコントロールし進化を続ける彼女はすばらしい。」

そして、1ゲームをリードして迎えたマッチポイント。

大坂なおみ選手
「何も感じていなかった。リラックスして、考えすぎることもなく、この場を楽しもうとしていた。」

実況
「大坂なおみ、勝った!全豪オープン初優勝。大坂なおみが世界ナンバー1に上り詰めました!」

苦しい場面でも、磨いてきたテニスを貫き通した大坂選手。「我慢」が結実してつかんだ世界一でした。

世界一に 知られざる舞台裏 劇的勝利もたらした進化

武田:緊張の糸が切れたように、最後、コートに腰を落としてしまいましたけれども、いかがですか?

杉山さん:よく勝ちましたよね。あれだけすばらしい内容で、セカンドをクビトバが取り切りましたから、ちょっと難しいかなと思いましたけれども、ただやはり前に行く姿勢、これを貫き通しましたよね。そしてやはり練習でやってきたことですから、自信を持って前に出た、最後まで自分の攻撃的なテニスで攻め勝ったなという、本当に内容がすばらしかったと思います。

武田:攻める姿勢を貫けば、相手が恐怖を抱く。つまりこれは、どちらが早く先に怖がるかという、まさに自分との戦い、精神力の戦いですよね。

杉山さん:そういうことだったと思います。

武田:皆さん、本当に印象的だったと思うんですけれども、涙も流していた大坂選手が、第3セットが始まったときには全く表情が、むしろなくなって。なぜ、ああいうふうに切り替えることができたのでしょうか?

杉山さん:あそこまで短い時間で切り替えられるのは、私も今、信じられないと思うぐらい、ものすごいことなんですけど。ただやはりトイレットブレークを取ったことによって、相手のことを認めるといいますか、相手は世界一強い選手なんだ、もっと自分は謙虚になって、そして相手のいいところも、自分のいいところも全部受け入れようという、そういう気持ちでコートに戻って来れたんですね。

武田:これまではラケットを投げようとして止めるとか、そういうしぐさを見せることもあったんですけれども、何か大坂選手の気持ちを切り替えるための様子、変化は感じましたか?

杉山さん:すごく発言を聞いていても、何か受け入れることであったり、あとは負けたとしても、自分のやるべきことを全部やろうっていうふうに、なんだか考え自体、根本が変わってきたなと思うんですね。

武田:自分ができないことに怒ったり、嘆いたりするのではなくて、それを受け入れるということですね。

杉山さん:すごく難しいことだと思いますけれども、それをやってくれましたね。

田中:今おっしゃった「受け入れる」ということ、大坂選手自身も意識していたようなんです。今月(1月)21日、準々決勝を前にした会見では、自分の課題について、こんなことを言っていました。「マチュア=成熟したさま」「思うように物事が進まなかったときでも受け入れること。私はまだうまくできていないけど、とても大事なこと」というふうに言ってたんですね。

武田:まさに今、成熟しつつあるということなんですね。

全仏 ウィンブルドンへ 世界一の先の進化は

武田:次のグランドスラムですけれども、5月から始まる全仏オープン、そして7月のウィンブルドンと続くわけですけれども、まだ3回戦までしか進んだことがないんですね。
全仏オープンは、コートの表面が土になります。これはどうでしょうか、勝利への条件は?

杉山さん:やはり一番好きなコートサーフェスはハードコートなんですけれども、土になることによって滑りますから、フットワークも変わってくる。そして今までハードで決まっていたボールも、クレー、土ではなかなか決まらないんですね。やはりディフェンスが優位に働きますので、どんどん滑りながら、相手選手も返してきますので、そこで忍耐力が必要になってくる。ポイントも長くなるので、体力も必要になってくる。そして多彩なショット、ドロップショットであったり、ロブであったり、スライスであったり、こういったショットも、実際に今大会の4回戦までよく使っていました。なので、もうそこに向けても、始動をしているのかなというふうに思いますけれども、要はやはりいろいろなショットが打てる、何でもできるオールラウンダーを目指しているということなんですね。

武田:体力的には問題ないですよね。忍耐も、これはマチュアしつつあると。あとは多彩なショット。

杉山さん:多彩なショットも楽しみですよね。どれだけ感覚よくやってくれるか。

武田:ウィンブルドンは芝のコートになるわけですけれども、芝はどうでしょうか?

杉山さん:芝のほうが、クレーより向いていると思います。ただ、クビトバ選手は「芝の王者」ともいわれます。スライスサーブも効いてきますし、こうした少しの対応というのはハードコートとまた違いますので、そこでの対応力というのも、これだけ時間がありますからね。今回のこの4か月の成長を見ると、そこまでにすごく伸びてくると思いますから。

武田:気が早いかもしれないんですけれども、一気にグランドスラムを制覇するというようなことは…どうでしょうか?

杉山さん:難しいことですけど、可能性は十分にあると思います。

武田:実力的にはどうなんでしょう、今の女子テニス界で。

杉山さん:今の実力は、例えば100%どうしで大坂選手と他の選手が戦うとしたら、大坂選手は間違いなく誰にでも勝てます。それぐらいの実力がありますから。

武田:ただやはり、1位というプレッシャーもあるでしょうし、燃え尽きてしまうのではないかという心配もあるんですが、どうでしょうか?

杉山さん:それはないと思います。なぜなら彼女が描いているテニスというものが、今の通過点にあるんですね。なので、ナンバー1になっても、ここが通過点である。恐るべし、大坂なおみ選手です。

武田:まだ精神的には5歳って言ってましたものね。

杉山さん:本当ですね。ここから、だから伸びるということですよね。まだまだ自分の目指すところが先にあるということだと思います。

武田:本当に楽しみです。チャンピオン・ナオミ、あなたの時代を作ってほしい!

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