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2019年1月10日(木)

認知症時代に希望 “科学的介護”最前線

認知症時代に希望 “科学的介護”最前線

「あの人が行くと、認知症でいつも介護に抵抗している人も、なぜだか穏やかになる」そんな介護の達人技の正体が明らかになりつつある―。実は今、介護の世界に科学を導入する取り組みが進んでいるのだ。ベテランの勘頼みだった職人技を最新機器やデータ分析によって見える化。そのノウハウを共有し、業界全体のスキルアップをはかるプロジェクトだ。京都大学では、ケアの際の視線に注目。アイコンタクトの頻度、顔と顔の距離など、被介護者に安心感を与えるための秘訣がわかってきた。一方、東京都医学総合研究所では、科学的なアプローチに基づき、暴言や興奮といった認知症の「行動・心理症状」をメッセージとしてとらえ、減らすためのプログラムを開発した。導入した場合、行動心理症状の頻度が7分の1に減少するほどの改善効果が認められたという。自宅で長く過ごすことや介護費用の抑制にもつながると期待される“科学的介護”。最新の取り組みを追う。

出演者

  • 阿川佐和子さん (作家)
  • 武田真一 (キャスター) 、 田中泉 (キャスター)

認知症ケアの秘けつを解明 “科学的介護”とは

京都大学の中澤篤志さんが注目しているのは、介護をする際の視線。高齢者に安心感を与える上で、とても重要だとされています。

高齢者
「連れて行ってちょうだい。」

看護師
「連れて行って欲しいですか。」

京都大学 大学院情報学研究科 中澤篤志准教授
「目の真ん中にまっすぐ持っていって。角度どうですか。」

この日は都内の病院に勤める看護師、林さんの目元に小型カメラをつけ、ケアの様子を撮影することにしました。

国立病院機構 東京医療センター 看護師 林紗美さん
「じゃあお布団取ってもいいですか?」

林さんは、認知症で暴言などがある人も穏やかになるほどの技術の持ち主。視線を分析するポイントは?

京都大学 大学院情報学研究科 中澤篤志准教授
「目を合わせる回数とかですね。どのくらいの顔の角度、近づければよいか。どのくらいの顔の距離で患者さんとコミュニケーションすればいいか。そういうものを数値にして表していく。」

特に認知症では、認知機能が衰えて視野が狭くなる場合があるため、しっかり視線を合わせないと、不安を与えることがあります。こちらが達人、林さんの視線の映像。顔と顔の距離が近く、しっかりアイコンタクトできているのが分かります。

体のケアをしている時でもアイコンタクトを繰り返し、コミュニケーションを絶やしません。中澤さんは、別の介護士の視線の映像と比較してみることにしました。当初はきちんとアイコンタクトをしていましたが、体のケアが始まると、視線は顔を外れてなかなか戻りません。
こちらは、両者の視線を分析したグラフ。近い距離で目が合うほど大きく上に振れています。

達人・林さんは、10秒以内に近い距離でアイコンタクトを繰り返していました。一方、別の介護士は、目の合わない時間が長く顔の距離が遠いことが分かりました。

研究に協力した介護士
「『見てる』と思っていたんですけど、実際これだけ見れてなかったということはよくわかりました。改めて勉強させてもらってます。」

さらに京都大学では、認知症の人の気持ちを知るための研究も進んでいます。心地よいとほおの筋肉が、不快だと眉の筋肉が動くのに注目。感情表現が難しくなった人の心の物差しにならないか、探っているのです。

京都大学 こころの未来研究センター 佐藤弥特定准教授
「客観的に測定できることによって、介護場面でより(認知症の人の)感情に注目した介護が可能になると考えられます。」

AI活用で状態が改善!? “科学的介護”最前線

一方、豊橋市ではIT企業などとタッグを組み、AI・人工知能を活用してケアプランを作る試みを始めました。この日、ケアマネージャーが訪ねたのは、病気で身体機能が衰えた70代の男性です。要介護4。トイレや入浴など、身の回りのことが自力ではできない状態にまで悪化していました。しかしAIは、まだ身体機能が改善するという、意外な意見を出してきたのです。

ケアマネージャー 日下部澄美子さん
「このプランは(車いすへの)移乗動作が改善の可能性があるよと。」

AIは、男性の体の状況と、過去8年間の介護保険のデータを分析。自宅で専門職のリハビリを受けられるサービスを勧めてきました。身近でできるリハビリでも、両足で立つ機能などが回復し、かなり自立に近づくというのです。

70代 男性(要介護4)
「そのまま悪くなるよりは状態がよくなっていけば、こんなありがたいものはないよね。」

この提案を前向きに検討するというケアマネージャー。AIによって、意外な気付きが得られたといいます。

ケアマネージャー 日下部澄美子さん
「長く在宅生活を続けるということにつながる可能性があると思いました。」

過去にはこんなケースも。昼夜逆転など、生活の乱れがあった認知症の高齢者。家族には介護する余力がありましたが、AIは意外にも施設への短期入所を提案してきました。利用したところ、生活リズムが改善したといいます。豊橋市では、AIの提案が本当に介護を受ける人に合ったものかどうか慎重に検討しながら活用を進めていくといいます。

豊橋市 長寿介護課 戸崎真孝さん
「要介護状態にある方のお体の状態をよくするということが1つと、もう1つがそれによって介護給付費を抑制する。最後の1つがケアマネージャーの方の業務負担の軽減。本当に世の中に役に立つAIに育ってくれると期待しています。」

認知症ケアの秘けつを解明 “科学的介護”とは

ゲスト 阿川佐和子さん(作家)

武田:ということで、今日(10日)のゲスト、阿川佐和子さんに、ケアをする際の視線を学ぶためのバーチャルリアリティーを体験していただいています。今、映っているのが阿川さんの視線の映像です。VTRであったように、ケアを受ける人の目を見てみてください。阿川さんのアイコンタクトの視線、距離、顔の傾きが、介護の達人に近くて適切であれば、この画面の左上の星が3つ光ることになっているんです。

阿川さん:これぐらいなんですか?

武田:今、視線と傾きはいいんですけれども、距離が今一つですね。もうちょっと近づくのかな。今、ぴったりです。

これが適切な視線、アイコンタクトということになります。阿川さん、いかがですか?やってみて。

阿川さん:いや、おもしろいですね。ここら辺の距離で見えているはずなんだけれど、ここまでね。

武田:意外と近いですよね。

阿川さん:近いですね。おもしろい。

武田:まだ研究の途中ではあるんですけれども、このくらいの距離でアイコンタクトをすると安心感が与えられるということが分かってきているということなんですね。

田中:このようにケアを科学的に分析しようというきっかけになったのが、フランス生まれのケア手法「ユマニチュード」というものなんです。阿川さんもご存じですよね。

阿川さん:ヒューマンアティチュードからきたんですよね。

田中:このユマニチュードでは、ケアをする際に、今ありました、相手の目を見つめる、そして触れるということのほかにも、話しかける、そして立たせるということが特に大事にされています。これによって、認知症が進んだ人でも、ふだんの状態が落ち着いてくるというんです。実はVTRに登場した介護の達人、看護師の林さんもこの技術を身につけていたんですね。

阿川さん:ベテランですものね、あの方。

田中:今、視線だけではなくて、触れ方についても科学的分析が始まっています。

上手に触れると認知症の人の状態を安定させる効果があるとされています。しかし、そのノウハウは感覚的な部分が多く、客観的に説明することは困難でした。そこに挑んでいるのが、九州大学です。ベストのように着脱できる圧力センサーを開発。

背中や肩などに触れた時の「強さ」や「触れ方」を計測できるようにしました。これで介護の達人の触れ方を分析していくのです。

九州大学 大学院システム情報科学研究院 倉爪亮教授
「触るということを“見える化”する、数値として表すということで、センサーだとかロボットの技術が役に立てるのではないかと。」

武田:阿川さんは今、お母様を介護なさっているということですけれども、やはりアイコンタクトやスキンシップって意識されているんですか?

阿川さん:ユマニチュードをしてからなおさらのことですけれども、母はちょっと子ども返りするところがあるから、赤ちゃん相手にすると、どうしてもやっぱり「やんやんやん」とか「あっ、おはよう」と言うと同じ気持ちになるので、つい自然にそういうふうにはやっていましたけれどもね。

武田:お父様をご覧になっていた時はどうだったんでしょう?

阿川さん:父はスキンシップが嫌いでね。肩をもむと「触るな!」と言った。

武田:人によっても違う?

阿川さん:本当に個人差があると思うし、触り方も、今の拝見していて、科学的データが出るのはおもしろいかもしれないけれども、人によって、くすぐったい人もいれば、痛いと思う人もいるだろうと思うんですけれど、それは今どうなのかなと思いますよね。

武田:その辺の疑問を、科学的介護の取り組みを進めている当事者にぶつけてみたいと思います。大学と連携して、先ほどのバーチャルリアリティーを開発した、企業の坂根さんです。

阿川さん:今、ちょっと私、申し上げたんですけれども、人によって、くすぐったいとか痛いとか、その触り方の心地よさって全然違うと思うんですけども、そういうところはどう考えていらっしゃいますか?

坂根さん:人によって違う部分というのは確かにあって、ただ、それを数値化、データ化をすることによって、どういう時に共通化、皆さんが使えるような汎用的な技術になるか、というところがポイントだと思っています。例えばAIですと、囲碁とか将棋というものに今すごく活用されていると思うんですけれども、囲碁とか将棋には「棋譜」という対局のデータがあるんですが、今、ケアには、まさにその「棋譜」に相当するものが全くないんですね。私たちは、それを「介護の棋譜化」と呼んでいまして、介護そのものの手法をデータ化して、そのノウハウを抽出しようということをやっています。

阿川さん:だんだん学習していくわけですね、そのデータを集めていくと。実際にこれだけ開発なさって、発見したことってありますか?意外だったとか。

坂根さん:実際のケアの映像を見ている時に、ケアをする側の方がどのように動いてケアをされているのかというのを、移動をデータ化した時に、そのケアをする時の立ち位置、ないしは座っている位置によって、ケアがうまくいく、いかないケースというのが結構顕著に出るなということが発見としてありました。

武田:やっぱり科学的に分析すると、いろんなことが分かってくるものですね。

阿川さん:自分はよかれと思ってやっていても、自分自身の経験だけだから、それが本当に見つめてちゃんとやっているのか、高さは違うのかっていうことが分かんないですからね。

田中:この科学的介護なんですけれども、先ほどのような最先端の機器やAIを活用するだけではなくて、データなどの根拠に基づいてケアを論理的に進めるという取り組みも行われているんです。2年前、東京都が開発した認知症のケアプログラムもその一つなんですが、認知症には暴力や歩き回り、幻覚やうつなど、「行動・心理症状」という症状があります。

これまではこうした症状がなぜ起きるのかとか、どう対応していくのか、現場では感覚的に行われることが少なくなかったんですが、そこを科学的に分析して、症状を軽減させようというものなんです。

認知症の高齢者専門のデイサービスです。こちらは1年前から利用している80代の男性。

80代 男性
「もう帰ります。」

当初は外に出ていこうとしたり、介護に抵抗するなどの「行動・心理症状」が頻繁に出ていました。この男性にケアプログラムを適用することにしたスタッフたち。

「その利用者さんは、何回も同じことを続けるような反復行為、習慣はありますか?」

スタッフ
「はい。」

まずは状態を分析するため、100以上の質問に答えていきます。すると、興奮、異常な運動行動など、顕著な症状が視覚化されます。

プログラムでは、次にそれらを引き起こす背景を探り、改善計画を立てます。要因分析のチェックシートを活用しながら、日々のケアで気付いたことはないか、徹底的に話し合います。この男性に関しては、左目と右耳が不自由なことによるコミュニケーションのストレスが要因なのではと考えました。そこでスタッフたちは、正面で目を合わせ、左から声をかけるという対策を徹底することにしたのです。

スタッフ
「娘さんにクリスマスプレゼントとか。」

男性
「そんなのあげねぇや。」

2か月後、状態は急速に改善。激しく興奮したり、無理やり外に出ようとする症状は全くなくなりました。

男性
「ここはいいですよ。」

「気持ちよく過ごせていますか?」

男性
「いやな人もいますけどね。」

デイサービスすずらん梅丘 佐藤勝宣さん
「行動・心理症状が何なのかというところが、利用者さんが『ここに居るのが難しいんだよ』と、こちらに発してくださっているメッセージ。そこに気づけたのはすごく大きい。」

1か月たっても効果がない場合は、再び要因を分析して、別の対策を実行するサイクルを繰り返していく、この実証的なプログラム。東京都は都内40以上の事業所の協力で、半年にわたり効果を検証しました。その結果、毎日出ていた症状が週1回に軽減するほどの効果が認められ、2025年までに都内の全自治体へ普及することが決まりました。

東京都医学総合研究所 プロジェクトリーダー 西田淳志さん
「行動・心理症状をきちんとスコア化して、科学的に客観的にそのケアの効果をきちんとみながら、それをいいものを、効果のあるサービスを利用者さんに届けていくことが大事だと思う。」

重い認知症でも、このプログラムによって自宅での生活を続けられているケースがあります。こちらの女性は、要介護5。

くも膜下出血が原因で認知機能が低下し、介助の際などによく大きな声を上げていました。要因は何なのか。スタッフたちは、ほかの人から意図せず体を動かされることが不安なのではと考えました。そこで、介助の内容を本人に伝え、できるだけ意思をくみ取るようにしたといいます。

スタッフ
「私(歯みがき)やろうか?自分でやる?少しがんばれる?
こっちの手、いつものように持ってもらっていい。」

夫の豊さんは最近、妻の変化を実感しています。大声が減り、果物を自力で食べるようになったのを見て、少しずつ希望が芽生えてきました。

夫 豊さん
「(以前は)呼びかけにも反応がないというですかね。それがだんだん顔にも出てきますよね。笑顔というんですかね。こうやって分かっている時もあるんですよね。会話まではいかないですけどね。何か少しずつ戻ってくるのかなという期待も出てきます。」

武田:一見、何か不可解に見える行動でも、原因を探っていくと、こうやって劇的に改善することにもなるというプログラムをどうご覧になりました?

阿川さん:私、母が多少、認知症が始まった時に、ある専門家の方から聞いたんですけれども、徘徊する人、母は徘徊してないんですけれどね、「徘徊する人は徘徊する理由をちゃんと持っているんです」っておっしゃったのを聞いた時に「えっ、そうなんだ」ってびっくりして。そんなこと考えたことなかったんです。だけれども、例えば勝手に出かけちゃったっていうのは、ただ頭、状況がおかしくなったんじゃなくて、おばあちゃんを探しにいこうと思うとか、それから晩ごはんの買い物に行かないといけないと思うという理由をちゃんと持った上で、途中でそのプロセスとか、やり方が分かんなくなるっていうことで、気がついたら交番に預けられてくると、もう壊れちゃったって周りは思う。だけれども、実はちゃんとしているところもあったり。そこに対する思いやりというか、理解っていうものが、今まではやっぱり家族がそうなると、暴れたりすることに対して、どう対処するかとか、つまり介護する側の合理性とか、そういうことだけを優先していたけれども、今、ようやくこういうふうに介護される側の気持ちにまで深く至って、データを集めていこうっていう取り組みですよね。それは画期的なことなんだろうなと思いますけれども。

武田:阿川さん、そういったある方からお話を聞かれたということですけれども、そのほかのノウハウはどうやって集められているんですか?

阿川さん:最初は私だって試行錯誤だったんですけれども、やっぱりそうなると、友達に「聞いてくれる?」みたいな感じで相談すると、たいていの人はみんな同世代だから経験者なので、「ああするといいわよ」「これはダメよ」「こうやったらうちのおばあちゃん、こうなった」「なるほどね」っていうのが、安心材料にもなると同時に、次のノウハウへのステップにもなるっていう。だから井戸端会議っていうのは大事だなって、その時、思ったんですけれども、今、データを集めるって、科学的井戸端会議みたいな感じなのかなって、今、見ていて思いましたけれどね。

田中:ただ、介護に科学的な視点が導入されることを懸念する声も上がっているんですね。というのも、ケアの効果が客観的に分かるようになりますと、要介護度の改善や自立など、結果をやみくもに求めるようになって、改善が見込めない人は置き去りにされるのではないかというんです。

期待される“科学的介護” 行きすぎを懸念する声も

東洋大学 ライフデザイン学部 高野龍昭准教授
「全ての人が健康で長寿であり続けるかというと、そうではありませんので、よくならない人、難しい人たちが、いわば介護の対象とされなくなる、必要なケアが受けられなくなる。こういう懸念が生じます。」

田中:国は今年(2019年)から、デイサービスの利用者の状態が一定数以上維持・改善した場合は、その施設に成功報酬を支払うという仕組みをスタートさせているんですね。専門家は、行き過ぎた自立支援にならないように、注意深く見守る必要があるとしています。

武田:阿川さん、今日は科学的介護ということで見てきましたけれども、介護する側としては、これ、やっぱり改善に役立ちますかね?

阿川さん:私は最初、「そんなに役に立つのかな?」って懐疑的に思っていたところがあったんですけれども、ただ、こういうふうにすると、VTRを見ていても思うのは、介護される側が治るというよりは、介護する側の人たちの、家族にしろ、プロの人にしろ、モチベーションが上がっていくだろうなと思うんですよね。やっぱり報われないことばかりの毎日なのに、でも、こういう方法を取ってみたら、データによると、これだから試してみようかなっていって、明日ちょっとやってみようかなっていうふうにしたら、その仕事がおもしろくなってくるっていう、それによって、この介護の仕事っていうことも、ちょっとみんなが大切に思うようになれば、人手不足、大変だけれども、少しはつらさが軽減されていく一助にならないかなと思いますけれどね。

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