クローズアップ現代

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2018年9月18日(火)
“縁切り死” なぜ愛する人が突然…

“縁切り死” なぜ愛する人が突然…

どこの誰とも分からない、身元不明の遺体。その数は年々増加し、全国でおよそ2万体にのぼる。なかでも、家族・知人の前から突然いなくなり、縁もゆかりもない場所に行って身元がわかるものを一切捨て去り自ら命を絶つ、いわば“縁切り死”とでもいうべき死を選ぶ人が目立っている。その背景には何があるのか。番組では、縁切り死を選んだ人の身元を特定し、家族・知人のもとに返す警視庁の「身元不明相談室」を今回はじめて密着取材。一人ひとりの足跡を追うとともに専門家たちの「読み解き」を交え、現代社会の知られざる一断面に迫る。

出演者

  • 渡會幸治さん (警視庁鑑識課長)
  • 鎌倉千秋 (キャスター)

“縁切り死” いったい何が? 取材1年 警視庁捜査

警視庁身元不明相談室 後藤修一さん
「警視庁鑑識課、後藤と申します。」

聞き込みをする警察官。ある男性について調べていました。東京都内で遺体で見つかった男性。身元がひと月たっても分かりません。

「わずかな情報でも結構ですので、ありましたら電話を。」

“私を知っている人はいませんか”。
今、身元が分かる物を一切持たずに自殺する人が相次いでいます。

「岩が出ているところ、見えますかね。あそこで発見されました。」

今年(2018年)2月には、住宅街を流れる川で、自殺とみられる中年女性の遺体が見つかりました。所持品はハンカチだけでした。都内にある団地では、高齢の女性が飛び降りて自殺。遺書はなく、どこの誰とも分かりませんでした。
遺体の身元を特定する、警視庁の専門チーム。私たちはその現場に初めて密着しました。身元不明遺体は増え続け、その数は全国でおよそ2万体に上っています。

警視庁身元不明相談室 後藤修一さん
「持ち物は非常に少ない。ないに等しい。」

遺族を取材すると、思わぬことが分かってきました。

遺族
「自殺…。」

遺族
「飛び降りたんですか。」

その多くは、一緒に暮らす家族や親しい人に何も告げず、突然、姿を消していたのです。そして、なんのゆかりもない場所で、一切の縁を切るように亡くなっていました。

遺族
「何を考えて死んだんやろ。何でこげなところ…。」

世の中に痕跡を残さないように命を絶つ「縁切り死」。私たちの社会に何が起きているのでしょうか。

なぜ愛する人が突然…

鎌倉:警視庁が今月(9月)設置している、臨時の身元不明相談所に来ています。ご遺体に関する情報が載せられたパネルや、資料が並んでいます。ご家族や知り合いの人に見てもらって、身元の特定につなげようとしています。

例えばこちらの方。亡くなったときに、このような服装をされていました。少し青いサングラスをかけていたようなんですけれども、これしか情報がなく、この方の身元の特定は難しい状況なんです。

警視庁では、こうした相談所を60年にわたって設けていますが、中でも最近相次いでいるのが、身元が分かる物を全く持たずに自殺する人たちです。ある日、突然姿を消して縁を切るように亡くなるのは、いったいなぜなのか。その実態に迫りました。

取材1年 難しい身元特定

私たちが取材を始めたのは、1年前。警視庁の身元不明相談室で、ある女性について調べていました。年齢は50代~70代。都内の駅で電車に飛び込み、亡くなりました。携帯電話や財布など、所持品はありませんでした。遺体の損傷が激しく、手がかりをつかむため、専門の捜査官が似顔絵を作成。全国から寄せられた、およそ8万件の行方不明者のデータと照合しました。すると2か月後、ようやく顔の特徴が似ている1人の女性が浮かび上がりました。北関東で行方不明届が出されていた、70歳の女性です。

「行方不明者も、この鼻のところが。」

「面長であって、非常に似顔絵とも似ている。」

歯型を鑑定した結果、同一人物の可能性が高いことが分かりました。

30年連れ添ったのに突然…

亡くなったのは、本当に北関東で行方不明になった女性なのか。警視庁の捜査員は、女性がかつて住んでいた町に向かいました。

「すみません。」

行方不明届を出していた、自営業の60歳の男性。女性と30年余り一緒に暮らしてきました。2か月前に女性が突然いなくなり、探し続けていました。

捜査員
「順を追ってお話しさせていただきます。調べていきましたら、奥様に非常によく似ている。まず、似顔絵を見ていただけますか。」

行方不明届を出した男性
「似ていると言えば、うん。雰囲気はあります。」

捜査員は、遺体の写真を見せることにしました。

「どうでしょうか。」

「そうですね。」

「間違いない?」

「いつ飛び込んだんですか?」

「(いなくなった)その日です。」

女性がなぜ東京に行ったのか。男性に心当たりはありませんでした。

「何も言わないで、ぽっといなくなって、さみしかったですよ。もっと何か言ってくれればね。」

突然姿を消す前、女性はどんな様子だったのか。男性が見せてくれたのは、亡くなる1週間前に撮影した写真です。ピースサインの女性。ふだんと変わったそぶりは全くなかったといいます。
女性がいなくなったのは、一緒に買い物をしているとき。「トイレに行く」と言って、男性に財布を預けたまま戻ってこなかったのです。

行方不明届を出した男性
「携帯(電話)は持ってたけど、1時間くらいでつながらなくなっちゃった。本当に着の身着のままですから、何も持たない状態なんで。すぐ自殺するなんてことは考えられなかったですね。」

かつて、2人は飲食店を営んでいました。バブル景気を追い風に、連日多くの客でにぎわいました。その後、景気の悪化とともに閉店。職を転々とする男性を、女性は支え続けました。自宅の花壇で育てていた四季折々の花。2人のささやかな楽しみでした。

「本当はもっときれいに、玄関がきれいだったんですけど。彼女が作っていたものだからね、手をかけてね。」

最後の1枚となったこの写真。2人で紅葉を見に行こうと、ドライブに行ったときのものです。いつもと同じように、笑顔で鮮やかな紅葉を見ていたという女性。その後、突然姿を消したのです。

自宅には、1枚のメモが残されていました。「さがさなくていい お金がかかるから」という書き出しのメモ。「周囲の人には病気で入院していることにしてほしい」とつづられていました。しかし、自殺の理由は一切書かれていませんでした。長年連れ添ったのに、なぜ。今も答えは見つかっていません。

「分かんない。本人から聞かないと分かんない。何で言えなかったの、打ち明けてくれなかったの。それが今、本当(の気持ち)だね。」

なぜ突然… 九州から東京へ

今、相次ぐ「縁切り死」。なぜ、大切の人の前から突然、姿を消し、ゆかりのない場所で命を絶つのか。この日、警視庁身元不明相談室の捜査員が九州を訪れました。都内のビルの屋上から飛び降りた、60代とみられる男性。九州で行方不明届が出された人である可能性が浮かび上がったのです。

「こんにちは。」

行方不明届を出した洋子さん(仮名)。男性と10年余り連れ添ってきました。

捜査員
「東京の港区で、身元不明のご遺体があがったんですね。特徴が、胸に“ポート”というがん治療の器具を埋め込んでいたんです。」

身元不明の遺体には、医療器具が埋め込まれていました。

洋子さん
「器具は抗がん剤みたいなものを?」

捜査員
「そうです、そうです。」

洋子さん
「それは入っていたと思います。」

さらに、身に着けていた黄色のTシャツが、行方不明届の写真と一致しました。

捜査員
「飛び降りなんです。」

「自殺…。」

洋子さん
「飛び降りたんですか。自殺する勇気はないって言ってた。病院の先生にも『俺は自殺する勇気はない』と言ったって。『自殺する勇気があるならなあ』って言ってたもん。」

東京で自殺した男性は孝さん(仮名)・67歳だと分かりました。九州の山あいの町で生まれ育った孝さん。高校卒業後、地元の会社に就職。その後、結婚し、3人の子どもを育ててきたといいます。

孝さんをよく知る親族
「3人です、女の子3人。優しいからね、お父さん、お父さんって言って。幸せだったと思うんですよね。」

しかし、40代で離婚。孝さんは、その理由を周囲には話しませんでした。仕事も辞め、職を転々としていたといいます。そんなとき親しくなったのが、行方不明届を出した洋子さんでした。一緒に温泉や観光地に旅行に出かけるのが好きだった2人。孝さんは、いつもお気に入りの黄色のTシャツを着ていました。お互いが唯一、心を許せる存在だったといいます。

洋子さん
「そばにおったら、何て言う、楽な気持ちね。向こうもそうやったんやない。」

10年連れ添った孝さんが、なぜ突然いなくなったのか。手がかりを探そうと、洋子さんは遺品を調べ始めました。若いころに聴いていたのか、古いレコードが大切に保管されていました。そして、病院で処方された薬。

「通院だけで5万ぐらいかかるって、1日で。それだけの金額がさ…。」

孝さんは去年(2017年)すい臓がんと診断され、治療費を気にかけていたといいます。
思わぬものが見つかりました。薬の手帳の表紙に孝さんが書いていた短いことば。「ビルマ、マンシュウ カンモントンネル 死の前に行きたい」。旅行が好きだった孝さん。死を意識し、行きたい場所を記していたのです。

「死ぬ前に行きたい、こういうことを書かれとったら、えーっと思うやん。涙ぽろぽろぽろ、何を考えて死んだんやろ。(死ぬなんて)思ってもおらんやったもん。」

がんの診断から半年余り。孝さんは遠く離れた東京で、みずから命を絶ちました。遺体が見つかったのは、東京タワーが見える路地裏。いつものTシャツを着ていました。ポケットの中には、20万円ほどの現金とメモが残されていました。

“このお金で、ひっそり火葬してください”

先月、洋子さんは、亡くなった場所で手を合わせたいと東京を訪れました。ここで、どんな思いを抱いて亡くなっていったのか。答えのない問いに苦しみ続けています。

「何で、こげなところ…。」

「どうして東京で死のうと思ったのでしょうか?」

「東京だったら(身元が)分からんやん。それはいちばんに思った。東京で死んだってことは…無縁仏になる。本当に私のこと思うならさ、ひと言でもいい、ごめんねって、それだけでも良かったたい。」

最前線では… 鑑識課長が語る

ゲスト渡會幸治さん (警視庁鑑識課長)

鎌倉:VTRでもご覧いただいた、警視庁の身元不明相談室の責任者、渡會幸治さんです。この縁切り死を含む、身元不明のご遺体、現場で増えているという実感はありますか?

渡會さん:東京都内で毎年100名前後の方が身元不明ということで登録されます。そういう意味では、毎年の積み重ねで増えているということがいえると思います。

鎌倉:こちらの身元不明相談所にも、今まさに知っている人はいませんかと呼びかけているわけですが、どういった方を今、捜していらっしゃいますか?

渡會さん:この方の場合は、平成28年の3月、今から2年半ぐらい前、豊洲の晴海運河で発見された方になります。年齢も一見若い感じで、20歳~40歳ぐらいではないかと。

鎌倉:2年半も見つからないというのが、なかなか信じ難いというか、どういう状況なのでしょうか?

渡會さん:この方の亡くなるまでの背景が分からないんですけれども、友人・家族と接触というか、そういうものが少なかった方ということも推測はされます。

鎌倉:あえて、つながりを消して亡くなられたということを知ったときのご家族の様子が、VTRでも非常に痛ましかったんですけれども、どのようにご覧になりますか?

渡會さん:ご家族の方としては、まだ生きていると信じて帰りを待っているわけですから、非常に残念なお知らせをしなければいけない。なぜこういうことになったんだろうと悲しむご家族が多いですね。

鎌倉:縁切り死の背景にいったい何があるのか。今回、私たちは専門家を訪ねて話を聞いてまいりました。

“現代社会”の何を映し出す?

自殺に関する調査を続けてきたNPO代表・清水康之さんです。縁切り死の背景には、周囲に迷惑をかけたくないという思いがあるのではないかと推測しています。

NPOライフリンク 代表 清水康之さん
「残される人たちのことをまったく考えないのであれば、わざわざ追跡できないような形で亡くなる、自殺するということはないのではないか。負担をかけるぐらいであれば、自らその状況を回避するために、自ら死にたい、でも自殺で亡くなると知られると、残される人たちに過度な負担をかけかねないという中で、知られずにそっと姿を消すということを考えた可能性はある。」

精神科医の香山リカさん。縁切り死は、みずからの存在価値を見いだしにくい社会の断面を映し出しているのではないかと指摘しています。

精神科医 香山リカさん
「自分のことは無価値な人間だとか、迷惑をかけているとか、いなくなっても誰も困らないから、せめて消える時はひっそり消えたい。自分はそんなに大したことないとか、死んでみんなに惜しまれるような人間じゃないと思った場合、きょうだってたくさんの人が消えたって、世の中、普通に動いているんじゃないと思って、だとしたらそれで良いんじゃないかなと思ってしまうことがある。」

自殺や現代社会の孤独などをテーマに小説を書き続けてきた、作家の平野啓一郎さん。縁切り死には、「きれいな思い出だけを残して消えたい」という願いがあるのではないかと話しています。

作家 平野啓一郎さん
「その人がどんなに多様で複雑な人生を生きてきたとしても、自殺をしてしまうと、自殺をした人っていうふうに見られてしまう。それまでの彼の言動とかが、すべて自殺の予兆のように結びつけられてアイデンティティを整理されてしまうところがあって。最期は自殺した人として記憶に残るのではなくて、良かった関係のまま、その人の心の中に残りたいっていう気持ちもあるのではないか。」

縁切り死が相次ぐ社会。私たちはどう生きていけばいいのでしょうか。

作家 平野啓一郎さん
「本当の人間関係っていうのは、何もかも打ち明けて、お互いに理解してという、ある理想を抱いてしまっているために、すごくプレッシャーになっている。言いたくないことを言わないとか、好きだからこそ黙ったままでいるとか、非常に複雑な感情があるのが、本当の人間関係だと思う。そういう人間の複雑さに対して、繊細な感受性を持って、優しく見守るというような態度をもっと身につけるべきではないか。」