クローズアップ現代

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2018年7月31日(火)
検証・西日本豪雨 ~何が生死を分けたのか~

検証・西日本豪雨 ~何が生死を分けたのか~

死者が200人を超え、平成最悪の水害となった西日本豪雨。なぜこれほど多くの犠牲者が出たのか、生死を分けたのは何だったのか、検証する。大規模な浸水のために51人が犠牲になった岡山県倉敷市真備町では、亡くなった人の9割が高齢者だった。行政が避難情報を出すだけでは高齢者を救いきれないという、厳しい実態が見えてきた。また、最も犠牲者が多かった広島県。4年前の土砂災害を教訓に、様々な備えを進めていた地域で被害が起きていたことがわかってきた。それは何故なのか?これまでの常識が通用しない“異常気象新時代”、同じリスクは日本全国に広がっている。被災地の命を守った実例から、豪雨災害にどう備えていくか考えたい。

出演者

  • 松尾一郎さん (東京大学大学院 客員教授)
  • NHK記者
  • 武田真一・田中泉 (キャスター)

西日本豪雨に“逆走台風” “異常気象新時代”へ

日本列島を襲った台風12号。各地に被害をもたらし、今も警戒が必要な状況です。極めて異例のコースを進んだ“逆走台風”。そして、200人以上の犠牲者を出した西日本豪雨。これまでの常識が通用しない、いわば「異常気象新時代」です。
西日本の広い範囲で同時多発的に起きた、今回の災害。実は被害の多くは、危険が想定された場所で起きていました。なぜ人々の命を守ることができなかったのか。取材で見えてきたのは、情報が避難につながらなかった現実です。

武田
「避難の呼びかけはあったんですか?」

「そんなに聞こえなかった。もうちょっと早くあっても逃げてなかったんじゃないのかな。」

避難の情報をどう伝え、住民はそれをどう生かすのか。新たな課題が浮かび上がっています。何が生死を分けたのか。異常気象新時代にどう命を守るのか。検証します。

検証 西日本豪雨 何が生死を分けたのか

武田:長年、災害報道に関わってきましたが、今回ほど避難に関する情報を届けることの難しさを実感することはありませんでした。例えば、避難勧告が出たら皆さんはどう行動するでしょうか?「対象地域の人は、すべて、速やかに避難しなければならない」のです。今回の豪雨でも広い範囲に出されていました。

田中:また、多くの地域では、あらかじめ危険が想定されていたことが分かってきました。最も多くの犠牲者が出た広島県。土砂災害で亡くなった人の7割以上が、土砂災害の危険がある地域として公表されていた場所で犠牲になったのです。なぜ、いち早い避難につなげることができなかったのでしょうか。

なぜ避難は遅れたのか

広島市安芸区の梅河団地です。大規模な土石流によって、5人が犠牲となりました。
近くの防犯カメラに、被災当日の様子が記録されていました。行政が避難を促す避難勧告が出されたのは、午後6時5分。それから1時間たっても大きな異変はみられません。

しかし、勧告から2時間後、状況は一変。泥水が激しく流れ、車も押し戻されています。やがて、濁流が通りを飲み込みました。10台以上の車が次々と押し流される様子が、克明に映されていました。

重大な被害が出たこの地区。しかし、避難所に逃げた人はおよそ1割にとどまりました。



リポート:坂梨宏和(NHK広島)

なぜ避難が進まなかったのか。避難所にたどりつけなかった、高校3年生の宮原和輝さんです。

宮原和輝さん
「少しやばそうだとは思いました。」

家族と一緒にいた宮原さん。勧告が出た午後6時過ぎの時点では、逃げようという声は上がりませんでした。これまで一度も被害が出ていなかったからだといいます。

宮原和輝さん
「今まで何回も避難勧告は出て、避難しなくても大丈夫だったというのが多かったので、今回もそれだと思って。」

この地区に出た避難勧告などの避難情報は、3年間で9回と以前より増えています。

実は広島市では、被害を最小限に食い止めるため、3年前からいち早く避難情報を出すシステムに変更していました。現在のシステムです。市内各地を5キロ四方に区切り、土壌に含まれる水分量と今後の雨の量を予測し、土砂災害の危険度を6段階で示しています。この危険度をもとに、速やかに避難情報を出しているのです。

「定めたルールに従って、本当にシステマチックに情報発信していった。」

導入されたきっかけは、広島市で77人が亡くなった、4年前の土砂災害です。このとき問題となったのが、避難勧告を出すタイミングの遅れでした。当時も、避難情報は土壌の水分量と雨量の予測をもとに出していました。しかし、これらのデータをもとに担当者が経験に基づいて危険度を判定していたため、時間がかかっていたのです。そこで、自動的にコンピューターが危険度を判定するシステムに変更。結果として、避難情報を出す回数が増えたといいます。

人命を守るために行ったシステムの変更。しかし、情報の受け手である住民の避難に、必ずしも結び付かない現実が浮かび上がりました。

広島市災害対策課 貞森英樹課長
「危険の捕捉率といいますか、捕捉率を高めれば高めるほど、早い段階で情報を出すことになります。ただ、捕捉率を高めれば高めるほど外れる確率も高くなって、その情報そのものの信頼度は低くなるというジレンマがあると思います。」

4年前の教訓をもとに進めたインフラ対策が、結果的に住民の危機感を鈍らせたという声もあります。この地区では今年(2018年)2月、土砂をせき止めるためのダムが完成しました。
近くに住む丸岡武さんです。地区の人たちは、ダムの効果に期待を寄せていたといいます。

丸岡武さん
「ダムができて地域の人も少しは安心だねという話はあったので、僕も見て大きいのができていたので、少しは安心かなと。」

しかし、土砂はダムを乗り越え、丸岡さんは避難中に車ごと流されました。

丸岡武さん
「ひっくり返った状態で流されて、ここをすべり落ちました。運がよかった。」

現地を調査した専門家は、インフラへの過度な期待に警鐘を鳴らします。専門家の解析では、3か所の斜面が崩れ、想定を超えた量の土砂が流入。ダムを乗り越え、斜面の崩壊から60秒後には地区を襲っていたのです。

京都大学防災研究所 竹林洋史准教授
「目に見えるところに治山ダムができていると、どうしても安心されることはあるかと思います。逆に治山ダムがあるということは、そこは土砂が比較的出やすい渓流だということを示していますので、土石流が流れてくるということは十分あり得ると考えておくほうがいい。」

検証 西日本豪雨 何が生死を分けたのか

ゲスト松尾一郎さん (東京大学大学院 客員教授)

武田:警戒が必要な地域には指定されていた。そして避難の情報も出ていた。それなのに、いち早い避難につながらなかった。これはなぜでしょうか?

森野周記者(社会部 災害担当):取材で浮かび上がったのは、避難の情報が住民の危機感に結び付かなかったということです。広島県では今回、避難勧告や指示が最大で217万人に出されたのですが、このうち避難所への避難が確認されたのは1万7,000人余り、0.8%にとどまったんです。広島県は4年前の土砂災害を教訓に対策を進めてきました。今回、私たちは広島県内の市町村の避難勧告がどのように出されたか検証したのですが、いずれも早い段階で出されていたんです。その広島県でこれだけの犠牲者が出てしまった。いずれも、情報を早く出すだけでは命を守れないという重い課題を突きつけられた形になります。

武田:長年、災害現場を研究し、今回も広島市などで調査をされた松尾さん。今回、亡くなった方々がどこにいたのかという調査をされたそうですが、何が見えてきたのでしょうか?

松尾さん:見えたことは、ご自宅で被災された方というのが7割強なんです。110名強いらっしゃるんですよね。やはり命を守るためには、より遠い所に、より安全な所に水平避難する、これしかないんです。

武田:2階などではなく、ということですね。

松尾さん:そのためには、「あなたの地域・自宅は被災するかもしれない」という、こういう受け手にとってリアリティーのあるリスク情報を、行政がもっと住民に知らせる、共有していくということが重要ですし、行政のそういう危機感と、住民の意識のずれということを考えたときに、もしかしたら、もうちょっと住民サイドにみずから判断できる情報を、より精緻な情報を出していくということが必要かもしれません。
例えば、身近なところで雨量がどれぐらい降っているかとか、あるいは土砂災害に関しては、あと何ミリぐらい降ったら発生するかもしれない。その「何ミリ」というところがとても重要だと思うんですね。

武田:そうした情報を、きめ細かく提供していく努力も必要だということですね。

田中:ここで、改めて行政が出す避難情報を確認しましょう。まず「避難準備・高齢者等避難開始」。これが出たら、高齢者や障害者など、支援が必要な人は避難を始めてください。そのほかの人も、少なくとも避難の準備を始めなければなりません。
そして「避難勧告」、対象地域の人はすべて速やかに避難しなければなりません。これが出たら皆さん、逃げてください。
そして「避難指示(緊急)」。この時点になっても避難していない人に対して、緊急に避難を呼びかける情報です。本来は、これが出るまでに避難を完了していなければなりません。決してこの情報を待ってはいけないんです。また、これらの情報は必ずしも順番に出されるわけではありません。

武田:ただ、こうした情報が頻発すると受け手に危機感が薄れて、いわゆる「オオカミ少年」になるおそれもあると思うのですが、どうすればいいのでしょうか?

松尾さん:自然というのは極端化している、私たちに牙を剥いてきていると思うんですね。そういう意味では、やはり私たちは行政、あるいは住民を含めて、連携して命を守る行動をしていく。そのためには空振りを許容する、99回逃げても1回はなんとか命を守る。これでもいいかもしれない。空振りを許容する社会、そういう意識に変える。これがとても重要かなと思っています。

武田:それからもう1つ、「特別警報」というような情報もありますね。情報が氾濫する中で、どうそれを取捨選択して読み解けばいいのでしょうか?

松尾さん:住民にとって重要な情報というのは、河川の氾濫域に住んでらっしゃる方は、極論をいえば、川の水位を見ていればいい。土砂災害の被災リスクのある地域に住んでらっしゃる方々だと、雨の量であったりとか、あるいは土砂災害の基準になっている情報というのを(見る)。ある程度、必要な情報というのは限られると思うんですね。それを行政側がちゃんと示していくことが必要だと思います。

武田:そして、私が訪れた岡山県倉敷市の真備町でも、リスクは想定されていました。

田中:こちらは倉敷市真備町の浸水想定図、ハザードマップです。ここに実際に浸水したエリアを重ねますと、ほぼ一致するんです。

最新の調査結果では、真備町の浸水は深い所で5メートル30センチ余りまで達していたことが分かりました。家の2階に達する高さです。こうした浸水が想定されていたにもかかわらず、51人が亡くなりました。実は亡くなった人のおよそ9割、45人は65歳以上の高齢者です。高齢者の避難にはどんな課題があったのでしょうか。

“自力で逃げられない” 西日本豪雨 高齢者の現実

“西原明子ですが、水がいっぱい上がってきてね、役場へすみませんけど救助に来ていただくようにお電話していただけませんか。”

このメッセージを残した、西原明子さん。夫の俊信さんとともに自宅で亡くなりました。

次男 西原幹夫さん
「家の片付けに来て、見つかりました。」

知り合いなどに救助を求め続けた明子さん。亡くなる直前の発信履歴は、23件にも上っていました。その日、市の消防には2,400件もの通報が殺到。救助は間に合いませんでした。

次男 西原幹夫さん
「亡くなる昼過ぎに電話があったんですけど、もう胸に水が来ていると言われて、どうしようもなかったので。」



リポート:磯野真之介(NHK岡山)

高齢者45人が犠牲になった真備町。倉敷市は、早い段階から雨への警戒を始めていました。市が災害対策本部を設置したのは、2日前の5日夜11時。川の水位が上がれば、早めに避難準備の情報を出そうと構えていました。水位が急激に上昇したのは、翌6日の夜。市は避難準備の情報を出せないまま、避難勧告を発表。夜10時になっていました。

小田川の北側、有井地区に住む86歳の片山穣さんです。避難勧告が出る1時間前の午後9時には、床に就いていました。妻・千代子さんと2人で1階で寝ていた片山さん。避難勧告を知らせる市の防災行政無線には気付きませんでした。

片山穣さん
「みんな家におって、こういうことにまさかなろうとは思わん。」

一方そのころ、同じ地区に住む山田明美さんは、89歳の母と一緒に遅い夕食をとっていました。

山田明美さん
「夕食は必ず一緒にして、『明日はデイサービスだからね、楽しいね』って言ったら『うん、楽しいわ』って。」

避難勧告が出されたときには起きていたものの、防災無線は雨音にかき消され、聞こえませんでした。危険が迫っていることに気付かないまま、隣の棟に住む母を送り届けました。
夜11時45分、市は小田川の南側に、翌日の1時半には北側に、相次いで避難指示を発表します。このころすでに、真備町では浸水が始まっていました。

母を送り届けたあと、自宅で寝ていた山田さん。午前3時、気付いたときには水は腰の高さまで来ていました。母を助けようと隣の棟まで泳いでいきましたが、水圧でドアが開かず、どうすることもできませんでした。

山田明美さん
「申し訳ない、母さん。助けてあげられなくてごめんなさいという気持ちがいっぱい。」

避難勧告が出たときには、寝ていて気付かなかった片山さん。近所の人の呼びかけで目が覚めたのは、午前4時ごろ。すでに一面水浸しでした。足の悪い妻の千代子さんを連れて2階へ避難しようとしましたが、階段の上に助け上げることはできませんでした。

片山穣さん
「手を引っ張ろうと思っても、水もあるので(妻は)もう来られなかった。もう、どうにもならなかった。」

大雨への警戒を続けていた倉敷市。これまでの避難の呼びかけでは、高齢者の命を救えない現実を突きつけられています。

倉敷市 防災危機管理室 河野裕室長
「避難しなければいけないと受け取っていただけるように、避難を進めるような仕組みを考えていければいいと。今後進めていきたいと思います。」

命を守るヒント

真備町の中には、ふだんから住民どうしで備えを進め、全員が助かった集落もあります。世話役を務める中尾研一さん。住民が連携して、川の水位を警戒していました。

中尾研一さん
「『逃げよう』って連絡とりあって。」

「間一髪だった。」

6日の夜9時。水位の上昇が異常だという報告がもたらされました。すぐに集落を一軒一軒まわり、避難の準備をするよう声をかけました。そして夜10時。避難勧告が出ると、再び集落をまわり、すぐに避難所へ向かうよう呼びかけました。

中尾研一さん
「(住民は)『逃げなきゃならないんですか?』という感じですよね、最初は。それで(夜10時に)『勧告でたよ』と言ったら、逃げていただいた。」

中尾さんが心配していたのは、自力で避難できない高齢者でした。事前に調べていた緊急連絡先の親族に電話をかけ、助けに来るよう伝えました。1人暮らしの91歳の女性。中尾さんから連絡を受けて、駆けつけた親戚と避難しました。

大島千登世さん
「(親戚が)戸を開けて入ってきて、起こして、びっくりして飛び起きて。それで連れて帰ってもらって、命拾いしました。」

周辺では多くの人が亡くなった今回の豪雨。取り組みをさらに広げていく必要性を痛感しています。

中尾研一さん
「連絡をお互いがもっとし合ってというような活動が、もっとスムーズにできていれば、もっと(被害を)防げたのかなと。」

何が生死を分けたのか

武田:今回見えてきた、命を守る鍵はなんだったのでしょうか?

森野記者:危険に気付いて、周りに声をかけて、避難行動につなげられる人がいるかどうかということが非常に重要だと思います。夜間の避難は、特に高齢者の方にとってはとても難しいという状況があるのですが、ただ、今回の豪雨で広島県と岡山県では、8割の市町村で、夜7時以降に避難勧告、避難指示が出されました。今後もそういう状況というのは予想されます。
一方で今回、気象庁が前日に記者会見で危機感を伝えたように、大雨は事前に予測できることもあります。夜間に災害が予測される場合に、行政などがいかに早めに動き始めて、支援が必要な方に手を届けられるかどうか、それも今後の鍵になると思います。
倉敷市は、先日の台風12号の接近の前に、真備町内にバスを巡回させて、希望者を避難所に送り届ける初めての取り組みを行いました。こうした、これまでにないような取り組みを今後、検討していく必要があると思います。

武田:これまでにない災害が頻発する中で、行政ももちろんですけれども、やはり私たち一人一人が意識を変えていくことが、待ったなしですね。

松尾さん:気象現象も極端化して、自然も変わっているんです。私たちもやはり変わらなければいけない。私たちが変わる、意識も変える、仕組みも変えていく。変える1つとして、今回の災害というのを国も自治体も住民も含め、一緒になって、何が起こって、どういう改善をすべきなのか、振り返りをちゃんとすべきだと思っています。
加えて、やはりコミュニティー、地域も命を守る。私たちが逃げないと命を守れないんですよ。行政がどんなに頑張ったって、住民が逃げないと、命は救えないと思っています。そういう意味では、コミュニティーも変わっていく、「コミュニティー防災」を再構築する、それぐらいの気構えと心も含めて取り組みをしていくべきかなと私は思っています。
それと、今まで日本の防災は「現象後追い型」。それを「事前対応型」にしていくというのが必要だと思います。後手防災ですから、それを先手先手で打っていくという取り組みが必要だと思っています。

武田:台風や大雨の季節は、まだ続きます。これまでの経験を超えた災害が、あなたの地域で起きるかもしれません。私たちも、情報をより分かりやすく届ける努力を続けます。皆さんも、これまでの常識にとらわれずに行動してください。