クローズアップ現代

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2017年12月7日(木)
GIVE PEACE A CHANCE ~ジョン・レノン 名曲はこうして誕生した~

GIVE PEACE A CHANCE ~ジョン・レノン 名曲はこうして誕生した~

12月8日に命日を迎えるジョン・レノン。いまも世界中の人々の胸を打つ、名曲はどうやって生まれたのか。初公開の写真や証言をもとに、知られざる物語に迫る。

出演者

  • 宮本亜門さん (演出家)
  • 湯川れい子さん (音楽評論家)
  • miwaさん (シンガーソングライター)
  • 武田真一・田中泉 (キャスター)

ジョン・レノン あす命日 よみがえる“魂”

♪:Imagine
“imagine all the people living life in peace…(想像してごらん すべての人々が平和な暮らしを送っていると)”

37年前の12月8日、凶弾に倒れたジョン・レノン。今、新たな発見が相次いでいます。盗難され、行方が分からなくなっていた日記や楽譜など100点余りの遺品が、先月(11月)末、ドイツで見つかりました。

ドイツの検察担当
「ニューヨークに行って、オノ・ヨーコに見せた。彼女はとても感動していた。」

日本では、最新の技術によってよみがえった貴重な写真などが、明日(8日)から公開されます。そこに写されていたのは、ジョン・レノンの転機となった、あの曲が生まれる瞬間。

♪:Give Peace A Chance
“All we are saying is give peace a chance(僕らが言ってるのは “平和を我等に” ただこれだけさ)”

収録の参加者
「感動的でした。(ジョンの)頭の中から曲が沸き出すようだった。」

世界が不安に包まれる時代時代に歌われ続けてきた、ジョン・レノンの歌。そこに込められたメッセージの原点をひもときます。

ジョン・レノン 歴史的写真 初公開へ

ゲスト 宮本亜門さん(演出家)
ゲスト 湯川れい子さん(音楽評論家)
ゲスト miwaさん(シンガーソングライター)

今夜は、ジョン・レノンに深い思い入れがある3人のゲストとお伝えします。

明日12月8日は、ジョン・レノンの命日。それにちなんだ、あるイベントが都内で開かれます。

田中:ベッドの上で寄り添うジョン・レノンとオノ・ヨーコ。これは、1969年に撮影されたものです。

東京・渋谷区にあるレコード店です。今日(7日)は、明日の命日に合わせて開かれる写真展の会場に、特別にお邪魔しています。こちらには今、39枚の写真が展示されているんですが、これら全て日本の展覧会では初めて公開されるものなんです。実はこれ、「ベッドイン」と呼ばれる、2人の戦争に反対するパフォーマンスを写したもの。このパフォーマンスのさなか、即興で作られた、ある曲が歴史に刻まれることとなりました。

ジョン・レノン “反戦の歌”誕生秘話

写真が撮影されたホテルの一室で誕生したのが、「Give Peace A Chance」。ビートルズのメンバーだったジョン・レノンが、いちアーティストとして、社会的なメッセージを届け始めた曲です。

♪:Give Peace A Chance
“平和を我等に ただそれだけさ”

当時、アメリカは、ベトナム戦争が泥沼化。多くの若者たちが次々と戦場で命を落とし、政府は批判の声に神経をとがらせていました。
そうしたさなか、新婚旅行でヨーロッパを訪れていたジョンとヨーコは、反戦のためのある奇抜なイベントに打って出ました。「ベッドイン」というセンセーショナルなタイトルでホテルの一室にマスコミを集め、平和をアピールしようとしたのです。

オノ・ヨーコ
「戦争の暴力に反対するためよ。戦争をするのではなく、ベッドの中にいたほうがいいと。」

ジョン・レノン
「それと髪の毛を伸ばすんだ。平和が来る日まで髪を伸ばし続けよう。」

しかし、この「ベッドイン」は、売名行為ではないかと批判を浴びることになります。

「『ベッドイン』は、金のためにやっているのだろう?」

ジョン・レノン
「金のために7日間もベッドで、あんたみたいな人の言うことを聞いているとでも?1時間もあれば曲が書けるんだぞ。」

「オレみたいな人が会いに来るから、ベッドにいるのだろう?」

ジョン・レノン
「金のためじゃない。」

2人に依頼され、「ベッドイン」を同行撮影した監督が、当時を証言しました。2人は、批判を意に介することなく、政治家やマスコミを相手にメッセージを伝え続けたといいます。

撮影監督 ニック・ノーランドさん
「人々がふたりのことを批判するのは、よく理解できる。理想ばかり掲げていて、ナンセンスだと批判されていた。しかし、ふたりはいつも自然体で、気にとめる様子はなかった。」

「あのころの新聞に毎日載っているのは、ばらばらになった死体とかナパームとか、みんな戦争のコマーシャルなんだよ。一室で“ベッドイン”するってことの目的は、平和のためのコマーシャルということだったんだ。」(「ジョン・レノン・ラスト・インタビュー」より)

しかし、2人は大きな壁にぶつかります。ベトナム戦争の当事国アメリカに乗り込み、「ベッドイン」をやろうとしたところ、入国を拒まれたのです。2人は、アメリカに近いカナダのモントリオールで「ベッドイン」を行うことにしました。
当時の2人の様子をそばで見ていた音楽プロデューサー。このとき、ジョンに新たな曲のアイデアが生まれたといいます。

音楽プロデューサー アンドレ・ペリーさん
「『ベッドイン』を通してメッセージを発するだけでは伝わらないと、ジョンは悩んでいた。彼はもっとインパクトを求めていて、歌を作ることにした。すべてを即興で、すごいことだ。」

撮影監督 ニック・ノーランドさん
「(ジョンが)たしか作詞を始めたのは、収録した日の1〜2日前だったと思う。ジョンはかねてから頭の中で描いていたイメージを一気に形にしたみたいだった。」

そして生まれたのが、ジョン・レノンの事実上、ソロとしての最初の曲。

♪:Give Peace A Chance
“何とかイズム(主義) かんとかイズム イズム イズム イズムばっかしさ
だけど 僕らが言っているのは “平和を我等に” ただこれだけさ
だけど 僕らが言っているのは “平和を我等に” ただこれだけさ”

「Give Peace A Chance」は、世界で大ヒット。ベトナム戦争で揺れるアメリカを突き動かしていきました。ワシントンD.Cで行われた反戦集会。50万もの人々が口ずさんだのが、この曲でした。

撮影監督 ニック・ノーランドさん
「『Give Peace A Chance』は、平和についてひとりひとりが何かできるかを考えさせてくれた。今でも思い出すだけで、心が揺さぶられる。」

ジョン・レノン 歴史的写真 初公開へ

田中:時代のうねりの中から生まれた「Give Peace A Chance」。日本で初めて公開されるこれらの写真、もともとは「ライフ」という雑誌の中で公開される予定だったんですが、アメリカでは、政府やそしてスポンサーからの圧力を感じた出版社が掲載を中止。長年、日の目を見ることはありませんでした。中には、日本の最新技術で色味を補正して、世界で初めて公開される写真もあるんです。それがこちら、2人とも自然な表情ですよね。
こちらには、今回、写真展を企画された、ジョーン・エイシーさんがいらっしゃいます。この写真を撮影した写真家の親友でいらっしゃるそうなんですね。
ジョーンさん、こちらの2枚の写真が特にお気に入りだということなんですが、どうしてなんでしょうか?

エイシーさん:オノ・ヨーコさんの瞳に愛があふれているのが、見て分かると思うんですけれども、今、ジョンがいなくなってしまいましたが、ヨーコさんのこの愛というのは、人類愛というふうに変わっていると思うんですね。

田中:じっと見つめていますね。
もう1枚の写真は?

エイシーさん:ディテール、分かります?ギターだこが写っているのが分かると思うんですけども、その瞬間に集中するジョンの表情というのが、とてもうまく捉えられていると思います。

田中:このように、一見幸せそうな2人の写真ですが、ここで生まれた「Give Peace A Chance」、反戦への強い意志を改めて感じさせられます。

ジョン・レノンの歌もカバーしているmiwaさん。
「Give Peace A Chance」が生まれた瞬間、同じアーティストとして、どう感じた?

miwaさん:曲は知っているんですけれども、曲が生まれた背景をこうやって改めて知るとですね、みんなが口ずさんでいる歌なんですけど、そこの出発点というのは、ジョン・レノンとオノ・ヨーコさんの強い思いだったんだなっていうのを知ることができましたね。その強い思いが、世界中に広まっていったんだなっていう。本当に出発点は、すごくコアな部分なんだなということが分かりました。

生前のジョン・レノンやオノ・ヨーコさんとも親交があった湯川れい子さん。
やはり2人にとって、この「Give Peace A Chance」という曲は、特別な意味があった?

湯川さん:2人にとって、この時代にとって、ものすごい特別な意味があったからこそ、このメッセージをお出しになったんだけど、2人が新婚で、そのころはベッドの中で、そういうセックスシーンを見せるんじゃないかというときに、残念ながら、ここには日本人のジャーナリストは1人もいないんですけど、そんなときにこの歌「Give Peace A Chance」、つまり平和にチャンスを与えてあげようと、われわれが平和をそこに引っ張り出してこないかぎり、平和は来ないんだっていうメッセージ、ヨーコさんのものすごいインフルエンスっていうのかしら、ジョンは「ヨーコが言い出した言葉だったんじゃないか」って言っていますけども、歌にしたんですね。

ジョン・レノンは、ご自身の演出家としての原点でもあるとおっしゃる宮本亜門さん。
歌手としての存在を超えたジョンの姿をどう見る?

宮本さん:演出家から見ても、これはすごい企画ですよね。昔、この当時は僕、全然分からなくて、新婚さんたちがちょっとだらしなくて、なんかでも何をもめてるんだろうと。でも、それが知れば知るほど、本気で、だけど全く今と違うプロパガンダ的なやり方ではなく、あえて意味が、あそこのベッドにあること、人が生まれて、そして死んで、そして愛を育む場所。それを真剣に、本気で彼らがやってるということが、やはり演出家としてはすばらしいと思うし、やっぱりそうやってアートとか、音楽とか、それで、えっ、何?っていうところから、もっと興味がある人が、それを探っていけるんだっていう意味では、すばらしいですよね。

アーティストとして、影響受ける?

宮本さん:全面的に受けますよ。だって、やっぱり注目してほしいし、反対では、ベトナム戦争っていう究極の状況になってるときに、全く違う方向でのアピールのしかたっていうのは、いろいろ考えた結果なんでしょうね。

直接的に平和ということを訴えるのではなく、自分たちは戦う代わりに、ベッドに寝ると。

湯川さん:だから、人を殺すよりも愛し合おうって言ってる。

この「Give Peace A Chance」を出発点として、世界に強いメッセージを発信していった、ジョン・レノン。その集大成とも言える曲があります。皆さんご存じですよね、「イマジン」です。歌詞をこんなふうに書いてます。

“想像してごらん すべての人々が平和な暮らしを送っていると”

時代を超えて歌い継がれ、今も色あせることがありません。なぜ、ジョンの歌は、多くの人の心を捉え続けるんでしょうか。

ジョン・レノン 歌い継がれる「イマジン」

♪:イマジン/RCサクセション
“天国はない ただ空があるだけ”

日本でも、数々のアーティストが歌い継いできた「Imagine」。世界各地で紛争やテロが起きるたび、この歌に多くの人たちが思いを託してきました。パリ同時多発テロであのマドンナも。トランプ大統領の登場で、人種や社会の分断が進むアメリカ。「Imagine」のメッセージが、今こそ重要だと考えるアーティストがいます。ニューヨークを拠点に活動する音楽家、ジョーダン・セイックさんです。

音楽家 ジョーダン・セイックさん
「世界もアメリカも分断している今、人々の心を結びつけることができる。イマジンの役割を果たすような歌を、僕も作りたいと思っている。」

ニューヨークでは「Imagine」の歌詞をもとにした絵本も話題に。一羽の鳩が世界を旅しながら、平和の尊さを訴える。

書店員
「イマジンを聴いて育った親たちが、子どもたちに伝えたいと思って買うケースが多いです。」

そして、日本でも…。昼間は会社員として働きながら、ビートルズやジョン・レノンの歌をライブで披露している、関口与哉さんです。

♪:Imagine
“僕を夢想家と思うかもしれないけど 僕はひとりじゃないさ”

時代の先行きが見えない中、「Imagine」の歌詞に込められた理想を改めて、かみしめています。

関口与哉さん
「イマジンの歌詞というのは、すごい理想郷。時代が緊張感を持ったときには、本能的にああいう世界の存在というのを求める部分がある。」

ジョン・レノンが凶弾に倒れて37年。命日が近づく中、ニューヨークのジョンゆかりの場所では、今日もこの歌が流れています。

ジョン・レノン 時代を越えるメッセージ

宮本さんは、この「Imagine」という曲が大好きだいうことだが?

宮本さん:もう大好きです。ちょうど2001年のあの同時多発テロ、9・11のとき、僕、ニューヨークにいて、それでなんとか舞台は開けたものの、もう疲労困ぱいして、精神的に。もうこのあと、どうしたらいいんだろう?と思ってたときに、セントラルパークのストロベリー・フィールドに行ったんですよね。そのときに人が集まっていて、祈るような感じでいたときに、ああ、そうか「Imagine」なんだ。ここにも書いてあるんですけど、想像しなさい。人間が唯一できることは想像していいんだよ、今の現実だけでどう自分を苦しめるとか、希望をなくすんではなくて、想像して、みんなが集まって、語り合っていったら、何か可能性はあるんだよっていうふうに感じれたっていうのが、すごい感動して。ただ、見えないものだからっていうんではなくて、気持ちなんだっていうのを教えてもらったんで、やっぱりすごいなこの人たちはって思って、夢であるとか、イマジン、想像することっていうのは、すばらしいんですね。

そこにあるものではなくて、心の中にあるものから。

宮本さん:それが自分たちの目標になるし、今の現実ばっかりを見てると、なんにも希望が、誰だって浮かばなくなるじゃないですか、そうじゃないよって。可能性はあるんだよっていうことを教えていただいたような気がします。

湯川さん、このジョンとヨーコの2人で作った、このメッセージの世界ですね。

湯川さん:それは私はね、この歌のものすごい大事なところだと思いますし、もう本当に亡くなる直前まで、ジョンはこの楽曲の作者に、ヨーコの名前を入れるべきだって、やっとことし、それがアメリカで認められて、そういうふうになったんですが、実は「Give Peace A Chance」も、ジョンは、あれもヨーコと一緒に作った歌だった。でも、そのころはまだビートルズのメンバーだったから、ヨーコの名前なんか入れられなかったんですけれども、これは、ジョンもヨーコさんも言っているんですが、西洋と東洋という2人が出会い、そして男と女が出会い、その宗教観、つまり神様に似せて、人間を作ったんじゃないっていうことがすべてが等しい、しかも「Imagine」というのは、ヨーコさんのグレープフルーツという本から、ジョンがものすごく、想像してごらんということの大切さ、それを教えてもらって作り上げた。

ヨーコさんの本からの言葉?

湯川さん「Imagine」は、グレープフルーツから、ジョンがものすごく影響を受けて、想像してごらん、しかも、この1行目の歌詞ですね。「imagine there’s no heaven」って言われてしまったら、キリスト教社会の中で育った人、天国はないと思ってごらん、あれがもし「imagine there’s no hell」だったら、それは地獄なんかないさって思うと思う。でも、その大きなショックを与えたのは、やっぱり私はヨーコさんっていう、とてつもないアーティストがいて、しかもその人が日本人だったっていう、自然観を持ってたっていうことはすごいことだったと思いますね。

miwaさんは、同じミュージシャンとして、歌で世界を変えることをどう思う?

miwaさん:私自身は、東日本大震災があったときに、私、そのときまだデビューして1年だったので、私にできることって本当に少なすぎるって、ふがいない気持ちになったんですけど、そこからどうにか音楽で心を照らせされる存在になりたい、そういうアーティストになりたいというふうに思って、2014年に、東北の子どもたち100人とパリで復興祭というのを、一緒に曲を作って歌ったんですけど、そして去年(2016年)は、紅白で熊本の中学生と一緒に歌って、それを見た熊本の人たちが、横断幕を持って、その中学生たちを出迎えてくれたみたいで、地元に勇気をありがとう!っていうふうに言ってくれたっていうのを聞いて、少しずつだけど、音楽で力を与えられてるのかなっていうふうに感じる機会があって、これからも音楽で人の心に、本当に光を照らされるアーティストになりたいなっていうふうに思ってますね。

湯川さん:やっぱり音楽があるところっていうのは、平和ですものね。戦場では歌えないですもんね。

湯川さんは、今、改めて、ジョン・レノンがこの時代に残してくれているものは、何だと思う?

湯川さん:やっぱり私は、「War is over if you want it」って、「Happy Xmas(War Is Over)」。君が想像しなかったら、君がそれを作らなかったら、絶対に戦争なんか終わらないっていう、ものすごいメッセージを残してくれてると思うんですよね。
(望むということですね。望まなきゃいけない。)
そこに積極的に参加する、平和に参加するってことだと思います。

miwaさんは?

miwaさん:私は、ジョン・レノンの曲を、デビュー前に公園で弾き語りしてたんですけど、そのときに知らないおじさんに話しかけられて、もう全然、世代も違うんですけど、知らない人だし、でも、そこで打ち解けて、あ、音楽って共通言語なんだなっていうふうに、音楽の力を感じることができたので、やっぱり理想の自分を描いたり、夢を見ることって、すばらしいんだよって、教えてもらった人だと思います。

宮本さんは?

宮本さん:この曲はね、正直言うと、色あせてほしいです。それがきっと夢だと思うけど、でもやっぱり今、色あせるどころか、もっと、この曲が来たってことは、将来、本当このままでいいのか、いろんな不安が渦巻いてるわけですよ。やっぱり、これは本当に残念ながら、悲しいことなんだけど、でもここで、湾岸戦争だったり、9・11で、これが自主規制されていたこともあるので、日本では自主規制してほしくないです。こういう歌こそ、みんなで歌いながら、自分たちを確認して、次に向かってほしいというふうに、僕はますます思いますよね。

想像することが、今の時代、ちょっと失われているような気もしますよね。

宮本さん:みんなができること、想像すること。

理想を掲げて、それに向かって、ちょっとずつ世界を変えていくことの大切さを、ジョンが教えてくれるような気がします。