クローズアップ現代

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2017年5月30日(火)
情熱の炎は消えず 村田諒太・激闘の果てに

情熱の炎は消えず 村田諒太・激闘の果てに

激闘から10日。WBAボクシングミドル級の世界王座決定戦を闘った村田諒太選手が緊急出演する。自身のボクシングスタイルを貫き相手を追い詰めた12ラウンド。しかし、つかめなかった世界チャンピオンの座。村田選手が、自らの言葉で振り返る。さらに、プロとして戦うことの“恐怖”を乗り越えるために、哲学書や心理学書を読みあさってきたという村田選手が、“戦う哲学”を語る。村田選手は、試合をどのように戦い、今後のボクシング人生に何を得たのか。ロングインタビューで迫る。

出演者

  • 村田諒太さん (プロボクサー)
  • 武田真一 (キャスター)

プロボクサー 村田諒太 情熱の炎は消えず

ゲスト 村田諒太さん(プロボクサー)

世界王座決定戦を戦い抜いた村田諒太選手が、あの激闘を初めて自ら振り返ります。

国内外で注目を集めた世界王座決定戦から10日。ジムに姿を現した村田選手です。

村田さん、ヒゲそられたんですか?

村田選手:試合のときはプロテクトしたいから、ちょっとでも守ってくれるかなと。

日本人のオリンピック金メダリストとして、初めての世界王者を目指した村田選手。世界ランキング1位の強豪を追い詰めながらも、衝撃の判定負け。この戦いを認定したボクシング団体は異例の再戦を命じ、ジャッジが処分されるなど、世界に波紋が広がっています。
渦中の村田選手は今、何を思い、何を語るのか。そして、その先に見据えているものは。
試合後初めて映像を見返した村田選手に、ロングインタビューで迫ります。

プロボクサー 村田諒太 “衝撃の判定”を語る

判定については今、世の中で大きな議論になっている。そういう声はこの1週間入ってきた?

村田選手:すごい入ってきました。ただ、これを言うとあれなんですけど、みんな、じゃあ村田ちょっとかわいそうだなみたいな雰囲気を持たれると、それもそうではないんです。というのは、僕にとって試合前に予想された最悪の結果って、変な判定で勝つ事なんですよ。例えばジャブでさばかれ続けて、パンチ当てていない、ダメージも与えていないのに前に出たから勝ってました。えっ、あれで勝ちなの?みたいな。だから、何かそんなに最悪の結果を招いたかどうかっていうと、そうは全く考えていないってとこが正直あって。

いろんなことを考えさせられた試合だったと思うが、村田さんご自身は、この1週間をどんな思いで過ごした?

村田選手:率直に、やっぱり試合の結果に関しては多くのサポート頂いていますので、そこに対して恩返しできなかったということに対しては、非常に残念だなというふうには思っています。悔しさもありますし。ただ、それはチーム全体としてみたいなことであって、個人的なものに関しては、そんなに残念だとかどうとかっていう気持ちは、もちろん勝ちたかったっていう気持ちはありますけど、あまりないのが正直なところで。むしろ、自分に対する可能性をもっと信じさせてもらえる試合だったと思っています。

村田諒太が挑む “黄金のミドル”

村田選手の戦いの舞台、中量級は「黄金のミドル」と呼ばれ、絶大な人気を誇ってきました。軽量級に勝るパワー。重量級にはないスピード。体格の小さな日本人が、世界のトップに立つのは難しいと言われてきました。
今回、村田選手が戦った、アッサン・エンダム選手は世界ランキング1位。

直近の試合では、1ラウンド22秒でKO勝ち。強烈なパンチで、相手をマットに沈めました。

村田諒太 自ら語る激闘12R

かつてない強敵との一戦。試合をまだ見返していない村田選手が初めて振り返りました。

村田選手:何気に、1回も見返してないですからね。

まず、第1ラウンド。いきなり驚かされたのが、村田選手はほとんど手を出さなかったが?

村田選手:作戦です。エンダム選手の去年(2016年)12月の試合かな?その試合で、1ラウンド22秒で相手をノックアウトしているんですね。それが、非常にパンチの角度が分かりにくい角度で打って倒していたので、その角度をまず、しっかり見ることが最重要課題だったので。

残り10秒で右ストレートを放っていたが?

村田選手:ただ、1ラウンド相手のパンチの角度見るだけじゃなくて、こっちのパンチもらったら、お前危ないんだよってことを思わせようと思って詰まったので、よし、とりあえず一発脅してやろうと思って打った感じです。

第3ラウンドで、マウスピースを見せて笑っているように見える場面があったが、あれは笑っていた?

村田選手:笑ってますね。このパンチだったら、ブロックで防いじゃうよっていう。防げるって思ったんでしょうね。多分それで、プレッシャーかけるために笑った。
(一流の選手に向かって、あの笑顔というのは、かなり大胆不敵な。)
一流の選手だからこそ出るんじゃないですか。一流の選手のパンチをブロックして、プレッシャーかけて、それが通用してるからこそ楽しいというか、笑顔になるんじゃないですか?

そして、試合が動いた第4ラウンド。残り34秒、右ストレートでダウンを奪った。この時は、どんな思いだった?

村田選手:ワンツーのタイミング、ワンツーのタイミングで打っていたところを、ワンを省いて右を打ったところで相手よりテンポ速く入っていたとは思うんですけど。
(それは、やはり作戦だった?)
いや作戦というよりかは、そんなこと考えられないですよ。閃きって言った方がいいかな。

相手の左のガードが下がった瞬間にパンチが入っているが?

村田選手:ガードが下がった瞬間を狙ったわけじゃないですよ。たまたまですよ。僕、今までカウンターって読み切って打つものだと思っていたんですけど、そうでもないですね、あのボクシングやっていて思うのは。結果として、カウンターになるってぐらいのがカウンターですね。

そして試合は11ラウンド、12ラウンド。この辺りの心境はどうだった?

村田選手:試合中に思ったのは、僕自身、12ラウンドの試合ってしたことがなくて。11ラウンド、12ラウンドって、ボクシングではチャンピオンズラウンドって言われるんですね。世界タイトルのみやるラウンドと言われていて、あっ、今このラウンドを僕は戦っているんだっていう。12ラウンド、僕がスタミナを続けて、殴り合い続けるっていうことを。そんなことができると思っていなかったし、だから、そこまで自分が来ていて、今こうやってやっているということが楽しかったですね。

まさかの判定負け。どんな心境だった?

村田選手:まあ、どうでしょう、自分としてはポイントは、ダメージも与えましたし、持っていったのかなあっていうのは正直なところでした。ただ、自分は当事者として戦っていて、第三者として見ているので、いや、俺が勝っていただろうとか、そういう感情というのは、リング上でも、そして今現在に至っても一切湧いてきてはいなくて。変な判定で、判定を盗まれて憔悴しきっているという感じを想像されるかと思うんですけど、全くそんな感じはないですね。

やりきった気持ちが大きい?

村田選手:やりきったという感じよりは、むしろ、やはり僕自身の中で自分自身に対する評価というのが半信半疑だったんですね。世界の一流どころと自分がボクシングをした際に、プロの世界の一流どころとやった時に、どこまで通用するんだろうという気持ちが僕の中であって、やってみたら、結構通用するところが多かったと。かつ、ああ、こういうところをもっと改善していけば、自分自身もっとよくなるんだろうなっていう気持ちがあるので、そっちの気持ちの方が強くて。もっと先を伸びしろのある自分という人間に対する可能性というのを発見できたという気持ちの方が強いから、多分そういう感情が湧いてこないんだと思います。

プロボクサー 村田諒太 “恐怖”を乗り越えて

今回の一戦で、自らに可能性を感じたと語った村田選手。プロになってからの4年は、内なる自分との闘いでした。

村田諒太選手(プロ転向 記者会見より:2013年4月)
「僕がプロに行くってことは、負けることは許されないと思います。」

プロデビュー後、村田選手を捉えたのは恐怖心でした。
2年前、村田選手はその胸の内を明かしていました。

村田諒太選手
「アマチュアの試合のときも、嫌だな、怖いなと思う瞬間は何回かありましたけど、だけど段違いですよね、そこは。ひとつの試合に向けての怖さというのは。」

1つは肉体的な恐怖。プロのパンチの破壊力です。
プロのグローブは格段に薄く、その衝撃はアマチュアとは比べ物になりません。

しかもヘッドギアがなくなり、ラウンド数は最長で12。アマチュアの4倍です。一撃でマットに沈められる恐怖と長時間闘わなくてはならないのです。
さらに村田選手にのしかかったのが、金メダリストとしての重圧でした。負ければ、これまで築き上げてきた名声や信頼を全て失うかもしれない。心理的な恐怖が、村田選手のボクシングを萎縮させていきました。相手をノックアウトできなくなったのです。

村田諒太選手(プロ第8戦:2015年11月)
「今日はボクシング人生で最悪の試合でした。」

ボクシングスタイルの変化にも、それは如実に表れていました。
アマチュア時代の村田選手の持ち味は、前に出る、攻めのボクシング。相手にプレッシャーをかけて繰り出す右ストレートが武器でした。
しかしプロになって多用するようになったのは、左ジャブ。相手と距離を取るためのパンチです。その割合は、アマチュア時代に比べ、格段に増えました。
村田選手が所属するジムの代表、浜田剛史さんは村田選手の心の迷いを感じていました。

帝拳ジム代表・元世界王者 浜田剛史さん
「いま行くべきか、行って(パンチを)くってしまって負けてしまったら、そういう邪念がある。そういう心配が先に立ったのではないか。」

そんな村田選手の救いとなったのが、父親・誠二さんの存在です。
きっかけは、デビュー戦の2日前。電話をかけてきた村田選手は、涙で声を詰まらせていたといいます。

父 誠二さん
「ちょっとナイーブになっているときがあったので、ちょっと動揺しましたね、僕が。『あっ』と思って、何か言ってあげたいけど、うまい言葉が見つからなかったですね。」

言葉をかける代わりに息子に送ったのが、心理学や哲学の本でした。その中にある言葉の数々が、村田選手の乾いた心にしみこんでいきました。気付かされたのは、過去にとらわれ、恐怖に支配されていた自らの姿でした。

アドラー(心理学者)の教え(「嫌われる勇気」より)
“これまでの人生に何があったとしても、今後の人生をどう生きるかについて、なんの影響もない。自分の人生を決めるのは、「いま、ここ」に生きるあなたなのだ。”

プロボクサー 村田諒太 “闘う哲学者”

一番驚いたのは、金メダルを取ったボクサーでありながら、プロデビュー戦の前の日には、お父さんとの電話で涙を流すようなシーンもあったという。

村田選手:考えるとやっぱり最近でいうアイデンティティーってやつですか。自分の存在意義というのが失われてしまうみたいな。本質的なパンチを打たれる、殴って、殴り倒されるっていう恐怖じゃないんですよ。むしろ、その幻想なんですよね。何に対する恐怖かっていうと、自分が世間でこういうふうに思われているであろう自分が、金メダリストであるから、こういうふうな偶像をそこに作って、それを失ってしまう恐怖との闘いだったと思うんですよね。

僕もこういう仕事をしていますから、本当によく分かるんですね。こういろんな立場があって、その立場に応じた自分の振る舞いだとか役割、それが崩れてしまう。人からどう見られるのか。そこがやっぱり一番怖い。

村田選手:これを言うのはあれなんですけど、結局じゃあ他人がどう思うかとかって全くコントロールできないことなんですよね。じゃあ何がコントロールできるのかというと、結局自分がどうするかっていうことだけがコントロールできて、そのことだけに焦点を合わす。
ボクシングにおいてコントロールできるもの、レフェリーの判断、これはコントロールできないですよね。ジャッジがどういうふうな判断をするか、これもコントロールできない。観客が自分のプレーに対して喜んでくれるかどうか、全くコントロールできないですよね。

何がコントロールできるかっていう唯一のものって、やっぱり自分のプレーなんですよ。
アドラーもそういうふうに言いますよね。“大切なのは、なにが与えられているかではなく、与えられたものをどう使うかである”。要するに自分に何ができるかですよ。ないものをねだってもしょうがない。こういう言葉は、本当に僕の助けになってくれていますね。

あの敗戦から1週間。この1週間にも何か、こういった言葉に支えられた?

村田選手:フランクル(精神科医)の“人生に意味を求めてはいけない。人生から問いかけに答えていくことが大切”。だから、不幸なことがあったりとか、納得のいかないことがあって、何でこうなるんだって人生に対して文句を言ってもしょうがない。じゃあ、僕が「判定おかしいだろう、俺勝ってたよ」って、思ってもないのに例えばそう言うとするじゃないですか。それが、人生からの問いかけに対しての最良の答えかというとそうではなくて、人生に対しての最良の答えは何なんだろうと、それを常に探していく。それって、すごくポジティブな考え方だと思いますし、ある意味では、無駄にポジティブになり過ぎない現実的な考え方でもありますよね。そういう考え方ができるから多分、今落ち着けているっていうところはあると思います。
本からもらったものだったり、父親からもらったものっていうのは、そういうふうなことを少しずつさせてくれているのかなと思いますし、だから改めて、父親が僕の父親でよかったなというふうには思うばかりですね。

試合が終わってから、お父さんからは何か連絡はあった?

村田選手:お父さん、珍しく「何で諒太の勝ちじゃないんだ」って言って。すごく温厚なお父さんが言っていて、逆に僕が初めてじゃないですか。「まあ、そんなこともあるだろう」って感じでお父さんをたしなめたのは31年間で初めてですね。

衝撃の判定負け。それにも関わらず、試合の翌日、エンダム選手と健闘をたたえ合ったという村田選手。

あくまで判定には異議を唱えず、エンダム選手とも健闘をお互いにたたえ合って、本当にすばらしい方だなと思うんですけれども。

村田選手:それは、僕本当にみんなに勘違いしてほしくないんですよ。まず全然いい人じゃないです。思い出すのが、大学1年生のデビュー戦負けているんです。しかも、レフェリーに失格にされて負けて、その時の僕のとった対応っていうのは、コーナーポスト蹴っ飛ばして「やってられるか」って言って降りていったんですよ。元はそんな人間です、はっきり言って。だから、そこまで大きく見てほしくはないですね。やっぱり引退して、もっと人生を経験した上で、自分という人間というのを初めて知れると思うので。

試合を実現するには、さまざまなハードルがあるわけだが、村田選手個人の思いとしては、まだボクシングのことは?

村田選手:現役続行するかしないかというのは、それはもちろんチームとしての判断が必要なんで何とも言えないんですけど、本当に個人的なボクシングに対する情熱っていうのはまったく冷めることなく、むしろ火に油を注がれたぐらいの気持ちではいるので。
むしろ、初めてプロとしての仕事ができたのかなと思います。というのは、プロって何かっていうと、人に必要とされるかどうかであって。多くの人が見て頂いて、面白かったって言って頂けて初めてプロとしての仕事ができたかなって思っているので、そういった意味での個人的な情熱というのは全く失われていないです。

今回の戦いに負けたら、引退の可能性もあると話していた村田選手。世界的なボクシング界の大物からのメッセージを聞いてもらいました。

ボクシング界の“伝説” 村田諒太への言葉

伝説のボクサー、モハメド・アリ。そして、6階級制覇の英雄マニー・パッキャオ。こうした数々のスーパースターを手がけてきたプロモーターが、ボブ・アラムさんです。村田選手に可能性を感じ、4年前契約しました。
半世紀にわたって、ボクシング界に君臨してきた、アラムさん。村田選手に伝えてほしいと語り始めました。

プロモーター ボブ・アラムさん
「過去の偉大なファイターでも、時には負けているんだ。モハメド・アリでさえ負けたことはある。しかし再戦して勝った。負けることは死刑宣告ではない。大切なのは『全力で戦っているか』『大きなハートを持っているか』だ。人々が見たいのは、ボクサーが最高の準備をして、リングで100%、いや150%を出す姿だ。それが、ボクサーの生きざまなんだ。」

村田諒太 激闘の果てに 情熱の炎は消えず

という、アラムさんの言葉ですが。

村田選手:ますます、やめれなくなりますね。

大きな心が大切なんだと、勝ち負けなんかじゃないという言葉、どういうふうに受け止められた?

村田選手:本当に素直にうれしいです。くしくもと言うか、試合前に僕が記者会見で言ってた言葉っていうのが、ボクシングっていうのは常にオープニングとエンディングが隣り合わせにあって、勝てばどんな世界のオープニングにもなるし、負けてしまったらエンディングになってしまうってとこはあると思うんですけど、むしろ負けて気づくことが非常に多くて、そこからどういうふうなアクションを起こしていくのかっての方が大事で。多分、ずっと勝ち続けてるどうとかっていうことに対する魅力よりかは、むしろ1つのことにくじけずに立ち上がるというところが、むしろ、ボクシング観なのかなっていう感じはしていて、そう思うと、試合前の自分の感性と試合後の自分の感性というのが、まさにガラッと変わったというか。それで「負けたらもう終わりなんだろう自分という人間は」と思ってたら、そうじゃなかったことというのは、何か本当に不思議というか。

引退については?

村田選手:「もうお前の面倒見切れないよ、やめろ」って言われたら、それはしょうがないかもしれないですね。そうならないことを願うばかりです。

インタビューの最後に「是非、リングの上の村田選手の姿を見たい」というふうに聞いたらどうかと書いているんですけれども、何かそんな気分じゃなくなりましたね。もちろんリングの上で見たいんですけど、村田選手のこれからの生き方、全部に注目していきたい。

村田選手:誰にも恥じることのない戦いだったと思いますので、人生において、また恥じることのないように生きていきたいなと思うだけですね。

12ラウンドにわたって、自分のボクシングを貫いた村田選手。今回の敗戦で、ボクシングへの情熱の炎に、さらに油が注がれたと語りました。これからの村田選手の生きざまから、ますます目が離せなくなりました。