クローズアップ現代

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No.39472017年3月8日(水)放送
震災6年 埋もれていた子どもたちの声 ~“原発避難いじめ”の実態

震災6年 埋もれていた子どもたちの声 ~“原発避難いじめ”の実態

震災6年 “原発避難いじめ” 埋もれていた声

震災から6年。
今も避難をしている福島県の人は、およそ8万人に上ります。
今回、NHKが大学と共同で行ったアンケートでは、54件の子どものいじめのうち、直接的な悪口やひぼう中傷が最も多く、32件。
身体的な暴力を伴ういじめが13件。
金品をたかられるが5件。
そして、いじめがエスカレートして、命の危険が及ぶ、重大事態なども2件ありました。
自由記述欄につづられていた、いじめの実態です。

「隣の同級生が物を落としたので拾ってやろうとしたら、放射能がうつるから触るなと言われた」「『汚い』『お金もらってるんでしょ』などと言われた」。
これほど深刻な状況が広がっている一方で、国や自治体は、その実態をほとんど把握していません。
一連のいじめが発覚するきっかけとなったのが、去年(2016年)の秋、横浜で明らかになったある少年へのいじめでした。*
その少年がつづった手記です。
初めて全文を提供していただきました。
手記と、少年の両親のインタビューから、その心の内が見えてきました。

震災6年 “原発避難いじめ” 初めて語る 少年の思い

少年の手記より
“今まで何回も死のうと思った。
でも、震災でいっぱい死んだから、つらいけど、僕は生きると決めた。”

原発事故の後、避難先で受けてきた、いじめについて少年がつづった手記です。
両親にさえ打ち明けてこなかった胸の内を、一気にはき出しました。

少年の母親
「感情のままに書き出したんです、私の目の前で。
すごい勢いというか、形相で書きなぐりましたね。」

6年前に起きた原発事故。
少年の家族は横浜に避難し、父親は転職。
少年は転校を余儀なくされました。

転校直後、小学2年生の時に、いじめは始まりました。
名前に「菌」を付けて呼ばれたり、鬼ごっこの鬼ばかりさせられたりしました。
学校は気付いていましたが、継続してケアすることはなく、いじめは繰り返されていきました。
やがて、少年は不登校に。
このころ、両親もいじめに気付く余裕はありませんでした。
父親は慣れない仕事に苦労し、母親は地震で被害を受けた家の片づけのため、福島と横浜を行ったり来たりしていたからです。

少年の母親
「毎日うなされていたんですね。
寝言も言うし、泣くし。
でもずっと“震災のトラウマ”だと思っていた。
親の余裕のなさですよね。
深く掘り下げて考えることができていなかった。」

不登校は5か月続きましたが、学校は、いじめではなく、震災のストレスが原因だと捉えていました。
再び学校に通い始めると、少年はさらに、ひどいいじめを受けるようになります。

少年の手記より
“いつも蹴られたり、殴られたり、ランドセル振り回される。
怖くて何もできなくて、本当につらかった。”

しかし、少年はいじめられていることを、親には一切話しませんでした。
避難生活で苦労している両親を、そばで見ていたからです。

少年の母親
「足とかに、あざがすごかったんですよ。
転んだだけではできないような場所にあったり。
問い詰めたんですけど『転んだ』としか言わない。」

少年の父親
「私たちに心配をかけたくないって気持ちがあったんですね。
一切、言わなかった。」

周囲が気付かぬまま、事態は、より深刻になっていきました。
「賠償金でお金があるだろう」と言いがかりをつけられ、同級生から金を要求されたのです。
遊園地などで遊ぶ金を、何度も支払わされたといいます。
自主避難だった、この家族が東京電力から受け取った賠償金は100万円あまり。
避難先で、生活を立て直すために使い果たしていました。

少年の手記より
“教室の隅、防火扉の近く、体育館の裏。
人目が気にならないとこで持ってこいと言われた。
賠償金あるだろ。”

「お金を出せば、暴力を振るわれなくてすむ」。
そう思った少年は、言われるまま、払い続けてしまいました。
両親が気付いた時には、借金返済のために手元に置いていた150万円が、すべてなくなっていました。
しかし学校側は、少年が自ら金を支払っていたとして、いじめであるとは認めようとしませんでした。

少年の父親
「『息子さんが率先してお金を渡していたようで、こういうお金を皆さんおごってもらった』と言っていますよという書類を出された。」

学校側の対応に不満を持った両親は直接、市の教育委員会にも何度も訴えましたが、取り合ってもらえませんでした。
事態が一向によくならないことへの、いらだち。
少年の手記は、この時期つづられたものでした。

少年の手記より
“今までいろんな話をしてきたけど、信用してくれなかった。
何回も先生に言おうとすると、無視されてた。
学校も先生も大嫌い。”

少年の母親
「全てが怖かったんでしょうね、何もかも。
『自分の周りにいる人たちはみんな敵』と思っていた。」

横浜市教育委員会は、少年が福島から避難してきたことに、学校が十分配慮しなかったことが、いじめを深刻化させたと、現在は責任を認めています。

横浜市教育委員会 岡田優子教育長
「それは申し訳なかった、本当に申し訳ないと思っています。
学年ごとにしっかり引き継いでいって、みんなで見ていくことが大事で。
そこは組織対応だったと思っています。
そこができていなかったのは大きな反省です。」

まもなく中学2年生になる少年。
不登校は、3年近く続いています。
奪われたのは、かけがえのない時間でした。

少年の父親
「福島にいたときは、自転車に乗るのが好きだった。」

少年の母親
「普通のどこにでもいる男の子。
友だちもいっぱいいて。」

少年の父親
「みんな遠足に行ったり修学旅行に行ったり、学校行事をいろいろやったりとか、楽しい思い出ができているのに。
させたかったのに、悔しいです。」

少年の母親
「せめて卒業式でしたね。」

少年の父親
「それを考えると本当に悔しいですよね。」

“原発避難いじめ” 知られざる実態

ゲスト 尾木直樹さん(法政大学教授)
ゲスト 辻内琢也さん(早稲田大学教授)

尾木さん:これは本当に、今、全部見せてもらって思うんですけれども、よく、この少年が死なないで、生きていてくれたという、そのことをまず感謝したいなと思います。
そして、こういうふうにして、手記を発表してくれたことによって、今回の問題というのが見えてきたんですよね。
それと、福島の子どもたちとか、あるいは若者もそうですけど、「五重苦」って言われているんです。
普通の震災だけではなく、町も家もちゃんとあるのに引っ越さなきゃいけない。
そして、お父さんの仕事も変わらなきゃいけない。
家族がバラバラになるだとか、転校はもちろんですけれども、そういう、いろんな苦労を一身に背負いながら、その子をいじめてきたわけです。
これは、たまらないですね。

今回のアンケートを通じて、浮かび上がってきたのは、どんなこと?

辻内さん:非常につらいお話を今、VTRで見ましたけれども、この原発避難いじめが1例、2例、といった問題ではなく、全国的な広がりがあることが、今回のアンケートで分かったということです。
さらに、それが過去の話ではなくて、今も続いている、現在進行形の話ということですね。
そこが、非常に大きなポイントだと思います。
さらに、このアンケートで、原発ならではのいじめだという特徴も見えてきました。
それは、どういった内容がいじめに関係していますかという質問に対してなんですが、1つ目が「放射能」。
2つ目が「賠償金」。
そして、3つ目が「避難者」であること。
この3つのラベルが貼られて、この子どもたちがいじめに遭っているという。
被災者の方によく聞くんですが、「原発事故さえなければ」というお話をよく聞きます。
本当に、原発避難ならではのいじめというのが見えてきまして、そのラベルが貼られているからこそ、カミングアウトできない。
カミングアウトすると、福島だっていうことで、いじめられてしまうというようなことがあって、そこがアンケートから見えてきた特徴だと思います。

中には、命にも及ぶ重大な事態もあった 学校側の対応をどう見る?

尾木さん:これは、当時から可能だったんですよ。
学校が、最も大事にしなければいけない義務というか。
これは、安全配慮義務というので、成文化もされていないんです。
それほど当たり前で、学校にとって重要で、係争になると、いつもそれが問われるんですよ。
これに明確に、すべての学校が違反しているということが言えるんじゃないかというので、行政、それから文科省の方も、もっと強力に、ここを社会的ないじめを生まないようにすべきだったなと思います。

再び、アンケートを見ていきましょう。
とある男性の言葉です。
「大人が常に口に出している言葉を子どもたちは聞いている。大人たちの心の在り方がゆがんでいる。子どもたちのいじめの背景には、こうした大人社会での偏見や嫌がらせがある」ということも見えてきました。

震災6年 “原発避難いじめ” 大人社会にも偏見が…

リポート:白河真梨奈(社会部)

震災前、福島第一原発のすぐ近くで暮らしていた家族です。
首都圏に避難した後、息子2人がいじめに遭い、次男は今でも精神科に通い続けています。

母親
「下の子は別人になってしまった。
人が怖くて、人と話すことも出来ず。
『自分はいなくなってもいい』とか、『もうどうなってもいい』とか。」

子どもたちへの悪質な原発避難いじめ。
まるで映し鏡のように、大人にも嫌がらせが広がっていました。

父親
「知らないところにぽつんと来て、仕事を探して、小さくなりながら、つらかったですね。」

今回のアンケートでも、原発避難を理由に嫌がらせを受けたことがあると答えた大人は、741人の半数近い、337人に上ることが分かりました。
その多くが、賠償金を巡るものでした。
福島で、米の販売店を営んでいた父親は、原発事故で仕事も家も失いました。
店や自宅のローンの返済のため、首都圏の避難先で、ようやく見つけたアルバイトの仕事。
その職場で嫌がらせを受けたのです。

父親
「ずっとこう言われる。
『東電に文句を言えば金になるんだろうから、なにも働かなくてもいい』って。」

アンケートには、福島から避難してきた人への偏見に苦しむ声がつづられています。

女性(東京)
“「あの家は、福島から来た、やつらで汚い」と言われた。”

90代女性(埼玉)
“あなたたちは、俺たちの税金で暮らしてんだよなーと声をかけられた。
心が震えました。”

首都圏の避難先でいじめを受けた家族です。
子どもも親も、福島から避難してきたことを、周囲に隠して暮らしています。

父親
「他の人たちに被災者だと知れ渡ったときの怖さが出てしまう。
今でもそうですけど、福島の人間だっていうのは出さないように。
今でも『絶対に言わないように』って、お互い確認し合いながら生きている。」

震災6年 どう向き合うのか “原発避難いじめ”

大人の社会での嫌がらせの原因は、賠償金にまつわるものが最も多い なぜ、本来の意味合いが理解されない?

辻内さん:賠償金をもらっているということは、彼らが原発事故によって、生活、人生、環境、そして人間関係まで、全てが根こそぎ奪われたわけです。
だから、それに対する償いとして賠償金。
これは、生活費ではなく、もらっているわけなんですが、そのことが忘れ去られて、バッシングを受けていると。
この現象は、生活保護バッシングによく似た現象だなと思っていまして、その背景に、われわれの日本が、みんなが生きていくのが苦しい社会、格差、貧困が広がっているような社会がベースにあるんじゃないかなというふうに見ています。

そんな中で、復興を加速化させるために、避難している人たちの帰還も進めていこうとしているが?

辻内さん:避難者は、今まさに、絶壁に立たされているような状況だというふうに私は思います。
住宅の支援が打ち切られます。
そして、避難指示がどんどん解除されていきます。
解除されると、その1年後には賠償金が打ち切りになるわけです。
まさに絶壁に立たされて、もう突き落とされる寸前というような状況じゃないかなと思います。

6年たって、震災直後に福島の人たちに感じていたような絆だとか気持ちが、だんだん薄れてきてしまっているんじゃないかと思うが?

尾木さん:どんどん薄れているなと思います。
今、先生もおっしゃったように、現実をきっちりと伝えることもきわめて重要だと思います。
崖っぷちに立たされている状況についてですね。
それと、社会全体が今、貧困化の中で、子どもたちも6人に1人が生活が貧困しているという状況の中で、弱者が弱者をいじめるという構造になってしまっていますから、これをどういうふうに解決していくのかが一番、大事だと思います。
1つは、貧困化対策をきちっとやることと、そのことによって、具体的に夢や希望を子どもたちが語れる、持てるというビジョンも、われわれ大人が動きを作っていくということが大事だと思います。
もう1つは、子ども参加で、それを実現していこうと。
今回も、横浜の少年の声を聞けて分かってきたわけですよね。
こういう社会にしてほしいという声を聞いて、やっていけるようになるといいなと思います。

この不寛容になってきている時代に、私たちにはどんなことができるのか。
そして、横浜の少年も少しずつ前を向き始めています。

震災6年 “原発避難いじめ” 寄り添うために…

避難先の横浜市で、いじめに苦しんでいた少年のもとに、遠く離れた場所から思いもかけないものが届きました。

“離れていても、いつもみんなで応援しています。”

少年を励ます、メッセージカードです。

メッセージを送ったのは、岐阜市の小学校でした。
6年たった今も、原発事故や放射線について、子どもたちに教えています。
原発事故がどんな被害をもたらしたのか、事実を知る必要がある。
子どもたちが、自分の問題として考えています。

「福島の人たちも地震にあいたくてあったわけじゃない。」

「ひと事みたいに考えたらいけない。」

横浜の少年が原発事故を理由に、いじめに遭ったことを知った子どもたち。
全校児童に呼びかけ、メッセージを書きました。

“放射線がうつらないことを知っています。
味方なので、安心してください。”

このメッセージを書いた、5年生の長屋美桜さんです。
美桜さんの心を動かしたのは、少年が書いた手記でした。

長屋美桜さん(小5)
「自分がつらいのに、震災でいっぱい死んじゃったから、つらいんだけど生きるっていうところが、すごいと思いました。
味方はちゃんといることを忘れないでほしいなと思いました。」

美桜さんの母親も、娘の姿を通して、今も福島の人たちが苦しみ続けていることを、改めて思い知らされたといいます。

美桜さんの母親
「ちょっと遠くの記憶みたいになっている部分があるので、子どもを通して、遠いところで起きていた出来事ではなくて、今もいろいろつらい思いをしている人がいるという。
まだ元に戻っていないんだということを、改めて教えられた、考えさせられた。」

岐阜の小学生たちのメッセージは、横浜の少年に届けられました。

少年の父親
「手書きで冊子まで作ってくれて、涙が出る思いでした。」

1つ1つのメッセージを、大切に読んでいた少年は、いつも手元に置いています。

少年の母親
「(息子は)読みながら『遊ぼうね』とか言っていた。
1つ1つに返事をしながら読んでいた。」

少年の父親
「一生の宝物です、本当に。」

今は、フリースクールに通い、明るさを取り戻しつつある少年。
今回、自分と同じように、いじめを受けている子どもたちに、今の思いを書いてくれました。

“今、僕は楽しく生きています。
1日1日前向きにいれば何とかなります。
だから、つらいことがあっても自殺を考えないでください。”

今回のグラレコ

番組の内容を、「スケッチ・ノーティング」という会議などの内容をリアルタイムで可視化する手法を活かしてグラフィックにしたものです。

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