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2012年8月30日(木)

糖尿病の“常識”が変わる

糖尿病の“常識”が変わる

「肉や揚げ物をお腹いっぱい食べても大丈夫」「重い糖尿病を手術で改善」患者・予備軍あわせて2200万人を超える糖尿病。いま、その治療方法の常識が変わりつつある。「食べたいものも食べられない」「一度なったら治らない」そんなイメージを覆す治療法が最近、次々登場しているのだ。しかし一方で、こうした新しい方法には「別の病気のリスクが高まる」「対象となる患者が限られる」などの疑問点も指摘され、効果やリスクを検証する取り組みが始まっている。今後、ますます増加が予想される「糖尿病」。最前線の取り組みを紹介する。

出演者

  • 清野 裕さん (医師・日本糖尿病学会理事)

糖尿病が改善 新たな食事法

長年、苦しんだ糖尿病がある食事法でよくなった人がいます。
藪田亜矢子さん。
9年前に糖尿病と診断されました。
当時、体重は85キロ。
血糖値の指標ヘモグロビンA1cは基準を大きく超えていました。
医師からはカロリー制限食という食事療法を指示されました。
食事のカロリーを一般女性の8割ほどに抑え、さらに、食材の量や種類を細かく計算する必要があります。
始めてみると予想外に手間がかかり食事作りに数時間かかることもあったといいます。

藪田亜矢子さん
「本当にグラムを量りながらつくる。
精神的に、だんだんツラくなってくる。
もう、早くこういう状況から抜けたい。」
 

結局、2か月で断念。
その後、症状は次第に悪化していきました。

そして去年、目の網膜で出血。
手術で血は止まりましたが、失明の一歩手前と言われました。
危機感を抱いた藪田さんは医師と相談のうえ、ある食事法を始めました。

 

「結構、肉いれるんですね。」

藪田亜矢子さん
「そうですね。
ふつう、このくらい使っています。」
 

糖質制限食。
米や小麦粉、そして砂糖など糖質の多い食べ物を減らします。
例えば麺も、小麦粉ではなく豆腐で作った特殊なものを使います。
それ以外の肉や魚、卵などは好きなだけ食べられます。

糖質制限食の考え方です。
米や麺などを食べると血液中の糖質が急激に増えます。
すると、すい臓からインスリンというホルモンが出て糖質を取り込みます。
しかし糖尿病の場合インスリンが少なく、取り込みきれません。
残った糖質は周りの細胞を傷つけ、動脈硬化や失明などのリスクを高めます。

そこで食事の糖質を減らすことで、血液中の急激な増加を防ぎます。
すると、少ないインスリンでも糖質が残りにくいのです。
糖質制限食を始めて3か月。
効果が現れました。
藪田さんの場合20キロのダイエットに成功。
さらに血糖値が下がり、それまで飲んでいた薬なしでも正常な値になりました。

藪田亜矢子さん
「何年もかけて、全くよくならなかった数値が、この食事方法にして、1か月くらいで全く正常値になった。
信じられない。」

今、糖質制限食を治療に取り入れる医療機関が増えています。
北里研究所病院糖尿病センターの山田悟さんです。
従来のカロリー制限食が続けられなかった人の治療に、3年前から糖質制限食を取り入れています。
糖質の少ないパンを開発。
味や見た目にも気を配ることで、治療を続けやすくしました。
12人の患者で調べたところ半年間で血糖値の指標が下がっていたことが分かりました。

北里研究所病院 山田悟糖尿病センター長
「現在スタンダードなカロリー制限食、医学的な意義は間違いない。
どうしても続けられない方はいます。
そういう方の治療の選択肢として、糖質制限食は意義がある。」

糖質制限食 潜むリスク

しかし、この糖質制限食。
患者が自己流で行うと危険もあります。

長年、糖尿病に悩んでいたこの男性。
去年(2011年)、自己流で糖質制限を始めました。

「ごはん類とパン類を一切なくした食事です。」

糖質をほとんどとらなくなったことで、食事のカロリーは以前の3分の1にまで減りました。
2か月で血糖値の指標は大幅に改善しました。
ところがその後、体調が悪化。
足の筋力が衰え、手すりをつかまないと階段も上れなくなりました。
さらに視力にも異変が。

「このへんの表示とか、文字が全然見えない。」

病院で受診したところ、血糖値を急激に下げ過ぎたせいで、さまざまな異常が起きた可能性を指摘されました。

 

「自己流でやったんで、冷静にちゃんと指導でやっていればよかった。」

患者が暮らしの中で糖質制限を行う場合どんな課題があるのか。
糖尿病の食事療法を研究する金沢大学の篁(たかむら)俊成さんです。
篁さんは、糖質をどこまで減らしてよいのか、検証を進めています。
糖質を減らせば減らすほど、血糖値を下げる効果が期待できます。
しかし、十分なカロリーを保とうとすると、たんぱく質や脂質の量が増え、栄養のバランスが偏ってしまいます。
篁さんのチームでは、まず糖質を減らす場合、通常の食事の半分程度までとする基準を作りました。
そして、減らした分のカロリーは、動脈硬化のリスクや腎臓への負担が少ないオリーブオイルなど植物性の油で補うことにしました。

「糖質制限の食事になります。」

今、大学では工夫した糖質制限食を患者に食べてもらい、効果や安全性を調べる取り組みを進めています。

 

金沢大学医学部 篁俊成准教授
「患者が長く続けることができて、有効かつ安全な栄養のバランスを話し合いながら探っています。」

糖尿病の治療“常識”が変わる

ゲスト清野裕さん(日本糖尿病学会理事)

●効果が出た糖質制限食

糖質制限食で体重が減り、血糖が改善する可能性が米国の論文で指摘され、わが国でも注目を集めているわけですね。
藪田さんのように少し肥満をしておられて、こういう低糖質を導入すると、効果があったということですが、これは、人の体がエネルギーと糖を必ず必要とするんですが、糖の代わりに脂肪がエネルギーとなって燃え、かつ食べた「たんぱく」から糖を作って、代謝がうまく回ったということになりますね。

●一方の男性は自己流で行い体に悪影響が出た

この人の場合は、あまり太っておられなくて、体に余力がないと。
ですから、食べた「たんぱく」だけでは糖やエネルギーを十分に供給することができないので、筋肉を分解して糖に作り変えて、エネルギーとして使ったので、こういう筋力の低下、筋肉の現象が起こったと。
この功罪がはっきり現れていますね。

●リスクをどうみているのか

食事療法というのは、誰にでも安全に行なわれるものでなければならないと。
糖尿病の4割強の方は、すでに腎臓の障害があるので、「たんぱく」をたくさん食べると、さらに腎機能が低下するおそれがあるということが、一つあります。
むしろ「たんぱく」を少なくするような治療が推奨されますし、この糖質制限をしたことによって、安全に長期間、この血糖コントロールなり、体の代謝がうまくいっているエビデンスがない現在は、これを一般的な治療法として推奨はしていないと、こういうことになりますね。

●糖質制限食という選択肢

これは先ほどありましたように、一部の患者さんが確かに効果を発揮していますが、糖質をどの程度まで制限できるかということも、非常に大きな課題で、その検証が今、行われているということになろうと思います。

●医療現場での食事を巡る問診

これは食事というのは、個人個人によって皆、違うので、バイアスなしに、患者さんのそれまでの状態を知るということから始めるべきだと思います。
それには、この管理栄養士等々の方が、患者さんが実際に食べてる量とか、しこうとか、いろんなものを聞き取って、それに合った食事箋(せん)をわれわれが指導するということが、大変大切と思います。

●今後、取り組んでいく可能性

安全にこれが行われる人については、そういうものを取り入れる可能性もあるということを、われわれも議論を始めているところですね。

変わる糖尿病治療 増える選択肢

熊本県に住むこの男性は2週間ほど前に糖尿病と診断されました。
血糖値は正常値の3倍以上。
インスリンを出すすい臓の働きが衰えていることが分かりました。

「ショック、えーって思った。
自分は健康ばってん、どうしてこういう病気になったんだろう。」

そこで男性はすい臓の働きを改善するための治療を受けることになりました。

「今日からインスリンを始めたいと思います。」

治療の最後の手段とされるインスリン注射。
それを治療の最初から使う方法です。
インスリンは血糖値を下げる効果が高い一方、使い方を誤ると失神などを起こす危険もあります。
そのため通常、飲み薬などを試したあとで使われますが、男性の場合、十分な指導の下で行います。
男性のように極めて血糖値が高い場合、すい臓の細胞が糖質によってダメージを受け、インスリンを出す働きが衰えます。
その結果、さらに血糖値が高くなります。
糖毒性と呼ばれる現象です。
この状態が続くと、すい臓の細胞がやがて死んでしまいます。
インスリン注射は多くの場合、状態が悪化してから行われていました。
しかし、男性の場合、細胞がまだ残っている段階でインスリンを補います。
すると、一時的に血糖値が下がります。
この結果、すい臓へのダメージが減り再び、インスリンを出す能力が高まるのです。

治療を始めて2週間後。

「こんにちは。」

「こんにちは、どうも。」

効果が現れていました。
すい臓の機能は倍近くに回復。

以前は、最高で300程度あった空腹時の血糖値は139に下がりました。
この結果、飲み薬と食事療法だけで血糖値を保てるようになり、インスリン注射をしなくてよくなりました。

「もうだいぶ良くなりました。
うれしいです。」

熊本大学医学部 荒木栄一教授
「インスリンは必ずしも最後の手段ではない。
最も血糖の管理を可能とする重要な薬剤。
(この治療によって)より少量の飲み薬でよりよい血糖のコントロールが可能になる。」
 

日本と同様に、糖尿病が社会問題化するアメリカ。
従来の方法では効果が出ない患者に対し、手術で治療する取り組みが始まっています。

ニューヨーク郊外に住むアーリーン・テラーさん58歳です。
4年前に糖尿病の診断を受け食事制限や、さまざまな薬で治療してきましたが、効果はありませんでした。
ところが去年、ある手術を受けたところ血糖値が正常化。
薬を使わなくてよくなりました。

アーリーン・テラーさん
「手術で糖尿病が治るなんて素晴らしいことだわ。
自分に自信がもてるし、どんどん健康になっていくのよ。」

アーリーンさんが受けたのは胃バイパス手術です。
胃や腸の一部を切り、食べ物の吸収を抑えます。
従来は重度の肥満の人に減量を目的として行われてきましたが、糖尿病にも効果があることが分かってきたのです。
鍵を握ると考えられているのは小腸です。
その末端には特殊な細胞があり、食べ物に反応してホルモンを出します。
このホルモンはすい臓に働きかけインスリンを出すよう促します。

胃バイパス手術では胃を小さくし小腸も短くします。
その結果、食べ物が吸収されないまま、たくさんこの細胞に届きます。
すると、ホルモンの量が増え、インスリンを出す働きが高まると考えられています。
これまでの研究では手術を受けた人の8割以上で血糖値が正常化。
薬などの治療が必要なくなったと報告されています。

ワイルコーネル医科大学 フランシスコ・ルビーノ准教授
「この手術は5年以内に当たり前の治療になると思います。
ついに糖尿病を治しうる初段を手に入れたといえるでしょう。」
 

●手術が糖尿病治療のオプションに

私もこの結果には大変驚きました。
ただ日本人の糖尿病は、アメリカ人ほど極端に太った人は非常に少ない。
ですから、小太りのわれわれに、こういう手術が本当に有効であるか、あるいは安全であるかという検証も必要ではないかと考えます。

●糖尿病の治療“常識”が変わる

これは非常に重要なことで、血糖値が高いということが、すい臓をだめにしますから。
やはり血糖値を有効に下げてやる手段としては、インスリンは非常に効果的で、そのことによって、すい臓の機能が回復して、また薬や食事だけでいける場合も出てきます。
これは今、一般的な治療法になりつつあるので、ぜひインスリンを打つのをちゅうちょしないということも重要だと思います。

●予備軍の方々に対してどういうメッセージがあるのか

日本人というのは、もともと農耕民族で、インスリンの働きがよかったので、あまりインスリンが出ない体が作られています。
そこに運動不足とか、あるいは動物性脂肪をたくさん食べることによって、どんどん血糖が上がるという特徴があります。
私、予備軍の人にお勧めするのは、食べたらとにかく体を動かしてほしい、あるいはあまり肉をたくさん食べないようにしてほしいということを望みたいと思います。

●4割の方が治療を受けていない現実

問題で、糖尿病に対する負のイメージがあって、治療をちゅうちょする。
あるいは治療を受けたけど、これまでの薬ですと、効果も限定的で、例えば血糖値が下がり過ぎたりしてやめてしまうということが大きな問題だと思います。
今度、今日、紹介して新しい、いろんな治療法が生まれて、初期に治療を始めれば、非常にいい状態で続けられるということを、ぜひ認識していただきたいということを、私は強く思います。

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