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深掘り!“国内最大級”のオウムガイ化石

南相馬市から新たに見つかった化石が進化解明の手がかりに?
  • 2024年02月15日

たくさんの化石が見つかる場所として、愛好家や研究者の間で話題の南相馬市。太古の地層から、国内初報告のオウムガイの化石が相次いで見つかりました。今月のふくしまサイエンスは、1億4500万年の時を超えてわたしたちの目の前に姿を現したオウムガイについての話題。この生き物の進化を考える上で、どれだけ重要な発見なのかを徹底取材しました。

新オウムガイ化石 “国内最大級”!

化石は福島県立博物館の一角に展示されていた

新たに見つかったオウムガイの化石が福島県立博物館に展示されていると聞き、実物をこの目で確かめに、早速現地を訪ねてみました。博物館の玄関を入ってすぐ正面に、何やらものものしいガラスケース。その中に納められていたのが、国内で初めて見つかったオウムガイ「シュードノーチラス属」の化石です。

シュードノーチラス属の化石

この化石はおととし(2022)、南相馬市鹿島区にある、約1億4500万年前から1億3260万年前の白亜紀の地層から見つかりました。殻の直径は約32センチ。福島県立博物館によりますと、国内で見つかった最も大きな化石が、佐賀県の約46センチのもの。今回のシュードノーチラス属の化石はそれに次ぐ2番目の大きさで、これほどの大きさのものが国内で見つかるのはかなり珍しいとのこと。さらに、恐竜と同時代に生きていたオウムガイとしては、国内最大だということでした。

殻の直径が30センチを超えるのは珍しいという

化石を調べた博物館の担当者に、話を聞いてみました。

主任学芸員の猪瀬弘瑛さんと新発見の化石

(猪瀬さん)
日本の中生代のオウムガイ類というのは10センチを超えることも珍しいんですね。それが30センチを超えるということで、これはすごいものが出たなと感じました。個人的にはわたしが取りたかったなという悔しい気持ちです。この化石は、中生代のオウムガイ類の進化の歴史を解明するうえで重要な発見だと思います。

細部の形状も比較的よく残っているという

猪瀬さんによると、日本で見つかる中生代(恐竜が生きていた時代)のオウムガイの化石は、ほとんどが10センチに満たないといいます。今回これだけ大きなものが新たに見つかったのはそれ自体がとても珍しく、オウムガイの進化と、その多様性を探る上で重要な発見になると期待を寄せていました。

“生きた化石” オウムガイとは?

現生のパラオオウムガイ(画像提供:鳥羽水族館)

そもそもオウムガイとは、どんな生き物なのでしょうか。オウムガイはタコやイカなどと同じ頭足類と呼ばれる生き物です。アンモナイトとも似ているところが多く、共通の祖先から分かれたと考えられています。4億年以上前のシルル紀と呼ばれる時代から生きていたとされ、長くその姿を変えずに生き残ってきたことから、“生きた化石”などと呼ばれます。現在もフィリピンやタイなど太平洋西部を中心に4種ほどが確認されています。国内でも飼育されている個体を、いくつかの水族館で見ることができます。

オウムガイを含む頭足類の進化系統樹(南相馬市博物館の展示より)

もとは現在のヨーロッパや北アフリカに生息していましたが、およそ1億4500万年前のジュラ紀と白亜紀の間に太平洋にも進出し、分布を広げたと考えられています。

中生代のオウムガイ化石自体少なく、今回の発見は学術的にも高い価値がある

一方、化石はヨーロッパなどで多く見つかっていますが、国内ではごく限られます。これまでに恐竜が生きていたのと同じ中生代の化石は、今回のものを除けば、国内では福井県や大分県などわずかに3例のみ。この時代の化石は、オウムガイの進化を考える上で特に重要とされていますが、そもそも数自体が少ないのです。このため、オウムガイが日本を含めた太平洋でどのように進化し、分布を広げてきたのかは詳しくわかっておらず、専門家にとって大変貴重な資料になるというわけです。

発見者 “とんでもないものを…”

発見者の鈴木颯一郎さん

そもそもオウムガイの化石としては、このサイズ自体が非常に珍しく、“自分で発掘してみたい”とプロに言わしめ、嫉妬させる今回の功績。いったいどのような人物が化石を見つけたのか、気になり発見者に連絡を取ってみると、取材を快諾してくれました。航空宇宙工学を専攻する宮城県在住の大学院生、鈴木颯一郎さん(26)がその人。当時の状況を、熱を帯びた口調で話してくれました。

(鈴木さん)
とんでもないものを見つけてしまったかもな、という気持ちはありました。この場所ではオウムガイが出ていないというのは知っていて、かつサイズもかなり大きいので、これは学術的に貴重なものなんだろうなというのは想像がつきました。

発掘当時の化石(鈴木さん提供)

鈴木さんが化石を発見したのは、おととし3月。アンモナイトの化石を発掘したいという友人の要望で、中生代のアンモナイトがよく見つかるという南相馬市の地層を案内し、発掘作業に没頭していたといいます。しかし鈴木さんが見つけたのは、アンモナイトではなく、特大のオウムガイでした。

現地で補強し、いくつかのパーツに分けて持ち帰ったという(鈴木さん提供)

(鈴木さん)
化石は見つけた当時、下の部分がかなりもろくなってしまっていて、バラバラに砕け散ってしまいそうだなと思いました。瞬間接着剤を使えばある程度は直せるので、いったん山を降りて、街で接着剤やこん包材を買い込み、戻ってきてそれらで補強したり固めながら掘り出しました。結果的に10個ぐらいのパーツになったんですけど、家に持って帰って泥を落として、組み立てたという感じです。掘った時はバラバラだったので形はわからなかったんですけど、その時に初めてこんな大きなものだったんだと。30センチという大きさはその時に気付きました。

化石はパーツを集めて2週間ほどかけて組み立てたという(鈴木さん提供)

アンモナイトなど、多くの化石が見つかる北海道の出身で、昔から化石に親しんできたという鈴木さん。本格的に化石の発掘を始めて8年になるといいます。“化石の発掘はライフワーク”と語り、自宅に約1000個の化石コレクションを所蔵。太古の生き物が残した化石を前に、手の届かない世界へ思いを膨らませるのが好きだというロマンチストでもありますが、自分が掘った化石が展示される喜びは大きく、今後も発掘に力を入れていきたいといいます。

自宅の化石コレクション。アンモナイトが多い(鈴木さん提供)

(鈴木さん)
展示されている姿は、わが子の晴れ舞台を見るような感じなんですかね。手塩にかけてクリーニングして組み立てて、掘り出してあの形になっているので、愛情みたいな気持ちはあります。今後もやはり珍しい化石、今までに見つかってない化石を見つけたいなと思って、採集したいですね。今回みたいなことを、また今後も続けられたらいいなと思います。

今後も大物を狙っていく意志は固い
(鈴木さん提供:2022年に岩手県で撮影)

別の地層からさらなる発見!

こちらも新発見の「パラセノセラス属」

今回、さらにオウムガイの進化を解き明かす、重要な鍵とみられる発見が続きました。同じ南相馬市にある、古い別の地層から新しい化石が見つかったのです。

南相馬市博物館で展示されている

去年、地元の愛好家が発掘したオウムガイの化石で、「パラセノセラス属」と呼ばれる種類です。約1億5480万年前から1億4500万年前のジュラ紀の地層から見つかりました。直径は約7センチと小ぶりながら、国内では初めて報告されました。シュードノーチラス属よりもやや古い時代のものとみられますが、福島県立博物館の猪瀬さんは、ほぼ同じ時代に2つの異なるオウムガイの化石が見つかったという事実は、太平洋西部でのオウムガイの進化の歴史を考える上でとても重要な発見だと指摘。鈴木さんの見つけた化石とともに、当時、日本近海のオウムガイに高い多様性があったことを示す有力な証拠だといいます。

2つのオウムガイ化石を調べた福島県立博物館の猪瀬さん

(猪瀬さん)
サイズの異なるオウムガイ2種類が同じ相馬地方の地層から見つかったということは、つまりその時代にいろいろなオウムガイがヨーロッパの方からやって来たということを示唆しています。この時代はオウムガイ類が日本付近で増え始める瞬間のものなので、どうしてこの時代に増え始めたのか、その謎を解く貴重な手がかりになります。そういう意味では今回の発見は非常に重要で、学術的な価値は高いといえますね。今後はこのオウムガイたちのより詳しい同定、新種なのかどうかも含めて、その辺りもぜひ明らかにしていきたいです。

深掘り:栄華に生きたアンモナイト vs 隠れ里のオウムガイ

ジュラ紀のアンモナイトの一種(南相馬市博物館)

化石としてよく知られるアンモナイト。オウムガイは現在も生きているのに、実はアンモナイトの方が身近だという人もいるかもしれません。両者は同じ祖先から分かれ、同じように殻を持つという共通の形態的特徴があるため、よく比較される存在です。しかしなぜかアンモナイトは絶滅し、化石でその姿を見るのみとなってしまいました。一見よく似た両者の運命を分けたものは、いったいなんだったのでしょう?

アンモナイトとオウムガイは、ともに恐竜が生きた中生代を生きていた
(南相馬市博物館)

この謎はまだ解明されておらず、科学的に答えが出ているわけではありません。可能性として考えられているのが、両者の生態の違いです。

生きていたころのアンモナイトの想像図(南相馬市博物館)

アンモナイトは現在のイカやタコのように生き餌を必要とし、環境への適応力も高く、エサを求めてあらゆる場所に進出。殻やサイズなど、形態もさまざまに変化しました。卵も数百個単位で数多く産めたとみられ、古生代から中生代の海で繁栄。およそ3億5000万年の間、世界中の海を席巻しました。現にアンモナイトの化石の方が種数も多く、世界中から少なくとも1万種が見つかっているとされています。オウムガイは1000種ほどとされており、化石記録でいえば10倍もの差になります。アンモナイトの生きざまは、まるでかつての平安貴族か、徳川幕府のよう。一時代を築いたその姿と重なります。

ジュラ紀のオウムガイの1種(福島県立博物館)

一方のオウムガイ。動きは緩慢で、主なエサは生き物の死骸など。卵も10個ほどしか産まず、成長にもかなりの時間がかかるといいます。同じ時代に生きながらも、アンモナイトの繁栄の裏で追いやられ、深海に生息の場を移して細々と命をつないでいたとみられています。まるで戦に敗れ、逃げ延びた落ち武者。山あいの隠れ里で、人知れずその生をつないでいた平家の落人伝説をほうふつとさせます。

アンモナイトともに繁栄した恐竜(南相馬市博物館)

両者の命運を分けたのは、およそ6600万年前、現在のメキシコのユカタン半島にその痕跡を残す巨大隕石の衝突です。衝突で舞い上がった粉塵が太陽の光を遮り、急激に寒冷化するなど環境が激変。この破滅的な出来事により、当時の生き物たちは計り知れない打撃を受け、時代の顔だった恐竜をはじめ、多くの生き物が姿を消しました。アンモナイトも例外ではありません。当時の地球環境によく適応していた彼らは、急激な変化に対応できず、結果的に滅びたとみられています。一方、環境変化の影響を受けにくい深海でひっそり暮らしていたオウムガイは、大きな影響を受けずに辛くも生き延びたと考えられています。現在われわれが目にするオウムガイは、その過酷な生存競争をしたたかに生き抜いてきた末えいと考えられています。

ユーモラスな外見に似合わず、意外にしたたか?
(画像提供:鳥羽水族館)

恐竜やアンモナイトと同じ時代を生きつつ、何度もドラマティックな地球環境の変化をやり過ごしながら生き延びてきた彼ら。水槽に浮かんでマイペースに泳ぐ姿は、どこか達観したようすにも見えます。派手な活躍には縁遠いけれど、己のペースを変えずに淡々と生きていく。ユーモラスな外見に似合わず、意外に含蓄ある賢い生き方もしれません。

  • 藤ノ木 優

    NHK福島放送局

    藤ノ木 優

    昔から生物の進化や絶滅に興味があります。タコやイカが好物なので、同じ頭足類のアンモナイトがどんな味だったのか、気になっています。

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