ページの本文へ

NHK福島WEB特集

  1. NHK福島
  2. 福島WEB特集
  3. 福島の日本酒造り “神様のマニュアル”

福島の日本酒造り “神様のマニュアル”

「日本酒王国」は“科学”で築かれた!?
  • 2024年01月26日

酒どころとして知られる福島県。毎年5月に開かれる全国新酒鑑評会でも、おととしまで都道府県別の金賞受賞数で9年連続最多を更新するなど、日本酒の質の高さで知られています。その立役者が、“日本酒の神様”こと鈴木賢二さん。福島県酒造組合の特別顧問を務めています。鈴木さんが作った、各酒蔵が金賞を狙うためのノウハウを詰め込んだマニュアルは、常にアップデートされています。福島県を日本酒王国と呼ばれるまでに高めた酒造りとは。ふくしまサイエンス、今回は福島の酒のうまさの秘密に科学的な視点から迫ります。

“神様”は蔵にいた

鈴木さんの姿は会津の酒蔵にあった

1月中旬のある日。“日本酒の神様”こと鈴木賢二さんの姿は、会津美里町の酒蔵にありました。気温が低く、発酵のコントロールが夏場よりも容易な真冬は、酒造りに適した季節。この時期から、県内の酒蔵では新酒鑑評会向けの仕込みが一斉に始まります。鈴木さんはこうして気になる蔵を訪ね歩き、鑑評会に向けてアドバイスして回っているそうです。

“日本酒の神様”こと福島県酒造組合の特別顧問、鈴木賢二さん

(鈴木さん)
やはり酒造りは毎年、本当に条件が異なりますね。まったく同じ条件で仕込めることはないのではないでしょうか。発酵の進み具合などもちょっとの気温の変化で違ってきますから、順調に酒を仕込めているか、不安はないか、何かあればすぐに駆けつけて、酒造りをする蔵元の皆さんの疑問や不安に答えるようにしているんです。

会津美里町に蔵を構える男山酒造店
仕込みについて話す鈴木さんと小林靖さん

鈴木さんが訪ねていたのは、会津美里町にある男山酒造店。社長の小林靖さんが千葉県から会津に移り住んだのは5年前。20年ほど休眠状態だった蔵をおじから引き継ぎ、脱サラして酒造りを始めたという異色の経歴です。酒造りのことなど右も左もわからない中で、最初に頼ったのが鈴木さんでした。会津に来た当時、小林さんはすぐに当時、県の研究機関の職員だった鈴木さんに連絡を取ったそうです。すると相談に乗ってくれたばかりか、酒造りのイロハを教えてくれ、醸造を始めることができたといいます。

(小林さん)
酒造りに関しては本当に一からのスタートだったので、鈴木先生のご助力には感謝しかありません。基本的なこと、細かいことでも真摯にいろいろと教えてくださるのはもちろん、酒造りに欠かせない杜氏をいつの間にか見つけてきてくださるなどのフォローもしていただけました。先生なしにはわたしの酒造りはできなかったと今でも思いますね。

蔵の中には金賞受賞を祝う紙も

鈴木さんの尽力もあって、小林さんの蔵はおととしと去年、2回連続で全国新酒鑑評会で金賞を受賞。酒造りを再開したとはいえ、20年ほど仕込みをしていなかった蔵で、しかも造り手も異なる状況での受賞は快挙ともいえる結果でした。

鑑評会向けに仕込む酒の原料となるコメを冷ます作業

ことしも3回目の金賞を目指し、鑑評会向けの仕込みを始めた小林さん。去年できたコメは、記録的猛暑の影響で硬く、浸す水の量を微妙に調整する必要があるなど、難しさがあるといいます。ただ、鈴木さんと二人三脚で酒造りに取り組んできた小林さん、不安の色はありません。

男山酒造店の小林靖さん

(小林さん)
鈴木先生がまとめられている酒造りのマニュアルがあって、わたしみたいに酒造りの世界にいきなり飛び込んだ人間でもとてもわかりやすく書いてあるんです。例えばことしは去年の夏の暑さでコメが硬くて、その点では例年より少し難しい年といえると思います。ただ、マニュアルではその時々の条件で、コメにだいたいどれくらいの量の水を漬けておけばいいかなど、各工程の細かな作業時間がすべてわかりやすく記されていて、難しい酒造りを簡単にする“物差し”が手元にある感じ。安定してよい品質の酒を造るために、大変参考になっています。

鑑評会向けの酒が完成するのは2月初めの予定だという

酒造りとは――複雑精妙な営み

店頭に並ぶ日本酒の数々はどうやって造られているのだろう

難しいとされる日本酒の醸造。いったいどんな工程を経てできあがるのでしょうか。日本酒はワインやビールと同じ、「醸造酒」と呼ばれるお酒。原材料に含まれている糖分を酵母が発酵させ、できた液体を直接飲んで消費します。醸造酒も複数のタイプがありますが、日本酒は「並行複発酵」と呼ばる発酵方式のお酒です。原料となるコメにはアルコールのもととなる糖分が含まれていないため、コメの中に含まれるデンプンをこうじの力で糖分に変え(糖化)、その糖分を酵母が発酵の作用により、アルコールに変えることで日本酒ができあがります。糖化と発酵のプロセスを、同時に1つの容器で行うのが日本酒造りの大きな特徴です。

洗米・吸水の工程(磐梯酒造)

蔵ごと、酒ごとに方法は多様ですが、酒はおおむね以下のような工程で造られます。まずは洗米と吸水です。精米した醸造用のコメ(酒米)を削り、洗って水に浸します。

酒の原料となるコメを蒸す(男山酒造店)
蒸し上がったコメ(男山酒造店)
こうじは、麹室(こうじむろ)と呼ばれる室温が一定に保たれた特別な部屋で育てる(磐梯酒造)

コメを蒸して冷やしたあと、コメに含まれるデンプンを糖分に変えるため、こうじを振り(製麹)、こうじの生育に適した暖かい室温に保った部屋で成長を促します。

こうじをつけたコメ(磐梯酒造)
白濁した部分がこうじの付いたところ(磐梯酒造)

本格的な仕込みに入る前に、蒸したコメに、成長させたこうじ、酵母、水を加えて酒母(酛とも)と呼ばれる、酒の仕込みのためのおおもとになる液体を準備します。

鑑評会向けの酒を仕込むタンクのようす(男山酒造店)

仕込み用のタンクに、酒母と蒸したコメ、こうじ、水を加えたもろみ(醪)をつくり、発酵させます。通常3回に分けて仕込みます。

発酵が進んだもろみの様子(磐梯酒造)
いくつもの工程を経てふだん目にするお酒が完成する

発酵が十分に進んだら、もろみを搾り、おりを沈殿させて上澄みを集めます。さらにここから、ろ過や殺菌を行い、酒の品質を安定させる火入れ、水を追加してアルコール度数の調整などの工程を経たものが瓶詰めされ、1本の酒が完成します。ここまで複雑な工程をたどるアルコール飲料は世界的にも珍しいとされ、複数の微生物のはたらきを精妙にコントロールして醸す日本酒は、先人の知恵とたゆまぬ努力の積み重ねで受け継がれてきたのです。

※酒造りの工程は男山酒造店、磐梯酒造を取材させていただいた際の写真を使用しました。陳列されているお酒は、福島県観光物産館の協力を得て撮影しました。

快進撃の原動力? “必勝の方程式”とは

鈴木さんが作成した“福島流吟醸酒製造マニュアル”

多くの酒造関係者が参考にしているという、鈴木さんのマニュアル。複雑な酒造りをコントロールし、安定して高い品質を保てるマニュアルとは、いったいどんなものなのでしょうか。鈴木さんに実物を見せてもらいたいとお願いすると、快諾してくれました。

マニュアルには文章に混じってさまざまな数字や数式が並ぶ

見せてくれたのは、関係者向けに配っている4ページ分の講習会資料。前半2ページが去年の結果についての反省や、ことしの鑑評会に向けて、醸造にあたっての注意点などが記されています。さらに後半2ページ分のマニュアルには、何やらさまざまな数字や単位がびっしりと書き込まれています。そこには、酒造りの工程ごとに求められる処理の方法や時間、温度などが詳細に記されていました。“金賞(吟醸)マニュアル”などとも呼ばれ、今や福島県以外の酒造関係者も広く参考にしているという必携の書です。

自宅で取材に応じる鈴木さん

(鈴木さん)
酒造りは酒蔵ごとに少しずつやり方もノウハウも異なり、昔からこれを“酒屋万流(さかやばんりゅう)”と言うんですよね。各蔵ごとの個性が好ましいと評価されればいいのですが、基準が明確な鑑評会の場などではそうならない場合もあります。鑑評会で金賞を目指し、実際に金賞を獲得できれば自信もつく。ふだんの酒造りも洗練され、醸す酒のレベルも上がるはず。そういう狙いもあって、細かな条件や項目をどの酒蔵さんでもわかりやすいようにマニュアルにまとめたんです。

マニュアルに記されたこれらのノウハウは、もとは各蔵が長年の経験や勘で行っていたもので、いわば職人の領域でした。鈴木さんは県職員として県の研究機関で酒造りの技術向上に取り組んでいた20年あまり前に、初めてこのマニュアルを作成。酒造りのポイントを理解しやすいよう、“見える化”したのです。

酵母の香り成分:左が従来の酢酸イソアミル、右が主流のカプロン酸エチル

実はこのマニュアルの核心は、別のところにあります。現在、鑑評会でも高い評価を受けているフルーティーで香り高い酒の数々は、発酵に用いる酵母に鍵があります。ワインでは、原料のブドウそのものにさまざまな香りの成分が含まれますが、日本酒の場合、原料となるコメにはそれほど多く含まれません。お酒を飲むときに感じるよい香りは、すべて酵母がアルコールを発酵する際に出すものです。鈴木さんはマニュアルを作り始めた当時、業界内で話題になっていたリンゴや洋梨のような甘い果物の香りに似た成分「カプロン酸エチル」を作る酵母に着目。鑑評会での金賞受賞も含め、高評価の酒を造っていくには、この酵母での酒造りが重要になると考えました。しかしこの酵母は当初、従来の造り方ではうまく発酵が進まず、扱いが難しいとされていたのです。

図中の赤い線が、酒の味・香りと発酵がうまく両立する境界を示す。
縦軸は糖化の度合いを示す比重、横軸がアルコール度数。
(鈴木さん提供の図を一部改変)

鈴木さんは調査研究を重ね、この酵母は発酵途中に加える水の量やタイミングが従来のものと異なることに気づきました。従来より早めにもろみに水を加え、薄い状態で管理すればきちんと香りが出て、発酵がスムーズに進んだのです。このコツをすべての蔵で応用できるように、ノウハウをモデル化。水の中にコメ由来の糖分がどれだけ溶けているかを表す数値と、アルコール度数の2つの数値を軸に、発酵の経過を見るグラフを描きました。「AB直線」と名付けられたこの指標は、そのわかりやすさから多くの蔵が参考にし、金賞を獲るための“必勝の方程式”と呼ばれるまでになりました。

マニュアルにより多くの蔵が金賞が獲れるようになったという

従来の酒造りに明確な基準を導入するだけでなく、有望な酵母など新しいものも取り入れ、酒の品質をより高くできないか。その工夫と探求がマニュアルという形で実を結び、都道府県別の金賞受賞数が9回連続最多という福島県の快進撃につながったのです。

酒蔵とともに――さらなる高み目指して

磐梯酒造の桑原さん(左)と鈴木さん

福島県を9連覇に導いた鈴木さんがいま、力を入れているのは各地にある酒蔵とのコラボレーション。鈴木さんが提唱してきた、福島の特徴である芳醇、甘口ですっきりとした味わいの酒を県内の酒蔵と追求し、さらに酒のレベルアップを図っていこうというのがねらいです。いま一緒に酒造りを進めるのは、会津若松市の北部の磐梯町で130年以上続く酒蔵、磐梯酒造。社長の桑原大さんは、福島の酒造りを先導してきた鈴木さんが言うように、上質でうまい酒をつくることにこそ、酒の未来があると考えています。

磐梯酒造の桑原大さん

(桑原さん)
うちもかつてはいわゆる普通酒(昔の2級酒)と呼ばれる酒を大量に仕込み、薄利多売を地でいく状況でした。しかし、需要も年々減り、酒そのものの質も高くなる中で限界を感じていたんです。大量に造って大量に売る、という経営よりも、今はむしろ上質なものを丁寧に醸し、うまいといってもらえる銘柄を少しでも出す方が時代に合っていると感じました。わたしたちもさらに世の中に受け入れられるお酒を造れたら、という思いで鈴木先生とともに酒造りに取り組ませてもらっています。

今は稼働する仕込み用のタンクもかなり減ったという

桑原さんは徐々に普通酒の生産量を減らし、4年前には本格的な減産に着手。蔵で造る普通酒の量を、わずか1年で10分の1以下の1000トンほどにまで減らしました。

桑原さんが立ち上げた新銘柄 徐々に評判となったという

その一方で、現在好まれるすっきりとした上質な味わいの新銘柄を8年前に立ち上げました。1本当たりの値段は普通酒よりも高いものの、その味が評判となって販売開始から少しずつファンが増え、手応えを感じているといいます。

タンクに仕込みの状況を細かく書いておくのが桑原さん流

近年では働き方改革もあって、経営者として労働の適正化に気を配る必要も出てきました。過酷な労働環境は若い世代が敬遠してしまい、人材が確保できないという事情もあります。休日や昼夜問わず、酒造りにいそしんでいた時代は過去のもの。大量に出荷できなくとも、上質で味のよい酒造りに変えていこうという背景には、酒を求める消費者だけでなく、蔵を取り巻く経営状況にもあるのです。

みずからプロデュースする酒を試飲する鈴木さん。上々の出来だという
酒は、桑原さんが鈴木さんをイメージして“神和”(かむなぎ)と名付けた

ことしの鑑評会 “酒屋万流”貫け

福島県の酒のレベルの向上に、常に全力で取り組む鈴木さん。そんな鈴木さんに聞きたくなるのは、新酒鑑評会のこと。去年、金賞受賞最多を期待されながら惜しくも逃した10連覇、そしてそんな中で再び挑むことし、どんな思いでいるのでしょうか。アツいものを内に秘め、リベンジに心を燃やしているに違いない! マニュアルの要点を解説してもらったあと、今の心境はどうなのか、思い切って質問をぶつけてみると、意外な答えが返ってきました。

酒蔵ごとに“酒屋万流”を貫いてほしいという

(鈴木さん)
ある程度金賞がきちんと獲得できるか、もちろん気にはしています。でも逆に今回は10連覇という変なプレッシャーがないからこそ、それぞれの酒蔵さんが伸び伸びと自由に造ることもできると思うんです。福島の酒造りのレベルは間違いなく高いですから、蔵ごとにある程度思うように造っても質は落ちないと思いますし、むしろ個性が出て面白いと思っています。蔵ごとのレベルがそろわなかった昔は酒屋万流が不利になったかもしれませんが、今はそれぞれに酒屋万流を貫いて、こだわりの酒を醸してほしいですね。

去年の年末から配り始めた講習会の資料にも、激励の文言が

余録:記者が見た神様

取材中も酒造りの仕組みを熱心に図解してくれた

30年以上にわたって酒造りを先導してきた鈴木さんは、今も福島の酒の未来を見据えて東奔西走の日々を送っていました。そして福島を日本酒王国に引き上げた人物として、新聞・テレビ問わずさまざまな媒体で盛んに取り上げられる有名人です。実際に取材してみると、これまで見た放送や記事同様、柔らかな笑顔と物腰のすてきな人。偉ぶることなく、こちらの質問にも丁寧に、辛抱強く答えてくれる姿が印象的でした。

1つ1つの電話に丁寧に答える姿が印象的だった

とりわけ驚いたのが、取材中にひっきりなしにかかってくる電話の数。相手は、ほとんどが鈴木さんが日ごろから懇意にしている酒造関係者です。酒造りは毎年、微妙に異なる条件で発酵を正常に進め、一定の品質の酒を造らなければならない過酷な作業。蔵ごとに抱える酒造りの悩みを、1つ1つ聞いてアドバイスし、時にはともに考えて最適解を探っているように見えました。

ラインやメッセージでの問い合わせも多い

当初、神様というと絶対的なカリスマでみんなを引っ張っていく、強力なリーダーシップを持つ人物を想像していましたが、実際は真逆。酒造りという難題に毎年のように取り組む酒蔵、そして蔵人に寄り添うのが鈴木流。関係者たちから広く“神様”と慕われるのは、この人柄にこそあるのかも。芳醇で甘く柔らかで、味わい深く醸された、福島の酒のような人。それが実際に取材してみてわかった“神様”、鈴木賢二さんでした。神様と各地の酒蔵がこれからどんな酒を醸してくれるのか、これからも楽しみでなりません。

これからも福島の酒から目が離せない
  • 藤ノ木 優

    NHK福島放送局

    藤ノ木 優

    20代のときに福島のさまざまな日本酒を飲み、その味わいに感銘を受け、酒が主要な取材テーマの1つに。福島の酒はもちろん、青森、秋田、山形、宮城、新潟の酒が好きです。今の時期は納豆と油揚げを焼いたのをアテに、熱燗を飲るのがたまりません。

ページトップに戻る