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牧野富太郎命名「ビャッコイ」 北半球では白河だけに自生!

福島県白河市にのみ自生する植物 国の天然記念物指定を目指す背景とは?
  • 2023年08月15日

北半球では福島県にしか自生していない激レア植物をご存じでしょうか。その名も「ビャッコイ」。一般にはほとんど知られていない地味な植物ですが、白河市にある自生地を国の天然記念物にしようという動きがいま本格化しています。年々、数を減らしている絶滅に瀕した植物の保護には、どのような意義があるのでしょうか。

北半球ではここだけ…まずは現地へ

まずは白河市表郷地区にある自生地を訪ねてみた

北半球では福島だけ、という壮大なワードが印象的な激レア植物、ビャッコイ。一体どのようなものなのか取材を進めていくと、その生態などに詳しい専門家と連絡を取ることができました。定期的に行っているという調査の様子も見せてもらえるというので、白河市の自生地で合流することにしました。

笑顔で迎えてくれたのが福島大学の黒沢教授
黒沢教授の案内でビャッコイの自生地へ

8月某日。待ち合わせた自生地のそばで私たちを出迎えてくれたのは、福島大学の黒沢高秀教授です。植物学が専門で、10年以上、自生地のある白河市表郷地区で分布の実態などを調べているといいます。この自生地は、県が昭和30年にビャッコイの分布が確認されたおよそ4000平方メートルの範囲を天然記念物に指定したものです。希少な植物の自生地…と聞いて、険しい山奥かと思っていましたが、訪ねてみると近所に小学校や住宅、農地がある市街地からほど近い場所で拍子抜けしました。案内する黒沢教授について行くと、何やら窪地のような場所に水が湧き出ている小川がありました。

ビャッコイ自生地
これが北半球では白河市だけに自生する激レア、ビャッコイ

その小川の水面には、緑色の針のような細い葉が折り重なるように浮いています。これがビャッコイ…。教えてもらわなければ、これが日本どころか北半球ではここだけの激レア植物だとは気づかないでしょう。

(黒沢教授)
久々に訪れましたが、ビャッコイの状態は比較的良好なようです。日当たりをよくするなど、地元の方々の保全活動がある程度効いているのかもしれません。ただ、年々、生育環境は厳しくなっていて、あまり楽観視はできないのが現状です。

過去の分布状況と実際の分布を見比べる黒沢教授

黒沢教授によると、調査で分布が確認されたのは、去年3月時点でこの自生地とその周辺あわせて7か所でしたが、今回の調査では5か所に減っていたということです。水質の悪化や、樹木の陰になって日の光が届かないなど、さまざまな要因が考えられるといいますが、生育環境が年を追うごとに悪化しているのは事実のようです。

“ビャッコイ”―あの牧野富太郎が命名

謎の多い植物でもあるビャッコイ

そもそもこの激レア植物、学術的にはどんなものなのでしょうか。ビャッコイはカヤツリグサ科の多年草で、その希少さから、環境省が最も絶滅のおそれが高いとする「絶滅危惧ⅠA類」に指定。このため、県も自生地を天然記念物に指定しました。水温が10度から12度前後の冷たい湧き水を好むとされ、8月から9月にかけて小さな灰色っぽい花を咲かせます。

ビャッコイの名付け親 牧野富太郎(画像提供:高知県立牧野植物園)

ビャッコイという一見風変わりな名前がついた経緯にはあるエピソードがあります。命名者は、現在放送中のNHKの連続テレビ小説、「らんまん」の主人公のモデルとなった高知出身の植物学者、牧野富太郎博士。今から120年余り前の明治33年(1900年)頃、地元の植物好きな子どもが採取した標本が、当時の福島師範学校(いまの福島大学教育学部)の教諭を経て、牧野の手に渡り、「ビャッコイ」と命名され、明治37年に学会で発表されたといいます。この標本に採取地や日付がなかったことから、会津から送られてきた標本と思い違いをし、白虎隊の古戦場にちなんで名付けたというエピソードです。

世界的に見ても激レアのようだ

現在、北半球でその姿を見ることができるのは白河市表郷地区のみですが、過去には栃木県などで自生が確認されていました。国外に目を向けても、同種とされる植物がオーストラリアやインドネシアなどの山地に分布が点在しているのみ。地球が今より寒冷だった氷河期の名残を留める植物とされていて、環境変動など生育環境の悪化でしだいに姿を消していったと考えられています。

目指せ、国指定

ビャッコイの保全・保護を担当する部署が入る白河市の資料館

まさに風前の灯火ともいえるビャッコイの現状。しかし、地元白河市も何もせずにいたわけではありません。市は、地元住民らとともに生育の障害となる落ち葉を取り除くなど、自生地を中心に表郷地区の1.4ヘクタールほどの土地の保全活動に取り組んでいるんです。

自生地の碑

しかし、黒沢教授の調査でも明らかなように、最近は生育環境の悪化が顕著で数を減らしています。このため白河市は、この自生地について国の天然記念物の指定を受けることを目指していくことを決め、動き出しました。指定には文化庁への申請が必要で、自生地や周辺など土地の所有者の同意が必要なほか、年間を通じた植生の調査などが求められる可能性があるということです。担当者は、すでに土地の所有者たちにコンタクトを取り始めていて、速やかに指定に向けた要件を整えていきたいといいます。

白河市文化財課の土田真守係長

(土田係長)
わたしたちではすでに120人弱いる土地の所有者に対して、国の天然記念物の指定を目指すことを説明し、同意を取得すべく動き出しています。やはり国指定の土地となると、利用にはいろいろな制限がかかりますから、所有者の同意は欠かせません。所有者とスムーズに連絡が取れるか、同意してもらえるか、など読めない部分もありますが、5年以内の指定を目指したいと考えています。

地元からは歓迎の声

ビャッコイの保護、そして生育環境の保全にとっては大きな前進となる今回の動き。地元からも歓迎する声が上がっています。

土地の所有者の1人、鈴木博成さん

土地の所有者の1人で、大叔父がビャッコイを見つけたという鈴木博成さん。ビャッコイと自生地が注目されるきっかけになるのではと、期待を口にしていました。

(鈴木さん)
大叔父は子どものころ家に遊びにくるたびにビャッコイのことを話してくれました。国の天然記念物に指定されればさらに注目されるので、市がこうして動き出してくれるのは本当にうれしいです。

表郷環境ネットワークの滝田国男会長

長年、保全活動に取り組んでいる表郷環境ネットワークの会長、滝田国男さんもビャッコイは“表郷の宝物”と表現。今回の市の対応に、喜びと期待を隠せない様子でした。

(滝田さん)
各地にそれぞれ地域の宝物がありますが、ビャッコイはここにしかなく珍しいため、地域の誇りに感じています。ぜひとも後世に残したいと願っています。環境の改善を含めて、より専門的な保全活動に向けともに協力していきたい。

“自生地だけ、とらわれるな”

国指定に向けた動きそのものは喜ばしいことだという

自生地を国指定の天然記念物にしようというこの動き。専門家はどう見ているのでしょうか。冒頭で紹介した福島大学の黒沢教授は、一定の評価をしています。

(黒沢教授)
年々、生育環境が厳しい状況になる中で、保全活動の意欲を高め、その希少性を全国に示していく意味でも喜ばしいことです。

ジャングルのような場所に分け入る

一方で、ビャッコイの保護と生育環境の保全は、自生地を国指定の天然記念物にするだけで解決するような単純な問題ではないと話す黒沢教授。わたしたちに見せたいものがあると、さらに案内してくれたのは、自生地から歩いて10分ほど、雑木林に分け入った、うっそうとした林の中、小さな湿地帯のような場所です。黒沢教授が指さす先を見ると、そこには見覚えのある細い葉が。

指さす先にビャッコイが

自生地のようにまとまって生えてはいませんが、ほかの植物に混じって確かにビャッコイが点々と確認できます。ある程度、人が手を入れて整えられた自生地とはまったく異なる光景。黒沢教授によると、自生地以外ではいま唯一分布が確認されているのがこの一帯とのこと。黒沢教授は「ビャッコイ」という希少な種を残していくためには、こうして細々と生育している環境もあわせて保全していく必要があるというのです。

自生地だけに目が向くことを懸念していると話す黒沢教授

(黒沢教授)
ビャッコイは生育地が減り続け、極端に数が少なくなっているのが現状です。そのため遺伝的な多様性もなくなり、病気や環境変動に柔軟に対応できる力が衰えていると考えられ、可能な限り多くの株を守ることが喫緊の課題です。自生地1か所を守るだけでは意味がなく、面的に保護し、分布の範囲を広げていく必要があります。国指定になったとしても、この自生地だけに目が向いてしまっては本末転倒でしょう。

あまりにも数が減り続けたため、もはや自生地1か所を守るだけでは解決しない問題だという鋭い指摘。国指定の天然記念物にもしなったとしても安心せず、その周囲にも保全の目を向けていくことが求められそうです。

コラム:なぜ自生地を指定?

自生地を指定して守る意義とは

今回、国の天然記念物の指定を目指すのは、ビャッコイそのものではなく、自生地。つまり生育環境に対して指定を求めていくということです。不思議に思う人もいるのではないでしょうか。

ビャッコイが育つ自然環境こそ財産

この点について、市や黒沢教授など関係者に取材すると、自生地の指定を目指すのは、“ビャッコイが生育している豊かな環境こそ、守っていく価値があるからだ”という答えが返ってきました。ビャッコイの生育環境には、ほかにも様々な植物や虫、水生生物など多くの生き物が複雑に絡み合って生きています。しばしば生態系や生物多様性という言葉で表現されますが、こうしたデリケートな激レア植物が生きる、人の手の入らない貴重な自然のままの環境を地域の豊かな生物多様性の象徴として、大切に守っていこうという考え方です。
生物多様性や自然環境の保全がしばしば社会的課題として話題になる中、まだかろうじてビャッコイが残る白河市表郷地区。どれだけこの自然豊かな環境を残していけるのかどうかが、いま私たちに問われているのだと思います。

ビャッコイが小さな花を咲かそうとしていた
  • 飯塚俊輔

    福島放送局 白河支局

    飯塚俊輔

    地域おこし協力隊として、白河市に5年前に来たのが福島県との縁。NHK白河支局で勤務して3年目。1人カメラを持って日々、県南の話題を中心に取材しています。ビャッコイには地域おこし協力隊の時から関わっているので、思い入れがあります。

  • 藤ノ木 優

    福島放送局

    藤ノ木 優

    植物の分類や希少な植物に昔から興味がありました。ビャッコイのつぼみを撮るのに苦労しました。白河ラーメンが心の味なので、白河市には思い入れがあります。

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