ページの本文へ

NHK福島WEB特集

  1. NHK福島
  2. 福島WEB特集
  3. 福島県の観光ポスターに外来生物が!?

福島県の観光ポスターに外来生物が!?

  • 2023年07月31日

本来は生息していない場所に、人間が持ち込んで広がってしまった「外来生物」。もともと生息していた在来の生き物を駆逐し、生物多様性を脅かす存在だとして、近年の環境保全意識の高まりから注目されるようになっています。国や県が規制して対策に取り組み、注意を呼びかけていますが、福島県をPRするポスターに大きく写り込んでいることがわかりました。なぜ、こんなことが起きてしまったのか? そんな素朴な疑問から、取材を始めました。

きっかけは1枚のポスター

福島県が地元の魅力を発信するポスター「来て。」

このポスターの存在に気づいたのは、ことし4月。福島に赴任して1年、四季折々の美しい風景や自然に魅せられ、写真を撮って歩く楽しみを覚えたころでした。問題のポスターは、県内の名所や景勝地で撮影された写真を一般から募り、県の観光や魅力のPRのため選ばれた「来て。」と大きく書かれたもの。旅行や、写真撮影の参考にと、ことし2月に発表された最新版の作品を眺めていたところ、矢吹町から選ばれた1枚に目がとまりました。あれ、これって…園芸スイレンでは?

写っていたのは…県の“緊急対策外来種”

園芸スイレン

園芸スイレンは、ヨーロッパなどが原産とされるスイレン科の水生植物の1種です。葉の大きさが直径10センチから30センチほどに成長する大型の植物で、湖沼を彩る花の美しさから観賞用に国内に持ち込まれ、各地に広がったと考えられています。見た目の華やかさ、可憐さとは裏腹に旺盛な繁殖力が特徴で、繁茂して水面を葉で覆い、ほかの水生植物を追いやってしまったり、水質を悪化させるなどの困った性質があります。生態系を変えてしまうリスクがあり、県内でも昭和村で大規模な駆除が行われました。

福島県も外来種リストに入れて注意を呼びかけている
(県のふくしまブルーリストの一部)

国が2015年から「重点対策外来種」としているほか、福島県もことし3月から、最も優先順位の高い「緊急対策外来種」に指定。本来の生態系に影響を及ぼさないよう、各自治体に注意を呼びかけているんです。

10年後、20年後、問題に

白河市の南湖公園

では、園芸スイレンとはどの程度やっかいな存在なのでしょうか。長年、対策に取り組む専門家を取材することができました。福島大学の黒沢高秀教授です。黒沢教授は、国の史跡名勝に指定されている南湖の景観と生態系を守るため、去年から白河市とともに駆除を始めたといいます。

福島大学の黒沢高秀教授

(黒沢教授)
南湖で見られるようになったのは1960年代後半から1970年代からで、それ以前は記録がありません。松平定信公が作った歴史的景観ではなく、戦後に誰かが1、2株持ち込んだものがここまで広がったのでしょう。園芸スイレンは、南湖の風景における歴史的価値はほぼないと考えられますので、史跡名勝を守る上でも早急に対策を取る必要があると考えられます。

この日は実際に湖に入って駆除できるかなどを確認した
市の職員とともに湖岸に大量のスイレンを持ち帰る

この日は南湖で園芸スイレンがどの程度生えているのか、実際に胴長をはいて湖に入り、駆除できるのかなどを確認しました。市の職員と2人で、わずかな時間で収納ケース5箱分の園芸スイレンがとれました。黒沢教授によると衛星写真を使った過去の観測データから、南湖では14年間で約2.5倍に増えたといいます。放っておけば年に1割から2割のスピードで増え、生態系にも少なからず影響を与える可能性があるといいます。

放っておけば園芸スイレンは年に1割から2割ほど増えるという

また、黒沢教授は在来の植物などに影響が出ていた昭和村の矢ノ原湿原でも、中心となって駆除を実施。それまではスイレンにシートを覆って光を遮るなどの方法がとられていましたが、黒沢教授は根茎と呼ばれる根に似た部分を徹底的に掘り起こす、効果的に駆除できる方法を発見。地道に、着実に作業を進め、去年10月に5年間かけてほぼ根絶することに成功したというのです。この手法から、園芸スイレンの駆除には1人1平方メートルを1時間作業すれば可能という試算も導き出せたといいます。しかし、逆に言えば駆除や管理にはそれなりに手間がかかる相手で、侮ってはいけないと指摘します。

矢ノ原湿原での駆除の様子(提供:福島大学 黒沢高秀教授)
根茎と呼ばれる部分を徹底的に掘り起こすことで駆除に成功した
園芸スイレンは駆除にも管理にもコストがかかるという

(黒沢教授)
いまのところ南湖のスイレンの割合はほんの数%程度なので、外来生物だと考えなければきれいな花が咲いて、景観的には好ましいように見えるかもしれません。ただ、このまま放置すれば10年後、20年後はもっと広がり、いまの景観は失われていく。放っておくとどんどん管理が難しくなり、コストがかかるというのは認識しておく必要があります。

とり切るには膨大な作業が必要だ

そして黒沢教授にも、例のポスターについて聞いてみました。すると、一定の理解を示しながらも、対策に追われる身として複雑な心境を語ってくれました。

(黒沢教授)
大池公園はいわゆる都市型の池なので生物多様性自体はあまり高くなく、もともとの生態系への影響はそれほど大きくはないと思います。環境保全ではなく、観光PRのポスターですし、あまり目くじらを立てる必要があるのかというと、微妙なところです。ただ、福島県には素晴らしい自然と風景があるので、その中で園芸スイレンの写真が選ばれているというのは複雑な気持ちというか…対策している側として、もどかしいところはありますね。

県広報課“コメントする立場にない”

広報課に取材してみたが…

ポスターを発行した福島県は、このような植物がポスターの主題になっていること自体、どう捉えているのでしょうか? 事業を担当した県の広報課を訪ねてみると、県の魅力PRという本来の目的に沿う取材ではないため、積極的に受けることはできないという回答。代わりにこんなコメントが出てきました。

(広報課コメント)
外来生物は担当外のためコメントできる立場にはないが、今後もさまざまな事業を通じて県の魅力のPRに努めていきたい。

次は自然保護課を訪ねてみた

広報課の対応に疑問を感じながら、次は外来生物対策を担当する部署を取材しました。応じてくれた担当者は、こうした外来生物の写真が県のポスターに採用されてしまったのは、自分たちが日ごろから行っている一般への外来生物への広報や啓発が十分でない可能性があるとしています。

自然保護課の加藤竜主幹

(加藤主幹)
ポスターが出たのはことし2月で、県がことし3月に外来種のリストに載せたのより少し前の話です。それに外来生物が規制される以前から町が適切に管理して、町の名物としているというのもあって、今回このポスターに載っているから取り下げましょうということにはならないと考えています。ただ、われわれが注意を呼びかけている植物がポスターという形で出てしまったのは少し残念ですね。冊子などにも載せ、自治体はもちろん、一般にも注意は呼びかけているのですが、こうしたケースを見ると、外来生物の問題を浸透させる難しさを実感しているところです。

3月に発行した周知用パンフレットにも園芸スイレンの情報が

“浸透大きな課題”専門家指摘

国立環境研究所の五箇公一室長

外来生物を研究する国内の第一人者、国立環境研究所の五箇公一さんです。この問題について意見を聞いてみると、外来生物の何が問題なのかが、一般に認識されていないという長年の課題が表れた結果ではないかと指摘しました。

(五箇さん)
今回こうした形で実際のパンフレットに、ポスターにどーんと載せちゃったということは、自治体にも市民にも園芸スイレンのことが認知されてなくて、きれいだなで終わってしまっている。これは外来生物対策の普及啓発が環境行政としてとても大きな課題だということを示している。おそらくこの植物を見て、悪い外来生物ですよっていう説明を受けてもわからない人はいっぱいいる。そうした一般の人たちに生物多様性を守るために外来生物対策が必要なんだ、という認識や理解がまだまだ足りないということだ。

その上で五箇さんは、今後は外来生物問題に対する意識の醸成を、行政やマスコミだけでなく、さまざまな分野の人間がいろいろな手段を講じて一丸となって考えていく必要があることを強調しました。

(五箇さん)
もっと普及啓発に本気で力入れていかなければダメだろうっていうことは常々いってるところです。これがその1つの象徴的な表れだと思う。今だとYouTubeやTikTokなどいろんなコンテンツがあって、そうしたものも活用して、あまり興味がない人にも関心を広げる必要がある。これは環境関係の人間だけでなくて、分野横断で本当にユーチューバーとかいろんな人を交えてアイデアをもらって、何らかの戦略立ててかないとダメなんだろうと思います。

そのリスクがきちんと広く認識される日は来るのだろうか

コラム:“エコよりもエゴ”

1枚のポスターから始まった取材。昨今の外来生物問題が抱える課題、わたしたちの認識不足が表れた問題だということがわかりました。一方で、数年前から盛んになっているSDGs(国連が掲げる持続可能な開発目標)にも絡んで、“生物多様性”という言葉もよく耳にするようになりましたが、イマイチその重要性がピンとこないのも事実。生き物は大切だから、かわいそうだから、とにかく守らなければならない…漠然とそう思っていましたが、五箇さんがその必要性を"エコよりもエゴ”というキーワードで、ズバっと明快に説明してくれました。

生物多様性をひもとくのは"エコよりもエゴ”だという

(五箇さん)
生物多様性っていうのは、生き物がかわいそうだから守ろうというものじゃないんです。生物多様性がないと水も空気も食べ物も、われわれは手にすることができない、つまり人間社会を持続させるためなんです。人間がいま地球を支配して環境を壊して生き物がどんどん滅んでいるというけど、生き物は別に滅んでない。目立った種は滅んでいるけど、代わりに害虫は増えているしコロナだって出てくるしで、バイオマス(生物の量)自体は変わらず、変化した環境に別の種が適応して増えるわけで、それ自体が人間の生存をおびやかすものばかりなのが現状。人間社会の持続のため、生物多様性を乱す外来生物はきちんと管理なり駆除なりしなければならない、というのがこの問題の本質なんです。

取材後に撮影した風景は少し違って見えた

今のわたしたちの生活を守るために、生物多様性を保つ必要があるという観点、ふだんの暮らしの中ではなかなか持てないかもしれません。変化はわたしたちが気づくより遅く、しかし気づいたときには深刻化しているケースが多いという外来生物の問題。そのリスクをきちんと認識し、現状を知ることが、わたしたちの将来の豊かな生活につながる。これからはわたしも意識して、カメラのファインダー越しに広がる美しい風景を見つめていこうと思いました。

※8月6日に記事を一部更新しました。

  • 藤ノ木 優

    NHK福島放送局

    藤ノ木 優

    カメラが好きで、福島に来てから念願のフルサイズ機を購入。“一日一撮“をモットーに、福島の四季折々を写真で綴っていくのが今の目標です。

ページトップに戻る