映画「すずめの戸締まり」 新海誠監督インタビュー
- 2023年02月20日

東日本大震災をモチーフにしたアニメーション映画「すずめの戸締まり」。福島をはじめとした東北の被災地が描かれています。先日、舞台あいさつのために福島を訪れた新海誠監督にインタビューし、作品に込めた思いを聞きました。
エンタメで描く災害



胸の中に思い浮かぶ風景がどうしても、双葉ですとか、人のいなくなった場所だったんです。震災の傷跡も未だあります。ですからいっそのこと廃虚を巡る主人公にして、かつてこの廃虚にあった人々を思うような光景と物語を描きたいと思った。
郡山市で行われた上映会で、新海監督は集まった福島のファンを前に、作品と、福島への思いを語りました。

映画「すずめの戸締まり」
2022年秋に公開された映画「すずめの戸締まり」。主人公は東北で生まれ、幼いころに東日本大震災を経験した高校生「鈴芽」。震災後、九州に移り住んだ鈴芽は1人の青年との出会いをきっかけに、地震などの「災い」のもとになる扉を閉める旅に出ます。各地の扉を閉じて災害を封じ込めながら、自分の過去と向き合う少女の冒険物語です。

話題作を次々と世に送り出してきた新海監督。中でも、千年に一度のすい星の落下を描いた「君の名は。」、東京が水に沈んでしまう「天気の子」と、いずれも過去の2作品は“架空”の災害をモチーフにしてきました。現実の災害を描いたのは今回が初めてです。そこには、どんな思いがあったのでしょうか。

東日本大震災が起きたときに、自分が少し書き換わってしまったような感覚があったんです。それほど大きな、衝撃的な出来事でした。それと同時に、エンターテイメント映画をこのまま作っていいんだろうかという気持ちになったことをよく覚えています。
でもエンタメ映画以上に、自分がまともに仕事としてできることは他にない。エンタメ映画の中でしか描けないような災害の描き方、あるいは向き合い方みたいなものを見つけることができれば、自分の仕事にも多少の意味が出てくるのかなと考え始めたんです。次は、僕は“架空”ではなく“現実”の固有名詞を出して、僕たちが生きている世界と同じ世界のことを描きたいと思ったんです。
せりふに託した「綺麗」

その言葉どおり、映画では“現実”のシーンが数多く描かれています。原発事故による帰還困難区域もそのひとつ。人の姿が消えた街並み。積み上げられた黒いフレコンバッグ。立ち入り禁止のバリケードー。2年ほど前、新海さんが実際に浜通りを訪れた際に目にしたありのままを描き込みました。

双葉郡の辺りの国道6号線沿いをずっとロケハンしていると、道路ばかりが真新しくて、両脇の家々は全部バリケードが築かれてどんどん朽ちていっていた
一方で、目の当たりにしたのは、原発事故が起きる前からそこにある、美しい自然。穏やかにきらめく海や豊かな森の緑などが、丹念に描かれています。新海さんは、そのとき抱いた自身の感想を、登場人物のせりふに託しました。
「この辺って、こんなにきれいな場所だったんだな」

キャラクターがきれいだというふうに表現したのは、被災の当事者ではない人物、私たちがそうなんですけれども、当事者以外の代表としての言葉を言わせたつもりなんです。双葉・浪江のあの風景はとても胸が苦しくなるような風景だなと思うのと同時に、やっぱり自然の造形美というものは美しいなと同時に思いました。
“迷い”を乗り越えたある思い

しかし“現実”の被災地を描くことには、迷いもありました。

福島や、あるいは宮城や岩手で上映される時はちょっと緊張します。福島の方々がご覧になった時にどう感じるのか。素直に楽しんでいただけるのか、あるいは『こうじゃない』と思うのか。そのことがいつも心配でした。ただ、震災の描き方に正解があるわけではない。現実の出来事、つらい出来事をフィクションで描くことが正解かというと、そうでもない。
迷いや不安を抱えながらも創作の根底にぶれずにあったのは、自身の娘や、震災を知らない若い世代への思いだったといいます。


12歳になる娘は当然ですが震災の記憶がない。それでも映画を見て「面白かった」「泣いた」って言ってくれたんです。僕のメインの観客は10代で、場合によっては観客の半分近くが震災を知らないということもあり得る。でもこの映画を見ることで、東日本大震災というのは教科書の出来事ではなくて、自分たちとつながっている出来事なんだと若い世代に知ってもらえたら、それはエンタメにしかできない仕事なんじゃないかと思っています。

最後に、福島の人へのメッセージを聞きました。

映画には、福島の風景がそのまま出てきます。福島の方にとっては『ああこの風景は知っている』、あるいは『この感情は知っている』というところを発見できる映画だと思います。若い世代とその親の世代や、おじいさん、おばあさんの世代と一緒に見に来て、そこで何か映画の感想を話し合うような時間、きっかけになったら、もうこれ以上の幸せはないなと思っています。