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ライターの棚澤明子さんから番組のレビューをいただきました!

【“氷をとかす言葉”が紡ぐ やさしい時間】

東京で子育てをしながら文章を書くことを生業としていた私が、福島から東京に子連れで避難してきたお母さんに出会ったのは、震災の翌年の秋のことでした。
彼女の話を聞いて何より驚いたのは、原発事故の過酷さそのものよりも、東京で暮らす私たちとの温度差について。私たちもこの問題の当事者であるにも関わらず、何もかも終わったかのように、元の生活を取り戻そうとしていることでした。
同じ母親としてもっとたくさんの声を聞き、広く伝えなければ。
そう思った私は、避難してきたお母さん、避難しなかった、できなかったお母さん、一度は避難したけれど帰還したお母さんなど、さまざまな立場のお母さんの声を聞き、9年間で2冊のインタビュー集をつくりました。

東日本大震災から丸10年を迎えた今年の3月。
インターネットから流れてくる原発事故にまつわる言葉を見聞きしていて、鉛のように体が重くなりました。
被災した人々の心を置き去りにする「節目の10年」という一言。
“正論もどき”で理論武装した人たちが大声で交わす、空虚な議論。
避難したのかしなかったのか、賠償金をもらったのかもらっていないのか、状況を乱暴に二分して、善悪のジャッジを下すような論調。
ネット空間にあふれるそうした言葉が、手をつなぐべき人たちを引き裂いているようで、息が詰まりました。

福島から避難しているお母さんから「はるかぜ、氷をとく」をすすめられて聴いたのは、そんなときでした。
ひとつひとつのセリフが、いままでに出会ってきたお母さんたちの声で聞こえてきました。
あの人がいる、あの人もいる。
あ、私の声も。
そこに流れているやさしい時間に、泣きました。

物語は、1本の桜の木を切るのかどうか、ということを軸に、一緒に子育てをしてきた姉妹と、いとこ同士にあたるその子どもたちの言葉で丁寧に紡がれていきます。
原発事故で失われた多くのもののなかで、最たるもののひとつは人と人とのつながり。
被害にあった人々が取り戻したいと願っている最たるものも、やはり人と人とのつながり。
そのなかには永遠に取り戻せないものもある、と私たちは知っています。
でも、こうして心のひだから滲み出してくるような言葉をひとつひとつ拾い、つなぎ合わせていくことで取り戻せるものがあることも、私たちは知っています。
春風に溶けていく氷のように、ゆっくりとかたちを変えていくやわらかな世界に、これまで出会ってきたお母さんたちの顔が重なりました。

私は最近、取材の対象をお母さんたちから、その子どもたちへと広げています。
あの日子どもだったティーンエイジャーたちが自分の言葉をもつ年齢になり、何を語るのか、どこに向かって進もうとしているのか。
少しずつ、そこに向き合っていこうと思っています。
作品のなかで印象的だったのは、高校生のばくくんが「原発が爆発したときの音」についてつぶやくシーンです。
「あんだけすげー爆発だから、本当は相当な音がしてるはずじゃん。けどそれを一回も聞いたことないんだよ。それがさあ、なんか...ずっと気持ち悪いんだよな」
はっとさせられた言葉でした。
あのときの子どもたちのなかには、断片的な情報しかなく、何が起きたのかよくわからないうちに人生が変わってしまって、不全感を抱いたまま成長している子がたくさんいるのでしょう。
その「気持ち悪さ」を抱えて大人になっていくことの厳しさ、同時に、その欠落感が彼ら独特のやさしさや繊細さ、たくましさにつながっていることに思いを馳せました。

もうひとつ。
私が取材を通して親しくなったお母さんたちに伝えたくて、でも私のような立場の者が知ったような顔をして軽々しく口に出してはいけないと封じてきた一言が、この作品のなかにありました。
「この大変な10年の中で、娘をこーんな優しくてしっかりした子に育てたんだもん。何より立派なことよ。えらかったよ」
「あんとき、福島の親っていう親は、おんなじことを願ったのよ。この災難がどうか子どもらと、その未来に傷を残しませんようにって。ほんとにそれだけだったんだよ。けど今あたしはその100点満点の結果を見せてもらった気分。あー嬉しいなあ、ほんとに嬉しい」
作品を通してこの言葉をたくさんの人が聞いたのだな、と思うことで、私のなかでもまた何かがゆっくりと溶けていくような気がしました。

あれから10年たったいま、状況はますます複雑な様相を呈し、そのなかで人の心はさらに複雑なグラデーションを描いています。
ひとつとして、同じ声は存在しません。
でも、ひとりひとりの声に耳を傾けていけば、いつか溶ける氷もある。
何が正解なのか誰にもわからない混沌とした世界のなかで、確かなものをひとつ見せてもらえたことに感謝しています。


棚澤明子
フリーライター。著書は「福島のお母さん、聞かせて、その小さな声を」(2016年)、「福島のお母さん、いま、希望は見えますか?」(2018年)、「いま、子育てどうする? 感染症・災害・AI時代を親子で生き抜くヒント集35」(弘田陽介氏との共著・2021年/すべて彩流社)ほか。中高生男子2人の母。

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