今週の「はね駒」がショックすぎて... @淺川理沙

こんにちは、キャスターの淺川理沙です。

 

まずは、お知らせです。

7日(日)、NHKラジオ第一『マイあさ!』に出演します。

午前5時17分ごろ〜の予定です。

 

今回は、今の苦しい時期に

多くの方々の心に響くのではないかと思う

「ある女性の言葉」について話します。

 

NHKのアプリ「らじるらじる」でも、

放送から1週間は「聴き逃し配信」で聴くことができます。

ぜひ聴いていただけるとうれしいです♪

 

さて、私は相変わらず、

NHKのBSプレミアムで再放送している

1986年の朝の連続テレビ小説『はね駒』にはまっています。

 

6月1日(月)の放送では、

仙台の女学校の先生になったりん(斉藤由貴さん)を

鶴次先生(矢崎滋さん)一家が訪ねてきて「今から志津川に行く」と…。

 

志津川と聞いて、とても嫌な予感…。

志津川は、今の宮城県南三陸町です。

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明治29年(1896年)6月15日に

志津川に行くという鶴次先生一家。

その日は、明治三陸地震が起きた日です…。

 

火曜の放送では、

りんの叔父の彌七(ガッツ石松さん)が、

志津川の津波の惨状を語っていました。

 

私は、ことし2月に南三陸町を訪ね、

東日本大震災の津波で被害を受けた地域を歩いてきました。

(そのときのブログは、こちら→→→→ 

https://www.nhk.or.jp/fukushima-ana-blog/2400/420947.html

 

海がとても青くて、

穏やかだったことが一番印象に残っています。

 

この海が、あの日、大きな波となって町を襲ったとは、

とても思えませんでした。

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実際に訪れたからこそ、

『はね駒』でりんの叔父が語った志津川の海辺や高台の様子を、

私もはっきりと想像することができました…。

 

この海辺に、鶴次先生の実家があったのかな…とか、

あの高台に源造(渡辺謙さん)がいたのかな…などと想像してしまいます。

 

鶴次先生の実家の軒先にも、

こういうふうに魚が干されていたのかもしれません。

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明治三陸地震による津波については、

ことし2月に受けた防災士講習の「津波のしくみと被害」という講義で、

「地震が小さくても、大きな津波が起こることがある」例として教わりました。

 

「明治三陸地震の大津波は、

海底がゆっくりと地滑りしたことによる津波だったため、

震度が小さいにも関わらず大きな津波になった」と。

 

こういった地震を「津波地震」というそうです。

明治三陸地震の津波では、2万人以上が亡くなったとのことです…。

 

私は今週の『はね駒』を見て、強いショックを受けました。

なぜなら、

1986年の連続テレビ小説で、明治三陸地震の津波を扱いながら、

その25年後に、

再び、東日本大震災による津波で大きな被害が出てしまったからです。

 

きっと『はね駒』の放送当時に、

津波の恐ろしさを認識した方もたくさんいたと思うのに…。

その25年後に、

同じような被害を生んでしまったことが残念でなりません。

 

災害の伝承の難しさを感じた一方、

「繰り返し伝え続けること」が大事なのだと改めて感じました。

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(南三陸町にある、東日本大震災の被害を伝えるパネルです。)

 

津波は地震が小さくても起きることがある、

どんなときも津波に警戒した方がいいことを、

今週の『はね駒』を見て改めて学びました。

 

また、今回『はね駒』に明治三陸地震が出てきたことで、

防災士講習のプリントやテキストを見返しました。

 

ことし3月末に、防災士の認定を受けてから2か月ちょっと。

ふだんから時々見返して、

防災士としても何か、力になっていきたいと思います。

 

けさの放送では、りんが志津川に到着したはずです。

私は『おはよう福島』の担当日で、

まだ、けさの放送を見ていないので、

鶴次先生一家の安否を心配しています…。

 

鶴次先生の明るさとユーモアが好きでしたし、

松浪先生から「松」の字をもらった、

鶴次先生の息子の鶴松君…かわいかったなぁ。

無事でありますように…。



淺川 理沙

投稿時間:16:49