『スラムダンク』ゆかりの酒が大人気!大刀洗の町おこし
- 2023年06月02日
バスケットボールの漫画『SLAM DUNK』(スラムダンク)のキャラクター、三井寿(みつい・ひさし)の名前の由来とされる日本酒が、福岡県大刀洗町にあります。スラムダンクのアニメ映画の公開が海外で始まると注文が殺到。出荷制限をかけるほどの人気ぶりだというのです。
ファンの熱い視線や関心が、いま、地方の魅力と可能性を引き出そうとしています。
中国でも大人気の『スラムダンク』
映画『THE FIRST SLAM DUNK』が4月に中国で公開され、話題を呼んでいます。
4月の公開を前に北京の大学にある体育館で行われた先行上映イベントには4000人ものファンが訪れました。
会場では、映画の登場人物を描いた大きな看板が設置されたほか、特設のバスケットコートでダンクシュートが披露されるなどして、盛り上がりました。
中国では1990年代に原作のテレビアニメが放送され大人気となり、当時作品を観た30代や40代を中心にいまも多くのファンがいます。
北京の会場でもコスプレをする人がいた人気キャラクター、背番号14の「三井寿」(みつい・ひさし)。実は、その名前のルーツが福岡にありました。
みついひさしとみいのことぶき
福岡県三井郡大刀洗町の「みいの寿」は、1922年創業の老舗の造り酒屋です。筑後川水系の豊かな水と、地元の米にこだわって日本酒の製造を続けてきました。
ここで製造されているのが「三井の寿(みいのことぶき)」です。読み方は違えど、「の」を除けばそのまま同じ名前です。
人気キャラクター「三井寿」と日本酒の関係について、4代目蔵元・杜氏(とうじ)の井上宰継(いのうえ・ただつぐ)さんに聞きました。実は井上さん、かなりの漫画好きだそうで……
――「三井の寿」と「三井寿」の関係はどのように知ったのですか?
最初はうわさでしか無かったんですよ。友達から「三井寿っておまえの酒からとったんじゃないの」などと言われたりはしていましたが。
ところが、今から15年ほど前に、原作者の井上雄彦先生が『漫画がはじまる』という対談本の中でキャラクターの名前の由来を問われて、「ミッチーはお酒の名前だったと思います」「読み方は違うんですけど、日本酒で『三井の寿』というお酒があるんです」と言及してくれたんです。
うわさは本当だったんだと驚きました。
――そのことを知った時はどのような気持ちでしたか?
僕は52歳になるんですが、いまだに『週刊少年ジャンプ』を読んでいるくらい漫画が好きで、『スラムダンク』もリアルタイムで読んでいた世代なので、とてもうれしかったです!
――キャラクターの背番号と同じ数字「14」を大きくボトルにあしらわれていますね。
「14」という数字は、日本酒の甘さ辛さを示す数値「日本酒度」が+14であること、アルコール度が14%であることを表しています。
とても辛口ですっきりとした後味の、とにかく料理にでも何にでも合うお酒です。
――作品の公認の商品ではないのですね?
全然違います。「スラムダンクのお酒」だとかは、僕は何も言っていなくて、あくまで「三井の寿 +14 大辛口」というかたちで出しています。
――作品の劇場版が公開されてから、変化はありましたか?
中国の取引先には何十倍もの注文が入ったと聞いています。
国内での売り上げも含めると、引き合いは4~5倍に増えています。しかし、生産できる量は決まっているので、全然出荷できていない状態です。
酒を製造できる量は、酒蔵のタンクの数や瓶詰めなどのキャパシティーの関係などから限られており、たとえたくさんの注文が入っても青天井に製造できる訳ではないのだとか。蔵にある在庫はすべて出荷先が決まっているそうです。
日本国内で手に入れるには、市場に出回っているわずかな在庫をあたるしかありません。
試しにある中国のECサイトで検索してみると、日本の小売価格のおよそ3倍となる498元(およそ1万円)と掲載されていました。
――お客さんの層に変化はありましたか?
それは本当に変わっています。少し困っているのは、普通にお酒を飲む人はラベルに少し傷がついたり、泡が入っていても、そんなのは気にしないと思うんです。
ところが、映画が始まって一番多いクレームは「ラベルが傷ついているから交換してくれ」というもの。もはや、飲むというよりもコレクションで買っている人も多いのかなと感じました。
――外国人の方が蔵に直接訪ねてくることもあるのですか?
中国でもなかなか手に入りにくくなっているようで、「買えないから蔵元に行くしかない」みたいなことがネット上に書き込まれていたこともあったようです。中国からのお客さんが1日に3組いらっしゃった日もありました。
それからも、週に何組かはちょくちょく中国や韓国から来られた方がやってきます。
蔵では直売も見学の受け入れもしていないので、急遽ホームページに中国語で「蔵では販売していません」と記載しました。
――蔵に直接訪ねて来てしまった方にはどう対応されているのですか?
近所の酒屋さんをご紹介して、そちらで買っていただくようにご案内しています。
――作品をきっかけに「三井の寿」に注目が集まって、どのようなお気持ちですか?
本当にうれしいことです。僕は、「0杯を1杯に」ということで、いかに日本酒をあまり飲まない人に飲んでもらえるかをずっと考えてきたので、きっかけは何でもお酒を飲んでもらえるということがすごくうれしく思っています。
このチャンスを町おこしに!
「三井の寿」の人気にあやかって、大刀洗町では地元の魅力を広くアピールしようと、さまざまな取り組みを進めています。小さな町のPR活動は、なんと海を越えて行われていました。
大刀洗町役場の地域振興課長の村田まみさんは、14年にわたって大刀洗の魅力を町内外に発信してきました。ヒョウ柄がトレードマークの名物職員です。
――『スラムダンク』ブームを受けて、大刀洗のお酒「三井の寿」が海外からも注目を集めていますが、町としてどのような取り組みをしているのですか?
大刀洗町は、みいの寿さんのほかにも日本酒や焼酎をつくっている酒蔵さんが多くある町です。今回のブレイクをきっかけに、行政としても町の良さをPRして、みんなで盛り上げていければいいと思っています。
――具体的にはどのような活動をしているのですか?
広東語のFacebookページを町で制作して、香港や台湾の方などに向けてPRを強化しています。
実は、先日職員で香港に渡って町のPR活動をしてきました。現地でも『スラムダンク』のラッピングを施した路面電車が走っていたり、作品の人気の高ぶりを実感しました。ぜひ、大刀洗町のことも一緒に覚えてもらえればと思っています。
――香港ではどのようなPR活動を行われたのですか?
「14」とラベルに書かれたお酒や、地元の野菜などを持ち込んで、現地の方々に実際に召し上がっていただくイベントを開催しました。
「三井の寿」の知名度は香港でも高いようで、「三井の寿」を目当てに来られた方もいらっしゃいました。
――大刀洗町のような規模の自治体で海外にPRに出かけるというのは、珍しいのではないでしょうか?
はい、そうだと思います。香港をきっかけに、アジア全体に大刀洗町のなんらかのPRをしていければいいなと考えています。
その中で、アジアで爆発的な人気を誇る日本酒が町にあるということは、ものすごく強いコンテンツだと思っています。
いろいろな自治体がしのぎを削るPR活動ですが、このお酒をきっかけに町の魅力を世界に発信していきたいと思っています。
『スラムダンク』の登場人物、流川楓(るかわ・かえで)と同じ字を書く「流川(ながれかわ)」という交差点が酒蔵からほど近いところにあります。公式には言及はありませんが、ファンの間では、「ここが由来なのでは?」とささやかれ、見物に訪れる人もいるのだとか。
町では「14」のユニフォームを着た職員が現地を訪れるショート動画を制作し、海外のファン向けに発信する取り組みも行っていました。
――一連のブームは町にどんな効果をもたらすでしょうか?
町の魅力が世界に発信されていくことによって、いままで自分の住む町に興味が無かった方にも、「あぁ、この町にはこんなにいいものがあるんだ」と実感していただいて、この町に住んで良かったと思ってもらえるといいですね。シビックプライドの醸成です。
大刀洗のお酒は本当においしいです。おいしいお酒は、おいしい空気と、おいしい食べ物、そして町の気のいい人達の雰囲気でできるものだとおもいます。ですから、ぜひ、大刀洗にいらっしゃって、この町の空気に触れていただきたいと思います。
取材を終えて
潜在的な魅力を持っている地域の産品が、人気コンテンツの力を借りて世界にその名を知られるところになり、多くの人がその魅力に気づき大人気となったという今回のストーリーから、自分が暮らす町にはまだまだ知らないお宝が眠っているのではないかと気付かされました。
大刀洗町での取材の帰りに、「みいの寿」の井上さんから紹介してもらった酒屋さんに立ち寄り、お土産に「三井の寿」を買って帰ろうと思ったのですが、お店に一歩入った瞬間に店員さんから「ありませんよ!」とひと言。聞けば、常連客以外で来店する人の目当てはほとんど「三井の寿」なんだとか。残念ながら今回は手に入りませんでしたが、いつか大刀洗のおいしい食事と共にあじわってみたいものです。