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彼女は別れる決断をした それだけですごい選択

博多駅前女性殺害事件 被害者支援の現場から
  • 2023年03月14日

ことし1月、JR博多駅近くの路上で会社員の女性が刃物で刺され殺害される事件が起きました。
殺人などの罪で起訴されたのは元交際相手。
女性がストーカー被害を警察に相談していた相手でした。

ストーカーに関する相談の受理件数が全国最多の福岡県。どうすれば最悪の結果を防ぐことができたのか。支援の現場からは、被害者に重い負担を強いる実態の改善を求める声が聞かれました。

玄関口 JR博多駅近くで起きた事件

発生の日は雨 現場には傘も

事件は、ことし1月16日の午後6時過ぎに起きました。
JR博多駅付近の路上で会社員の女性(当時38)が刺され、死亡しました。子育てや仕事に励み、明るく優しい性格で周囲の人に好かれていた女性。しかし、その命は突然理不尽に奪われてしまいました。現場には花束や飲み物などを手向ける人の姿が絶えませんでした。

ストーカーの相談と警察の対応

殺人などの罪で起訴されたのは、元交際相手の寺内進被告。今後、裁判が行われる予定です。
女性から別れを告げられたあとも職場に押しかけるなどの行為を繰り返し、事件のおよそ1か月半前、警察からストーカー規制法に基づく「禁止命令」を受けていました。
 

寺内進被告

女性からストーカー被害の相談を受けていた警察は、自宅周辺のパトロールを強化するなどの対応をとっていたほか、危険性を説明した上で転居や転職を女性に促していたといいます。

女性が転居や転職を選択することはありませんでした。

警察は、転居や転職に関しては被害者本人の協力や意思が必要だとしていて、希望しなければ避難先の具体的な紹介まではしないといいます。
警察は、容疑者を逮捕した際の記者会見で次のように話しました。

会見する福岡県警察本部 捜査第一課長

警察がとった措置については、法に基づき適切に対応したと考えております。
結果として、このような形になりましたが、非常に残念でならないというところであります。

“簡単にできることじゃない”の声

事件の報道が続く中、SNS上には、被害者の立場を代弁するような意見がありました。

「転居や転職なんて簡単にできることじゃない」

「子どもがいると、そう簡単に転居も転職もできないんです」

「実際被害にあった場合、転居考えられるだろうか?そう簡単には考えられないよね」

ストーカー被害を訴えていた被害者が促された、転居と転職。その選択の難しさを訴える声でした。

被害者支援の現場からの訴え

県内で長年、ストーカーなどの被害者支援を続けている関係者も、被害を受けている人にとって、転居や転職を決断することはハードルが高いと指摘し、その理由を次のように話しました。 

ストーカーやDVの被害者支援に携わる女性

ご本人にとっては、やっと落ち着いた家、手にした職業それが自分の生活を支えるわけだから、それを簡単に手放すというのは自分の生活が根底から崩されていくことになるので、それはものすごく抵抗があると思います。被害者にぽんと選択肢を丸投げするんじゃなくて、行政とかいろんな相談窓口、そこの相談員などと一緒に考えて、苦労のハードルを低くしていくことが必要かなと思います。

今回の事件の受け止めについて質問すると、被害者を守るための大前提として、今回の事件で被害者の女性が元交際相手と別れる決断をした選択。それだけで大変なことなのだということに思いをめぐらせるべきだと強調しました。

別れたいと言って離れた、あれだけの人から別れた、それだけで(彼女は)本当はものすごい選択をしてものすごい踏み切りをしたと思います。その選択のその後の安全をどう守るかという問題だったと思うんですよね。それから先、何か足りないものはなかったのか。知恵を寄せ合えるものはなかったのか、そういうことを考えていかないといけない。

不安や緊張にさらされている被害者にとって、加害者と決別する決断は、大きな決意と勇気が必要なこと。さらに転居や転職を考えるのは、やはり難しいといいます。

大きな決断をした被害者をどう守るかは、むしろ、捜査機関や支援体制に委ねられているのではないか。支援活動の現場からの声は、悲劇を繰り返さないためのヒントになり得るのではないか。私たちは、そうした考えで支援にあたっている機関や仕組みはないか、取材を進めました。

被害者の負担を軽くする支援体制

独自の取り組みを行っている久留米市の「男女平等推進センター」が取材に応じてくれました。このセンターでは「女性向けの総合相談窓口」として、仕事や子育て、それに家庭のことなどあらゆる相談に応じています。

相談受け付けは土日を含めた毎日で、毎週木曜は夜間に対応しています。寄せられる相談は年間4700件以上で、そのうち半数以上を占めるのがストーカーやDVに関する内容だということです。

久留米市男女平等推進センター 酒井香所長

センター所長の酒井香さんは「総合相談」の看板を掲げることと相談の機会を多く設けていることがストーカーやDVの被害者を支援につなげるためのカギだといいます。

大切なのは相談そのもののハードルを下げることです。別の相談で窓口を訪れた方のお話を聞く中で、実は被害にあっていて支援が必要な方だということがわかる場合もあります。間口を広げることは大事だと考えています。

“ワンストップ“で負担を軽減

ワンストップ化のためのDV被害者相談共通シート

センターでは、ストーカーやDVの相談者をワンストップで支援する仕組みも作っています。
その仕組みの1つが相談者とセンターが記入するシートです。シートには相談内容などに加え、市役所内の支援先の一覧が記載されていて、これさえあればどこでどんな手続きをすればいいかが一目でわかるようになっています。また職員側もシートを通じて相談内容を把握できます。そのため相談者が別の窓口で何度も同じことを尋ねられるのを防ぎ、精神的な負担が軽減できるといいます。

”ワンストップ”は市役所内だけにとどまらず外部にも広がります。警察や弁護士、民間の支援団体に加え、医療機関やハローワーク、それに年金事務所といった関係機関とのネットワークがあり、各機関や行政と連携してシェルターなどへの一時避難、住まいや仕事探しなどの自立支援も一貫して行っています。

酒井香所長
相談につながっていない、いわゆる潜在的な被害者というのがまだまだいるのではないかと思っています。相談にこられた方の不安な気持ちにしっかりと寄り添って伴走型の支援をしていくということを大切にしています。

(取材後記)
取材を通じて私たちが感じたのは、現行の法制度で加害者の行動を制限することに限界がある中で、被害者側の負担があまりに重いことでした。
ストーカーの被害者は、孤立することが多いといいます。また、「プライベートな出来事だから」と考えて、被害を我慢したり、過小評価してしまう傾向があるので、客観的に判断できる仕組み作りが欠かせません。
自分一人で判断したり、支援先を自ら探したりするのではなく、久留米市のように一緒に考えてくれる人がいるのは心強い体制です。
ただ、こうした支援体制が整備されている場所は、県内にまだほとんどありません。
誰もが被害者になる可能性があります。また、今も被害に苦しみ、相談できずにいる方がいるかもしれません。亡くなった女性の無念、ご遺族の悲しみ、今回の事件を忘れず、被害者の声を受け止めて寄り添う支援体制の改善と充実を図る必要があります。

【ストーカー・DV相談窓口】
・久留米市男女平等推進センター。
0942-30-7800
・福岡県あすばる相談ホットライン
092-584-1266
・福岡市配偶者暴力相談支援センター。
092-711-7030
・北九州市配偶者暴力相談支援センター。
093-591-1126

このほか筑紫、粕屋、糸島、田川、宗像・遠賀、嘉穂・鞍手、北筑後、南筑後、京築の9つの地区に配偶者暴力支援センターがあります。
男性の被害者、LGBTQの被害者のための相談ホットラインもあります。

  • 檀浦歩

    NHK福岡放送局 記者

    檀浦歩

    2022年入局。広島県出身。
    事件・事故の取材を担当しています。学生時代は、紛争と開発について学んでいました。

  • 松木遥希子

    NHK福岡放送局 記者

    松木遥希子

    2006年入局。京都局、社会部、前橋局を経て福岡局。社会保障やジェンダーなど幅広く取材しています。福岡県出身。

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