福岡空港の大行列 航空需要回復の裏で
- 2023年03月07日

週末を中心に福岡空港の出発ロビーで発生する大行列。全国旅行支援が始まった去年10月から目立ち始め、今も解消には至っていません。利用者からは困惑の声も相次ぎ、ネット上では「福岡空港」がトレンド入りしたことも。空港で何が起きているのか?背景を探るべく空港に向かいました。
(NHK福岡放送局記者 郡司幸耀)
見えない最後尾

2月最後の日曜日午後4時の福岡空港国内線ターミナル。
出発ロビーがある2階に着いた私の目に飛び込んできたのは、まさに“長蛇”の列でした。
この行列、ネット上に「ディズニーランドのアトラクション並み」「人気アイドルの握手会か」と書き込まれたことも。
いったいどこまで続いているんでしょうか?
北側の保安検査場付近の先頭から列を追ってみることにしました。

行列に並ぶ人と飲食店や土産物店の利用者で混雑するフロアを慎重に進むと、ようやく「最後尾」の看板が見えてきました。と思ったのもつかの間、それは反対側の南側の保安検査場からのびる“別の行列”の最後尾。
すれ違った列はさらに先へとのびて南側の保安検査場付近まで続き、実に約200メートルに達していました。

利用者からは戸惑いの声
スーツケースや土産物を手にした利用者たちは、空港スタッフの案内で最後尾にたどり着くも、保安検査場ははるか先。刻々と迫る飛行機の出発時刻に気が気ではない様子です。

「妻と子を見送りに来たのですが、信じられない行列でした。1時間前に着いてチェックインしようとしたらこの状況で。何とか搭乗できましたが不安でした」
(30代男性)

「『1時間並びます』と言われました。普段は30~40分前に来て間に合うので、こんなに並ぶのは初めてです」(60代女性)
原因は保安検査員の不足

この“長蛇の列”の原因は保安検査員の不足です。
福岡空港には、国内線・国際線あわせて16の保安検査のレーンがありますが、配置できる人員が足りず、およそ3分の1のレーンが閉まっているのです。
空港で保安検査業務を委託されている福岡市の警備会社「にしけい」によりますと、コロナ禍で航空需要が落ち込んだ間に保安検査員の離職が相次ぎ、2020年4月と比較して4割以上減少しました。
その後、福岡空港を利用する旅客数は国内線で約8割、国際線で6~7割程度まで回復した一方、保安検査員の人手が確保できず、レーンが十分に開けられない状態が続いているのです。

「にしけい」によりますと現在福岡空港で保安検査を担う職員は約200人。正常化に向けてはこの倍の人数が必要だということです。
このため、コロナ禍で中断していた通年での中途採用を再開し、パートやアルバイトの採用も増やしました。
ただ、必要とする人数は確保できていません。
ことし4月に入社予定の新入社員も例年より100人ほど少なく、現場に配属される5月の大型連休頃には状況は多少好転していると見ていますが、人手不足解消のめどは立たないままです。
空港全体で人手が足りない
人手不足は保安検査業務だけでなく、空港全体に及んでいます。
空港の運営会社「福岡国際空港」によりますと、空港内の事業者の従業員数は2019年に約8000人だったのが、2022年には約6500人と約2割減少。
荷物の積み降ろしなどを行う「グランドハンドリング」と呼ばれる業務にあたる職員も1人あたりの負担が増しているといいます。
状況を打開しようと空港内の事業者がワーキンググループを結成。連携して人材確保につなげようと戦略を練り始めました。
手始めとして、ことし1月に合同企業説明会を開催。「にしけい」も参加し、保安検査業務の経験がある社員が、安全な空の旅を支える保安検査の重要性を説明しました。


「年末年始に旅行にいった時にもかなり並んでいました。飛行機に乗る時間がギリギリになって、人手が足りないのかなという印象は受けました。男性の方や体力に自信のある方が活躍されているイメージでしたが、説明を聞いて女性の方も活躍されていることを知ったので、自分もご縁があれば一緒にお仕事させていただきたいなと思いました」

「前職は全く違う職種だったのですが、飛行機を利用するとき必ず受ける保安検査の仕事がどんなものなのか興味はありました。1日に何千人という乗客を相手にしなければいけないので忙しい仕事だなと思いましたが、人々の安全を確保する業務で、きょうの説明会は興味を持つきっかけになりました」

さらに、空港の運営会社では空港内で業務を行う事業者の求人情報を集めた専用のサイトを2月末に立ち上げました。
16の事業者の業務内容などの情報をワンストップで把握することができるサイトで、空港の仕事に関心を持ってもらい人材確保につなげたい考えです。

人材確保の見通しは“視界不良”
あの手この手で取り組みを進めているものの、保安検査員不足の抜本的な解消に向けた道筋は見えないのが実情です。
理由のひとつが、賃上げなどの待遇改善に踏み切れないこと。
日本の空港の保安検査は、航空会社が警備会社に委託する形で行われていますが、コロナ禍の影響で航空会社から支払われる委託費は減少。警備会社の経営を取り巻く環境は厳しく、賃上げは容易ではないといいます。
警備会社で15年余り保安検査員を務めた人事部の採用担当者も「今回の人手不足は次元が違う」と危機感を抱いています。

「かなりお客様をお待たせしてしまって、大変申し訳なく感じています。今回は今までの人員不足とは次元が異なり、当社としても重く受け止めています。説明会では『空港で働きたい』と考える人がたくさん参加していると思うので、空港保安検査という仕事がどういう仕事なのかを知ってもらい、お客様の安全や安心を守るやりがいのある仕事に興味を持ってもらいたい。引き続き新卒採用・中途採用ともに力を入れて1人でも多く採用につなげ、人員不足を解消したい」
(「にしけい」人事部人財開発室 山中辰也係長)
国も検討会を設置 対策取りまとめへ
深刻な空港スタッフの人手不足に対し、国土交通省でも有識者会議を設置して検討を始めました。
実態の把握を進めた上で、人員の効率的な配置や先進技術の導入、事業者への補助も視野に検討し、早ければ5月末ごろに対策の指針の中間とりまとめを行うことにしています。
旅行需要が回復する中、空港だけでなく旅館やホテルなどでも人手不足は深刻です。
新型コロナの影響を大きく受けた業種の関係者からは「業界の先行きの不透明感から、人が集まりにくくなっていると感じる」といった声も聞かれます。
空港の利用者として行列の解消を望むことはもちろんですが、空の安全に欠かせない保安検査の担い手の確保という課題に国や業界がどう向き合っていくのか、今後も取材を続けていきたいと思います。