ページの本文へ

読むNHK福岡

  1. NHK福岡
  2. 読むNHK福岡
  3. 福岡発祥! “空飛ぶ海猿”

福岡発祥! “空飛ぶ海猿”

変わる海上保安庁の変わらぬ任務
  • 2022年12月27日

海上保安庁の“海猿”をご存じの方は多いのではないでしょうか。

では、“空飛ぶ海猿”は?

その発祥の地は、福岡。

海難救助の精鋭チームは、いかにして生まれ、何を担ってきたのか。

歴史を知る“元猿”が取材に明かした「誕生秘話」です。

(福岡放送局記者 西牟田慧)

“空飛ぶ海猿” 機動救難士

2022年12月、NHKの取材クルーは、ある訓練を取材するため、博多湾を航行する海上保安庁の小型巡視艇「とびうめ」に乗っていました。

この日は強い風に白波が立つ厳しい気象条件。
時折波をかぶりながら沖合に進むと、上空にヘリコプターが姿を現しました。

海面から十数メートル、超低空飛行のヘリコプターがホバリングで船の真上につけたと思うと、開かれたドアから特徴的なオレンジ色の制服が見えました。

降りてきたのは、海上保安庁の「機動救難士」たち。
海難救助を行ういわゆる“海猿”の中でも、特に高い救助技術を持つ精鋭チームで、ヘリコプターと連携した「航空救難」を専門とすることから、“空飛ぶ海猿”とも呼ばれます。

訓練では、2人1組の救難士たちが、代わる代わるヘリコプターからロープ降下を行い、要救助者役の救難士をハーネスで固定して、つり上げていきます。

揺れる船の後方、わずか数メートル四方の甲板に正確に降りてくる救難士たち。
ロープ1本で体を支えながら速やかに降下する「リペリング」という技術です。
降下を始めてから甲板に降り立つまで、最短でわずか数秒でした。

訓練にあたっていたメンバーの中には、「救急救命士」の国家資格を持つ救難士もいました。
実際の出動現場では、収容した要救助者をヘリコプターで搬送するのと同時並行で、救命処置なども行います。

ヘリコプターの機動性を最大限に生かす高い救助技術と、救命処置の専門知識。
この2つを兼ね備えたのが、機動救難士です。

“発祥の地”福岡 誕生秘話

この機動救難士、実は福岡県が“発祥の地”です。
2022年10月には、発足から20年の節目を迎えました。

海難救助の精鋭チームはどのようにして生まれたのか。
歴史を知る人物を探したところ、一番のキーパーソンが、福岡にいました。

第七管区海上保安本部 松村謙一次長

当時、東京・霞ヶ関の海上保安庁本庁の救難課で制度の立ち上げを担当した松村謙一さん。
現在は、北九州市にある第七管区海上保安本部の次長を務めています。

お話を伺いに行くと、こう言って出迎えてくれました。

「私自身も“元猿”ですので、きょうはその思いをお伝えできれば」。

松村さん自身、羽田を拠点に活動する海上保安庁の最精鋭レスキューチーム「特殊救難隊」の元隊長。
海難救助のエキスパートです。

当時、最大の課題は、救助までにかかる「時間」でした。
現場到着までの時間、救助にかかる時間、そして搬送にかかる時間。
陸の事故とは異なる海難事故の特性が、救命をはばむ壁となっていたのです。

松村さんたちは、過去5年間に起きた海難事故の状況を、1件1件しらみつぶしに分析。
沿岸部の海難にいかに迅速に対応できる体制をつくれるかが、鍵になると考えたといいます。

インタビューに答える松村次長

第七管区海上保安本部 松村謙一次長
「当時の担当の何名かで過去5年間に起きた全国の海難事故を、すべて確認しました。何時に入電して、いつ現場に到着して、そして、結果として救助できたかできなかったか。
調べると、沿岸の12マイル(約22キロ)以内で海難の95%が起きている。だから、このエリアの救助率を上げてしまえば、いままで助からなかった方をもっと助けることができると考えました」

そうした生まれたのが、ヘリコプターで現場に急行して救助にあたる専門要員を各地の航空基地にバランス良く配置する機動救難士のコンセプトでした。
そして、全国に先駆けて配置先として選んだのが、海上交通の難所、関門海峡などを管轄し、船舶事故などの海難が多発していた福岡だったのです。

機動救難隊発足式 2002年10月

機動救難士を全国に広げ、構想を実現できるかどうかは、この地での実績にかかっていました。
華々しい発足式の裏で大きなプレッシャーを抱えた船出だったと、松村さんは取材に明かしました。

第七管区海上保安本部 松村謙一次長
「実は、だいぶ厳しいオーダーを本庁から機動救難士のメンバーには落としていました。1つは、『絶対に事故を起こすな、けがをするな』。もう1つは、『必ず数字を上げろ』ということです。非常に難しい注文だとわかっていましたが、それは厳命しました。結果として、現場は見事に数字を上げてくれました」

その後、機動救難士の配置先は、北海道から沖縄までの9か所に拡大。
2022年11月末時点で累計の出動件数は1万件を超え、のべ4000人近くを救助してきました。

なかでも“発祥の地”福岡の出動件数は1600件以上と、全国最多を誇ります。

海上保安庁の資料をもとに作成

発足から20年 課題も

発足から20年が経ち、新たな課題も出てきています。

全国9か所にまで広がった機動救難士と羽田の特殊救難隊を合わせ、海上保安庁は全国の沿岸部の「ほとんど」に、約1時間で急行できる体制を整備してきました。

しかし、2022年4月に発生した北海道・知床半島沖の観光船沈没事故では、現場がこのエリアの中に含まれていませんでした。
機動救難士が配置されていない航空基地のヘリコプターが、潜水士を乗せて現場に到着したのは、通報の3時間あまり後。この事故では、2022年12月時点で、20人が死亡、6人が行方不明となっています。

知床沖を含む道東や道北地域は、数少ない「航空救難の空白地帯」となっていたのです。

事故を受けて、海上保安庁は2023年度、道東地域を管轄する釧路航空基地に新たに機動救難士を配置する方針です。

変わる海保の変わらぬ任務

さらに今、海上保安庁の組織そのものを取りまく状況が、大きく変わろうとしています。

自衛隊との合同訓練 2022年11月

政府は2022年12月、安全保障に関する3つの文書の閣議決定にあわせて、「海上保安能力」の強化を決定しました。
中国の海洋進出などを念頭に、沖縄県の尖閣諸島沖での領海警備能力の強化や、無人偵察機などを活用した海洋監視能力の強化などが打ち出され、海上保安庁の安全保障上の役割が拡大しています。
限られた人員の中で、領海警備以外の任務にあてる人材の不足や、技能の維持・継承も、課題となっています。

議論する機動救難士たち

こうした中、“発祥の地”福岡の機動救難士たちは、今どんな思いで日々の任務にあたっているのか。

質問をぶつけると、返ってきた答えは、「変わらない大切さ」でした。

機動救難士1年目 池田侑平さん
「海上保安庁の任務は、日々増加、多様化していると思いますが、その中で私たちがやる救難任務という“幹”の部分は変わらないと思います」

機動救難士5年目 濵田洋弥さん
「助けを求めている人がいたら、その現場に行ってできる最善の力を尽くすことが私たちの仕事だと思っています。いろいろな状況はあれど、自分たちは自分たちの仕事をしっかりやっていくことが必要だと感じています」

 

かつてない変化に直面する海上保安庁。

「海のレスキュー」の最前線には、命を守る責任と向き合い続ける、変わらない“海猿”の姿がありました。

  • 西牟田慧

    福岡放送局記者

    西牟田慧

    2011年入局。
    沖縄局、社会部を経て、2022年8月から福岡局。
     初任地の沖縄時代から海保を継続的に取材。   

ページトップに戻る