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誰か助けてください

障害児“療育”理事長の監禁事件 届かない叫びを受け止めて
  • 2022年12月23日

ご飯を食べてちゃんと寝て 普通に生活したい
それだけしか望んでいないのに 
それすらかなわない
誰か助けてください

自閉スペクトラム症の息子を育てる母親が、
取材に声を振り絞る。
行政や医療機関も助けてくれなかった。
絶望の中で頼ったのが、独自の“療育方法”を行う
NPO法人の理事長だったという。
しかし、理事長はその後、別の障害児への監禁事件で逮捕・起訴された。
明かされた凶悪性。それでも「理事長に戻ってきて欲しい」という母親。
事件の背景に、必死に助けを求めても届かない「叫び」があった。
(福岡放送局 記者 木村隆太)

母親と息子の壮絶な日常生活

その母親と息子が住む自宅を訪ねたのは、ことし10月半ばだった。
東日本のある地方のまち。
稲が刈り取られた田んぼに冷たい風が吹いていた。
 

母親は30代で、9歳の一人息子が自閉スペクトラム症の診断を受けていて、つきっきりの生活が続いているという。
福岡県で発覚した事件の関係者をあたる中で、直接会わなければという思いに駆り立てられたのがこの親子だった。

玄関のチャイムを押すと、穏やかな笑顔の母親が出迎えてくれた。
優しい口調からも温厚な人柄が伝わってきた。

「取材の前に、子どもをトイレに連れて行く時間なので、少し待ってもらえますか。よかったら様子を見てみますか?」

母と子が置かれた現実に気付くのに時間はかからなかった。
以前は自力での排泄はできたという息子だが、いまでは日常的に介助が欠かせない。
母親に促されるようにして、私は親子2人のあとをついていった。

息子の歩行を介助する母親

母親は息子を後ろから支えるようにして階段を上りはじめたが、前に進まない。
息子は筋肉が硬直しているのか、母親に反発して体を動かしたくないのか、膝を曲げようとしない。
一段あがるのにもかなりの体力と時間を必要とした。

「“棒人間”みたいになってしまって・・・」

ようやくトイレにたどり着いたが、ズボンを着脱できない息子は、母親が介助すると「ギャー」と部屋中に響く声を出し、頭を前後左右に激しく振った。
トイレの壁に容赦ない力で頭をぶつける。
母親は息子の頭を守るようにして抱きかかえたが、息子がやめるそぶりはない。
母の腕のなかで激しく頭を振り、顔にぶつかって母親がのけぞった。

私はどうして良いのかわからず、立ち尽くすことしかできなかった。

「強度行動障害」は、自閉スペクトラム症の障害児などの二次障害として表れる、他傷・自傷行為などを指すのだという。

「まだ小さいから私でも何とか対応できますけど、大きくなったら私の力ではどうにもならないかも」

しっかりと息子を抱きかかえた母親は、息を切らしながら言った。

NPO法人の理事長による障害児監禁事件

送検される理事長

ことし7月、福岡県警察本部は、福岡市のNPO法人「さるく」の坂上慎一理事長(57)を逮捕した。
久留米市で障害児支援施設などを運営していた理事長。
13歳から15歳のいずれも男子中学生3人に対する逮捕監禁の罪で、その後、起訴された。

起訴状などによると、このうち一人のケースでは、理事長は生徒の自宅を訪問し、手足を縛って「暴れたら殴るぞ」などと脅したうえで、頭に袋のようなものをかぶせて殴り、抵抗できない状態にして、無理やり施設に連れて行ったなどとされている。

裁判所に出廷した理事長(スケッチ)

「“レスキュー”と称して、障害児の保護者の依頼を受けて、障害児を拘束して拉致し、暴行脅迫するなどして恐怖心を植え付け、問題行動をやめさせる手法を考案し、事業活動の一部としていた」

「母親から連絡を受けて相談に応じ、児童に言うことを聞かせる方法として、結束バンドで手足を縛り、目に粘着テープを貼って拉致し、脅迫する手法を提案したうえ、3日間のコースで100万円ほどの費用がかかることを説明した」

(検察の冒頭陳述より)

初公判で検察が主張した内容からは、療育とはほど遠い行為を繰り返していたことがうかがえた。

起訴された内容を認めた理事長。
ところが、その悪質さがしだいに明らかにされる中、理事長の“療育”に頼った経験がある親などから情状酌量を求める声があがり始めたのだ。

インターネットの署名画面

取材を進めると、その多くが理事長に「助けてもらった」と感じていた。
逮捕後にインターネット上で始まった情状酌量を求める署名活動に賛同する人は、およそ1か月半の間に681人にのぼった。

その一人が、先ほどの母親だった。

勉強熱心な母親 安定した幼少期

「たまねぎをむくのとか、お掃除も手伝ってくれたりとか、本当に穏やかに一緒に楽しんでやってくれました」

数年前の写真の中で笑顔を浮かべる息子。
家族でテーマパークに遊びに行ったり、息子が大好きなラーメンを食べに行ったりしていたという。

母親が変化に気づいたのは、息子が生まれてすぐだった。
授乳時に視線があわず、抱っこをしても反り返る行動がみられた。
看護師の資格を持つ母親は、早くから障害があるのではと考えていたという。

「視線が合わないとか、逆さバイバイといって(手のひらを)反対に振ったりして、1歳ぐらいまでの間に自閉の特性が結構出ていました。子どもの発育に良いというベビーマッサージやベビースイミングに通いましたね」

早期の療育が重要だと考えた母親。
息子が1歳半で自閉スペクトラム症の診断を受けると、5歳ごろまで毎週3回ほど、往復3時間の距離にある療育施設に自ら車を運転して通い続けた。

絵と文字でやることを示す「スケジュールの構造化」

予定の見通しが立てられない、単語しか話せず意思を上手く伝えられないなどといった障害の特性を自ら学びながら子育てをしてきた。
取り入れたひとつが、部屋の壁に掛けられている「トイレ」「本を読む」などの文字とかわいらしい絵が一緒に描かれたカード。
一日の「To Do List(=やることリスト)」を可視化させたもので「スケジュールの構造化」と呼ばれる視覚支援だ。

突如、始まった自傷行為

しかし、比較的安定していた生活は一転した。
通っていた療育施設が人員不足から閉所し、一人で息子を支える日々が始まった。
特別支援学校に入学した息子は、この頃から自分で顔などを殴るようになり、顔にあざが目立つようになった。

自分のあごを手の甲でたたく息子

そして去年(令和3)の秋、突如、激しい自傷行為が始まった。
素手であごを繰り返し殴るようになり、顔は変形してしまうほど腫れ上がった。
あごの傷口から炎症を起こし、食事もままならなくなり、緊急入院することになった。
 

母親
「息子をどう止めていいのか、どう接していいのかもわからなくなって、入院して(栄養補給のため)鼻にくだを入れたときも、パニックになって、ぎゃーってなって。こんなに周りに迷惑かけるんだったら死んだほうがよかったのかなって、みとったほうが楽なのかなとか」

退院後も自傷行為は治まらなかった。
食事がとれない状況も続き、入退院を繰り返すようになった。
自宅でも病室でも夜通し息子につきっきりの生活が続いた。
息子からも母親からも、かつての笑顔が消えていた。

息子に覆いかぶさる母親

昼夜を問わず突然、始まる自傷行為。
少しでも痛みを和らげてあげたいと、息子の腕にクッション材を巻きつけることにした。
さらに、頭を床に打ちつけた時などは体ごと覆いかぶさるように押さえつけた。
命を守りたいという思いからだった。

息子は学校を休学し、母親も仕事を休職した。
寝不足や将来への不安からノイローゼになり、精神安定剤や向精神薬を服用するようにもなった。
行政や病院に相談をしたが自傷行為の原因はわからず、改善にはつながらなかった。

ある夜、泣きわめきながら顔を殴り続ける息子に困惑し、児童相談所に助けを求めたが夜間のため翌朝病院に行くようすすめられた。
行き詰まって思わず子どもの首に手をかけそうになったという。

心も体も疲れ果て、絶望のなかで息子を車に乗せて海に向かったこともあった。
しかし、いざ海まで来ると、車のアクセルを踏み込むことはできなかった。
よみがえったのは、かつての写真の中でほほえむ息子の姿。

希望は捨てきれなかった。

母親が頼ったのはNPO法人の理事長

孤立を感じていた母親は、せめて心境を吐露しようとSNSに投稿するようになった。
すると、障害児のいる親とつながったという。

そして、紹介されたのが福岡市のNPO法人「さるく」の理事長だった。

藁にもすがる思いで連絡を取ると、自宅で受ける1週間の“療育”を提案されたという。
金額は100万円だった。
家族の反対もあったが利用することを決めた。

子どもを介助する母親

母親は当時をこう振りかえる。

「呼びかけても助けてくれる人がやっぱり坂上さん(理事長)しかいらっしゃらなかったので、やっぱり頼っちゃいますよね。死ぬ前にできることがあるんだったら100万なんて安いですよね。だって死ぬんだもん」

母親によれば、息子に対する自宅での“療育”では理事長による暴力行為はなかったという。
いまの状況を脱せるかもしれないと期待した母親は、後日、さらに3日間の“療育”を2回受けることにした。

しかし、理事長の逮捕・起訴で、それも途絶えた。
一時的に落ち着いたと思われた息子の自傷行為も再び始まり、一人で息子を支える日に逆戻りした。

母親はインタビュー中、落ち着いた口調で質問に答え、時折笑顔も見せていたが、最後に「どういう生活がしたいですか?」と尋ねた時、絞り出すような声で訴えた。

インタビューを受ける母親

「みんな普通にしていることができないから、早くから支援して自分でも勉強してきたのに、どうして私ばっかりこうなんだろうって。ラーメンが好きな子だったので、また家族で食べに行きたい。ご飯食べて、ちゃんと寝て、出すもの出して、それだけしか望んでないのに、それすらかなわない。誰か、助けてください」

障害者本人の視点に立ち、地域で生きる

今回の事件を受け、危機感を抱く人がいる。
大阪府で自閉スペクトラム症の障害児などを受け入れる施設を長年運営してきた松上利男さんだ。
全日本自閉症支援者協会の会長も務める松上さんは、親たちが理事長に助けを求めたことに根深い問題があると指摘した。

松上利男さん

「福祉のサービスが不足するなかで、親も困り果てて、苦しい状況を脱するために、とにかくすがりついてというようなところが大きい。社会全体の問題で、親を責めることはできないと私は思います」

一方で、恐怖を植え付け、短期間で成果を出そうとする理事長の方法には、障害者本人の視点が欠けていると考えている。
松上さんらが運営する施設には、専門知識を持つスタッフがいて、生涯にわたる支援を実現させようと、子どもの療育施設のほか、大人向けにも職場や住居などを提供している。

「一時的な行動改善ではなくて、その人の将来にわたる地域での質の高い暮らしをどう作っていくか、そのために本人を中心としてどういう支援機関と連携しながら子どもと保護者をどのようにサポートしていくかというような視点に立つ必要があります。切れ目のない支援を積み上げる必要があるんです。大事なのは地域で支え、地域で生きる。それが支援者としての使命です」

事件の向こう側にあった届かない叫び

NPO法人の理事長による障害児監禁事件は、司法を通じた事件そのものの解決にとどまらない、深刻な社会問題があることを示しているように思えてならない。
事件の背景には、支援の手が届かない親子の存在があり、悲痛な「叫び」があった。

福祉サービスは必要な人に平等に届けられるべきで、生まれた場所や地域によって受けられるサービスに格差があってはならないと思う。
だが、取材に応じてくれた母親のように適切な支援者に巡り会えない人がいるのが現実だ。
この間、「家族を助けてもらった」、「支援者として熱意があった」など、理事長に対する親たちの声を聞いてきた。

私も理事長を頼った親たちを責めることはできないと思う。
しかし同時に「障害児本人たちはどう感じていたのだろうか?」「彼ら彼女らの“声”をきく方法は本当にないのか?」という疑問も拭い去ることができなかった。

母親は、いまも一人で息子を支える生活を続けている。
今回、取材した内容を放送した後、医療や福祉に携わる人からこの親子への支援のアドバイスをいくつか頂いた。
また、専門知識を持つ支援者の一人が、親子を長期的に支援したいと手をあげてくれた。

親子に笑顔が戻るためにも、その声を社会に届けるためにも、取材を継続したい。

  • 木村隆太

    NHK福岡放送局記者

    木村隆太

    2017年入局。熊本局を経て、2022年8月から福岡局。主に警察取材を担当しています。

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