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音声パソコンが視覚障害者の世界を広げる

IT機器利用を支援する「福岡 パソボラさーくる虹」
  • 2023年02月21日
明治博さんと音声パソコン

画面の情報を読みあげてくれる「音声パソコン」があれば、全く目が見えなくても、パソコンを使いこなすことができるそうです。

音声パソコンを愛用する明治博さん

福岡市東区で鍼灸院を営む明治博さん(60代)は、網膜色素変性症のために、徐々に目が見えにくくなり、20年ほど前に全盲になりました。自宅を兼ねた鍼灸院には、愛用する「音声パソコン」が、いつも近くに置いてあります。音声パソコンは、明治さんの暮らしや仕事を支える大切な道具になっています。

明治さんが愛用する音声パソコン

 

鍼灸院の窓際に音声パソコンが置いてある

「音声パソコンは、いろいろなあきらめたことを可能にしてくれる」(明治さん)

視覚に障害がある人の中で、点字が読める人は実際には少ないそうです。中でも、高齢になってから視力を失った人は、点字の読み書きができるようになるためには、訓練にかなりの時間と労力が必要です。

平成13年の厚生労働省の調査(厚生労働省:「平成 13 年身体障害児・者実態調査」)によると、視覚障害者で、点字を読むことができる人は10人に1人くらいの割合とされています。

明治さんも、点字の仕組みや書き方は分かりますが、指で触って読みこなすことはできないそうです。ところが、音声パソコンを使うようになり、あきらめていた読書もできるようになりました。

音声パソコンで出来ること

音声パソコンには、画面の情報を読み上げるソフトウェア(スクリーンリーダー)が入っています。マウスは使わず、キーボードで操作します。画面のカーソルの位置を動かしてアイコンや文字、画像などを選択すると、その情報を音声で教えてくれます。音声の読み上げ速度を変えることもできます。

音声パソコンを操作する明治さん
マウスではなくキーボードで操作
ショートカットキーなども使いこなす

音声パソコンを使えば、ウェブの閲覧、文書の作成、電子メール、電子図書(サピエ図書館など)、マルチメディアコンテンツの利用、動画投稿サイトの視聴、オンラインミーティングなど、パソコンでできる作業のほとんどをこなすことができます。

例えば、電子メールの場合、ウィンドウズキー(スタートキー)を押すとメニューが現れます。メニューを移動すると移動したところのソフトウェア名を読み上げます。メールソフトを起動し、音声で文字を確認しながら、文章を作成します。

 

どのソフトウエアが選択されているか音声で読み上げる
入力する文字の変換も 音声案内を聞きながら行う

「視覚に障害があってもパソコンを使えば、目が見える人たちと同じ文字でコミュニケーションを取ることができる」(明治さん)

 

読書も楽しめる

 

プロ野球の最新情報も

明治さんは図書検索でも音声パソコンを使って好きな図書を探し、ダウンロードしたファイルを耳で聞きながら読書を楽しんでいます。また、気になるプロ野球の予定や試合結果、ニュースなど最新の情報もチェックしています。音声パソコンから得た情報は、鍼灸院に訪れる患者さんとの会話にも役立っているそうです。

この日、昔のバンド仲間から、オリジナルの新曲が届きました。メールに添付されたファイルを再生します。

友人から届いたメール
ファイルを再生

「新しい楽曲ができた場合は『できたぞ』とか言ってネット経由で送られてきて、それを聴いている。かつての仲間とつながるのもパソコンのおかげで、懐かしい思い出がよみがえる」

(歌詞・星に願いを) 
🎵   夜空に星が流れた その時かけた願いは
これから ふたりが幸せつかめるように
君と心を 重ね合わせて
振り向かず ゴールまで歩いて行く 🎵

明治さんは、仕事の合間の空き時間があればパソコンに向かいます。仕事を終えてからも、就寝までの多くの時間をパソコンと過ごしています。明治さんは「家族から、またパソコンを触っているけど、少しは身体を休めなさいとよく言われます」と笑いながら話します。

就寝するまでパソコンと

「自力で最新の情報を得ることができるので、パソコンがあるのとないのとでは全く違います。本やニュースが読めなくなったとき、家族や誰かの手を借りるのは大変です。僕の時間と相手の時間が一緒にならなくてはいけないのですから。ところが、音声パソコンがあれば、一人でいろいろなことが出来るようになり、目が見えていた時の世界に戻ったといいますか、むしろもっと世界が広がりました」(明治さん)

「パソボラさーくる虹」との出会い

明治さんが音声パソコンの使い方を本格的に学んだのは、福岡市でパソコンなどのIT機器を利用して視覚障害者の情報バリアフリーを支援する「パソボラさーくる虹」です。

研修会の様子

「パソボラさーくる虹」は、福岡市中央区のふくふくプラザで毎月1回、パソコンの研修会を開いています。現在、目の不自由な人たち、約200人がユーザー会員です。また、会の運営やユーザー会員のお手伝いをするサポーター会員など約50人が参加しています。

「パソボラさーくる虹」は、1998年(平成10年)に福岡市で設立されました。パソコンOS「Windows98」や初代iMacが登場するなど、パソコンブームが盛り上がり、インターネットが普及し始めた頃です。自らも視覚に障害のある塚原幸雄さんが、パソコンの有用性や楽しみ方を一人でも多くの視覚障害者に知ってもらいたいと仲間たちと一緒に立ち上げました。

研修会でパソコンの設定についてアドバイスをする明治さん

明治さんが会員になったのは、20年ほど前です。当時は、パソコンは難しいと思い、それほど興味はなかったそうです。文書を作成するときは、妻に口述筆記をしてもらっていましたが、鍼灸師会の役員になり原稿を書く機会が増えたため、一人で書けるようにとパソコンを始めることに。気軽に参加した研修会で、視覚に障害がある人たちがパソコンを教えていることにとても驚いたそうです。目が見える人も、視覚障害者も、分け隔てなく学び支え合う姿にすっかり魅了され、その後、会の活動に没頭しました。

当時のことを明治さんは「説明書を読んだり、カセットテープを聴いたり、視覚障害者向けのソフトウエアを扱う会社に問い合わせたり、仲間に教えてもらいながら上達していきました」と話します。

今では、明治さんもユーザー会員の講師としてパソコンを教えています。

「20年前よりパソコンの性能もソフトウエアも驚くほど良くなりました。
さーくる虹設立の塚原先生が思い描いた以上に進んだのではないかと思います」(明治さん)

研修会で学ぶ人たち

取材した日の研修会には、オンラインの参加者も含めて、約50人の視覚障害者の人たちが集まりました。講師(サポーター)とパソコンの話題で会話がはずむ賑やかな会場で、参加者は音声パソコンを学んでいました。

中央・音声パソコンを学ぶユーザー会員 
左・サポーター会員 右・「パソボラさーくる虹」代表 山﨑勝登さん
キーボードの操作を学ぶ
1年前から参加しているユーザー会員

1年前から参加しているユーザー会員
「今まで見えていたころは、もうほとんどキーボードよりマウスばかりを使っていた。
手の感覚だけで、上手に使えるように練習を繰り返している」

 

左・パソコン操作の基本をあらためて学ぶユーザー会員

仕事で久しぶりにパソコンを使うことになり、研修会に参加したユーザー会員
「同じようなユーザー、視覚障害のある当事者から教えてもらえるので、同じ立場で教えてもらえるのはありがたい」

参加して5年になるユーザー会員

参加して5年になるユーザー会員
「パソコンで毎日、株式投資を楽しんでいます」

スマートフォンも使いたい

ユーザー会員の中には、スマートフォンの操作を学びたい人が増えています。

スマートフォンには、視覚をサポートする機能が備わっていて、iPhoneの場合「設定」の「アクセシビリティ」から「VoiceOver」をオンにすると、指で触れた画面の項目を音声で読みあげるよう設定できます。項目を選択するには、指で1回タップ、選択した項目を使用するにはダブルタップ。右にスワイプすると次の項目に移動できます。使う指の本数やタップする回数、スワイプの向きなどを組み合わせて、さまざまな操作が可能になります。

電話帳や録音メモアプリの使い方を学ぶユーザー会員(中央・右)
操作方法を教えるユーザーサポーター会員(左)

文字は、ソフトウェアキーボードや音声で入力をします。

「パソボラさーくる虹」では、スマートフォンでの文字の入力をしやすくするための工夫として、画面に張る突起のついたシートの配布もしています。

平成28年生活のしづらさなどに関する調査(厚生労働省)より

日常的な情報の入手にパソコンを使う視覚障害者は21.9%
スマートフォン・タブレット端末を使う視覚障害者は24.7%

「パソボラさーくる虹」では、一人でも多くの視覚障害のある人たちがパソコンやスマートフォンなどのIT機器を使いこなせるようにサポートして、情報格差をなくしていきたいとしています。新規の会員も募集していて、事前に申し込みをすれば研修会の見学もできるので、気軽に参加してほしいとのことです。

明治博さんからのメッセージ

音声パソコンを語る明治博さん

「20年くらい前に全盲になって情報収集をすることを諦めました。でも、パソコンと出会い、それが間違いだと気づきました。私が学んだことを一人でも多くの視覚障害者に伝えたいと思います。諦めなければ、世界は広がります。視覚に障害のある方、一緒にやりましょう!」


取材を通して

「パソボラさーくる虹」では、障害の有無に関わらず、会員のみなさまがお互いに支え合う姿が強く印象に残りました。20年以上も会の活動が続いている理由の一つだと思います。パソコンやスマートフォンを使いこなすには練習も必要で、まだまだ操作が難しいところもあります。進化するIT技術が、ひとりひとりの夢の実現につながってほしいと思います。

NHK福岡放送局コンテンツセンター

田村 威浩

(問い合わせ先)

パソボラさーくる虹

事務所  福岡市中央区荒戸3丁目3-39
福岡市市民福祉プラザ(ふくふくプラザ)ボランティア・センター内

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