2022年01月26日 (水)"復刻!明治の和紅茶"~熊本県 山鹿市~


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渋みが少なく、まろやかで優しい風味の“和紅茶”。国産の茶葉のみで生産された紅茶の一つです。海外の紅茶と比べて、香りや味が強すぎずストレートティーで飲むのがオススメ!
全国でも生産する地域が増えているなか、熊本県山鹿市ではおよそ130年ぶりに復刻されました。和紅茶の始まりは、明治時代までさかのぼります。近代化を進めるための重要な輸出品だった和紅茶は、全国各地で生産されていました。そして、熊本県山鹿市には日本初の「紅茶伝習所」が設置され、発祥の地と呼ばれるようになります。しかし、その後、戦争や貿易の自由化で衰退していき、山鹿では忘れ去られていきました。そんな歴史を見つけた地元の茶農家・藤本邦夫さん(50)は「山鹿の和紅茶を飲んでみたい」と取り組み始めました。特に力を注いでいるのが、発酵後の「茶葉の熟成」です。試行錯誤の末に見つけたこの工程は、和紅茶のまろやかさを出してくれる大事なポイントだと言います。130年以上の時を経て、復刻した山鹿の和紅茶。おいしさの秘密とその魅力に迫りました。


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こんにちは!中田理奈です。
今回の食いちは、熊本県山鹿市の「和紅茶」でした!

和紅茶という言葉自体、あまり聞きなじみがなかった方もいらっしゃったかもしれませんね。
私も飲んだのは今回がはじめてでした!

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普通の紅茶を思い浮かべて行くと、味も風味もかなり違って驚きました。
もちろん紅茶の良い香りがするのですが、普段飲んでいるお茶に近い味わいで、和な感じがしました。
本当に渋みや苦みがなく、ストレートでもとても飲みやすかったです。
渋みや苦みがないので後味もすっきりしていました。

さて、地元山鹿市は栗が有名ですが、“栗と和紅茶のパウンドケーキ”なるものもありました。
こちらもいただいたのですが、これまた栗との相性も抜群でした。
優しい栗の甘さと、和な風味がありつつも香り高い和紅茶は、本当によく合ってすごくおいしかったです。

紅茶のフィナンシェも、和紅茶の香りがしっかり感じられました^^
 
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そんな和紅茶を作っているのが藤本邦夫さん。
とっても明るくて優しい、なんだかお父さんのような方でした。
  
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茶畑は、良いお天気も相まってとてもきれいでした!

もともと和紅茶を知ったのは偶然図書館で町誌を見ていた時だったということですが、
そこから明治時代に作られていたものを復刻しようなんて、なかなか思わないですよね。
ですが、お話ししている中で、お茶への情熱があってこそだったのだなあと感じました。

何冊ものノートに書き留められた、和紅茶づくりの研究の記録は、これまでの藤本さんの試行錯誤と努力が垣間見えるものでした。

そんな風にして愛情と情熱をもって復刻された和紅茶。
とっても優しく温かい味わいで、飲んでいると不思議と落ち着いた穏やかな気分になれました。

ぜひ皆様も一度味わってみてください。きっと一般的な西洋紅茶とはまた違った香りと味を楽しめると思います。
飲んだ後は、和紅茶のような優しくてすっきりした気持ちになれるかもしれません^^

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投稿者:ロクいちスタッフ | 投稿時間:18:30 | カテゴリ:食いち! | 固定リンク


2022年01月26日 (水)変われるか?"エスカレーター"マナー


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「エスカレーターでは、右側に立たないといけない」。

百武桃香さんの言葉です。
百武さんは左半身にまひがあり、エスカレーターはいつも右側に乗ります。

去年12月、百武さんへの取材を元にエスカレーターの乗り方についてお伝えしました。

「右側を歩く人のために空ける」という乗り方が浸透するなか、
歩行中に転倒するなどの事故が起きていることや
百武さんのように片側にしか立てない人もいるため、
2列乗りが呼びかけられているという内容です。

しかし「2列乗り」はほとんど浸透していないため、
私たちは現状を知ってほしいと、
ツイッターに放送内容をまとめた動画を公開しました。

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動画は広く拡散され、再生回数は110万回を超えました。
同時に多くの意見もあり、関心の高さに驚きました。

そこで先週の「追跡!バリサーチ」で追加取材。
見えてきたのは「呼びかけ以外のアイデアの必要性」でした。
どうすればすべての人が気持ちよく利用できるのか、
一緒に考えていただけると嬉しいです。


【あのインフルエンサーも反応】

なぜ、これだけ多くの反響があったのか。
私たちはツイートを分析することから始めました。

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これは、動画が掲載されたツイートの拡散数のグラフです。
動画を公開した3日後、12月24日に大きく伸びていることが分かります。
この背景には2人のキーパーソンがいました。

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24日に拡散した1人が「レンタルなんもしない人」さんです。
そのツイートがこちら。

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「わざと空いている側に立ちはだかって、『エスカレーターは歩けない』を
当たり前にしていこうかな」。

どんな気持ちで意見を発信したのか、話を聞きました。

(「レンタルなんもしない人」さん)。
「自分が知らなかったし知らない人も多いだろうなと思ったので、
もっと知られてもいいんじゃないかという気持ちだった。
(自分の)子供を右側に立たせている状態の時に、
その状態ができただけでドキドキするので、
エスカレーターは片側を空けないといけないっていう風潮が
当たり前になりすぎているなって思う。
当たり前になりすぎているから自分も染まっているのであって、
その当たり前を変えていかない限りは、
今のままになってしまうんだろうなって思う」。


さらに、23日に拡散のきっかけを作った人にも取材しました。

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大阪の作業療法士、竹林崇さんです。
普段から半身まひを抱える障害者などのリハビリに取り組んでいる
竹林さんにとって、片側にしか立てない人がいるエスカレーターの話は
ひと事ではありませんでした。

(竹林さん)。
「ツイートへの意見を見てみると
『まひしている方の手で持てないならば横向きに乗ればいい』という意見があった。
こうした一般目線での意見はもっともらしく聞こえるが、
上下肢にまひがある方にとっては前進するだけでも難しく、
そういう状況に対して想像を働かせるための情報が今かなり足りていない。
今回もエスカレーター危ないですよっていう話で止まるのではなくて、
どうしても配慮が必要なんですという情報を頒布することで
そういう潮流が少しずつできていくんじゃないかなと思う」。

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竹林さんのツイートは
私たちのツイートを上回る
7000件を超えるリツイート、9400あまりの「いいね」を集めています。

影響力のあるインフルエンサーが「知ってほしい」と共感したことが、
広く拡散されたことにつながっていました。

 

【なぜ、変わらないのか?】

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反響を確認した後、
私たちは「もしかしたら乗り方に変化が起きているかもしれない」と
駅の様子を見に行ってみましたが、そんなわけはありませんでした。

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右側を空ける人、空いた右側を駆け上がっていく人を見るたび
浸透させることの難しさを感じました。

「なぜ、変わらないのか?」
集まった意見に目を通すと、そこには答えとなるつぶやきがありました。

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こうした「2列乗りがルールなのは分かっているけれど、それができない」
という意見は多く見られました。
このほかにも・・・

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こういった条例や罰則を設けないとダメだという声もありました。

SNSという匿名性の高いものを介しているからこそ、
様々な考えを知ることができました。

 

【変わらないのは『世界共通』】。

ではどうすればいいのでしょうか?
強制的な取り組みしかないのでしょうか?

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エスカレーターに詳しい江戸川大学の斗鬼正一名誉教授は、
強制するような取り組みは決して効果的とはいえないといいます。

(江戸川大学・斗鬼正一名誉教授)
「本来マナーは条例とか罰則とか強制するものではない。
メーカーも鉄道事業者も利用者も行政も、みんなが考えていく必要がある。
『歩く権利』を主張する方々を頭から押さえつけていいのかという問題は、
民主主義の国としてある」。

実際に、埼玉県では去年10月から2列乗りを呼びかける条例が施行されましたが、
利用風景は大きく変わっていないという声もあります。
また、世界を見ると韓国が2007年から行政主導で2列乗りの呼びかけを行いましたが
「このような行政主導の強圧的なやり方はおかしい」と反発があり8年後に断念しました。斗鬼教授は、世界レベルで見ても「2列乗り」が守られている国はないといいます。


【福岡で変われば世界初? 求められる「アイデア」】

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1月中旬の福岡市交通局。
呼びかけ以外にどういう取り組みが効果的か、話し合いが続いていました。

(ミーティングでのやり取り)。
「なんで止まる必要があるか言わんけん、みんなしない」。
「走っちゃいけない以外のメッセージが必要」。

(福岡市交通局営業課・宮崎岳彦課長)。
「エスカレーター付近とかにポスターとかはったりしているが、
皆さんすぐ通り過ぎてしまうので、
なかなかメッセージが届かない部分もある。
右側に立つ勇気を与えるというか、背中を後押しする。
右側に止まってる人がそういうプレッシャーを感じなくても
済むようにしていきたい」。

もし、福岡からマナーを変えることができれば、
それは世界で初めてと言えるかもしれません。
そのために必要なのは「アイデア」です。

みなさんは、どうすればすべての人が気持ちよくエスカレーターを
利用できると思いますか?
ぜひ、アイデアをお寄せいただければ嬉しいです。

(投稿フォーム)
https://forms.nhk.or.jp/q/RPG1DDXL

(あて先)
〒810-8577
(住所不要)NHK福岡放送局『バリサーチ』係

【取材後記】
福岡に赴任した4年前、地下鉄・天神南駅のホームに降りる時に「エスカレーターは2列で乗ろう」と呼びかける大きな看板を見かけました。正直、「それは無理だろう・・・」と思ったことを覚えています。それでも「どうしてこんな呼びかけを行うのか?」と気になる部分がずっとありました。そして去年、取材を始めると事故が起きていることや「右側にしか立てない人がいる」ということが分かりました。
その後、拡散の数や集まった意見を目の当たりにしたとき、「このままではダメだ」と思いました。多くの人が利用する分、いきなり利用風景が変わるとは思いません。しかし、取材中も誰かが右側に止まると、その後ろの人たちも止まっていて、瞬間的に「2列乗り」が実現していました。これは「右側に止まること」について理解はあるということだと思います。「エスカレーターは2列で。急いでいる人は階段を」、何かきっかけを作れないか、今後も考えていきたいと思います。
(福岡拠点放送局 記者・福原 健) 

投稿者:ロクいちスタッフ | 投稿時間:18:03 | カテゴリ:追跡!バリサーチ | 固定リンク


2022年01月21日 (金)ソフトバンク 新人選手の胸の内


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プロ野球・ソフトバンクは、今シーズン19人のルーキーを迎えました。このうち去年秋のドラフトで支配下選手として指名された1位から5位の選手、そして育成選手のうち、地元・福岡の3選手のあわせて8人のインタビューをお届けします。

目次
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▼1位  風間球打投手  明桜高校(秋田)  目標「300勝」「沢村賞」
▼2位  正木智也外野手 慶応大学      勝負強さで本塁打王
▼3位  木村大成投手  北海高校(北海道) サファテ投手を継承
▼4位  野村勇内野手  NTT西日本    盗塁王目指す新人最年長
▼5位  大竹風雅投手  東北福祉大学    絶対的抑えになりたくて
(育成)
▼1位  藤野恵音内野手 戸畑高校(福岡)  トリプルスリーを
▼3位  井﨑燦志郎投手 福岡高校(福岡)  プロか進学か悩んで
▼14位 仲田慶介外野手 福岡大学(福岡)  憧れの球団でガッツを
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▼ドラフト1位 風間球打投手
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秋田・明桜高校出身    最速157キロの直球が持ち味。背番号は「1」

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Q 風間投手の強みは

角度がある真っ直ぐというのはあまりいないタイプなので、自分の持ち味です。


Q 1年目の目標は160キロを出すことだと聞きました

日本の選手ではなかなか出せない球速なので、そこ目標にしてやっていきたいと思って います。


Q 球速にこだわる理由は

とにかく速い球が投げたいという思いがありました。周りより速い球を投げられると自信になる。どれだけ球速を上げられるかというのは、自分でも楽しみながらやっていました。


Q 目標のピッチャーは

千賀滉大投手を1番の目標にしています。球も速いですし、変化球も精度が高い。同じチームになったので、聞いてみたいことがたくさんあります。しっかり聞いて、身につけていけたらいいと思います。


Q 将来の目標は

300勝、そして沢村賞を獲得したいと思います。200勝を目標にしている人が結構多いと思います。それを超える300勝を目標にしていると、小さい目標はどんどん達成できると思います。大きい目標を立てて、しっかりとこつこつとやっていきたいと思っています。

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Q 背番号は「1」、希望したのですか

違います。球団の方が決めて下さいました。「期待している」と言われたので、しっかりと期待に応えるようにがんばっていきたいと思います。



▼ドラフト2位 正木智也外野手
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慶応大学出身   大学では4番として活躍し、チームは34年ぶりの日本一に

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Q 「ここは負けない」という持ち味は

勝負強さにはすごく自信があります。大学でも4番で出してもらって打ってきました。なんといってももらった背番号「31」は、栗原陵矢選手がつけていた番号です。栗原選手の勝負強さを受け継いでいけたらいいと思います。


Q 目標とする選手は

ホークスでは柳田選手が目標です。見ていてすごくロマンがあるというか、見ていて楽しい選手なので、僕もファンの方から見ていて楽しいと思ってもらえるような選手になれればと思います。あとは巨人の坂本勇人選手です。同じ右バッターとして、僕も打率を残して、ホームランも打てるバッターを目指し、バッティングなども参考にしてやっていました。


Q 対戦したいピッチャーは

オリックスの山本由伸投手と対戦してみたいと思っています。テレビで見ていてもすごい球ですし、打席であの球がどういう風に見えるのかすごく楽しみなので、一度、打席に立って対戦してみたいです。


Q 将来とりたいタイトルは

ホームラン王を取りたいと思っています。打撃が持ち味で、1番難しいのがホームランだと思います。ホームラン王を目指してやっていきたいです。


Q 理想のホームランは

レフト、センター、ライトの3方向にホームランというのはずっと目標に掲げてやってきました。引っ張るだけではなくて、逆方向のホームランを見てほしいと思っています。



▼ドラフト3位 木村大成投手
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北海道・北海高校出身   背番号は引退したサファテ投手の「58」を継承

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Q 自身の持ち味は

気持ちの強さは誰にも負けないと思うので、そこをアピールして試合に出られるようにがんばっていきます。


Q 気持ちの強さが出たエピソードは

思いっきり投げたときには声が出ます。結構でかい声で、「うおりゃ!」みたいな感じです。

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Q 背番号は「58」。引退したサファテ投手がつけていました

うれしいです。サファテ投手はとても好きです。すごいピッチャーなので。


Q 将来的な目標は

侍ジャパンのユニフォームは、子どもの頃から見ていてかっこいいと思っていたので、いつか着てみたいという思いはあります。


Q ファンヘのメッセージは

北海道という遠いところから来て、福岡は初めてでわからないことがたくさんあります。1日も早くなじんで福岡のみなさんに愛される選手になれるようがんばります。



▼ドラフト4位 野村勇内野手
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NTT西日本出身。25歳で新人最年長  去年長女が誕生

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Q 将来的な目標は

足が持ち味なので、盗塁王というタイトルが1番ほしいです。


Q ヤクルトの山田哲人選手が目標と聞きました

山田選手は、3拍子揃った選手です。僕も足、守備、バッティングに自信があるので、「トリプルスリー」をとれるような山田選手が目標です。


Q 山田選手から見習いたいところは

何回もタイトルを受賞し、コンスタントに打って、走れるというのが本当にすごいと思います。


Q 1年目の目標は

開幕1軍で、すぐにスタメンは難しいと思うので、まず代走や守備固めなどから試合に出て、レギュラー争いに食い込んで、1年目に新人王がとれたらいいと思っています。


Q 周りの新人選手は高校生が多いですが

僕が1番年上ということで、みんな少し気をつかっているかなと・・・。僕から話しかけていきたいと思います。
    


▼ドラフト5位 大竹風雅投手
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東北福祉大学出身  投手を始めたのは高校からという異例の経歴

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Q 目標はセーブ王とお聞きしました

自分あんまり先発で投げるタイプではないので、抑えだったら最多セーブを目標にできたらと思います。


Q 高校から投手を始めたと聞きました

高校では2番手投手という形で、主に内野手がメインでした。


Q 投手としての持ち味は

フォークボールとスプリット。投げ方や握りを変えて、落差とスピードが変わります。


Q 目標の選手は

サファテ投手。引退してしまいましたが、「絶対的抑え」というのが憧れです。


Q 対戦してみたいのは

オリックスの吉田正尚選手です。バットコントロール、長打力がすごいので、どう抑えるか考えながら対戦してみたいと思います。



▼育成1位 藤野恵音内野手
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福岡・戸畑高校出身

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Q 指名を受けて反響は

学校のみんなからすごいと言ってもらいました。大学進学と迷っていたのですが、周りからのそういう声もあって、プロに行こうという気持ちになりました。


Q 将来の目標は

1日でも早く支配下登録されるようになりたい。そこからしっかり1軍に行って、「トリプルスリー」にはこだわりたいと思っています。


Q 特技は

サッカーが得意です。習っていたわけではないのですが、小さい頃から遊ぶ時はだいたいサッカーをやっていて、上達しました。リフティングもサッカーをしている人よりも多くできたりしました。


Q ファンヘのメッセージは

まずは1日でも早く支配下登録されるように頑張って、そして1軍の舞台でファンのみなさんに勇気や感動を与えられるような選手になりたいと思っています。



▼育成3位 井﨑燦志郎投手
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福岡高校出身

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Q 進学と迷いましたか

五分五分くらいで悩んでいました。ずっとプロ野球の選手になるのが夢でした。大学に進学した方がいいという考えも、プロになれるときになりたいという考えもありました。


Q 最終的に決断した理由は

去年11月に球団の方の話を聞いて、自分が野球をするならば、ホークスの環境が1番成長できると思えたので、入団を決めました。


Q プロでの1番の目標は

1番大事なのはチームが勝てることだと思うので、まずはチームの勝利に貢献できるような投手になりたいです。どんな使われ方でも大丈夫なので、何勝というよりは、何回、どれだけ貢献できるかです。


Q ファンのみなさんにひとこと

1軍で投げるにはまだ課題がたくさんありますが、1つずつ克服して少しでも早くホークスの戦力になれるように全力でがんばります。



▼育成14位 仲田慶介外野手
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福岡大学  福岡大大濠高校出身

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Q 地元の球団は憧れでしたか

小さい頃から憧れの球団で、そのユニフォームを着られることはすごくうれしいです。川﨑宗則選手がずっと好きで、元気はつらつとしたプレースタイルが好きでした。


Q アピールポイントは。

ガッツがあり、粘り強いプレーというところを1番意識してやっていこうと思います。


Q 負けたくない選手は。

三浦銀二選手(法政大、DeNAドラフト4位)と古賀悠斗選手(中央大、西武ドラフト3位)は、高校時代の同期なので、何としても自分が支配下選手になって負けたくないと思います。


Q 将来的な目標は。

とにかくはい上がって、まず支配下登録に何としてもなるというのが1番です。1日1日大切に積み上げていって、1軍で活躍できるような選手になれるようにがんばりたいです。ゆくゆくは首位打者を取りたいと思います。



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新人選手たちは、今月29日まで合同の自主トレーニングを行い、2月1日に始まる春のキャンプに備えます。

投稿者:ロクいちスタッフ | 投稿時間:17:48 | カテゴリ:WEBいち! | 固定リンク


2022年01月20日 (木)特集 「ぶれない便利屋」 ソフトバンク・又吉克樹投手


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プロ野球の又吉克樹投手は、独立リーグ出身の選手では初めてFA=フリーエージェントの権利を行使して中日からソフトバンクに移籍した。中日の8年で通算400試合に登板したタフさが持ち味のリリーフ投手に、新天地、そして故郷・沖縄への思いを聞いた。

(聞き手・NHK沖縄・寺内皓大アナウンサー)


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△インタビュー風景

【独立リーグ出身初のFA移籍】

Q 独立リーグでプレーした選手のFA移籍は初めてです。どういった思いがありますか。

1つの節目になると思います。独立リーグから来て、自分でもFA権を取れると思っていなかったです。実際に権利を行使して「独立初」っていうニュースをいろんなメディアに連日取り上げてもらいました。
独立リーグから中日に入団した時のドラフトが終わってすぐ、当時の代理人とお酒を飲みながら話している時に「僕の夢はFA選手を出すことだ」と話してくれました。僕は「なれるように頑張ります」と約束しました。今実際にFA移籍を達成し、報告すると、「本当におめでとう。約束を覚えていてくれてありがとう」と言ってもらえました。独立リーグにいる選手が僕を見て、独立リーグ出身でもFAを宣言して移籍できるような選手になれる可能性があると思ってくれれば、それだけでうれしいなと思います。


Q 中日でプレーした8年間は又吉投手にとってどういった経験となりましたか。

間違いなく僕の野球人生の土台はドラゴンズに作ってもらったものです。偉大な先輩、同学年や後輩からいろんな刺激を受けて、8年間で400試合を投げさせてもらいました。
400セーブした方(岩瀬仁紀さん)から50歳までやった方(山本昌さん)までレジェンドと呼ばれるような方たちがいました。その人たちがけがをしながらも、愚直に、まじめに、丁寧に、リハビリをして、練習している姿を生で見たのは代えがたい経験でした。ドラゴンズには感謝しています。使っていただいた首脳陣の方にも改めてお礼をしたいと思います。

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△入団会見

【なぜソフトバンクに】

Q 移籍先にソフトバンクを選んだ理由は何ですか。

一番は、トップクラスにある施設です。そして、多様な選手がいて、その中に自分が行った時に、自分が今まで知らなかった部分を知ることができるのではないかというのが決め手です。
 
 中日の経験をどういかしますか。

受け継いだものをただ教えるのではなく、相手から求められた時に、求められた答えをピンポイントで渡せるようにしたいと思います。体の強さは人それぞれですが、なぜそういう体になったか、どういうケアをしていたか、どういう練習していたかというのは、惜しみなく教えたいと思います。

Q 又吉投手はどういうポジションを狙っていますか。

中日の時と変わらず「便利屋」です。何でもできるというのは強みだと思います。誰かがいない、トラブルになったという時に「そこに又吉を入れよう」というポジションでいたいです。「チームのために何でもします」というのが僕のスタンスで、それを崩す必要はないと思います。
 

Q ピッチングスタイルは変えませんか。

基本的に変えないですけど、変えざるを得ない、変えた方がいいという場面も出てくると思います。ソフトバンクの投手は球が速いです。球が速くなるトレーニングがあり、自分にあいそうであれば、どんどん取り入れたいです。変わろうとするのではなくプラスアルファで何かをつかんで自分のものにしたい。目の前の相手をとにかく抑えるために何をしたらいいかというのを一番に考えてやっていきたいと思います。


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△筑後市の球団施設でトレーニング

【故郷・沖縄への思い】

Q 故郷・沖縄にも近いソフトバンクへ移籍しましたが、故郷への思いはいかがですか。

ひとつでもいい結果、いい報告ができるようにしたいです。沖縄の高校でレギュラーでもなかったような自分がソフトバンクで野球をするのを見て、今の高校生が「僕ももっと練習したらいい結果出るかも」と思ってほしいです。極論を言えば「又吉でもプロ行けたのだから僕も」と思ってもらえるように頑張りたいです。今は女子野球があるので、「私は女子野球をがんばってやってみたい」と思ってくれる子が増えるといいと思っています。沖縄県内の野球のすそ野を広げられるように、1つずつ還元していきたいと思います。

 
Q ソフトバンクには東浜投手やリチャード選手といった沖縄県出身の選手がいますよね。

うれしいです。特に東浜は、僕が高校生の時に活躍して、甲子園に行っているピッチャーです。そのピッチャーがどういう事を考えて大学に行って、プロに入ってきて野球をやっているのかというのは気になるので、会った時に積もる話をしたいと思います。

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【パ・リーグで新たな挑戦】

Q セ・リーグからパ・リーグへ移籍し、対戦したい選手は誰ですか。

沖縄出身の西武・山川穂高選手ですね。同郷だったり同級生だったりすると、やっぱり気になります。交流戦でドラゴンズ相手に投げる自分というのもどうなのだろうと楽しみだったり、不安だったりします。


Q 具体的な数字の目標はありますか。

あまりないです。1試合を投げれば、2試合目のチャンスをもらいます。2試合目に投げてそれがよければ3試合目。それがだめだったらもう次はないかも知れない。そういう気持ちでやった結果、シーズンが終わった時にこれだけ投げられた、こういう成績だったと振り返りたいです。数字を求めるのではなく、働く場所で丁寧にすごしていくことにもっと集中して、こだわって、やっていきたいと思います。


Q 最後に、意気込みをお願いします。

ソフトバンクでも、やることは1イニング、1人、1アウトを丁寧に。1年間、芯をぶらすことなくやっていきたいと思います。

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(完)

投稿者:ロクいちスタッフ | 投稿時間:17:37 | カテゴリ:WEBいち! | 固定リンク


2022年01月11日 (火)さよなら「かしいかえん」 閉園に密着


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新年最初のバリサーチは、去年12月30日に閉園した福岡市東区の遊園地、『かしいかえん』、その最後の数日間に密着しました。
かしいかえんは、施設の老朽化や新型コロナの影響による入場者の減少によって、惜しまれながら、65年の歴史に幕を下ろしました。

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バリサーチには、視聴者からもメッセージが。
「まさか閉園になるとは思ってもいませんでした。これも時代の流れなのでしょうね。ありがとう かしいかえん」(めぐみさん)
「かしいかえんの思い出は、毎年9月23日になると入園料が無料になることです。観覧車だけが生きがいでした」(坂井さん)

福岡でどれだけ愛されてきた場所だったのか?
年の瀬の『かしいかえん・シルバニアガーデン』に行くと・・最後の思い出をつくろうと、たくさんの人が訪れていました。
園内には、この時のために手塩にかけて育てられた花々。みんな、自然と笑顔がこぼれます。

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さっそく、小学生男子4人組にインタビューすると・・。
「きょうはどうして来たんですか?」。
「全部!いろんなものに乗って!最後だから!最後の思い出を作る!思いっきり楽し
く!」、と元気いっぱい、口々に教えてくれます。

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引率のお母さんは・・。
「ジェットコースターデビューも遊園地デビューもここだったので、最後乗りたかったかなと思って。ちょうどいいサイズの遊園地がなくなるのはすごい残念ですね」。

また、コーヒーカップを和気あいあいと楽しむ女性たちは・・。

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 聞くと、中学校の同級生なんだそう。

「(ここは)デートの場所でもありますし、あと近藤真彦さんの握手会とかに来たりとかですね。やっぱりいちばん人気がある時だったのですごく並びました、2回並びました」。
ここで過ごした青春の日々は、今も色あせません。

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ゴーカートに乗る、ペアルックのおふたりは。
「彼女は初めてだけど、僕は小さい頃に来ていて。すごく大きく感じていた遊具、いま大きくなってみると、こんな小ちゃかったけ!?と思ったりしますね」。
さらに、かしいかえんのどんなところが魅力か質問したところ・・・?
「笑顔がいちばん好きなんで、彼女の笑顔が誰よりもいちばんかわいいと思います、恥ずかしいな」。
「(ディレクター)遊園地の魅力を聞いたつもりなんですけど……」。
このやりとりには、彼女も大笑い!彼女とふたり、これからもお幸せに!

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園内には、モルモットやヤギなど、動物たちとふれあえるコーナーも。
ここで6年間、飼育員を務めてきた松園かなえさん。担当になった当初は、たくさんの動物を前に、戸惑いもあったといいます。
「え!?大丈夫かしらって思ったんですけど、これが私の天職だったんだって初めてもう気づかされましたね。それは本当に人生最大の喜びというか」。

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去年3月、閉園することを知り、真っ先に心配したのが、動物たちの行く先でした。
「(動物たちも)私と同じもう60歳過ぎてるんですね。愛を、愛の手を差し伸べてくれたのが、だざいふ遊園地の。また前に進めるようにこの子たち励ましながら生きていこうかなと思います」。
松園さんも、動物たちと一緒にだざいふ遊園地でこれからも働くそうです。
 
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そして、最終日の12月30日。入り口には、朝から長~い行列が。

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その中に、何やら不思議な装置を持った少年を発見。
聞くと、スマホにマイクと照明、三脚を自分で取り付けた、自慢のカメラなんですって。

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 「閉まった時に撮っとかないと、だんだんと年になってから忘れたりするからそれで」。
これまでも、天神イムズの閉館など、変わり続ける福岡の町を撮影してきたんだそう。
「なくなっていくものに長い間ありがとうって感じです」。

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野外ステージの前では、かっこいいかぶり物を持った親子がいました。
小学2年生の息子さんは、ここでヒーローショーに出会い、成長できたといいます。
(お母さん)「今まではちょっと隠れたりとかしたところもあってなかなか物怖じしてなかなか自分から行動できなかったりしたところもあったんですけど、ここでできたお友達もすごくいて。目標ができた夢ができたということも含めてすごく前向きな性格になったのかなって」。
自作の衣装で、ポーズを決めてくれました。将来の夢はアクション俳優。決まってるよ!

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午後5時半すぎ、閉園の時間。

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 多くの拍手とともに、65年分の感謝が告げられました。

最後の記念撮影をする人々の中に、朝出会ったカメラの少年が。
見せてくれたのは、かしいかえんのシンボルである、観覧車。
「ゆっくりはあんまり見られなかったけど、記録に残しているから満足です」と・・。

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かしいかえん。福岡の人々にとって、忘れられない場所になりました。

最終日の入場者はおよそ9000人と去年最多。跡地の活用方法は未定ですが、ほかのレジャー施設へと思いを引き継ぎたいとのことです。

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さらに、「かしいかえん」の歴史や閉園の裏舞台について、14日(金)夜7時半放送の「#てれふく ~ありがとう、さようなら、かしいかえん~」でたっぷりお伝えします!

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2022年01月07日 (金)" 世界一の 称号に 満足しない男 "


福岡に「世界一のコーヒー焙煎士」がいるのをご存知でしょうか?

福岡県大野城市でコーヒー豆店を営む 後藤 直紀さん(46)です。

でもただの「世界一の焙煎士」ではありません。

そのすごさは、「世界一の称号に満足していない」ことにあるのだとか。

世界一になってからもコーヒー豆と向き合って、納得のいく味作りを目指しています。
そこにはどんな「こだわり」と「仕事の流儀」があるのか、取材してきました。

<<後藤さんの焙煎を映像で見る場合はここをクリック>>

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▼目次▼
1.“世界一のコーヒー焙煎士” 後藤 直紀 さん
2.“「ブレを 抑える」 焙煎士の仕事”
3.“ブレを抑えるための積み重ね 「データ」”
4.“「豆の音」を 聞く”
5.“開業できるかも?でもコーヒーの世界は甘くなかった”
6.“世界一になった。・・・でも上には上が ”
7.“コーヒー仲間はかく語りき”
8.“趣味の撮影 も 修行の一部”
9.“世界一の称号には 満足しない”
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1.“世界一のコーヒー焙煎士” 後藤 直紀さん
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(焙煎機の前に立つ後藤直紀さん)

後藤さんのお店は、福岡市のベッドタウン大野城市の住宅街の一角にあります。
ビルの1階に入っている小さなお店ですが、店内は世界各国のコーヒー豆がところ狭しと並んでいます。その数15カ国20種類、「コーヒーのおいしさは人それぞれ」がお店のモットー。「自分に合うコーヒー探しをしてくれる」ということで、県内外のコーヒー好きに支持される人気店です。

棚には後藤さんが獲得した国内外のコーヒー焙煎の大会のトロフィーが飾られています。その中でひときわ輝いているのは、コーヒー焙煎の世界大会「World Coffee Roasting Championship」のトロフィーです。8年前、後藤さんは日本人初のチャンピオンに輝きました。世界中の焙煎士たちにとって憧れの大会で、後藤さんの後に日本人のチャンピオンは現れていません。(2022年1月現在)

そんな世界一の焙煎士の後藤さんですが、店頭でその姿を見ることはほとんどありません。店の隣のビルにある「焙煎室」で焙煎に専念しています。

「世界一」になり、様々なメディアにも取り上げられて、大企業ともコラボするほど注目を集め順風満帆。少しは現役から離れているのかと思っていましたが、そんなことはありません。私たちが訪れた日も「焙煎室」で現役バリバリの「焙煎」を見せてくれました。

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(焙煎機の繊細な操作を繰り返す後藤さん)

2.“「ブレを抑える」 焙煎士の仕事 ”
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コーヒーの「焙煎」は、生豆を煎ることでコーヒーの『味』と『香り』をコントロールする大事な作業です。
豆の「種類」や「産地」で『味』や『香り』は異なります。それぞれの豆の特性を理解した上で、焙煎で加熱の「強弱」や「長さ」をコントロールし、理想の『味』や『香り』を作り上げていきます。
しかし、豆を加熱する焙煎機の操作は簡単ではありません。焙煎機は「天気」や「気温」の影響で「ガス圧」が変わってしまうため、「火力」や「風力」の調整の加減も毎日異なります。同じように操作をしても、同じような『味』と『香り』が再現できるわけではないのです。
「焙煎」は一瞬たりとも油断ができない、とても神経を使う繊細な作業なのです。

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後藤直紀さん
「焙煎って必ずブレがあるんですね。
今まで何万回って焼いてきたんですけど1回も同じ焙煎ってないんです。
そのブレを抑えていくというのが私たち焙煎士の仕事だと思うんです。」
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最も理想的な豆の『味』と『香り』を引き出し、それを再現し続けるために、後藤さんは
1日6時間以上焙煎室にこもり、多い時でおよそ120kgのコーヒー豆を焙煎します。

3.“ブレを抑えるための積み重ね「データ」 ”
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ブレのない味作りのために後藤さんが大事にしているのが、“データ”です。

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(およそ1年分の記録)

後藤さんが棚から分厚い紙の束を取り出して私たちに見せてくれました。
ことし1月から12月までの焙煎のデータを記録した用紙です。そこには、豆の種類、その日の気温、1分ごとの豆の温度など様々な数値が実に細かく書かれています。
お店を始めてから12年間、欠かさず書き続けてきました。

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後藤直紀さん
「技術的な資産とでも言いますか、データを残すことで過去のデータと比較できるん
です、同じ天気の時のものを見てこういう風に焼けばいいのかわかりますし、
ブレのない味を再現するためにも大事なことですね」
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4.“「豆の音」 を聞く ”
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(豆の音を聞くために周囲の雑音を減らすヘッドホンをつけて作業する)

もうひとつ大事にしているのが“音”。
後藤さんは豆が焼ける時にはじける小さな音を聞いて、焙煎機の操作を微調整しています。焙煎が進むとだんだん豆の水分が抜けて音も軽くなっていきます。次第に変わる「豆の音」を聞いて『味』や『香り』を想像しているのです。

作業中に耳につけているのは周囲の雑音を減らす機能があるヘッドホンです。焙煎機が出す轟音が鳴り響き、豆が焼ける時の小さな音が聞こえにくいためです。

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後藤直紀さん
「豆が爆(は)ぜるんですねバチバチバチってポップコーンみたいに、その爆(は)ぜの強さや間隔で豆の状況がわかる。例えばパチパチパチって言う弱い音だったりすると火力がちょっと弱すぎるのかな?とか。そういうのもやっぱり情報として大事なんですよね」
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ノイズキャンセリングヘッドホンがなかった時は焙煎機に直接 “聴診器” をあてて音を聞いていたそう。豆の“音”で『味』や『香り』がわかるなんて驚きです。

私たちは丸1日焙煎室で取材していましたが、後藤さんは一度も食べ物を口にしませんでした。聞くと、焙煎する日の食事は夕食のみ。焙煎中に味の確認をする舌の感覚が鈍るのだそうです。
ストイック過ぎるほどの姿勢でコーヒーに向き合う後藤さん、まさに「世界一に満足しない焙煎士」の姿を私たちは目の当たりにしました。

5.“開業できるかも?でもコーヒーの世界は甘くなかった”
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(焙煎を始めたころの後藤さん)

後藤さんがコーヒーの世界に入ったのは20代のころ。当時の仕事はお酒の営業でしたが、社会人のコーヒーサークルに入っていろいろなカフェを巡り、どんどんのめり込んでいきました。
「そんなに好きなら自分で焙煎してみたら?」と行きつけのコーヒー豆店の店主に焙煎を勧められたのです。それから独学で焙煎を学び始めた後藤さん、学べば学ぶほど焙煎のおもしろさ、奥深さに魅了されていきました。

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後藤直紀さん
「何年か焼いていると、たまにそこのお店よりもおいしいのができちゃうことがあったんです。今思えばたまたまなんですけど、ちょっと上手になってきたなっていうのが自分の中にあったんで、そろそろコーヒー屋できるんじゃないかって思っていました」
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(師匠の田口護さんと)

27歳になり、独学で身につけた「焙煎」技術に自信を持ち始めた後藤さん。
本格的に開業しようと東京で開催されていたセミナーに参加しました。

有名店「カフェ・バッハ」が主催するセミナー、開業を目指す同じ立場の人たちが参加していました。
そこで後藤さんは周囲とのレベルの違いに打ちのめされます。焙煎に関する知識が圧倒的に足りておらず、できていたと思っていた味作りは自分本位でしかなかったのです。

自分の実力を思い知り、「このままでは開業なんて夢のまた夢だ。」と一度は落ち込みましたが、それだけでは終わりませんでした。
セミナーが終わってすぐに、「どうしたら「焙煎」の技術を磨けるのか」セミナーの主催者に相談したのです。

その主催者は「カフェ・バッハ」の店主でもある田口護さんでした。

NHKの「プロフェッショナル仕事の流儀」でも紹介されるほど、焙煎を極めたコーヒー界のレジェンド。その田口さんから「うちで勉強してみる?何年かかるかわからないけど、技術はつけてあげるから」と提案されたのです。

田口さんの元で修行する決心をした後藤さん、それからサラリーマンを続けながら3年間、福岡から東京へ通い続け、焙煎の技術を磨きました。

6.“ 世界一になった。・・・でも上には上が ”
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(世界大会優勝の瞬間)

本格的にコーヒーを学び始めて10年。37歳の時にフランスで開かれたコーヒーの焙煎技術を競う世界大会に出場し、この大会で日本人初のチャンピオンに輝きました。
しかしその大会を後藤さんはこう振り返ります。

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後藤直紀さん
「たまたま私の焙煎が認められましたけど、3位だった台湾の女性のコーヒーは
当時飲んだ中で一番おいしくて、こんなに上手く焼ける人が世の中にはいるんだ、
上には上がいるなと思ったんです」
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世界一になったはずの大会で自分よりすぐれた焙煎に出会ったことで、いっときたりとも慢心することはありませんでした。

それから8年。まだ自分は足りないことだらけだと語り、今でもコーヒーに関する様々な競技会に出場し続けています。

7.“ コーヒー仲間はかく語りき ”
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(焙煎士仲間 須永紀子さん)

後藤さんのこの姿を見続けてきた、つき合いの長い福岡の焙煎士仲間はこう評します。
「100%純粋、超オタクのコーヒー好き」と。

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須永紀子さん
「世界一になったら大体、コーチになったりするんです。自分自身が挑戦するっていうのは珍しい。勇気がいると思うんですよね。一回自分を否定して一から作り直さないといけないから。挑戦することが好きなんでしょうね、Mっていうか、打ちのめされるのが好きなんじゃないですか(笑)」
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(焙煎士仲間 田原照淳さん)
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田原照淳さん
「世界一になったからといって終わりではなくて、世界一なった焙煎よりも今焼いてる方がおいしいなと思えるようなことを日々考えてるので、いまだに競技会に出てトレーニングをしている。その知識でお客様にサービスをしているところが、努力をやめない後藤さんの凄さではないでしょうかね」
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8.“ 趣味の撮影 も 修行の一部 ”
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(神社で撮影をする後藤さん)

「飽くなき向上心」と「データの積み重ね」で論理的に焙煎の技術を高めてきた後藤さんですが、最近は「自身の成長が鈍っている」と感じています。

そこで始めたのが趣味のカメラをマニュアル設定で撮影することです。

「カメラとコーヒーに何の関係があるの?」と思う人もいるかもしれません。

しかし、これコーヒー業界では有名な関係性だそうです。
撮影でどれくらいの光を取り込むのかという感覚などが、焙煎でどの程度の火力を豆に落とし込んでいくかという点に似ているそう。

焙煎士は後藤さんのようなお客さんの求める味を作りあげる『職人タイプ』と、自分の感性で良いと思ったものを提供する『アーティストタイプ』に分かれると言われます。
自分とは違うタイプの『アーティストタイプ』の閃きも手に入れたい。
感性を磨くことでコーヒーの味作りのヒントを探っているのです。

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後藤直紀さん
「写真の技術が上達するというよりは写真を見る力がよくなっていけば。自分のコーヒーを見る力っていうのも上がっていって、そうなると自分のコーヒーにまだできてないところに気づくかもしれない。結局コーヒーのことしか考えてないですけど(笑)何かコーヒー以外のことを取り入れて自分を高めてよりいいコーヒーを作れたらなって思ってます」
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9.“ 世界一の称号には 満足しない ”
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(焙煎機の前でインタビューに答える後藤さん)

最後になぜそこまで焙煎に向き合うことができるのか聞きました。

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後藤直紀さん
「満足してしまうとそういう技術とか味覚の扉って開かないと思うんですね、だからもっと上手になれるっていう可能性があるなら、そこは開いていきたいと思うんですよね、そこをずっと開き続けて今の自分があるので、それでいくと一生満足とかできないだろうなっていう気もするんですけれども(笑)」
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後藤さんがコーヒー業界に飛び込んだころ、大ベテランたちにこんな言葉をかけられたそうです。

「後藤君ね、コーヒーって40年やっても難しいし、わかんないんだよ」

それだけコーヒーの世界は答えがなく奥深いということなのです。

「現状で満足してしまったら成長はない」

今回の取材から後藤さんの焙煎に向き合う姿から学んだことです。

みなさんの仕事はいかがでしょうか。ひとつの専門を突き詰める後藤さんの姿に共感する方もいるのではないでしょうか。

わたしはカメラマンになって19年ですが、まだまだ映像のなんたるかがわかっていないと感じます。映像の世界も正解がない沼のようなもの、後藤さんを見習って少しでも上を目指していきたいと思います。


<<後藤さんの焙煎を映像で見る場合はここをクリック>>


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□取材:野口真郷カメラマン□
最近コーヒーのいれ方のコツを教えてもらってから、コーヒーがおいしくなりました。

投稿者:ロクいちスタッフ | 投稿時間:14:55 | カテゴリ:WEBいち! | 固定リンク


2022年01月05日 (水)"お正月を彩る特産ブリ"~大分 臼杵市~


今回はお正月の食卓を彩るブリをご紹介しました。
大分県臼杵市では、全国の料理人が欲しがるという特産ブリ「かぼすブリ」が養殖されています。味よし、香りよし、見た目よしの三拍子揃ったブリと言われ、冬季のみ販売される逸品です。
徹底した管理のもと、海上養殖され全国に年間700トンもの生産量を誇る、大分のブランド魚です。
大分県の水産研究部が研究を進め、平成22年から販売を開始しました。かぼすブリはその名の通り、餌にかぼすを加え、かぼすに含まれる成分、ポリフェノールなどの作用で変色を押さえ魚の鮮度を保つ他、もう1つの成分、リモネンの効果で魚の臭みを押さえ香りをよくするというデータが!さっぱりと臭みの少ない肉質になることがわかりました。
 
また、お正月や祝い事の時などにもかかせない大分の郷土料理、ブリのりゅうきゅう丼もご紹介しました。酒、しょうゆ、みりんで作ったタレにブリを漬け込み熱々のご飯の上に乗せてたべる一品。でした。みなさんも是非味わってみたらいかがでしょうか。

■大分の郷土料理「ブリのりゅうきゅう丼」レシピ
(6人前)
ブリ500グラムに
酒100㏄ 醤油100㏄みりんを100㏄で作ったタレを冷蔵庫で一度冷やして
そのタレにブリを約3分漬け込み
熱々のご飯の上に乗せるだけで完成。
※お酒やみりんは煮立ててアルコールを蒸発させて下さい。

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■かぼすブリ

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■エサにかぼすの粉末を加え与える

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■ブリ養殖業・秋月良太さん

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■いけすには3000匹のブリが!

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■水揚げされたかぼすブリ

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■かぼすブリのりゅうきゅう丼


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こんにちは!中田理奈です。
今回の食いちは、大分県臼杵市の「かぼすブリ」でした!

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おいしすぎて、大量に食べてしまいました(笑)
これまでブリは煮魚やお寿司として食べることが多かったので、しゃぶしゃぶで食べたことは一度もありませんでした。

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今回初ブリしゃぶを食べたのですが、ふんわりしておいしくて、しゃぶしゃぶもいいなあとしみじみ味わっていただきました。
脂もしっかりのっていて、ブリのうまみも感じられました。
しかし驚いたのが、臭みが全くなく、後味がすっきりしていたことです。
お刺身もいただきましたが、ほんのり甘くて、でも上品な脂が口の中にじゅわ~っと広がりました。
どんな食べ方をしても最高においしかったです。
そんなかぼすブリについて教えてくださったのは、秋月良太さん。
優しくて、堂々とした方でした。   

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はじめに餌をやるところを見せていただいたのですが、
はじまるまではシーンとしていた海面が、餌をやり始めた瞬間、一気にバシャバシャと音を立てて騒がしくなりました(笑)
ブリたちの餌への食いつきがよすぎて、その勢いに圧倒されました(笑)
そんな餌には、かぼすが含まれているということでその粉末を見せていただきました。
袋を開いた瞬間から、かぼすを目の前で絞っているのではと思うくらいの香りがして驚きました。

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また、取材にお邪魔した日はとても寒い日だったのですが、
ダイバースーツを着た方がいて、ブリの様子を見たり、網を回収したりするために海に入るとおっしゃっていました。
想像しただけで体が凍りそうでした(笑)
かぼすブリを育てるのは簡単なことではないのだなあと感じました。
 
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そして、大分の郷土料理、りゅうきゅう丼をかぼすブリで作っていただきました。
作ってくださったのは、玉井紀美子さん。
とっても明るくて優しくて、お話し好きの方でした^^

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大きなかぼすブリをさばいて、料理をする間も、ずっとお話させていただいて、とても楽しかったです。
そして、肝心のかぼすブリのりゅうきゅう丼。
甘いたれがしっかり染みていて、ブリの濃厚なうまみとコクをより引き立てていました。
今思い出してもよだれが出てきそうです(笑)
ちょうど今が旬だというかぼすブリ。
出世魚を食べることで、出世する1年にと願掛けの意味を込めて、新年の今の時期にはぴったりですね^^

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投稿者:ロクいちスタッフ | 投稿時間:18:30 | カテゴリ:食いち! | 固定リンク


2021年12月27日 (月)神社がピンチ?再建の手立ては


もうすぐお正月ということで、毎年近くの神社で初詣という人も多いと思います。
福岡県には有名な神社がたくさんありますが、小さな神社を合わせると、その数は県内で3308と、全国3位の多さなんです。
一方、福岡県神社庁によると、多くの神社では、補修などの費用が十分に集めることができないなど、維持管理が難しくなってきており、特に最近では、相次ぐ豪雨や暴風による被害で、地域のみなさんだけでは神社が支えられなくなっています。

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糸島市にある雉琴神社(きじこと・じんじゃ)では、去年9月の台風10号で、境内にあるご神木が本殿を直撃。今も半壊の状態が続いています。
神社は、収穫を願う祭りなどを行う、住民にとって大切な場所でした。
“何とか再建したい”と、氏子たちは動き出しました。

問題となったのは、修繕のための巨額の費用でした。憲法で定められた政教分離の原則があるため、行政からは資金面で支援を得ることはできません。

まずは氏子で再建費用を工面できないかと、資金集めに奔走。
およそ1400万円が集まりましたが、再建に必要な4000万円には足らず、氏子だけでの再建はあきらめざるを得ませんでした。

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(雉琴神社 氏子 重松大和さん)
「裕福な家庭ばかりじゃないですし年金だけで暮らす人から生活を脅かしてまで(再建)するものではないと思うんです。厳しいですよね」。

そんな中、思いがけず、支援をしたいという人が現れました。

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倒れたご神木の撤去に協力したいと申し出た、北九州市で林業を営む中川英則(なかがわ・ひでのり)さん。
神社が被災して困っているというニュースを見て、ボランティアで駆けつけたのです。
「これは行こうと思ってパッと思い立って行った。昼過ぎには糸島おったもん。何とか俺ができることがあれば加勢したいと思って」。
さらに中川さんは、撤去した木を市場で販売し、売ったお金およそ160万円を寄付しました。

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(撮影:雉琴神社)

氏子のみなさんは、中川さんのように、地域の外の人たちから支援を呼び込むことができないかと考え、クラウドファンディングを立ち上げました。
1700年続く、地域にかかせない神社であることを訴えると、最終的に263人から430万円が集まりました。

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さらに、SNSでも積極的に情報を発信。
神社を訪れた思い出があるという人などから応援の手紙とともに寄付が寄せられたのです。
(重松さん)「手紙まで出して頂けるっていうその気持ちがうれしいですよね。そうするとやっぱりちゃんとせないかんのやなって思いはこみ上げてきます」。

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また、個人だけでなく、企業からも支援をしてもらえないかと、市内の会社を積極的に訪問。
およそ30社から500万円の寄付が寄せられ、これまでに集まった金額は3600万円に上っています。

氏子の重松さんは、なんとか再建できる金額まで近づき、あとは立派な神社を建てて皆さんに恩返しがしたいと語りました。

 

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一方で、再建がうまくいっていない神社が多いのも現実。最大の問題は過疎化です。

4年前の九州北部豪雨で家屋186軒が全半壊した、朝倉市杷木松末(ますえ)。
神坂貞和(かみさか・さだかず)さんは、宮司を務めている4つの神社が被災したといいます。

その1つを案内してもらうと、本殿に続く石段は今も流された当時のまま。
建物も朽ち始めていました。

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もともとこの地域では過疎化が進み、手入れが難しくなっていたところ、追い打ちをかけたのが4年前の豪雨でした。住民は、避難生活が長期化する中で、およそ半数が地区を離れて新たな生活を始めています。

(宮司・神坂さん)
「もうどんどん朽ちていく感じですよね。年1回でも掃除とか手入れするかせんかはやっぱり大きいですよね。本当に人が来てないっていうのがよく分かります」。

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この地区にあった別の神社では、維持することを諦めた住民もいます。
おととし、豪雨で流された神社があった場所に、住民たちは集まり、最後に思い出を語り合ったといいます。

(住民の中村亨さん)
「何か残っていれば(再建)はあったかもしれないけど何も残っていない。管理はできない、諦めるしかない」。

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國學院大學 神道文化学部の藤本頼生准教授によれば、
地域の神社がなくなると、草とりや集会など住民が顔を合わせる機会も減ってしまうため、地域のつながりが弱まってしまう。また、神社が放置され続けると、不法侵入されたり放火されるなど、治安や防犯上の問題も出てきてしまうといいます。

取材を通し、神社が地域のコミュニケーションを支える場のひとつであることを実感したとともに、まずは地域でこうした現実を直視して、どうしていったらよいか相談を始めることの重要性を感じました。
みなさんも、初詣の機会に、近所の神社がどんな状態か、一度ご覧になってみてはいかがでしょうか?


NHK福岡 ディレクター 水口紋蔵

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投稿者:ロクいちスタッフ | 投稿時間:17:00 | カテゴリ:追跡!バリサーチ | 固定リンク


2021年12月27日 (月)「どげんね、しのげていけそうね」コロナ禍の年末年始 生活困窮を支援


「若い世代や女性が目立ってきている」と話すのは、路上生活者を長年、支援している団体のメンバーです。懸念は“ニアホームレス”の増加。住む場所があっても、近いうちに路上生活になる恐れがある人が増えているといいます。
メンバーは、年末年始を前に「どげんね、しのげていけそうね」と声をかけています。
(文末に支援先の一覧があります)

■ 困ったときはお互い様

 12月上旬の平日、午後7時すぎ。福岡市博多区のNPO「福岡おにぎりの会」の事務所には約60人のボランティアが集まっていました。団体は30年以上前から、路上生活をしている人たちなど生活に困った人たちに、食料や衣類などを無償で届けています。

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「福岡おにぎりの会」事務所の様子

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福岡おにぎりの会 郡島俊紀 理事長

福岡おにぎりの会 郡島俊紀 理事長
「コロナの関係で仕事を失ってどうしようかという人もいるし。
その人に福祉の手立てでなどをつないでいくことが今やることでしょうね」

この日、活動に出発する前に黙とうがささげられました。
寒さが厳しくなってきた11月下旬、団体が支援を続けていた路上生活者の男性2人が体調を崩し、相次いで亡くなりました。
支援の際、生活困窮者に積極的な声かけをして、体調の変化などをチェックすることを改めて確認していました。

福岡おにぎりの会 郡島俊紀 理事長
「(ホームレスは)死と隣り合わせですので。
(ボランティアの皆さんには)1歩踏み出していただいてですね。
『どげんね、しのげていけそうね』と聞いていただきたい」

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(出発前のミーティングの様子)

団体では年末を控え、今月(12月)からおよそ4か月間を「越冬期」と位置づけ、通常、2週間に1回の炊き出しの回数を1週間に1回の倍に増やします。
炊き出しやテントの見回りなど、市内での支援活動のエリアはおよそ10か所で、事務所から各地への移動は、それぞれの自家用車での乗り合わせです。
この日の取材では、中州地区での活動に同行しました。
 
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(炊き出し会場の公園には多くの人が集まる)

公園に到着したのは午後9時すぎ。気温は10度を下回る中、すでに30人ほどが集まっていました。団体によると、コロナ禍の前と比べて、およそ1点5倍に増えていて、若い世代や女性が目立ってきているといいます。
また団体が「ニアホームレス」と呼ぶ、近い将来、路上生活を選択せざるをえないような生活困窮者の増加が懸念されています。

福岡おにぎりの会 郡島俊紀 理事長
「(コロナ禍前、炊き出しの利用者は)100人切りかけた頃だったんですけれどもね、 前回(の炊き出しでは)150名だったということでですね。だから、だんだん増えてきているわけですね。その上、家はあっても食べられないという若い方が結構おられますよね」

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(訪れた人には豚汁とおにぎり、飲み物などが提供された)

炊き出しのメニューは、温かな豚汁とおにぎり。訪れた人に料理を配りながら、次回の活動で防寒着を渡そうと、服のサイズも聞き取ります。そのすぐ近くでは、地元の病院による無料の健康相談も行われていました。
この日の活動では、市内で合わせて160人余りが支援を受けました。
団体では、支援する側のボランティアのなり手や車の燃料費などを含めた活動資金の支援も受け付けています。誰でも生活困窮者になってしまう恐れがある世の中だからこそ「困った時はお互い様」という気持ちが大切だといいます。


福岡おにぎりの会 郡島俊紀 理事長
「(生活に困ったら)遠慮せずに助けてくれといっていただきたいことですね。
よくあるのは、これ以上人に迷惑をかけられないといって、
結局最後は路上で倒れて病院に搬送される。
困ったときには助けてくれと声をあげられるのが、本当は1番大事なことでしょうね」

■「親不孝通り」で広がる支援

福岡市中央区の親不孝通り。ここでは、新しい「子ども食堂」の支援の形が始まろうとしています。

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タッグを組んだのはネットサービスなどを手がける地元の会社です。この会社の「ごちめし」と名付けられた仕組みを使って、親不孝通りの飲食店を「子ども食堂」として利用してもらおうというのです。
支援したい人は、「ごちめし」の専用のアプリから、食事の支援を受けたい子どものために「食事券」を購入する形で寄付をします。

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(「ごちめし」アプリ画面)

子どもたちが無料で食事を食べられるのは、親不孝通りにある飲食店です。支援の仕組みに参加しているラーメン屋では、自慢の特製ラーメンを提供します。
「ごちめし」の“子ども食堂”を利用したい子どもたち(対象は小学生以下)は、お店にくれば、無料で食事をすることができ、その食事代の支払いはアプリで「食事券」を購入した支援者が行うという流れです。

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(子どもたちにふるまわれる温かなラーメン)

このシステムの特徴は、新たに子ども食堂の場所や担い手を確保するのではなく、既存の飲食店が通常営業をしながら「こども食堂」になることができる点だということです。
 
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親不孝通り商店会 河田茂樹 会長
「登録したら簡単にこども食堂ができる、店にも負担がないのが一番の魅力。
これをきっかけにお店にも売り上げも立つし、子どもたちも喜んでもらえる」

実は、このシステムは約2年前にスタートしていて、これまでに、およそ1500食を子どもたちに提供してきました。しかし、新型コロナの影響で、飲食店が休業を余儀なくされ、一時休止状態になっていました。
感染拡大が少し落ち着いたことから、再開することを決め、新たにキッチンカーも導入し、持ち帰ることができる弁当の提供ができるように体制を整えました。

親不孝通り商店会 河田茂樹 会長
「安全安心で笑顔があふれる商店会にしていきたいのが第一。
子どもたちが安心して通りを歩けて、安心して店の人たちが声をかけるとか、
和気あいあいとした通りを目指してやっていきたい」


■ 困ったときはためらわずに相談を

今回の取材を通して「どげんね、しのげていけそうね」という声かけのことばの温かさを
感じました。長引くコロナ禍、新たな変異株など先行きが不透明な中で迎える年末年始。
周囲の人への声かけや、助けてという声をあげることが大切だと思います。

取材した団体の許可を得て、相談窓口の一部を以下にまとめました。相談先が直接支援にあたることもあれば、状況を聞き取った上で別の機関を紹介することもあります。
 

<自立に向けた相談・住居確保給付金の支給申請など>
▼福岡市 生活自立支援センター 
・0120-17-3456
・福岡市中央区天神1-4-2 エルガーラオフィス棟7階
・平日 午前9時~午後5時
・年末年始の12月29日から1月3日は休み

<自立に向けた相談・生活保護の申請など>
▼博多区役所
・092-441-2131
・福岡市博多区博多駅前2-9-3
・平日 午前8時45分~午後6時
・年内は12月31日まで対応、年始の1月1日~3日は休み

<自立に向けた相談・生活保護の申請支援・債務整理など>
▼福岡県弁護士会 天神弁護士センター
・092-741-3208
・福岡市中央区渡辺通5-14-12 南天神ビル2階
・平日   午前9時~午後7時
 土日祝日 午前9時~午後1時
・年末年始の12月29日~1月4日は休み

<自立に向けた相談・炊き出し・衣類の提供など>
▼NPO法人 福岡おにぎりの会
・092-431-5785
・福岡市博多区美野島2-5-31 美野島司牧センター内
・火木金 午前10時~午後5時
・年末年始は原則休み(12月28日、30日、31日は対応可)

<自立に向けた相談・炊き出し・衣類の提供など>
▼NPO法人 美野島めぐみの家
・080-6439-3294
・福岡市博多区美野島2-5-31 美野島司牧センター内
・火 午後0時~午後3時
・年末年始の12月29日~1月10日は休み

<自立に向けた相談・住宅確保の支援など>
▼NPO法人 福岡すまいの会
・092-292-6166
・福岡市博多区空港前3-9-24 アクセスエアポート101
・年末年始の12月29日~1月3日は休み

投稿者:ロクいちスタッフ | 投稿時間:10:13 | カテゴリ:WEBいち! | 固定リンク


2021年12月22日 (水)デカくて甘い!"女山大根"~佐賀 多久市~


今回の食いち!は、佐賀県多久市の女山(おんなやま)大根をご紹介しました。
多久市西多久町の山間、かつて女山村と呼ばれた地域に“女山大根”という江戸時代から伝わる伝統野菜があります。一般の大根より大きく、長さは60〜70cm、重さも4〜5キロほど。ブルーベリーやナスと同じ様にアントシアニンを多く含んでいるため葉っぱや皮が赤紫色になっています。糖度は7~8度で一般の青首大根の1.5倍。甘くてほとんど辛みがないので生で食べてもおいしいんです! さらに肉質が硬めで長時間煮込んでも煮崩れしないため、おでんや煮込み料理にうってつけの食材です。

300年ほど前からこの地に伝わる伝統野菜を、舩山真由美さんは16年前から大事に育てています。女山大根は大きくて重く、収穫も出荷も大変なため、農家の高齢化とともに生産者の数は少しずつ減ってきましたが、舩山さんは大事に育て傷がつかない様にと一つ一つ手作業で出荷を続けてきました。「ふるさとの伝統野菜を絶やすことなく、後世に残したい」。そんな思いから、生産者の仲間や地域おこし協力隊の力も借りて地元スーパー店頭や県内外のイベント会場で女山大根のおいしさをアピールしてきました。今では地元の小・中学校で冬の間月に2回ほど「女山大根」のメニューが給食に出され、親しまれる様になっています。

 「かけあえ」という郷土料理は、女山大根ににんじんとクジラ肉を合わせゴマ味噌であえる伝統の一品で、今もお正月や祝いの席には欠かせません。最近は独特の鮮やかな色をいかした女山大根のピクルスが、福岡のフレンチレストランで人気急上昇中。
見た目も味もインパクト十分で、新しい可能性も広がる伝統野菜「女山大根」。
皆さんも一度味わってみて下さい。

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■デカくて甘い!女山大根    

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■葉っぱも皮も赤紫色
     
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■女山大根農家・舩山真由美さん    

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■洗うのも手作業
     
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■郷土料理「かけあえ」   

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■この日の給食メニューはポトフ

■番組で紹介した料理レシピ
▽かけあえ〈材料5人分〉
・女山大根…300g
・人参…80g
・くじら…80g
・酢味噌・塩・ごま・酢…適量

〈作り方〉
①女山大根、人参を1cmの短冊切りにし、塩でもむ
②くじらは大根より小さく切り酢につける
③①と②に酢味噌・ごまを加えて混ぜあわせて完成



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こんにちは!中田理奈です。
今回の「食いち!」は、佐賀県多久市の「女山大根」でした!!!

紫がかっていて、さらにあの大きさ!!
見た目からかなりインパクトがありました。

はじめに女山大根のおでんを見たときは、ふだん目にするおでんの大根より一回りも二回りも大きくて驚きました。
食べてみると、味はしっかり染み込んでいるのに、シャクッと噛み応えがありました。
おいしかったです・・・。
 
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そんな女山大根を育てているという舩山真由美さんの畑にお邪魔しました。
女山大根の畑は紫がかった葉がまた大きく繁々と育っていたので、植物園のようでした(笑)
根本根元の方を見ると、でっぷりとした大根が顔を出していて・・・太くて紫色で、さつまいもみたいでした(笑)

私もさっそく収穫を体験させていただいたのですが、ものすごく力を入れて引いているのにびくともせず・・・。収穫した女山大根を持たせていただくと、重くて重くてすぐに腕が疲れてしまい・・・情けないかぎりです(笑)
 
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いつもこんなに重たい大根を収穫しては、寒い中でも冷たい水できれいに洗って出荷されている舩山さんには頭が下がる思いでした。

「域伝統の女山大根を絶やしたくない」と、語ってくださった舩山さん。
とっても優しくてお話上手な方で、育てていらっしゃるいろんな野菜や、女山大根を使った料理方法など、本当にいろんなことを教えてくださいました。


実際に作っていただいた料理の中でとても驚いたのは、女山大根の葉と茎、そしてじゃこを使った炒め物です。葉と茎もとてもおいしくてパクパク食べてしまったのですが、その上に乗っていた大根おろしにびっくり!あの赤紫色の皮もそのままおろしているので、着色しているのではないかと思うくらいの衝撃のパープルカラー。

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そして、さらに驚いたのがここからです!!
見てください!!
舩山さんが大根にゆずをかけた瞬間、その紫色が、美しいピンク色に変化したんです!
化学の実験、はたまたマジックショー・・・。面白かったです^^

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こんな風に見た目で楽しむこともできるのだなあと、これからの可能性にも期待が膨らみました。

さて、今回はそんな多久市の伝統野菜、女山大根についてご紹介しましたが、いかがでしたか?
はじめてご覧になった方も多かったと思いますが、ぜひ一度召し上がってみてください!
生で食べても甘いそのお味や煮崩れしない少し硬めの食感など、いつもの大根とはまたひと味違った魅力を感じられると思います^^

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投稿者:ロクいちスタッフ | 投稿時間:18:30 | カテゴリ:食いち! | 固定リンク


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