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日本一原発が多い福井県で
3人の高校生が考えたこと

2022年5月27日(金)

「原発が立地している福井にいながら、原発についてほとんど考えたことがなかった」
そう語ったのは、ごくふつうの3人の高校生だった。専門用語が多い上に、とかく議論しづらい原子力発電所の問題に向き合うために、始めたのが同世代への意識調査。敬遠されがちにもみえる原発の問題に真正面からぶつかり、成長した3人の半年間の記録です。

■原発を意識する高校生について考えたことなんてなかった

私は、記者歴4年目。敦賀市の嶺南支局で地域の話題や原発問題を中心に取材している。
ある日、「原発の問題について取り組んでいる高校生がいるらしいよ」と先輩記者から話を向けられた。
特に驚きがあったわけではないが、どこか意外な感じがした。私自身、原発取材の経験は1年余。賛否を語る大人たちの姿こそ、よく見てきたものの、その現場で若い人たちの姿を見たことはなかったし、若い人が原発についてどう考えているかなど全く想像したことがなかったからだ。
「高校生は原発についてどう考えているのだろう」。さっそく、福井市の高校に向かった。

■きっかけは1本の映画

福井市の福井南高校で私を迎えたのは、3人の高校生。写真部に所属しながら、課外活動で原発を学んでいるということだった。「自発的に原発を学ぶ」その意図がわからなかった。とりあえず「なぜ原発に興味を持ったの?」。理由をたずねた。

すると、生徒の1人は写真部の顧問の教諭に勧められた1本の映画がきっかけだったと即答した。
タイトルは「日本一大きいやかんの話」。その内容は、東京の高校生3人が東京電力・福島第一原子力発電所の事故後に制作したドキュメンタリーで、福島の住民や東京電力、時には海外の専門家にまでインタビューを行い、原発に対してどう考えるか葛藤する様子が記録されているというものだった。

3人の中で中心となって活動してきた今泉友里さん。
彼女は、日本で最も原発が立地している土地で暮らす者としての自覚がなかったように感じたという。

今泉友里さん
「(映画の高校生たちが)福島県や海外を訪問していろいろな話を聞く姿を見て、自分が難しいと思っていた話題を同じ高校生が考えるのだと驚きました。私は(原発が最も多く立地する)福井の県民なのに、今までどうして考えてこなかったのだろうと思った」


■高校生は何を考えているのだろう

3人がまず始めたのは、校内で核のゴミ問題について考える勉強会の開催だった。「映画に出てきた高校生までとはいわないまでも、同世代に関心を広めることはできないものか」。原発を学び始めて半年がたつ中、彼女たちが行き着いた先は、同じ高校生に原発に対して問いかけることだった。意識調査を行い、結果を分析・発信することで、若者でも、この問題について考えることができるのではないか。ただ、彼女たちに調査や分析のノウハウはほとんどなかった。

■どう聞けばいいの?

最初に立ちはだかったのは、設問づくりや調査対象の絞り込み。設問の表現、特に聞き方には悩んだという。
理解しやすく、回答に偏りが出てしまわないよう、注意しなければならないことが理由だ。3人のうちの1人、森夕乃さんはぽつりと漏らした。

森夕乃さん
「『原子力には賛成ですか』と聞いちゃうと、『賛成』って答えてほしいと思われて回答を誘導しちゃうと思う」

顧問の教諭や専門家の助けもあって、原発のイメージや意識したきっかけなどを問う8項目の設問がまとまった。
ただ、季節は秋も深まろうとする10月。作業開始からすでに3か月が経過していた。

■調査はどうだった?

調査は、インターネットのアンケート形式で実施。県内の高校を中心に60校ほどに協力を依頼したところ、実に1807人が回答。想定した1000人程度を大幅に上回った。

意識調査の回答の一部を見てみる。
原発のイメージを複数選択の形式でたずねたところ、「危険」が最も多く80.2%。「必要」が33.5%、「役に立つ」が28.6%と続いた。そのほか、「わかりにくい」が21.8%、「暗い」という回答も19.6%あった。多数が原発に対して危険なイメージを持ちつつも、必要性を認識している考えも一定程度あったことがわかった。

意識したきっかけはどうだったのか。回答全体の割合を見ると「授業」の28.3%が最多。「東日本大震災」は25.4%、「ニュース」は16%だった。原発が立地する県だけに「家庭環境」という回答も7.9%あった。
この設問の回答を地域別で見ると、原発が立地する嶺南地域では「家庭環境」が26.3%と最多。
原発のない嶺北地域と差が浮き彫りになった。

■予想以上だったけれど・・・

予想以上に集まった回答。うれしい反面、この膨大な回答の分析が3人を待ち受けていた。ただ数字をまとめればいい、というものではない。十分吟味し、咀嚼した上で自分たちと同じ高校生にもわかるように伝えなければならない。設問の設定以上の難題かもしれない。さまざまな角度から分析するため、原発に関わる多くの人の意見を聞き、理解を広げていた。

3人は、授業や放課後の合間を縫って、今まで会ったことがない人たちにメールや電話でインタビューを申し込んだ。その数は50人近くにのぼった。

私が取材で訪れた日は、福井県で40年ほど原子力行政に携わった専門家から話を聞いていた。3人は、専門家に、意識調査で寄せられた回答へのアプローチの仕方や、11年前に原発事故が起きた理由など、2時間にわたって疑問をぶつけていた。

さらに、原発事故で住み慣れた町から離れざるを得なかった人からも話を聞こうと、福島県の被災地に乗り込んだメンバーもいた。安定したエネルギーの確保に必要とされるものの、ひとたび事故が起きれば町がどうなってしまうのか。「原発」というものにどう向き合えばいいのか。話を聞いた人たちの意見に左右されず、回答を報告書にまで導くことができるのか、戸惑っているようにも見えた。

11月。1か月ほどで、立場や考え方の違いこそあれ、23人から話を聞いた。調査結果を分析するためのベースはできた。残されたのは、報告書の作成だけとなったが、締め切りまでに間に合わせるため、暗くなっても作業が続く日もあった。

雨宮ゆめさん
「授業中、一瞬意識がなくなっていて、気づいたら先生の話が先に進んでいることが結構ありました。『自分、今、寝ていたのだなあ』。あとで自覚しました(笑)」


森夕乃さん
「私は、意識はちゃんとありましたよ(笑)」

■半年間の末に

12月上旬。1冊の報告書がまとまった。
青い表紙に製本された、108ページにわたる3人の努力の成果だった。

年が明けた2月。調査の結果は校内で発表されることに。
わからないことを理由に、現実に目を向けず、議論が必要なものにはしっかり向き合うことが大切だと今泉さんは訴えた。

今泉友里さん
「『なぜ』ということなど、わからないことを突き詰めて共有することが議論の土台を作ることにつながるのではないかと思いました」

生徒
「これまでは大人ばかりで考えている話題だと思っていたけど、高校生でも考えられるのだな」

大人たちの間でも、議論が避けられがちな原発問題。
3人が半年前に抱いた問題意識は、瞬く間に多くの若者たちにも広がっていた。

「教師というのは生徒に教える立場と思いがちですが、逆に生徒から学ぶことが多いですよね」

3人を温かく見守り、後押しした顧問の教諭がぽつりと漏らした。


▼編集後記

メンバーの1人・雨宮さんは4月から大学に進学。
意識調査に取り組んだ経験から、原発の廃炉が進む福井の経済に関心を抱くようになり、現在、地域経済学を学ぶ。

雨宮さん
「人前で発表することに苦手意識がありましたが、調べたことや学んだことを伝えたいと 思って発表を繰り返すうちに、人前に立つ抵抗感がなくなった気がします」

残る今泉さんと森さん。新たに加わったメンバーと活動を続けている。
今年度は、福井だけでなく、電力の大消費地の東京の高校生も対象に調査を行う考えだという。

今泉さん
「この活動のキーワードは『高校生』なんです。同じ世代だからこそ、他の高校生にも伝えることができると思っています。将来を担う若い世代でこの問題について一緒に考えていきたいです」。

世の中には、「白」か「黒」か、答えが明確なものばかりではなく、対立する構図も常に存在する。原発をめぐる議論もそのひとつではないだろうかと感じる。
意見が多ければ多いほど、戸惑うことが増え、答えも見つかりづらくなる今の時代。 身近にある問題を直視し、正面からぶつかって、「解」を探し求めようとした3人からは、計り知れないエネルギーが迸っていた。


記者紹介

伊藤怜


記者 福井放送局嶺南支局 伊藤怜

2019年入局。原発取材担当。趣味は読書で最近はミステリー小説を愛読。スケジュール管理が苦手。

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