2020年12月15日

2020年12月15日 (火)福井市・清水南(しみずみなみ)地区でみつけ隊【太田 実穂】

12月14日(月)放送の「ほやほやみつけ隊」は、福井市清水南(しみずみなみ)地区に行ってきました。
人口2161人(12月1日現在)
福井市中心部からクルマでおよそ20分で、山々に囲まれ、田園風景が広がるまちです。
【花と緑のまちづくり】
地区では、10年以上前から花壇づくりに取り組んでいて、集落ごとや交差点などに設置しています。
独自の花壇コンクールも開催し、みんなで美しい花に彩られたまちを作っています。
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【ふるさとウォーク】
また、ふるさとへの愛着を深めてもらおうと地区の名所をまとめたマップを作り、毎年11月に地区の人たちを中心に、史跡などを巡る活動も行っています。
毎年150人以上の方たちが参加するそうです。
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今回は、ふるさとウォークでも訪れる八幡神社に行きました。
八幡神社にあるこの鳥居は、今から400年ほど前の鳥居で、旧清水町の中で最も古い鳥居として福井市指定文化財になっています。
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では、今回の一福丸からの指令は?!
★指令★「清水南に橋本左内を支えた場所が?!真相をさぐれ!」
所蔵:福井市立郷土歴史博物館
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福井の幕末の偉人、橋本左内。
15歳の時、志を記した「啓発録」を出すなど、秀才として知られていますが、安政の大獄で捕まり26歳の若さで亡くなっています。

そんな橋本左内と清水南地区の「風巻町(かざまきちょう)」との間に
深いつながりがあったのです!
教えてくれのは、ふくい歴女の会・会長の後藤ひろみさん
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後藤さんは、ある偉人の調べを進めている中で、たまたまつながりを見つけたといいます。

ことし9月には、橋本左内と風巻町の関係について清水南公民館で講座を開きました。
地域の方々は初めて聞く話に大変驚いたそうです。
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後藤さんの調べによると、
かつて、風巻町の「浄明寺」というお寺の住職を左内の親戚がしており、その人物を左内は父のように慕っていたそうです。
また、左内が父を亡くし夢までも諦めなければならなかったつらい時期に浄明寺によく来て滞在していたということなんです。
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浄明寺が左内にとってどれだけ特別に思っている場所なのか実際に訪ねてみました。
浄明寺は、真宗大谷派のお寺で本堂は270年ほど前から受け継がれているといいます。つまり左内が生きていた時代も建っていたということです。

浄明寺と橋本左内とのつながりについては、「橋本景岳全集」という書物の中の「浄明寺」というキーワードが書かれた左内の4つの手紙からひも解くことができるとのことでした。
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1通目は、江戸にいた左内が、福井藩士の知人宛てに、「姉の結婚について」は浄明寺の住職に頼ってくださいという手紙。
2通目は、浄明寺住職宛てに、姉夫婦の家庭内の問題についてふたたび相談する手紙。
そして、3通目、4通目は、安政の大獄で左内が処刑される半年前に、牢(ろう)の中から、2通続けて母へ出した手紙。
そこには「風巻の浄明寺に頼れば心が慰められるのでは」と母を思う息子の気持ち、
左内が浄明寺のことを懐かしむ気持ちが込められているといいます。

浄明寺が、左内そして左内の家族の人生を支えた場所であると強く感じました。
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■お問い合わせ
 清水南公民館
 住所:福井県福井市風巻町21-17
 電話:0776-98-4590

投稿者:太田 実穂 | 投稿時間:15:25

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