9月19日(日)放送
98歳・新藤兼人の遺書 〜映画“一枚のハガキ”を撮る〜
 

写真:撮影現場の新藤兼人監督

 

映画監督・新藤兼人は、死ぬ前にどうしても完成させたい映画がある。『一枚のハガキ』の撮影はこの春始まった。自ら「遺言状」と語る、海軍二等兵時代の忘れえぬ記憶である。番組は、新藤さんが再底辺から体験した戦争の真実を描くものである。

昭和19年3月、丙種合格だった32歳の新藤さんに赤紙が来た。「一億挙げて戦闘配置へ」のスローガンが叫ばれ、100人のオジサン部隊が、広島県呉の海兵団に集められた。奈良の天理教本部を掃除し、海軍予科練兵を世話することが任務だった。掃除が終わると上官がくじを引いて60名が選ばれ、フィリピンの陸戦隊となった。兵舎で新藤さんの上に寝ていた同期兵は、フィリピンへ行く命令を受けて感極まり、妻の手紙を見せた。その文面が若きシナリオライターだった新藤さんの胸をえぐった。遺作は、このハガキを軸に作られている。

「今日はお祭りですが
あなたがいらっしゃらないので
何の風情もありません」

二度のくじ引きで生死が分かれ、94人が戦死した。新藤さんは生き残った。家族ある老兵が集められ、くじ引きで生死が決められる戦争とは何か。新藤さんが自分の目で見て、その後長く考えてきたことを映画にすることが、生き残った者の責任だと思った。戦争を体験した言論人が次々と世を去るなか、戦争の記憶を未来へ伝える重みはますます大きい。

「戦争というのは,戦場で戦うんですが、本当は後に控えた家をつぶすわけでしょう。一人の兵隊が死ぬとその家がめちゃくちゃになってしまう。戦争は、家族も家も全部つぶしてしまう力を持っているんです。」。
戦闘の場面がない映画だが、新藤さんは日本中で兵隊を送りだした農家が、もう一つの戦場だったと主張している。

「将校や下士官と違って、最低の所から、命がけで見てきた。僕はつまり戦争の裏側を見たという気がしているんです。私は生き残った。だからこの映画を作るんです」。

映画は順調に撮影が終わり、現在ポスプロが進んでいる。遺作『一枚のハガキ』は、来年夏に公開される予定だ。新藤兼人は99歳、49本目の作品となる。

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