1月31日(日)放送
シリーズ日本と朝鮮半島2000年 第10回 “脱亜”への道 〜江華島事件から日清戦争へ〜

写真・左:福澤諭吉とキム・オッキュン
写真・右:明治18年時事新報に掲載された「脱亜論」

写真:江華島事件で戦闘があったチョジジン跡

 

江華島事件(1875年)をきっかけに、鎖国施策をとってきた朝鮮王朝を開国させた日本。その後、両国が文明化することで連携し、共に欧米列強に立ち向かおうと模索した人々がいた。福澤諭吉とキム・オッキュン(金玉均)である。
慶應義塾創始者の福澤は、万国公法を基にした近代的関係を朝鮮王朝に求めた。一方、開化派の官僚・キム・オッキュンは、日本型の近代化を進めることで、宗主国・清(中国)に頼る朝鮮王朝を改革し、欧米に対抗しようとした。しかし、その構想はクーデターの失敗で頓挫する。福澤は、朝鮮近代化の“敗北宣言”として「脱亜論」を発表。「主義とする所はただ脱亜の二字にあるのみ。・・・隣国の開明を待ちて共にアジアを起こす猶予なし」とした。
近代、江華島事件から日清戦争までの日本と朝鮮半島の関係を福沢諭吉とキム・オッキュンを軸に見ていく。

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