写真・左:アサンにあるイ・スンシンの祠(ほこら)にて、肖像画を見るリポーターの大桃美代子さん。イ・スンシンは、日本の軍勢に大きな打撃を与えた 写真・右:朝鮮水軍の将軍イ・スンシン(李舜臣)が考案した亀甲船の復元(トンヨン港)
豊臣秀吉が起こした文禄・慶長の役(1592-1598)は朝鮮半島では「壬辰倭乱」と呼ばれ、日本の侵略の出発点として刻まれている。この戦争は日本と朝鮮、二カ国間の紛争だけではなく、中国・明を含めた「日・朝・中」東アジア社会を変動させた国際戦争でもあった。悲劇はなぜ起きたのか。戦争の実態を描く。