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『芙蓉の人』のドコがスゴいのか... 気象庁さん、教えてください!

『芙蓉の人』のドコがスゴいのか…
気象庁さん、教えてください!

時は明治28年。厳冬の富士山山頂に籠もり、命がけで気象観測を行った気象研究者・野中到。
そして到に同行し、共に富士山に籠もった妻・千代子。
土曜ドラマ「芙蓉の人」は、日本の発展のため、厳冬の富士山頂に挑んだ夫婦の愛の物語…なのですが、我々一般人からしてみると、『なんでわざわざ真冬の富士山なんかに』というのが、正直なところではないでしょうか。
千代子と到の挑戦がどれだけスゴいことなのか、どうして富士山に籠もる必要があったのか、せっかくだから、専門家に聞いちゃいましょう。
というわけで、実際に富士山頂で有人測候所を運用していた、気象庁さんに突撃取材です!


■富士山の元山頂勤務員の人が出てきた!
というわけで、千代子と到の挑戦がどれだけスゴいことなのか…を聞くために、大手町にある気象庁にやってきました!

「観測機器の実物があるから」ということで、オフィスではなく、併設の気象科学館に通されました。当日応対してくださったのは、気象庁の上原さん・星野さん・山田さんの三人です。


左から上原さん・星野さん・山田さん


星野さん:
広報の星野です。今日はよろしくお願いします。
こちらは上原と山田で、二人とも、実際に富士山頂で通年観測を経験した職員です。

編集部:
ええええっ、ということは、富士山頂で冬の観測を経験されていたということですね…!!
それなのにぬるい質問で申し訳ないのですが、どうして気象観測で未来の天気がわかるのか、そこから教えてもらっていいでしょうか…。

星野さん:
いいですよ。まず、各地の観測所で気圧や湿度、温度、風向きなどを測定して、時系列のデータを蓄積していきます。これで「ここのデータがこうなっている場合、あそこの天気はこうなりやすい」という傾向がわかってきますよね。
こうしたデータを多くの地点で、長く蓄積していくことで、天気予報の精度が上がっていくわけです。今では衛星写真で雲の動きがわかったりしますが、以前はこういったデータの蓄積と分析が全てでした。

編集部:
なるほど。天気予報はまず、観測とデータの蓄積からはじまるんですね。
ドラマでは「富士山山頂の気象がわかれば、色々なことがわかる」といったような描写が出てきましたが、これは実際にそうだったんですか?

山田さん:
富士山の気象を調べるだけでも、いろんな兆候がわかるんですよ。
北西の風が吹けば天気が回復傾向にあるとか、南西の風になると悪天になるとか。あわせて湿度が高くなっていれば、雨が降りやすいとか。富士山の気象からだけでも、関東地方の天気の傾向の、目安にはなるんです。

上原さん:
とはいえ、富士山山頂のような高い場所で、通年で観測した前例自体がありませんでしたから、そこでの観測で何がわかるのか、どういったデータが手に入るのか、そのデータがどう利用できるのか、野中到さん自身も、確実なことは分からなかったはずです。きっと役立つに違いないということで、挑んでいったんだと思います。

編集部:
絶対に見返りがある、という挑戦ではなかったんですね。そこに命を賭けて挑むわけですから、野中到さんは不安だったでしょうし、強い使命感とか、大きな勇気が必要だったでしょうね。そして千代子には、夫を支えたいという強烈な愛情があったんでしょうね…。

星野さん:
たとえデータが手に入ったとしても、その蓄積や、統計自体もまだまだでしたからね。野中夫妻は本当に、何か熱い思いでもって、未知への挑戦をしたのだと思います。

 

■富士山山頂の生活
野中到さんが始めた富士山山頂での有人観測は、その後政府に引き継がれ、2004年まで続きました(現在は無人化されています)。
続いて、富士山山頂で観測員として働いていた山田さんと上原さんに、富士山山頂がどんな場所なのか、山頂で働くというのがどういうことなのか、お伺いしたいと思います!


1977年、有人で観測をしていた時代の富士山測候所。
丸いレドームは解体→移設され、もうありません。
(写真:気象庁提供)

編集部:
富士山山頂での暮らしについてお伺いしたいのですが、それ以前に、富士山に登ること自体が大変ですよね。ヘリコプターとかで一気に行っちゃうんでしょうか?

山田さん:
いえ、歩いて登ります

上原さん:
朝の6時ごろに麓を出発して、途中にある気象庁の避難小屋で、休憩や食事を取ります。午後の3時頃に山頂につけば、よかったほうですね。

編集部:
すいません、完全に想像を超えていました。

星野さん:
それでも、天候によっては途中で足止めされるような場合もあったと聞いています。
山田さん、上原さんも、だいぶ足止めされたんじゃないですか?

上原さん:
2合目付近にある太郎坊というところで、よく足止めされていましたね。5合目からの登山中に天候が悪くなったら、7合8尺にある気象庁の避難小屋で様子を見ます。ここも、何回か泊まりましたね。

山田さん:
太郎坊から山頂に着くまで、天候に恵まれなくて、8日かかったことがありました。避難小屋に何泊もしながら、天候の回復を待つんです。


富士登山の様子。
強力(ごうりき)さんと共に山頂へ。
(写真:気象庁提供)

編集部:
避難中、食事はどうされるんですか?

上原さん:
避難小屋にも、非常食が備蓄してあります。測候所が閉鎖される少し前には、レトルト食品とかも備蓄されていましたね。避難小屋には電気やプロパンガスやトイレも整備されていて、天候の回復を待ってから山頂に向かっていました。山頂の測候所や避難小屋は、野中到さんの時代と比べて恵まれています。

山田さん:
測候所では高山病のリスクもありますし、体からどんどん水分が抜けていくので、常に水分補給をしなくちゃいけません。
ところが水道なんてものはありませんから、雪を溶かして水を作る必要がある。そのためには、融雪タンクに雪を入れる作業をしないといけませんでした。
天候が悪いと外に出られませんから、これもできないんですね。だから、雪があったとしても、ふんだんに水が使えるわけじゃなかったんです。


レドームが取り外された、2003年の富士山測候所。
(写真:気象庁提供)

編集部:
現在の施設では生活環境が整えられている…とはいえ、富士山山頂はやはり、過酷な場所なんですね。
今ですらこうなんだから、水がない、ビタミン剤もない、防寒具も今みたいに高性能じゃない…と考えると、野中夫婦の挑戦は、周りからすると無謀に見えたでしょうね。

上原さん:
観測小屋自体も木造で、断熱材がキッチリ入っているというわけではなかったと思います。室温が低かったでしょうから、相当に過酷だったと思います。

星野さん:
あとは山頂の天候が悪いと、観測機器に雪とか、氷とかが付着するんですね。これをたたき落とすのも大事な仕事でした。天候が悪い時は閉じこもっていれば良いというわけではなく、こういう時のデータにこそ価値がありますから、メンテナンスが必要な時があったと聞いています。
だから野中到さんも、過酷な環境の中で、雪払いのような仕事を黙々とやっていたと思います。

上原さん:
あと、山頂は気圧が低くて、空気が薄いので、物がよく煮えなかったりするんです。僕らの時代には圧力釜がありましたが、野中夫妻はお米も満足に炊けなかったと思います。沸点が低いから、芯のある、生煮えの米になっちゃうんですね。
これでは体力的な面でも、精神的な面でも、大変だったでしょうね。

編集部:
何もない山頂で、唯一の楽しみもであろう食事すら満足に作れないわけで、想像するのも心苦しいですね。
皆さんのお話しを聞いていて、到さんについていくと決めた千代子さんの覚悟は、相当なものだったのだと改めて思いました。夫に振り回されていた可哀想な女性では決してなくて、命を賭けてでも夫を支えたいと、自分の意思で決めたんでしょうね。
そうじゃないと、無理ですね、これは…。

 

■芙蓉の人、そして測候精神!!
野中さんの時代ほどではないにしろ、現代でも富士山測候所は過酷な場所だったようです。
最後に、これほどまでのチャレンジをした野中夫婦は「気象庁の人にはどんな存在なのか」、聞き出してみたいと思います。

編集部:
にこやかに話していただきましたが、富士山の過酷さに圧倒されました!
野中さん、そして後世の人たちが、富士山での観測をそこまでして続けてきたというのは、やっぱりそれなりの意義があるからなんでしょうね。

星野さん:
一つの観測所のデータだけだと、データが正しいか、正しくないかわかりません。だから全国の色々な場所に観測所を設けて、また常にメンテナンスをしないといけません。
そしてさらに大事なのは、継続することですね。夏だけのデータだとか、何年に一度かのデータでは、利用価値が不足します。同じ場所で観測を続けることに、大きな意味があるんです。だからこそ、富士山山頂で、命がけの越冬を試みた野中夫婦というのは、今の基準で見ても、意義深い、偉大な仕事をしていると思いますよ。

山田さん:
野中夫婦の観測以前にも、夏の富士山で気象データを採っている人はいたんです。でも、野中夫婦は冬に採りたいと思った。つまり、継続することの価値を知っていたのだと思います。

上原さん:
天気予報を向上させ、天災を防ぎたいという熱い思いが、野中さんにはあったのではないでしょうか。

星野さん:
その思いは、今の気象庁も同じですね。国の防災機関として、気象予測を通じて、皆さんの生命や財産を守りたい、生活に貢献したいと思っています。
実は気象庁に入庁したころ、先輩から「芙蓉の人」の本を渡されたんです。
これ、読んだことあるかって。
その先輩はあれこれ言いませんでしたが、観測を続けることの大切さというか、これが測候精神なんだぞっていう、後輩への思いがあったのかもしれませんね…!

山田さん:
最後に、気象科学館に展示されている気象観測機器について、簡単にご紹介しましょう。

山田さん:
まずこちらは、風向と風速を測る風向風速計です。昔は風向と風速を別々の機器で測っていました。また、富士山頂の風向風速計は融雪ヒーターが内蔵されていて、もっと大きかったんですよ。

山田さん:
そしてこちらは、気温と湿度を測る「通風型乾湿計」です。
他にも色々なものが展示されているので、一度ゆっくり見に来てください。

…というわけで、見ているだけでも面白く、話を聞くともっと面白い。
あっという間に時間が過ぎた、大手町の気象科学館でした。
ご協力ありがとうございました!


気象庁のみなさんへの突撃インタビュー、いかがだったでしょうか。
地道な観測を継続することに、全ての基礎があるんですね。
スーパーコンピュータがデータを分析する今の時代でも、データそのものは、日本各地の「芙蓉の人」たちが、観測機器を守って、記録し続けているものです。野中夫婦の「未来への挑戦」は、今も脈々と受け継がれているというわけです。

そして取材後、広報の星野さんから『気象科学館は入場無料なので、ぜひ遊びに来て下さい。そして8月6日と7日には、文部科学省主催の「子ども夏休み見学デー」で、庁舎見学やガイドつきの気象科学館ツアーを行う予定です。未来の気象庁職員のみなさんに、私たちの職場を見ていただけると嬉しいです!』というメッセージをいただきました。

興味のある方は、気象庁のホームページをご参照ください。
夏休みの自由研究のネタが見つかるかも…しれません!

平成26年度 気象庁夏休み子ども見学デー
気象庁・気象科学館
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