土曜ドラマ みをつくし料理帖スペシャル

土曜ドラマ みをつくし料理帖スペシャル

よくあるご質問

皆様のご質問にお答えします

このページでは、視聴者の皆様からメールや掲示板にて頂いたご質問のうち、数が多かったものや、特に目立ったもの、今後多くの問い合わせが予想されるものについてお答えしています。
ご意見やお問い合わせなどは みなさまの声にお応えしますにてお願いいたします。全てのメールにお返事できない場合がございますので、あしからずご了承ください。また、個人情報の保護につきましては、プライバシーポリシー をご覧ください。

Q.番組のDVD・ブルーレイについて教えてください。

現在のところ、発売は未定となっております。

Q.再放送はありませんか?

再放送情報は 各回のあらすじ ページに掲載しています。そのほかは現在のところ、再放送の予定はありません。なお、放送終了から一定期間は NHKオンデマンドで番組を視聴することができます。

NHKオンデマンドでも配信!

放送翌朝10時より配信予定

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Q.ドラマの原作について教えてください。

髙田郁さんの「みをつくし料理帖」を原作としています。詳しくはお近くの書店などでお問い合わせください。

Q.ドラマの音楽について教えてください。

番組の音楽は清水靖晃さんによるオリジナルの楽曲です。現在のところ、サウンドトラック盤の発売は未定です。

Q.パートIIやさらなる続編などはありますか?

いまのところ未定です。

Q.原作にあるのにドラマには出てこない人はいますか?なぜ出てこないのですか?

ドラマの限られた時間の中で、すべての登場人物や人間関係を紹介するのは不可能なので、原作には出てきてもドラマには登場しない人物がいます。
例:りう(つる家の従業員)、美緒(両替商「伊勢屋」の一人娘で源斉に恋をしている)など。

Q.今回、伊佐三(小林正寛)が登場していないのはなぜ?

小林正寛さんは俳優活動を現在休止されているため、ご出演いただけませんでした。

Q.ドラマや原作に出てくる料理について詳しく知りたい。

前作の番組のホームページに原作・高田郁さんによる料理の解説、エッセイが掲載されています。
そのほか、原作の11巻目に「みをつくし献立帖」(ハルキ文庫)という文庫本があり、原作の料理の作り方が解説してあります。

Q.あさひ太夫はなぜ身請けに4000両かかるのですか?その設定は?

澪と幼馴染の野江は、享和の大水(1802年)で、お互い両親や兄弟を亡くして孤児となります。澪は当時の天満一兆庵の御寮さん、芳(安田成美)に救われましたが、野江はお助け小屋にいたところを、野江が「旭日昇天」(太閤秀吉、天下人に勝るとも劣らない幸運持ち主)の相と知る女衒の卯吉にかどわかされ、江戸の吉原の大店、翁屋に売られてしまいます。その後、成長した野江は、遊女の位で新造となる際に、3人の御用商人の旦那たちが、「旭日昇天」の相にあやかろうと、それぞれ4000両を翁屋に預け、その3人以外の客を取らなくてもいい特別待遇となりました。よって、他の客の目につくことがなく「幻の花魁」といわれ、当時、すでにその位の呼び名の無かった「太夫」を名付けられたのでした。また、3人の御用商人は、あさひ太夫が年季明け(27才)になった際には、その中の誰かの4000両を翁屋が納め、あさひが身請けされることになっていました。そのため、あさひ太夫を身請けするなら4000両を用意すべしと澪に清右衛門が教えたのでした。

Q.今回は前シリーズの巻末にあった料理コーナーがないのですか?

73分2本のスペシャル番組であり、料理コーナーの時間を捻出することができませんでした。劇中で取り上げる料理については、できるだけホームページなどにレシピを掲載するようにしますので、そちらをご覧ください。

Q.いつの時代の話ですか?

江戸時代です。前回シリーズ第一回は、文化10年(1813年)春から始まり、最終回は文化12年(1815年)春で終わりました。
今回のスペシャルは、文化12年(1815年)の神無月(10月)から物語が始まります。

Q.「御膳奉行」とは?

江戸幕府の役職で、将軍に供する食事を担当します。献立や調理方法を決めるほか、毒見も行ない、将軍の口に入るもの一切に責任を負っていた。ドラマにおける小野寺数馬(小松原)の役職です。

Q.「土圭(とけい)の間」とは?

江戸城内における、時計を安置していた部屋で、御膳奉行が詰めていたと言われています。

Q.角川春樹監督の映画が「みをつくし料理帖」ですが、同じものですか?

原作は、同じ髙田郁(たかだかおる)さんの「みをつくし料理帖」(角川春樹事務所)です。
映画は、キャストも脚本も全く別のものです。映画の公開は2020年秋と発表されています。

Q.ほうき草の実、「ははきぎ」とは?

今でいう「とんぶり」です。古くからその実は、腎臓の病に効くとされていました。
今回は、「とんぶり」の名産地の一つ秋田県大館市を取材、昔ながらの「とんぶり」作りの方法について参考にさせていただきました。
皮が硬く、食用に適さないが、飢饉などの際の「かてもの」として、食用にするため、水につけ、湯がき、何度も何度も冷水で実を揉み、硬い皮を取り除き、緑色でプルプルした触感の「とんぶり」に仕上ていきます。今は、機械化され、時間短縮されましたが、江戸時代はとても根気のいる手作業で、劇中の澪の手の赤切れがその作業の困難さを物語っています。

Q.富司純子さんの役名は?

小野寺数馬(つる家では「小松原」を名乗る・森山未來)の母、里津(りつ)です。旦那様に先立たれ、「覚華院(かくけいん)」を名乗られています。小野寺家に輿入れする前の実家の名は「小松原」。澪の想い人、小松原は、母方の姓を語って、つる家を訪れていたのです。

Q.原作では、「菜の花づくし」で食材に菜の花を使っていたが、ドラマはなぜ「紅花」なのですか?

ドラマ撮影は、放送日程や俳優さんのスケジュールなどにより、制作期間が決まります。今回、撮影ができたのが8月末~10月末。その間に、菜の花は、日本はもちろん、南半球にも存在しないことがわかりました。そのため、それに代わる、貴重な食材、または当時は食材にするなど考えられないものはないかと原作の髙田郁さんにも相談し、紅花づくしの料理を料理監修の柳原尚之先生と考案していきました。紅花から採れる口紅・頬紅用の紅(べに)は生花の重量の0.3%程度と少なく、江戸時代には「紅一匁(もんめ)金一匁」と言われるほど高価なものであったため、紅はごく一部の裕福な人々しか使用できず、紅花を摘む農家の娘たちとは無縁のものでした。吉原でも高級な貢物として遊女に喜ばれていました。

Q.紅花も時期が違うのでは?

紅花は夏に花が咲きます。そのため、桜の季節には生花はありません。しかしながら、当時、現在の鎌倉や千葉の辺りでも栽培されており、農家は仏前に供える花として紅花を逆さにつるし干すことで今のドライフラワーの状態でお供えしていたところもあったようです。(現在も山形県の産地の生産農家ではご家庭によくあるもの)翁屋伝右衛門(伊武雅刀)が金に物を言わせ、そうした乾燥した紅花と、紅花の乱花を練り固めた紅餅を買い求め、澪はさらに紅花の間引き菜(春先にとれる)を料理に使用していたのでした。

Q.桜の宴の料理を教えてください。

「大皿」は、鯛の塩焼き。そこに卵の黄身、木の芽焼き、利休焼きなどに紅花の酢の物添え。
大皿とは別に、銘々膳が用意されています。
「本膳」は、米に大根と紅花を入れて黄色く仕上げた黄飯。
湯葉などを使った赤みその味噌汁。
なますと、笑山胡麻酢(あるいは黄身酢)和え。
わらび、みょうがたけ、独活、防風、水前寺海苔などが使われ、紅花で鮮やかに色つけ。
若竹煮と煮蛤。紅花のつまみ菜。亀をかたどった南瓜の剥き物が飾られています。
「二の膳」は、鰈の昆布締めと、三彩紅花しんじょ椀。最後に紅花を浮かせる。お雛様の三角菱餅のような仕上がり。
「三の膳」は、硯蓋。早茄子の煮物、独活の白煮、あわ干しわらびの信太巻き、白魚の筏焼き、竹紙昆布の照り煮、紅花の白和え、焼きあわび、ふきの青煮、蚕豆の翡翠煮、きすのかざぶし、紅白かまぼこ、干しぜんまいの煮物など。どの料理にもさりげなく紅花があしらわれている。
最後は、桜酒。しなびて縮んだ桜色のものが入った茶碗に酒を注いで完成。

Q.「かてもの」とは?

飢饉などで食糧不足に陥った際、主食を節約するための代用食となる食物(救荒食物)のこと。 普段は食用しないものを、食べられる工夫をして食べていたものが「かてもの料理」です。

Q.あさひ太夫の読んだ句について知りたい。

あさひ太夫の読んだ句は原作にはありません。
脚本の藤本有紀さんのオリジナルです。

「龍宮の/殿の行末/摘む花を/喜ぶなかれ/われはめしうど」

【解説】
この歌には、宴の膳の食べ物が詠みこまれている。上の句に出てくる末摘花(すえつむはな)とは、紅花のこと。下の句の『よろこぶなかれ』には「昆布」と、鰈(かれい)。『めしうど』には独活(うど)が入っている。『めし』はご飯。また鯛は、龍宮城にいる。白魚は、殿様魚とも言う。また、「龍宮」とは、「登龍楼」のこと。
『「登龍楼」の主の行末、この先の命を摘んでしまうような、贅沢なだけの膳を喜ぶことはできない、私はただのめしうどなのだから』といった意味合い。「めしうど」は、古来、和歌にまつわる方々(召人)をそう呼びますが、とらえられた人(囚人)もまためしうどと言う。
あさひ太夫は、「采女宗馬(松尾スズキ)を龍宮の主と持ち上げ、永く健やかに生きてほしいと願い、その上で、自分はこのまま遊女として廓で生きるつもりだ」と伝えた。

Q.澪は「桜の宴」の料理を作っていくらもらったのですか?

翁屋からもらったのは5両。貨幣価値は、当時の価値が曖昧ですが、1両10万程度、約50万を受け取ったと思われます。よって、あさひ太夫の身請け料4000両は約4億円という途方もない金子だったのです。

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