スタッフブログ

★こちらのページは2022年2月で更新を終了いたしました。

倫理の先生からのメッセージ③~高柳の軌跡~

倫理・哲学の専門家・先生たちから「ここ倫」へメッセージを寄せて頂きました。
いよいよドラマは終盤戦、高柳のこれまでを振り返ります。
“豊かな知識への架け橋”となるお勧め本もご紹介!


「あきらめ」や「あたりまえ」がゆさぶられたとき「倫理」が始まる/第1回
古賀裕也(かえつ有明中・高等学校)

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以前私は非常勤講師として倫理を教えていて、授業が終われば高柳先生より早く帰っていました。掃除中に横をすり抜けていると「ずるい、もう帰ってる!」と言われたのが思い出されます。高柳先生も定時で帰ったり、愛煙家だったり、生徒の気持ちをつっぱねたり、倫理の先生というのはけっこう非倫理的なのかもしれません。
 
さて、「ここ倫」は原作もドラマも同じシーンから始まります。最初は驚くかもしれません。しかし作品全体に関わるとても重要なシーンで、テレビでも描く必要があったと思います。「現場」に居合わせてしまった高柳先生は、いち子の遊んでる風の外見や職員室での悪評にも関わらず、ただ「合意ですか?」と問いました。そしてその問いかけによって、いち子の中にあった承認されたい、嫌われたくない、男/女とはこういうものだ、そういう「あきらめ」や「あたりまえ」の気持ちがゆさぶられます。このとき、いち子の中で「倫理」が始まったと言えるでしょう。

そしていち子のように私たち視聴者も問いかけられ、ゆさぶられて、「倫理」が始まることがあるでしょう。それはドラマの中の何気ないシーンかもしれません。下校中の会話かもしれません。いい本に出会ったときかもしれません。「ここは今から倫理です。」の「ここ」は、高柳先生の授業だけとは限らないのです。「ぺこ倫」でもいいのです。

私たちが日々強化している「あきらめ」や「あたりまえ」の中に、ふと、そうじゃなくてもいいんだという光が差し込むと、これまでの自分を捨てて光の方へ近づこうともがきます。もしかしたらそれは退屈な学校生活の中で好きな人ができたときに似ているかもしれません。つまり倫理は恋や愛に似ていますね。ただ、私たちは愛というものをどれほどちゃんと知っているでしょうか。

「愛こそ貧しい知識から豊かな知識への架け橋である」

<お勧め本>
尹 雄大『さよなら、男社会』
筆者の尹(ゆん)さんは1970年うまれなので、もしみなさんが高校生ならちょうど親世代に近いと思います。その世代ですりこまれた男らしさ、女らしさについて、著者は回想しながら自分を掘り下げていき、徐々に自分の中にある男らしさが客観化されていくという「当事者研究」の本です。世代は違えど、あなたはやっぱり男社会に生きているかもしれないし、男じゃないけど男社会から自分を見ているかもしれません。自分自身や大切な人を傷つけないために手にとってみてください。


わからなくても/第2回
永井玲衣(立教大学)

rinri_0305_02.jpgわたしは存在するということがこわくてたまりませんでした。ひどく自由で、それなのに自由から逃れることのできる自由はなく、その事実にとまどいおびえながら、ひたすらに苛立っていました。「ここ倫」に出てくる高校生たちも、そしてこれを読んでいるあなたも、同じ思いを抱えているのかもしれません。

10代のとき、こうしたとまどいはわかりやすい「問い」の形ではありませんでした。そして、それを言葉にすることがゆるされているとすら思いませんでした。

高柳先生は第2回で、生徒を巻き込み「自由について」対話を行おうとします。しかしそれは非常に唐突で、画面から見守るわたしたちをも緊張させるような、気まずい沈黙が場を満たしています。対話をするための場がそもそも育っていないことも要因ですが、彼らは「自由」について哲学的に問うこと自体にとまどっているようにも見えます。

「あなたと話したい」。高柳先生は、授業のあとに一人の生徒に伝えます。そう、わたしたちは「話す」ことができます。あなたの不安や悩み、問いを、わからないままであっても誰かと「話す」ことができるのです。

そして同時に「聞く」こともできます。このドラマでは、先生は生徒の語りをよく聞き取ろうとしますが、生徒もまた先生の言葉を聞いています。そして、ほんの少しだけであっても、劇的でなくても、閉塞的な場所から「変わる」ことができます。

生きる中で出会う様々な問い、悩み、不安は消えることは一生ないかもしれません。わたしたちは問いと共に生きなければいけないのかもしれません。ですが、問いのもとに集い、人々と一緒に考えることはできるはずです。

「ここ倫」は、ドラマを見ているわたしたちにも「あなたと話したい」と呼びかけてくれます。だからわたしは「ここ倫」が好きです。

<お勧め本>
ジャン=ポール・サルトル『実存主義とは何か』
第2回ではキルケゴールの「不安は自由のめまいだ」という言葉が出てきます。サルトルは彼の思想に影響を受け、自由について徹底的に考えた哲学者です。存在することの居心地の悪さ、自由への不安について気になる人はぜひ手にとってみてください。講演がベースになっていて非常に読みやすいので、哲学書に触れてみたいという人にもおすすめです。


「倫理」のきっかけはいつもそこに/第3回
和田倫明(東京都立産業技術高等専門学校)

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COVID-19の流行で、私の好きな音楽ライブや演劇が軒並み中止になってしまいましたが、その分、配信やテレビドラマに救われています。「ここ倫」は山田裕貴さんや生徒役の若い俳優さんたちも素晴らしいですが、生のお芝居でファンになった田村健太郎さんや藤松祥子さんも出ているので、毎週楽しみに、ドキドキしながら見ています。

高柳先生は、どうして「倫理の先生」になったのでしょうか。原作にはそれらしいエピソードがありますが、私の場合は単純で、高校で必修科目だった倫理(当時は「倫理・社会」)の授業に出会って興味をひかれ、大学で倫理学を学び、その後40年、学校や、NHK高校講座「倫理」で、倫理の教師をやっています。

「倫理の先生」というと、変わった人、みたいに思われがちです。でも本当は、だれでも、ふつうに、倫理をやっているはずなのです。自分の身に降りかかっていることや、身の回りで起こっていることに対して、考えたり語り合ったりするための言葉や思考回路を育てるのが、倫理。高柳先生が言うとおり、「人生の必修科目」だと思っています。

残念なことに、学習指導要領では、とっくに倫理は必修科目ではなくなってしまったので、倫理を専門とする先生そのものが少なくなっています(高柳先生も「政治・経済」も教えていました)。もし身近に「倫理の先生」がいたら、それはラッキーです。かっこいい高柳先生には似ていないかもしれませんが、『ここは今から倫理です。』知ってますか?とか、話しかけてみてください。

<お勧め本>
プラトン著、新國俊秧訳『これならわかる ソクラテスの言葉』 / NHK高校講座「倫理」
ところで、私が好きな哲学者は、なんといってもソクラテスです。第3回でソクラテスの言葉として「たえず自分を鏡に映し、美しければそれにふさわしい人になるように、醜ければ教養によってその姿を隠すように」が印象的に使われていました。これは、3世紀にディオゲネス・ラエルティオスがまとめた『ギリシア哲学者列伝』の中の言葉です。もしソクラテスに興味が持てたら、彼の身近にいてその言葉をじかに聞き、書き綴ったプラトンが書いた本をお勧めします。たとえば、高校の「倫理の先生」が訳した『これならわかる ソクラテスの言葉』は、副題に「『ソクラテスの弁明』『クリトン』の超現代語訳」とあるように、原典をかなりかみ砕いて、読みやすくしてあります。

もっとも、倫理は何も哲学者の本の中にだけあるわけではありません。映画やドラマ、歌詞やSNSのつぶやきにも、倫理について考えるきっかけが潜んでいます。「ここ倫」はまさにそのきっかけ。あの生徒さんたちのように、これからの人生が何かほんのちょっとでも違うものに見えてくるかもしれないなと思います。もう少し深入りしてみたくなったら、NHK高校講座「倫理」もお試しください。ラジオでの放送はもちろんですが、ホームページからもいつでも聴くことができます。


NHK高校講座 「倫理」ホームページ
https://www.nhk.or.jp/kokokoza/radio/r2_rinri/

よるドラ「ここは今から倫理です。」

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ミニ番組「ここはぺこぱと倫理です。」

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投稿者:スタッフ | 投稿時間:17:00 | カテゴリ:ここは今から倫理です。

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