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神戸先生に聞いてみよう④~善と悪~

第4回、ドラマの中で善と悪を問う言葉が登場しました。
今週も倫理の監修・神戸先生に解説してもらいます。


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今回は、ジュダという不思議な人物が出てきました。
近藤陸をめぐって、高柳とジュダが議論するシーンは、
大声も出さず殴り合いもしませんが、さながら決闘のようでしたね。
はじめは、高柳が駆けつけて、ここからかっこよく陸を救出するのかなと思ったのですが・・・
どうでしょう、どうも高柳は、劣勢ではありませんでしたか?
私は話を聞いているうちに、うっかり、ジュダに説得されそうになってしまいました。
二人がどんな話をしていたのか、もう一度おさらいしてみましょう。

ジュダは、人間は誰もが当たり前のように「悪」なんだと主張しています。

みなさんは、「おまえは悪人だ」と誰かにいわれたら、どう感じますか。
私だったら、さすがにそこまで言われる筋合いはないぞ!と思います。
だって、べつに殺人とか詐欺とかそこまで悪いことは、少なくとも今のところは、していませんし。

でも、こう考えてみたらどうでしょう。
A:正義、愛、寛容、節制、希望、勇気、勤勉・・・
B:嫉妬、強欲、短気、傲慢、怠惰、臆病、虚栄・・・
AとBのどちらの方が、より自分を表していると感じますか。
また、AとBのどちらを見ているとき、より体の中から力が湧いてきますか。

私は、正直にいうと、Bです。
Aは昔から「美徳」とされてきた言葉、Bは「悪徳」とされてきた言葉が並んでいるのですが、
Aはなんだか、明るすぎて、眩しすぎて、憧れはするけれど、少し疲れてしまう感じがします。
Bは、人間の闇を表す言葉ですが、そこが人間らしい感じもするし、なんとなく体に力が入ります。

私はこのブログで、ここまで、いろんな「よいこと」「ただしいこと」を書いてきました。
「誰かを悪と決めつけずに、赤ちゃんのような目で見て」
「不安になったら、そこにある自分の自由を感じて」
「表面的な外見ではなく、真の自分、”魂”に配慮して」
・・・視聴者の皆さまから、温かい反響をいただき、心から感謝しています。それは、本心です。
でも、ね。その気持ち、何日持ちましたか。一晩経ったら、忘れませんでしたか。
私は、自分で書いておいてなんですが、
そんなの嘘くさい綺麗事じゃないかという気持ちも、心の中に、少しあります。
機嫌の悪いときに言われたら、うっせーよ、できるかよ、ばーか。みたいな気持ちになると思います。

陸のことを見ていても、彼は違法薬物の売買という「悪」に関与していますが、
自分が陸の立場だったらどうだったかなと思うと、同じようにしてしまったのではないかと感じます。
「なんで?」と尋ねたら、今あるものがすべて壊れてなくなってしまうかもしれない、
「どうして?」と考えたら、知りたくなかったことまで知ってしまうかもしれない、
そう思ったら、考えることをやめて、ただその場の流れに従うこと、私にもありますから。

だから、ジュダに「人間の本性は悪!」と言われれば、そうかもしれない、と思いますし、
あんな「善」ぶった文章を書いた私の顔には「偽善の仮面がべったり貼りついている」かもしれません。

ジュダは、高柳の生徒への接し方や、彼の生き方そのものを、徹底的に懐疑に附しています。
さらにジュダは、そういった悪を乗り越えようとする試みさえ、すべて無駄だと言っています。
倫理なんか、いくら学んだって、いくら考えたって、何の意味もない、ということです。

たしかに、私たち人類は、悲劇が起こるたびに、「もう二度と繰り返さない」と言ってきました。
哲学者たちもそのたびに考えてきました。でも、そのあとには、もっとひどい悲劇が起きています。
人間の考える力のことは「理性」と呼ばれますが、毒ガスや核兵器などの非人道的な武器を
生み出したのも、計画的に人々を虐殺したのも、すべて人間の「理性」の力です。
そう思うと、先哲に学ぶとか、よく考えるとか、いくら言っても、虚しい気持ちになってきます。

みなさん、いかがでしょう。
それでも、問い続けること、考え続けることには、意味があると思いますか。
高柳はジュダに、「そんなことはない」とか「あなたは間違っている」とは、言えませんでした。
ただ、「それでも私は問い続けます」とだけ、応えていました。
それは、どうしてなんでしょう。そんなことに、何の意味があるんでしょう。

ジュダも、あんなことを言いながら、荀子やカントやアーレントを読み、高柳と議論したいと言っています。
天使でない私たちは、明るい太陽の照る光の世界でだけ生きることはできませんが、
しかし悪魔にもなりきれないので、暗い闇の中にいても、どこか光に憧れる気持ちがあります。
人間というのはいつも、夕暮れ時のように、曖昧な存在なのかもしれません。

双子のような高柳とジュダ、またその間で揺れ動く陸を見ると、あらためて問われている気がします。
あなたは、それでも、問い続け、考え続けますか。


〜荀子の思想〜
戦国時代末期の儒家の思想家です。孟子の「性善説」に対して、「性悪説」を唱えたことで有名です。彼は、人間の本性は悪であるとしながらも、そうした人間の内面を、礼を学ぶこと、すなわち教育や規範の力で矯正していくことができると考えました。

〜カントの思想〜
18世紀ドイツの哲学者です。『純粋理性批判』『実践理性批判』『判断力批判』など、近代哲学の基盤になるような重要な著作を残しました。カントは、善意志に基づいて、道徳法則を意識して行為するのが、善い行為(善い動機に基づいた行為)だと考え、これは人間だれもがそうできると考えています。ただし、人間には自己愛を優先する倒錯的な傾向もあることを認めており、これを「根本悪」の問題として分析しています。

〜アーレントの思想〜
20世紀に活躍した女性の哲学者です。ドイツのユダヤ系の家庭に生まれ、のちにアメリカに亡命、帰化しました。『全体主義の起源』『人間の条件』などの著作で知られています。ドラマの中でジュダが詳しく説明していましたが、彼女は、ホロコーストに深く関わった人物であるアドルフ・アイヒマンの裁判を傍聴しました。そして、その「悪」はまったく悪魔的でも根源的でもなく、ただ凡庸で陳腐なものであったと報告し、それが「思考や判断の欠如」によってもたらされたものであると分析しました。

〜『聖書』の思想〜
ドラマの中に「誰もがアイヒマンでユダなんだ」というセリフがありましたが、このユダとは、イエス・キリストの弟子の一人で、イエスを裏切ったとされる人物です。「ジュダ」はこのユダに由来する名前でしょうから、わざわざ正しくないとされる人物の名前を名乗っているわけですね。ほかにも第4話には、聖書由来の名前やモチーフが多く出てきていますので、ぜひその視点でも見返してみてください。ちなみに、キリスト教道徳を徹底的に批判した哲学者にニーチェがいます。あわせて読むと、さらに第4話の理解につながると思います。


高校倫理考証 神戸和佳子(ごうど・わかこ)
哲学・倫理教師。中学校・高等学校・大学等の非常勤講師として、哲学的な対話の手法を用いた授業を行っている。東京大学大学院教育学研究科博士課程単位取得退学。共著書に『子どもの哲学−−考えることをはじめた君へ』(毎日新聞出版、2015年)など。


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投稿者:スタッフ | 投稿時間:00:00 | カテゴリ:ここは今から倫理です。

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