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『花子とアン』#9 第1週「花子と呼んでくりょう!」(4)

ごきげんよう!!
 
『花子とアン』の"アン″です。
連続テレビ小説『花子とアン』第4回、いかがでしたか?
 
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池に落ちて高熱を出した、ちびはなちゃんの運命はいかに??
 
 
anne_1.JPG
 
「まだまだと おもいすごしおるうちに 
はや死のみちへ むかうものなり」
 
ドラマの中で、はなちゃんは辞世の歌として、このような歌を詠みました。
これは、実際に村岡花子さんが、7歳の時に大病をした床の中で辞世として詠んだ歌をそのまま使っています…。
 
7歳の時に!!です。
ちょっと、オマセで早熟な女の子だったようですね・・。
 
また、明治時代の日本人の文化水準の高さが、
しのばれるエピソードだとも言えます。
ビックリです!
 
 
anne_2.JPG
 
お兄ちゃんの吉太郎くんが、はなの代わりに「奉公」に行くことになってしまった第4回。
 
現代人の私たちには、なかなか馴染みがうすい「奉公」ですが、
この時代の農村では、男の子も女の子も10才前後になると半数以上の子供が
「奉公」に出され、出された奉公先で子守り掃除・洗濯丁稚仕事など
子供が出来る様々な仕事をして、給金をもらっていました。
 
 
anne_3.JPG
 
ドラマの中でもあったとおり、小作農家は収穫したお米の半分以上を
地主さんに小作料として納めねばなりませんでした。
白いお米を食べる事はほとんど出来ず、貧困にあえいでいました。
 
  
anne_4.2.JPGanne_4.1.JPG
**タケシのお弁当は白米だが、はなのお弁当は、ひえやあわ
 
 
お金を稼ぐ手段のない小作農家は、「奉公」という形で、
子供にも働いてもらわなければ、家が成り立ちませんでした。
 
「おらが行けば米が残る・・・冬が越せるじゃんけ」と、
ドラマの中で吉太郎くんも言っているように、「奉公」は、口減らしの意味合いもあったようです…。
 
「奉公」に出れば、家族の人数が一人減り、その分の食糧が他の家族に
いきわたるのです。
 
吉太郎くんは、貧しい安東家の状態を知っていたからこそ、
はなちゃんに代わって「奉公」に出る決断をしたんですね…。
 
ところで、
明治時代の農村では、はやり病で沢山の人が亡くなる事があったそうです。
 
 
anne_5.JPG
 
おとう、頑張れ!!
 
続きは、また明日。
 
ごきげんよう、さようなら。
 
 

投稿者:スタッフ | 投稿時間:08:15 | カテゴリ:花子とアン

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