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『刑事フォイル』解説コラム <戦争は終わったけれど>

1945年5月8日、ドイツ軍は連合国に降伏し、ヨーロッパにおける第二次世界大戦は終結した。これに先立ってこの年の2月には、クリミア半島最南端の地で「ヤルタ会談」が行われ、米英ソ三国の首脳により、ドイツの戦後処理問題がすでに話し合われていた。つまりこの時点で、戦況はすでに決定的になっていたのである。会談に出席したのはアメリカのルーズベルト大統領、イギリスのチャーチル首相 、ソ連のスターリン首相である。だが、この会談の主導権を握っていたのは米ソの首脳で、チャーチルは蚊帳の外に置かれていた。
事実、終戦を経たのちの戦後処理は米ソの主導で行われ、しかもこの両大国はすでに対立していたのである。ルーズベルト死去の後を継いだトルーマン、そしてスターリンの両首脳は、事あるごとに激しい対立を繰り返すのである。これがいわゆる「東西冷戦」の始まりで、イギリスはこの冷戦構造に巻き込まれてゆく。

この東西対立の中で、特に厄介だったのはスターリンである。彼は1929年に政権を樹立したのち、徐々にその独裁的姿勢を強めていた。もちろんスターリン率いるソ連がドイツに敵対したことで大戦の帰趨(きすう) は徐々に連合軍に有利となったのだが、そもそも大戦前のソ連は「独ソ不可侵条約」を結び、ドイツ軍がポーランドに侵攻したのちはソ連軍もポーランドに侵攻して、やがてはバルト三国を併合したのである。

こうしたソ連の領土拡張政策に対して、米英は危機感を抱いていたのだが、これに加えてスターリンが独裁体制を強化して、共産主義に批判的な勢力、あるいはその危険性があると見られる人々を排除する姿勢が強まったことで、ソ連敵視の傾向が強まっていく。このドラマの中でも「ロシア・ハウス 」なるものが登場するが、これはロシア人を保護するという表向きの顔とは裏腹に、スターリン体制を批判する分子を排除する組織と見なされている。だからイギリスにいるロシア人の中には、祖国に帰ることを拒否する人間たちもいたのだ。
大戦は終わったものの、また新たな火種が生まれていたのである。

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帝京大学外国語学部 教授 小林章夫

投稿者:スタッフ | 投稿時間:11:12 | カテゴリ:海外ドラマ

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